第702話 支援開始

 支援物資を間違いなく届けるためには、届け先の場所を確認しておく必要があります。

 とは言え、疫病が流行している場所をうろつく訳にもいきません。


 僕が感染したら、ヴォルザードに疫病を持ち込むことになりかねません。

 そこで、星属性の魔術を使い、意識だけの状態で配送先の確認に向かいました。


 まずは、ブライヒベルグとの領地境からスタートして、リーベンシュタインの領都に着いたら、今度はエーデリッヒとの領地境までチェックしました。

 更にリーベンシュタインの領都からフェアリンゲンの領地境までをチェックして、その後は街道以外の小さな村までチェックしました。


 ドノバンさんが指定した、約百二十の村を確認し終えたのですが、その内の幾つかの村では、動いている住民の姿が見えず、ゴーストタウンのようでした。

 扉が開け放たれたままの家では、床に倒れた遺体に大量のハエがたかっていました。


 気温が高い夏場なので、放置された遺体は腐敗が進んでいるようです。

 村人全員が病に倒れたのか、それとも生き残った者達は故郷を捨てて逃げたのか、どこかに助けを求めたのか分かりませんが、生き残っている者の姿は確認できませんでした。


 このままでは、野生動物や魔物に遺体を食い荒らされてしまうだけでなく、遺体を食った連中が疫病を広げる可能性がありますから、放置する訳にもいかないでしょう。


『どうされますか、ケント様』

「うん、送還術を使って遺体を一ヶ所に集めて荼毘に付そう」


 一番遺体が多く集まっていた村長の家と思われる建物に、他の場所に倒れている遺体を転送しました。


「どうか安らかに……フラム」

「うぃっす、出番っすね」

「うん、魔物や獣に遺体を荒らされないように、灰になるまで燃やしてあげて」

「ういっす、了解っす!」


 闇の盾の内側からフラムが放った巨大な火球が、遺体を収容した建物を飲み込みました。

 魔力を含んだ高温の炎が、建物も、遺体も、疫病の原因となる細菌も焼き尽くしていきます。


「兄貴、他の建物はどうするっすか?」

「新しい建物を除いて焼いてしまおう」

「了解っす!」


 建物の見極めはフレッドに手伝ってもらって、古い建物はバンバン燃やしてしまいます。

 久々に思う存分に炎を吐けるからか、フラムが楽しそうに見えますね。


 放棄された村や集落がある一方、住民が残っている場所でも状況は深刻です。

 感染していない人達が必死に看病をしていますが、衛生状態が悪く、王都で見たようなマスクも無いので二次感染の危険に晒されています。


 薬草を煎じて飲ませているようですが、どこまで効果があるか分かりませんね。

 このままだと、支援が届く前に全滅なんてことになりかねません。


「よし、みんな、ちょっと離れていて」

『どうされるのですか、ケント様』

「ここにエリアヒールを掛けようと思うんだ。治癒士の人が見当たらないし、このままじゃ全滅しそうだから」

『ですが、全ての場所にエリアヒールを使っていては、いくらケント様でも魔力が持ちませんぞ』

「うん、魔力を回復する薬は使うつもりだし……最悪の場合には」

『ブースターはお薦めできませんぞ』

「分かってる、あくまでも最後の手段だから簡単には使わないよ」


 ラインハルト達を退避させて、野戦病院のようになっている集会所のような建物にエリアヒールを掛けました。

 状態の悪い患者が多数いるためなのか、ゴソっと魔力を持っていかれます。


「なんだ、急に体が楽になったぞ」

「薬草が効いてきたのか?」

「これなら何とか……」


 あまりにも人数が多いですし、完治させるまでエリアヒールは使えませんでした。

 急に体調が上向いて、魔術の恩恵を受けた人達の顔色が良くなっていますが、このまま回復に向かうのか、それとも再び悪化するのかまでは分かりません。


『ケント様、まだまだ残っております。とりあえず配送先の確認を済ませてしまいましょう』

「うん、僕一人で全部を救うのは無理だね。今は支援物資を届けることを優先しよう」


 宇宙に飛び出して小惑星を破壊するような事まで出来るようにはなったけど、こうして広範囲に大勢の患者がいるような状況では、僕に出来る事は限られます。

 支援物資の配送先を確認してヴォルザードに戻る事にしました。


「そうか、七ヶ所も放棄されていたか……」


 無人となっていた村や集落の報告をすると、ドノバンさんも沈痛な表情を浮かべて言葉を失いました。


「とりあえず、遺体は集めて荼毘に付し、建物も古い物は焼却処分してきました。残った建物を再利用するなら消毒などの処置が必要でしょう」

「分かった、それはリーベンシュタインに伝えるとしよう」

「かなり支援物資が集まって来ましたね」

「とりあえず、何よりも必要な回復ポーションを搔き集めた。集まった分だけでも先に届けてくれ。規模の大きな街や村を優先する」

「了解です」

「支援物資には、全てに用途などが書き添えてあるから、治療を行っている場所に置いてくるだけでかまわないからな」

「了解です」


 それでは、支援物資の配送を始めるとしましょうか。


『ケント様、置いて来るだけで構わないならば、我々が手分けして行いますぞ』

「そうか、影の空間から出ないならば、細菌に触れるリスクは最小限で抑えられるもんね」

『こちらからは差し出すだけ、向こう側の物には触れない、受け取らないを徹底いたしましょう』

「うん、それでお願いするね」


 ヴォルザードに集められた物資は、ギルドの倉庫で仕分けが行われ、数量などをチェックした上で、配送先ごとに分けて積まれています。

 ラインハルトが行き先を指示して、コボルト隊がワラワラと各地へと散って行きます。


「ご主人様、梶川から電話だよ」

「ありがとう、マルト」


 コボルト隊が配達に出ている間に、切迫している地域の治療に向かおうと思っていたら、梶川さんから電話が掛かってきました。


「国分です、お疲れ様です」

「やぁ、国分君、支援物資が集まって来たんで、必要な物からどんどん運んでもらって構わないよ」

「ありがとうございます」

「マスク、手袋、フェイスガード、防護服、消毒用のアルコール、スプレーボトル、噴霧器、塩素系の消毒液などを用意してある」

「助かります」

「いやぁ……不良在庫になりかけていた物ばかりだから、こちらとしても使ってもらえて助かるよ。ただ……防護服とか手袋、マスクとか、マニュアル無しだと混乱しないかな」

「確かに……使ってもらわないと意味無いですよね」

「一応、日本語のマニュアルは用意してあるから、それを翻訳して使って」

「分かりました、翻訳などはこちらでやります」


 急いで自衛隊の倉庫へ支援物資を取りに行き、日本語のマニュアルを家に持ち帰りました。


「唯香、ちょっと手伝って」

「何をすればいいの?」

「日本から支援物資を送ってもらうんだけど、防護服とか、消毒液とか、噴霧器とか、使い方のマニュアルが全部日本語なんだ」

「こっちの言葉に翻訳すれば良いのね」

「どうしよう、マニュアルを作って日本で印刷してきた方が良いかな?」

「んー……日本語のマニュアルは沢山あるから、必要な場所だけ赤字で書き添えたら?」

「百枚以上だよ」

「最初に見本を数枚作って、みんなにも手伝ってもらうよ」

「そっか、じゃあ頼んでいいかな?」

「任せて」


 マニュアル作りは唯香に頼んで、僕は状況の悪い場所の治療へ向かいます。

 なんとか、一人でも多くの命を救えますように……。

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