第699話 不穏な話

 午後もプールで遊んだ後、僕とルジェクはプールサイドで水属性の魔術で体を洗った後、パパっと着替えを済ませました。

 本当なら、お風呂に浸かりたいところなんですけど、お風呂場は女性陣に使ってもらっています。


 まぁ、メイサちゃんも、美緒ちゃんも、フィーデリアも一緒にお風呂に入ったことはあるから平気といえば平気なんですけど、ルジェクだけ仲間はずれにはできませんよね。

 ルジェクは、まだ大丈夫なのか、もう駄目なのか微妙なお年頃ですからねぇ。


 それに、本人が拒否しているのに無理に連れて入るのも違いますよね。


「ケント様は、ご入浴されなくてよろしかったのですか?」

「うん、僕は夜にでもゆっくり入るから大丈夫」

「そうですか、分かりました」


 折角、ルジェクと二人になったので、ちょっと仕入れの感想なんかを聞いてみましょうかね。


「ルジェク、ブライヒベルグはどうだった?」

「はい、緊張しましたけど、その何倍もワクワク、ドキドキしました」

「新しい街に行くのは楽しいよね」

「はい、なんて言うか……世界が広くなる感じがします」


 うんうん、いいね、実にいい感じだよ、ルジェク。

 じゃあ、ちょっと意地悪な質問もしてみようかな。


「仕入れの時、美緒ちゃんが一緒だと大変じゃない?」

「それは……ミオ様は大切な方なので、お守りしなきゃいけないので緊張します。ですが、踏み出すのが苦手な僕に代わって、最初の一歩を踏み出して手を引いて下さるので、有難いとも思っています。本当は、僕が先に行かなければいけないんですけど……」

「そっか、美緒ちゃんが邪魔になるならルジェク一人で行ってもらおうかと……」

「邪魔じゃないです! ミオ様が邪魔だなんて思ったことは一度もございません」


 お、おぅ、凄い勢いで否定されちゃいましたよ。

 てか、ルジェク、その勢いで美緒ちゃんに迫れば良いのに。


「将来ルジェクには色々な場所に行って、色々な人との交渉も行ってもらいたいと思ってるんだけど、美緒ちゃん抜きでも大丈夫? ちゃんと一人で行けるようになる?」

「それは……」


 ベアトリーチェ、セラフィマ、それに今後はカミラも加わって、僕に代わって他の国や領地の首脳と交渉する人材はいるけど、いずれルジェクにもその一人になってもらいたいと思っています。

 別に、ルジェクと美緒ちゃんが仲良くすることには反対なんかしないけど、依存する関係になっちゃうのは少し困るんだよね。


「い、今はまだ駄目ですけど、いずれは出来るようになります。なってみせます!」

「そっか、分かった。期待しているから頑張ってね」

「はい!」


 夕食は、リビングに続くベランダで、バーベキューをして楽しみました。

 ここは私の出番とばかりに、メイサちゃんが張り切ってますね。


「ケント、お肉焼けてるよ」

「ありがとう、メイサちゃんも食べてる?」

「ちゃんと食べるから大丈夫」

「みんなの分も焼いてくれて、ありがとうね」

「こ、この程度は普通よ、普通!」


 普通と言いつつ小さな胸を張って、小鼻をヒクヒクさせてるメイサちゃんは可愛らしいですね。

 でも、あと二十年もするとアマンダさんみたいに、ドーン、ドーン、ドーンな体形になったりするんですかね。


 それとも、今は亡き父親に似るのかな。

 バーベキューの肉にかぶりつきながら、秘蔵のリーブル酒を開けちゃおうか悩んでいたら、ひょっこりヴォルルトが顔を出しました。


「わふぅ、ご主人様、クラウスが来てほしいって言ってる」

「えっ、クラウスさんが? なんだろう……明日じゃ駄目なのかな?」

「わぅ、急いでるみたい……」

「分かった、すぐ行くって伝えておいて」


 ワシャワシャと撫でてやると、ヴォルルトは尻尾をパタパタさせた後、影に潜って戻って行きました。

 食べかけの肉を急いで食べ終えて、近くにいたセラフィマに声を掛けました。


「セラ、クラウスさんに呼ばれたんで、ちょっと出てくるね」

「分かりました、いってらっしゃいませ」


 ヴォルルトを目印にして影移動した先は、領主の館でした。

 難しい顔をしたクラウスさんとマリアンヌさんが、応接ソファーに腰を下ろしています。


「ケントです、入ります」

「おぅ、休みに呼び出して悪かったな」

「いえ、隣の部屋に行くようなものですから、なんでもないですよ」

「そう言ってもらえると助かる。座って楽にしてくれ」


 クラウスさんとテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろすと、マリアンヌさんがお茶を淹れてくれました。


「ケント、水害対策の報酬をリーベンシュタインから取り立てる話だが……ちょっと難しくなりそうだ」

「またゴネてるんですか?」

「いや、疫病だ」

「疫病……ですか?」

「まだブライヒベルグのナシオスやフェアリンゲンのブロッホから話が届いただけなんだが、リーベンシュタイン領内でタチの悪い疫病が流行っているらしい」

「例の嵐で街が水没した影響なんでしょうか?」

「たぶん、そうだろうな」

「ブライヒベルグやフェアリンゲン、エーデリッヒとかは大丈夫なんですか?」

「分からん。既に街道を封鎖して、領地境を越える移動は禁止しているそうだが、フェアリンゲンでは患者が出ているらしい」


 日本でも地震などの災害で水道が使えなくなる事はありますが、そうした時にも給水車によって飲み水は配布されます。

 ですが、こちらの世界では街や村などが丸ごと水没してしまった場合、井戸も水没してしまいます。


 水の魔道具などを使えば清潔な水は確保できそうですが、魔道具を持たない人達は汚染された水を飲用に使ってしまいそうです、そもそも細菌やウイルスといった考え方は広まっていません。


「タチが悪いって言いましたけど、どんな疫病なんですか?」

「高熱が出て、酷い嘔吐と下痢に襲われるらしい。正確な数を調べた訳じゃないが、ナシオスたちの所に入っている話では、発症した人間の七割以上が命を落としているらしい」

「えぇぇぇ……そんなに死亡率が高いんですか」

「これも噂の域を出ていないが、リーベンシュタイン領内では埋葬されない遺体が道端に転がっているという話だ」


 死亡率七割の感染症がパンデミックを起こしたら、下手すれば領地が滅んでもおかしくありません。


「ケント、お前らの世界は、こっちの世界よりも医療技術が進んでいる。どう対処すれば良い?」

「僕は医療の専門家ではないので、知識には限界がありますが……調べてみます」

「頼む。残酷なようだが、リーベンシュタインを犠牲にしてでも周辺地域への蔓延は防ぎたい」

「感染症の蔓延防止は、基本的に人の移動を制限し、不用意に患者に接触しない、汚染された食品や水を口にしない、患者の吐瀉物や排泄物に触れないなどです」


 タブレットを使って、細菌やウイルスに対する基礎知識、感染症の予防対策などを調べ、自分も確認しながらクラウスさんとマリアンヌさんに説明しました。


「なるほど、その目に見えないほど小さい細菌とかウイルスって奴が体の中で増えて悪さをするってことだな?」

「はい、その理解で間違いないです」

「てことは、その細菌とかウイルスを取り込まなければ発症しない訳だな?」

「そうですが、見えない存在ですから、完全に防ぐのは難しいですよ」

「どうすれば防げる?」

「マスクとか、手袋、防護服とか、あとはアルコール消毒……ですかね」


 エボラ出血熱が流行した地域では、宇宙服みたいに全身を覆う防護服が使われていましたが、あれをこちらの世界で運用するのは難しいでしょう。

 使い捨てのマスク、手袋、防護服などは、一定の効果はあるでしょうが、完全に防ぐというレベルではありません。


「酢には菌を殺す効果があるんだな?」

「はい、あとは熱ですね。人間が火傷を負うように、菌やウイルスも熱に晒されれば死にます」


 僕とクラウスさんが、タブレットを使って情報を集めている傍で、マリアンヌさんがこちらの言葉で情報をまとめています。

 まとめた内容は、コボルト便でブライヒベルグ、フェアリンゲン、エーデリッヒに送られるそうです。


 蒸留酒、酢、石灰、煮沸……こちらの世界で使える手段は全て使っていくようです。

 防疫に関しては、ある程度の対策を立てられそうですが、治療についてはお手上げです。


「下痢止めや解熱のポーションと治癒魔法の併用しか無いだろうな」

「脱水症状を起こすので、水分と塩分、糖分の補給はした方がいいですよ」


 こちらで流通している塩は、日本で一般的な塩に比べると雑味が強いので、ミネラルの補充には適しているような気がする。

 点滴なども行えば救命率が上がるのだろうが、こちらの世界には存在していない。


 医療チームの派遣を日本政府に要望しようかとも考えたが、違う世界の未知の感染症の対策をさせるとなると、それこそ完全防備の防護服姿での対応になるだろう。

 あんな格好で現れたら、それこそパニックになってしまいそうな気がする。


 それに、疫病は今回だけとは限らないのだから、知識を提供して、対応は現地の者が創意工夫していった方が良い気がする。


「ケント、この疫病対策は今夜のうちにまとめて各地に配る予定だ」

「僕が持って行きましょうか?」

「いや、ブライヒベルグなどへの配布はコボルト達に頼むから大丈夫だ」

「問題はリーベンシュタインですね?」

「そうだ、あそこにはコボルトを配置していないからな。どうせ揉めるから顔を会わせて渡す必要はないが、領主の机にでも置いてきてほしい」

「分かりました、それならば行ってきますよ」

「それと、ついでにリーベンシュタインの現状を見てきてくれ。あまりにもひどい状況ならば、ランズヘルト共和国としての支援も検討しなければならんからな」

「了解です。手紙を配達して、状況を探ってきますよ」

「頼む。ただし、くれぐれも疫病を持ち帰ってくるなよ」

「分かっています。ヴォルザードを危険に晒すような真似はしませんよ」


 明日、手紙を取りにくることにして、一旦家に戻ることにしました。

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