第690話 顔合わせ
実戦訓練場の整備は、ギルドと守備隊が一緒になって着々と進められています。
訓練場の管理や指導を行う人のための施設や、利用する人間のための施設などは、全てヴォルザードの城壁の内側に作られています。
これは、城壁を境にして内側は人間の支配地域、外側は魔物の領域という考え方に基づいています。
もし、訓練場の内部で魔物が檻から脱走するような事態が起きても、城壁内部へと通じる地下道を封鎖しておけば街に魔物が入り込む心配は要りません。
また、そうした事態が起こった時に、内部に人が取り残される可能性を極力減らすためでもあるそうです。
訓練場の利用は、最初に守備隊に対して割り当てられ、残りの部分をギルドが管理して冒険者に割り振るそうです。
訓練場の管理は、守備隊が担当するそうです。
今日は守備隊の管理責任者との顔合わせと、出来上がった魔物用の檻の確認、そして魔物の納品を行う予定です。
うん、実に早い。
僕が思い付きを語ってから、全く動いていなかったものが、ドノバンさんが動いた途端に形になり実動直前まで来ています。
こういうのを見せつけられてしまうと、やっぱり僕って便利に使われている子供でしかないんだなぁ……って思わされてしまいます。
顔合わせは、訓練場へと向かう地下道の脇に作られた、管理者用の施設で行われました。
「おはよう、ケント」
「おはようございます。カルツさんが管理の責任者なんですか?」
施設の入り口で僕を出迎えてくれたのはカルツさんで、もう一人男性の隊員を伴っています。
「いや、訓練場の管理責任者は、こっちのカシメロだ」
「カシメロです、よろしくお願いします」
カシメロさんはカルツさんと同期で、別の隊の副長を務めているそうです。
今回、訓練場を新設するにあたって、訓練場の管理と新人隊員の指導の責任者に選ばれたそうです。
「ケントです。これから魔物の納品でお世話になりますので、こちらこそよろしくお願いします」
僕が姿勢を改めて頭を下げると、カシメロさんも頭を下げた後でカルツさんに視線を向けました。
「なっ、大丈夫だろう。噂なんて当てにならんもんだ」
「あぁ、まったくだな」
「えっと、どういう事でしょう?」
「ははは、すまん、すまん、カシメロはケントと殆ど面識が無かったもので、色々と噂話に感化されてたんだ」
「噂……ですか?」
「ケントがヴォルザードに来てからの活躍ぶりは知らない人はいないが、ケント自身と親しく話をした人は多くないからな。色々と実物とは違う人物像が出来上がっているそうだぞ」
カルツさんやカシメロさんの話によれば、僕は強力な魔物を使役して、サラマンダーやグリフォンなどの災害級の魔物も討伐し、領主のクラウスさんすら娘を差し出さなきゃいけない傍若無人な冒険者……みたいな感じに思われていたりするそうです。
「とんでもない、僕なんてクラウスさんに顎で使われているだけですよ」
「しかし、この訓練場の防壁もケントさんが半日足らずで作り上げたのですよね?」
「それは、うちの眷属に土木工事が趣味みたいな一団がいるもので……」
「うちの土属性の部下に壁を確認させましたが、普通の何倍も硬いって言ってましたよ」
「それも、うちの眷属が硬化させたものですから、僕の手柄じゃありませんよ」
「では、その岩よりも硬い壁を整形したのは、どなたです?」
「うっ、それは僕ですけど……」
「まぁまぁ、そんなにケントをいじめるな、カシメロ」
「いや、いじめるつもりなんて毛頭無いぞ。ただイメージが余りにも違ってたんでな」
「そこは、これから仕事を共にしていくうちに分かっていくさ。じゃあ、後は二人でいいな」
「あぁ、すまなかったな」
どうやらカルツさんは、僕とカシメロさんの橋渡し役だったようです。
「では、ケントさん、施設の中をご案内いたします」
「お願いします」
施設の案内は、カシメロさんの他に五人の部下が一緒でした。
この五人は、訓練場の利用者に討伐の指導も行うと同時に、万が一の事態が起こらないように討伐訓練中の安全確保も行うそうです。
僕と眷属のみんなで防壁と地下通路を作った後、守備隊の皆さんによって三つの門が設置されていました。
一番目の門は、守備隊の敷地から地下道へと下りる階段の上に設置されていて、二番目の門は階段を降り切った所から地下道に入る所に設置されています。
三番目の門は、地下道から訓練場の敷地へ上がる階段の手前に設置されています。
「随分と厳重ですね」
「はい、守備隊では、将来的にロックオーガの討伐訓練も行いたいと考えています。その際に万が一でも城壁内部に侵入されることが無いように、門を設置しています」
魔の森で遭遇する可能性が高い魔物の中で、危険度の高い魔物はギガウルフとロックオーガです。
サラマンダーやストームキャットなどは個体数が少なく、遭遇する可能性は低いです。
まぁ、遭遇して発見された場合には、普通の冒険者では諦めるしか無いレベルですけどね。
ヴォルザードの過去の被害例の中でも、ロックオーガによるものが一番多いそうで、守備隊にとっては天敵のような存在です。
ロックオーガは、その名の通りに皮膚が岩のように固く、刃物による攻撃が通りにくいのが特徴です。
一般の冒険者や守備隊員からすると、魔法にしても、物理にしても、斬るよりも刺す攻撃をして、少しずつ体力を奪って倒すしかない厄介な存在なのです。
「当面の間はゴブリンとオークをメインにして、条件の良い日にオーガの討伐訓練を行う感じで考えています」
「それでは、僕の納品もそうした魔物がメインになりますね」
「はい、ですが、魔物を生きたまま搬入なんて、本当に出来るんですか? いや、出来なければ訓練場が成り立ちませんし、可能なのだと分かっていますが、肝心な搬入口すらありませんし……」
まぁ、カシメロさんが疑問に思うのも当然で、最初から送還術で魔物を送り込む予定だったので、搬入口は設置してありません。
「大丈夫です、魔物は送還術で搬入しますので、檻に案内して貰えますか」
「はい、勿論全部見ていただきます」
地下道を抜けて、階段を上がった先は頑丈な造りの建物になっていました。
更に訓練場は、東のエリアと西のエリアに壁で仕切られていました。
「向かって右手、西側がゴブリンの討伐訓練を行うエリアで、東側がオークやオーガの討伐を行うエリアです」
「なにか違いがあるのですか?」
「訓練場自体には特に違いはありません。違いは訓練場の南側に設置された檻の形ですね」
ゴブリンなどの弱い魔物の場合には、複数の個体を同じ場所に閉じ込めても殺し合いに発展する可能性は低いらしい。
一方のオークやオーガの場合には、それこそ上下関係を決めるために命懸けの争いを始める可能性が高いそうです。
そこで、オークやオーガは一頭ずつ別々に入れる檻の形になっていて、ゴブリンは複数を一緒に居れる檻になっているそうです。
「ケントさん、そのゴブリンなんですが、できたら同じ群れのものを納品してもらうのは可能ですか?」
「出来ますよ。やっぱり別の群れの個体が混じると争いになりそうですもんね」
「はい、そんなに長期間飼育するつもりも有りませんが、檻の中で暴れて冒険者と戦う余力を失っていたら意味ありませんものね」
ゴブリンは群れで行動する場合が多いので、十頭程度だったら一つの群れで揃えることは可能です。
送還術も手に入れてから日常的に使用してきたので、送還する物体の範囲設定も上達しています。
最初の頃みたいに、ゴブリンが送還範囲からはみ出して、縦に真っ二つ……なんて状況はもうありません。
「こちらが、オークやオーガ用の檻になります。ご注文どおり、檻には番号を振ってあります」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと作業させてもらいますね。召喚、送還」
召喚したのは天井の一部、送還したのは闇属性のゴーレムです。
こうして目印をのこしておけば、何番の檻にオーク、別の番号にはオーガ……みたいな感じで納品が可能になります。
実際に召喚術、送還術を使った作業を見せながら、魔物の納品方法を説明したので、カシメロさんとしても分かりやすかったようです。
同様に、ゴブリン用の檻にも闇属性のゴーレムを仕込みました。
「では、早速ですが、一番の檻にオークを五番の檻にゴブリン五頭の納品をお願いします」
「分かりました、少し待っていて下さい」
闇の盾を出して影の空間に潜り、ヒュドラを討伐した場所へと移動しました。
「最初の納品だからね、活きの良い奴を選ばないとだね」
ヒュドラを討伐した場所にできた大きな池の畔には、相変わらず多くの魔物の姿がありました。
中でもゴブリンとオークは個体数が多い魔物なので、見つけるのに苦労しません。
「うん、ゴブリンはあの群れにしよう、送還!」
魔力に富んだ餌を食べているからか、この付近に暮らしているゴブリンは通常のものよりも体格の良い個体が多く暮らしています。
その中でも健康そうな個体をえらんで、五番の檻に送還しました。
「マルト、ちゃんと届いたか見て来て」
「わふぅ、分かった」
マルトに確認してもらっている間に、今度はオークを物色します。
オークは元々個体差が大きいので、大きすぎず、小さすぎず、標準的な個体を選びました。
「わふぅ、ご主人様、ゴブリンはちゃんと届いていたよ」
「ありがとう。オークもどれにするか決めたから、あいつを送還したら戻ろう。送還!」
目標のオークを一番の檻に送還した後、影の空間を通って訓練場へと戻りました。
「いかがですか?」
「あぁ、ケントさん。こんなに早く届くとは思ってもいませんでした」
「健康そうな個体を選んできましたので、良い訓練材料になると思いますよ」
「はい、ここから先は私達がしっかりと役目を果たさせていただきます」
「よろしくお願いします」
この後、魔物の注文方法について打合せをして、無事に顔合わせは終了しました。
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