第691話 苦労人ジョーは視察する
※今回は近藤目線の話です。
出掛ける支度をしてシェアハウスのリビングに下りると、遅めの朝食を食べていた新田が声を掛けてきた。
「ジョー、見物に行くのか?」
「あぁ、一度見ておいた方が良いだろう」
何を見に行くのか口に出さなくてもお互いに話は通じている。
生きた魔物の討伐を経験できる実戦訓練場が、今日から使えるようになるそうだ。
あちこちで告知をしてオープンしたプールとは違い、ギルドの掲示板に一枚張り紙がされていただけだが、特に若手の冒険者の間では話題になっているらしい。
魔の森に隣接する土地柄、ヴォルザードの近郊では討伐する魔物には事欠かない。
経験を積む気ならば、いくらでも経験をする機会は得られるし、討伐すれば金にもなるが、その代わり命の保証は無い。
ベテラン冒険者の知り合いでもいれば手ほどきしてもらえるだろうが、何の伝手も無い新人冒険者は、ギルドの訓練場で腕を磨いた後、命懸けのギャンブルに挑むしかない。
命の危険が少ない状況で討伐の経験が得られるとなれば、若手の冒険者たちが注目するのは当然だろう。
「達也はどうすんだ?」
「んー……一応見ておくか。てか、ギルド運営の訓練場が出来たってことは、国分のところでの特訓はもう出来ないって考えるべきなのか?」
「この前、俺らが上に行くには国分依存からの脱却が必要だって話しただろ」
「それは分かってるけどよ。例えば、俺達だけでロックオーガに挑むとかは無理だろう」
俺達シェアハウス組の四人は、オーランド商店の護衛依頼でラストックまで行った時に脱国分依存の方針を確認し合ったばかりだが、国分主催の特訓が完全に無くなると考えると不都合が生じてしまうのも事実だ。
「その辺りは、単独でロックオーガを倒せるような威力の魔法とか、剣の腕前が上がった時にでも考えようぜ。というか、行くなら急げよ。たぶん、若手が集まってるはずだぞ」
「おぅ、急いで食っちまうから待ってくれ」
新旧コンビは残っていた朝食を掻き込むと、食器をキッチンに戻した後、着替えるために部屋へ駆け戻っていった。
新旧コンビを待つ間、時間を持て余していると、レシピノートを開いていた綿貫が声を掛けてきた。
「あんまり乗り気じゃないみたいじゃん」
「えっ? うん、そうなのかもな」
「ジョー的には、訓練場とか無い方が良いの?」
「まぁ、俺達のアドバンテージが減るのは事実だからな」
「なるほど、確かに国分の特訓は役に立ってそうだもんね」
「役に立つどころじゃないよ。あれが無かったら、今みたいに討伐も出来なかっただろうし、護衛の依頼も請け負えていないと思う」
「新しい訓練場では、国分の特訓みたいに、一人に一頭ホイホイ魔物を与えてくれる訳じゃないんでしょ?」
「そうだと思うけど、そこは行ってみないと分からないな」
分からないとは言ったが、国分の特訓みたいに一人に一頭オークを用意するのは難しいというよりも不可能に近いだろう。
「あたしは、そんなに深刻になるほどじゃないと思うけどね。討伐とか全然分からないけど」
綿貫はリーゼンブルグに召喚された後も、魔物討伐の実戦には一度も参加していないが、国分の特訓は一度見物に来た。
普通の人とは少し違った物の見方をする綿貫の言葉は、討伐には素人であっても本質を突いていそうな気がする。
「悪い、待たせた」
「行こうぜ」
新旧コンビが支度を終えて降りて来たので、訓練場の見物に出掛ける。
通りに出たところで、古田が訊ねてきた。
「ジョー、どこから行く?」
「城壁の上を行った方が分かりやすいだろう」
「だな……」
ギルドの訓練場が話題になっているのは、生きた魔物の討伐訓練ができるのと、その様子を城壁の上から見物できるからだ。
安全な場所から魔物の討伐を見物できる訓練場は、冒険者以外の住民にとっては、ある種のアトラクションと言っても過言ではないだろう。
倉庫街の通りを抜けて、突き当たった城壁に階段を使って昇ると、目の前にあるのは国分の屋敷だ。
「達也、池に目隠しが出来てるぞ」
「マジ? てことはプールなのか?」
新旧コンビの言う通り、国分の家の池の手前には、幌布製の目隠しがされている。
嫁の水着姿を自慢するよりも見せない方を選んだらしい。
それにしても、だだっ広い敷地に、デカイ家、使用人用の寮にプール付き。
うちのシェアハウスがいくつ……いや何十個入る広さなんだろうか。
「うわっ、凄ぇ人だかりができてるぞ」
国分の家の広さに呆れながら視線を移動させると、南側の城壁の一角に人だかりができていた。
「あれ、全部見物人なのか?」
「ちょっと待て、和樹。女子もいるんじゃね?」
「マジか! 出遅れたぞ達也」
遠目で見ただけだが、古田の言うように城壁上の見物人には女性の姿もある。
「ちくしょう、初日に申し込んでおけば良かった」
「そうすれば、俺様の華麗な討伐テクを披露できていたのによぉ」
新旧コンビは、魔物を討伐する格好良い姿を見せて女性にチヤホヤされようと思っているみたいだが、ミリエの時みたいに空回りしてグダグダになるのがオチだろう。
城壁の上には、かなりの人数が集まっていたが、訓練場の敷地が広いので見物はできそうだ。
訓練場は、街に近い手前側が魔物との戦闘を行うスペースで、奥に魔物を保管しておく檻があるようだ。
オープン初日に訓練を行うのは、どうやら守備隊員のようだ。
「これより、ゴブリン討伐の訓練を行う。総員、整列!」
上官らしき隊員の号令に従って、十人の隊員が整列した。
こちら側に背中を向け、金属製の胴金を身に着けているので分かりにくいが、若手の隊員のように見える。
「最初の組、前に出ろ!」
「はい!」
武装は全員が小型の盾と片手剣で、二人一組で訓練を行うようだ。
二人が訓練場の中央まで進むと、奥の建物の扉が開いてゴブリンが一頭姿を現し、それを見た見物人から失望したような声が上がった。
「なんだよ、ゴブリン一頭に二人掛かりかよ」
「ゴブリンなんか、一人でも楽勝だろう」
そうした声を聞きながら、新旧コンビは肩を震わせている。
「くっくっくっ、さすが国分……」
「見事な鬼畜っぷりだな」
城壁からは一番遠くにいるから分かりにくいが、姿を見せたゴブリンは普通の個体よりも明らかに体格が良い。
国分いわく、活きの良い個体というやつだ。
もしかすると、上位種になりかけなのかもしれない。
ただのゴブリンだと思って向かっていくと痛い目に遭いそうな気がする。
「あの二人って、今年入隊したのかな?」
「だったら一人じゃ無理だろう……てか、新人じゃ二人でも結構厳しいんじゃね?」
敵意を剥き出しにして前屈みの姿勢をとったゴブリンに対して、盾を構えた二人の守備隊員の動きは見るからに硬く、腰が引けてしまっている。
「恐れるな! 訓練通りに動け!」
上官の声を聞いて、隊員二人は間隔を広げた。
どちらか一方が狙われた場合、剣を握ったリーチならば援護できるが、素手では届かない距離だ。
飛び掛かろうと体を沈めていたゴブリンは、キョロキョロと二人を交互に眺め、どちらを狙おうか迷い始めたようだ。
逆に守備隊員は、自分達のやるべき事を思い出したようで、迷いが吹っ切れたように見える。
二人がジリジリと距離を詰めて挟み込もうとすると、ゴブリンは意外な行動に出た。
どちらの隊員にも飛び掛からずに逃走を図った。
二人の守備隊員は、いつ自分に飛び掛かって来ても良いように盾を構え、いつ相棒に飛び掛かっても良いように剣を構えていたが、ゴブリンが逃亡するとは思っていなかったようだ。
挟み撃ちから抜け出したゴブリンは、訓練場を縦横無尽に走り回り、守備隊員たちと鬼ごっこ状態になった。
訓練が始まるまでの息を飲む緊張感は消え去り、ゴブリンの逃げ足に翻弄される守備隊員を見て見物人からは笑いが洩れていた。
「あれ、ヤバいんじゃねぇの?」
「魔法使って足止めしねぇと……」
ゴブリンに翻弄される守備隊員を見物人たちは指差して笑っているが、新旧コンビは心配そうに見守っている。
実際、守備隊員たちの足取りが怪しくなってきている一方で、ゴブリンには余力がありそうだ。
守備隊員の二人がゴブリンを壁際に追い詰めたところで、新旧コンビの懸念が当たった。
それまで逃げに徹していたゴブリンが、突然一人に体当たりを食らわせる。
ゴブリンは尻餅をついた守備隊員に掴み掛かり、顔面や首筋を爪で搔きむしった。
もう一人の守備隊員が剣を振り回すと、ゴブリンは訓練場の反対側へ逃げ出した。
ゴブリンに組み付かれた守備隊員の顔からは血が滴っている。
「そこまで! 次の組と替われ!」
怪我をした相方に肩を貸しながら一組目が下がると、入れ替わるように次の二人組が訓練場に出て来た。
最初の組の失敗を見ていたからか、二組目はすぐさま詠唱を始めて魔法を放った。
ゴブリンは一人目の放った水の槍は避けてみせたが、二人目の放った風の刃に足を切り裂かれた。
かなりの深手のようで、ゴブリンの動きが目に見えて鈍くなっていく。
こうなれば、あとは一方的に止めを刺すだけだ。
「最後まで気を抜くな! 苦し紛れに組み付いて来るぞ!」
ゴブリンやオークでも、死にかけた振りをして相手が油断した所で反撃して逃げようとしたりする。
上官の指示が無ければ一組の隊員と同様に組み付かれていたかもしれないが、油断しなければ体格差もあるからゴブリンに後れを取ることはない。
「よし、止めを刺したら魔石を取り出せ! 他の連中も見ておけ!」
これもかつての自分達を見るようだが、さっきまで果敢に戦っていた守備隊員が、おっかなびっくりゴブリンの腹を裂いて魔石の取り出しを始めた。
ゴブリンを倒した守備隊員が、両手を血まみれにしながら何とか魔石の取り出しを終えると、上官が指示を出した。
「よし、死体を片付けてくれ」
隊員たちに声を掛けたのかと思いきや、ひょこっと国分のところのコボルトが姿を現し、守備隊員に向かって敬礼した後、ゴブリンの足を掴んで影の中へと姿を消していった。
「うぇぇ、何だ今のコボルト!」
「ゴブリンどこに行ったんだ?」
「魔物使いが使役してるコボルトだ」
俺達は見慣れているが、影に潜る国分のコボルトを初めて見た見物人たちは驚いていた。
国分のコボルトがゴブリンを引き摺って影の中へと姿を消した後、新田が声を掛けてきた。
「ジョー、帰ろうぜ。こりゃ国分の特訓と一緒だぜ」
「だな。鬼畜度合いは違うだろうけど、若手のレベルは上がるって思っておいた方が良さそうだよな」
「俺らもレベルアップする方法を考えようぜ」
「あぁ、帰って考えよう」
同年代の冒険者のレベルが上がれば、俺達のアドバンテージは失われる。
他の連中よりも稼ぎたいならば、自分達が腕を磨くしかない。
新旧コンビもやる気を出しているみたいだし、少し気合い入れてレベルアップに取り組もう。
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