第703話 異世界の親友
※今回は美緒ちゃん目線の話です。
食堂が夏休みの間に泊まりに来たメイサちゃんだが、全然元気が無い。
理由は、大好きなケントお義兄ちゃんと遊べないからだ。
お姉ちゃんの話では、ランズヘルト共和国のリーベンシュタインという地域で疫病が流行しているかららしい。
先日の台風によって、リーベンシュタインでは大規模な水害があったそうで、溢れた水で衛生状態が悪化したために病気が流行したみたいだ。
日本でも、梅雨時などに集団食中毒が発生したりするけど、リーベンシュタインで流行している病気は、死亡率が高い危険な病気のようだ。
正確な数字は分からないそうだが、病気に罹った人の七割ぐらいが死亡するみたいだ。
日本に暮らしていたら考えられない、それこそパニック映画のような状況が実際に起こっているらしい。
街のあちこちに倒れたまま死んでしまっている人がいて、日本のような火葬場が無いから一ヶ所に集めて燃やしているそうだ。
周りの領地からも支援が始まっているみたいだけど、日本のように病気を防ぐマスクとか防護服は無いそうで、病気に罹る危険があるため支援が進まないらしい。
ケントお義兄ちゃんならば、病気に罹る心配をせずに物資を届けられるので、各地から集めた物資を配達して回っているようだ。
それと、ケントお義兄ちゃんは治癒魔術も使えるので、患者の治療も同時にやっているらしい。
当然、家にいる時間は殆ど無くて、日本を含めた各地と連絡を取り合って飛び回っているみたいだ。
メイサちゃんとすれば、思い切り遊んでもらおうと張り切って来たのに、肝心のケントお義兄ちゃんがいないからしょげてしまっているのだ。
普段のメイサちゃんはスタミナの塊みたいに溌溂としているから、元気が無くなるとギャップが凄くて、可哀そうになってしまう。
昨日はプールに入っていてもボンヤリしていたし、今日も漫画の新刊をタブレットで見せても上の空という感じだ。
「ミオ、あたし帰る」
「えぇぇ、まだ泊まりに来たばっかりじゃない、なんで?」
「だって、全然ケントの役に立てないんだもん……」
メイサちゃんは、ケントお義兄ちゃんの四人のお嫁さんと自分を比べてしまっているようだ。
私のお姉ちゃんとマノンさんは、日頃から治癒院で働いているから専門的な知識があるし、ベアトリーチェさんは領主の娘としてギルドとの調整役を務めているそうだ。
セラフィマさんは、バルシャニアという国のお姫様だから、故郷の国やお隣の国リーゼンブルグとの交渉役を買って出ているようだ。
もうすぐお嫁に来るカミラさんはリーゼンブルグのお姫様だし、言ったら悪いがメイサちゃんが張り合うのはちょっと無理だと思う。
「でも、メイサちゃんが帰っちゃったら、ケントお義兄ちゃんが帰ってきた時にガッカリするんじゃない?」
「あたしがいたら、ケントは気を使ってくれて休む時間が減っちゃうと思う……」
「でもさ、ケントお義兄ちゃんがメイサちゃんの家に下宿している時には、毎晩一緒に寝てたんでしょ?」
「そうだけど……あれは、あたしがケントに甘えていただけ。あの頃だって、ケントはヘトヘトになるまで働いてたことだってあったのに、本当は一人で寝た方が楽だったはずなのに、いっつも笑って一緒に寝てくれてた。でも、もう大家の娘じゃないんだし、甘えてちゃ駄目だと思う……」
そう言いつつも、メイサちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。
「でも、メイサちゃん寂しそうだよ」
「そりゃ寂しいよ……寂しいに決まってるけど、ケントの邪魔をしたくない……」
切なそうなメイサちゃんを見ていたら、自分もルジェクを振り回し過ぎてる気がしてきた。
メイサちゃんが帰っちゃうのは仕方ないかなぁ……と思っていた所にフィーデリアが戻ってきた。
「お待たせしました。お手伝い終わりましたよ。今日は何をして遊ぶのですか?」
「丁度良かった、フィーも止めて、メイサちゃんが帰るって言うんだよ」
「えっ、帰ってしまわれるのですか?」
「うん、ケントの邪魔になりそうだから……」
「ケント様の……ですか?」
話が見えていないフィーデリアに、今の状況を説明しました。
「そうですか……そう言えば、皆様お忙しそうですもんね」
「でしょ? あたしがいても役に立たないし、むしろ邪魔になりそうだもの」
「ケント様は、メイサを邪魔だなんて思ったりしませんよ」
「でも、忙しくて疲れているのに気を使わせちゃいそうだから……」
「そうですね。でも、ケント様はメイサに帰られてしまうよりも、笑顔で待っていてもらえた方が喜ぶはずですよ」
「それだ、あたしもそう思うよ、メイサちゃん。お姉ちゃんも、ケントお義兄ちゃんは凄い寂しがり屋だから、帰って来た時に出迎えてあげるだけで喜ぶって言ってたよ」
「そうかなぁ……そうかも」
お姉ちゃんは詳しい話まではしてくれなかったけど、ケントお義兄ちゃんの家庭には少し問題があって、家族の繋がりとか愛情に飢えているとも言っていた。
「メイサちゃんの家に下宿していた頃も、ケントお義兄ちゃんが忙しくしてた時があったんだよね?」
「うん、でもあれは、あたしが大家の娘だったから仕方なく相手してくれてたんで……」
「違うと思うよ。ケントお義兄ちゃんはメイサちゃんを妹みたいだって言ってたもん」
「はい、以前お風呂でご一緒した時に、確かにそうおっしゃってましたね」
「えっ? フィーデリア、ケントと一緒にお風呂に入ったの?」
「はい、でもミオも一緒でしたよ」
「えっ? ミオも?」
「うん、だってメイサちゃんも一緒に入ったことあるんでしょ?」
「それは……ある、けど」
「その時は、ケントお義兄ちゃんと二人だったんでしょ?」
「そう、だけど……」
「だったら問題無いでしょ。それに、あたしとフィーデリアはケントお義兄ちゃんに命を助けてもらってるからね」
「はい、ミオの言う通りです」
「あたしだって……魔物の大量発生から街を救ってもらったから、命を助けてもらったようなものだしぃ……」
メイサちゃんは不満そうな顔をしているけど、ちょっとだけいつもの調子が戻って来ているようにも見える。
「じゃあさ、今夜は三人でケントお義兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろうよ」
「えっ、なんでそうなるのよ」
「ケントお義兄ちゃん、疲れて帰って来るとおもうから、背中を流してあげれば喜ぶよ」
「そ、そうかなぁ……でも、ユイカさんたちに悪いし……」
「大丈夫、大丈夫、お姉ちゃんには、あたしが言っておくから大丈夫だよ」
「ホントに? じゃあ、そうしようかなぁ……」
「じゃあ、それまで何して遊ぶ? ルジェクも呼んでトランプする?」
「私、泳ぎたいです」
「そっか、フィーは手伝いしてたもんね」
「はい、泳げるのは今の時期だけですし」
フィーデリアのリクエストに応えて、午後はプールで遊ぶことにした。
ルジェクを呼びに行くと、マノンさんの弟のハミルが来たので、ついでにプールに引っ張って行くことにした。
「ちょっと待て、俺は水着なんか持ってないから……」
「大丈夫、マノンさんに頼まれて、ちゃんと準備してあるよ」
「で、でも……」
「マノンさんは、リーベンシュタインの疫病対策で忙しいから遊んでる暇は無さそうだよ」
「べ、別に姉ちゃんに遊んでもらいに来たんじゃねぇし」
「だったら、あたし達と遊べばいいでしょ。ほら早く着替えて」
「き、着替えるって……」
「あぁ、もう、ルジェク! ハミルが着替えるの手伝って!」
「はい、ミオ様、今行きます」
全くもう……ルジェクは、またミオ様なんて言ってるし。
今日は男の子の格好じゃないから、お仕置きのチューをしても変じゃないよね……。
ハミルも来たからか、午後のメイサちゃんはいつもの調子を取り戻していた。
やっぱりメイサちゃんは、元気いっぱいじゃないとらしくない。
夕方までプールで遊んだ後、ルジェクに頼んで、ケントお義兄ちゃんが戻って来る前にハミルを先に風呂に入れた。
ケントお義兄ちゃんが、ルジェクやハミルと一緒に入ると言わないようにするためだ。
ルジェクとハミルがお風呂に入っている間に、お姉ちゃんにケントお義兄ちゃんと一緒にお風呂に入る許可をもらいに行った。
「という訳で、今日はメイサちゃんとフィーとあたしの三人で、ケントお義兄ちゃんと一緒にお風呂に入るね」
「分かった……なんて言う訳ないでしょ。三人とも、もうお年頃なんだから駄目!」
「えぇぇ……それじゃあ、あたしたちは水着を着て入るなら?」
「うーん……」
「メイサちゃん、せっかく遊びに来たけど、ケントお義兄ちゃんが忙しそうだって我慢してて寂しそうなんだよ」
「しょうがないわねぇ……今日だけよ」
「やった、お姉ちゃん大好き!」
「まったく、こんな時だけ調子いいんだから」
お姉ちゃんに許可をもらったし、水着の件は忘れてたことにすればいいか。
これで準備はオッケーだと思ったのだけど、肝心なケントお義兄ちゃんがなかなか帰って来ない。
そういえば、いつもならヒョコヒョコと顔を出すコボルトたちも、今日は一度も姿を見せていない。
待ちくたびれたという訳ではないのだろうが、メイサちゃんは藺草のラグの上でぐてーっと伸びてしまっている。
「メイサちゃん、顔に藺草の跡がついちゃうよ」
「えっ、嘘っ……」
「やっぱり、ケントお義兄ちゃん忙しいのかなぁ……」
「ミオ、先にお風呂に入っちゃおう。マルトたちも戻って来てないみたいだし……」
「わぅ、呼んだ? メイサ」
「マルト! ケントは?」
「ご主人様は、お風呂だよ」
「行こう、ミオ!」
「あっ、ちょっと待ってよ、メイサちゃん!」
メイサちゃんは、止める間もなくお風呂場に向かって走って行ってしまった。
これは今から行っても間に合わないし、本当に水着の件を伝え忘れてしまった。
フィーデリアと一緒にお風呂場に向かう。
脱衣所に着くと、浴室からはメイサちゃんの明るい声とケントお義兄ちゃんの笑い声が聞こえてきた。
ほらね、メイサちゃんはいつもの調子の方が良いに決まってるんだよ。
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