第688話 訓練場の意味

 ヴォルザードに新設される実戦訓練場の内部は、建設業者によって整備されることになり、僕らの出番は一旦終了となりました。

 まぁ、生きた魔物を捕まえるのは僕の仕事になるでしょうから、いずれまた関わることにはなるはずです。


 実戦が行える場所は二面に分かれていて、城壁の上からは内部の様子が見えるようにしてあります。

 訓練する人だけでなく、見物する人にも魔物の恐ろしさを知ってもらうためで、打ち合わせをした時に、ドノバンさんに小言をもらったからでもあります。


「城壁の上から見える屋敷の庭に、ギガウルフやらストームキャットやらサラマンダーが放されていて、お前の嫁やら使用人が平然と接しているのを見て、魔物は人に慣れるし怖くない……なんて勘違いする奴が現れないとも限らんからな」

「うっ……それじゃあ魔物の恐ろしさ、危なさを実感してもらうに、実戦訓練を見てもらわないと駄目ですね」

「それだけじゃないぞ、訓練する連中も他人に見られているとなれば、無様な姿は晒したくないと思うのが人情ってもんだろう。見物人に対して格好つけたかったら腕を磨けってことだ」

「なるほど……でも、和樹や達也みたいにならなきゃいいけど」

「あいつらが、どうかしたのか?」

「以前、僕の訓練場に新人冒険者の女の子も一緒にいったことがあって……」


 ミリエが魔の森の訓練場に同行した時、格好つけようとした新旧コンビがグダグダになっていたと話すと、ドノバンさんは呆れたように大きな溜息をついた。


「あいつら……何をやってるんだ」

「でも、結構前の話ですし、今はそこまで酷くないですよ」


 新旧コンビの二人も、ヘマさえしなけりゃ一人でオークを危なげなく倒せるようになっています。

 まぁ、女性の視線がある場合にどうなるかは分かりませんけどね。


「ところでケント、魔物を捕まえてくる報酬だが、その魔物の魔石分の金額をお前に振り込むというのはどうだ?」

「それだと、ほぼほぼ僕の儲けになっちゃいませんか?」

「当り前だろう。本来、お前が簡単に倒して魔石を手に入れられるのだし、訓練を受ける冒険者は安全な状況で経験を積めるんだ。そんな恵まれた状況を用意してもらって、更に金までよこせなどとは言わせんぞ」

「まぁ、確かにそうですよねぇ」


 僕が近藤や新旧コンビに訓練場を提供している時には、討伐後に素材の剥ぎ取りもやらせていましたし、魔石は倒した人間のものとしていました。

 ただ、新設される訓練場を運営するのはギルドですし、生きた魔物を準備してもらうのですから、素材で得られる報酬までよこせというのは贅沢でしょう。


「ただ、儲けが出ない状況で、訓練を受けようと思う冒険者がどの程度いるか……ですよね?」

「そうだ、せっかく作るのだから利用してもらわなきゃ意味が無いが。素材までくれてやっていたらギルドが大きな赤字を背負うことになる。その代わり、実戦訓練を受けなければ討伐の依頼受注を認めないとか、ランクアップの基準にするとかを考えている」

「受けないと駄目……だと参加を渋るかもしれませんね。受けると早くランクアップするって言った方が参加したがるんじゃないですか?」

「だろうな、中身は同じだが言い方次第ってやつだな」


 ドノバンさんとしては、とにかく若手の死傷率を下げ、早急な実力アップを図りたいようです。


「施設は、守備隊でも利用するんですよね?」

「その予定だ。守備隊は魔の森で実戦訓練を行っているが、若手に安全な場所で倒す経験を積ませるにはもってこいだからな」


 守備隊の新人隊員たちは、新人教育や配属された隊の隊長やベテラン隊員の指導の下で討伐訓練を行っているそうです。

 ただ、いくら魔の森だといっても、目的の魔物が都合の良い数でいるとは限りません。


 運が悪ければ、新人を庇いながらギリギリの戦いをしなければならない状況に追い込まれたりもするそうです。

 その点、今度作る実戦訓練場では、目的の魔物を思った通りの数で準備できるので、予想外の危険な状況に陥る心配をしなくて済む訳です。


「ところで、お前の方は、そんなに都合よく魔物を捕まえて来られるのか?」

「はい、以前ヒュドラを討伐した跡地が大きな池になっていて、その周辺に魔物が群れていますから問題ありません」

「魔物が群れているだと、大丈夫なのか?」

「ヴォルザードに来る途中の地形を橋を三ヶ所残して削って、西と東の海を繋げたので、以前のような大量発生は起こらないはずです」

「そんなことまでやってたのか、まぁヴォルザードに悪影響が無いなら構わんか」


 ヒュドラの討伐跡地はコボルト隊の巡回コースになっていて、魔物が増えすぎた時には間引いて魔石を回収しています。

 これからは、実戦訓練場のための魔物の養殖場みたいな感じになりそうですね。


 ドノバンさんとの打ち合わせを終えた後、クラウスさんの執務室にも立ち寄りました。


「ケントです」

「おぅ、入れ」


 執務室に入ると、クラウスさんの椅子に座ったまま両手を挙げて背中を伸ばしていました。


「一日中書類を眺めてるとウンザリしてくるぜ」

「お疲れさまです」

「訓練場の方は順調なのか?」

「はい、内部の建物ができたら魔物を運び入れてくれって言われてます」

「まぁ、ドノバンがやってるんだから問題は無いだろう」


 応接ソファーに向かい合って座ると、ベアトリーチェがお茶を淹れてくれました。


「ケント様、訓練場の工事費用は既に振り込んでいただきました」

「おぉ、さすがギルド発注の指名依頼だけあって早いね」


 指名依頼の場合には、支払いが滞るようなことはありませんが、それでも大規模な土木工事などでは完成チェックに時間が掛かって、実際に支払われるまで少し時間が掛かる場合もあります。

 今回の場合は、ヴォルザードのすぐ近くですし、確認に時間は掛からなかったのでしょう。


「ケント、今のうちに魔物を見繕っておけよ」

「えっ、何かあるんですか?」

「街が休みになる時期に、訓練場のお披露目をしたい」

「何か理由があるんですね?」

「ヴォルザードには高い城壁があるから魔物が侵入することは稀だが、たとえ塀の外であっても魔物がいることに不安を感じる住民もいる。訓練場の中とはいえども、人と魔物が戦っていて大丈夫なのかと思うわけだ」

「なるほど、そうした人達に万全の体制でやっているから大丈夫だとアピールするんですね」


 ヴォルザードの城壁は三階建ての建物ぐらいの高さがあって、普通の魔物では乗り越えて侵入することは難しい。

 だからこそ、魔の森と接する場所であっても住民は安心して暮らしていられるのだ。


 実戦訓練場は、その城壁の外に作られ、守備隊の敷地との連絡通路には頑丈な門が二重に設置される。

 例え、訓練場から魔物が逃亡を図ったとしても、ヴォルザードの市街地に入り込む確率は非常に低い。


 そうした状況を見せて、住民の不安を取り除こうということらしい。


「それに、ヴォルザードに暮らしていても、実際に魔物を見たことのない奴だっているし、そういう連中は当然討伐の様子を見たことも無い」

「ドノバンさんにも言われましたが、魔物の危険性を知らせる意味もあるんですよね?」

「その通りだ。お前がヴォルザードに来てから、街道の治安は良くなった。危険度の高い魔物が大きな群れを作ることが減り、護衛依頼の冒険者が死傷する割合は減った。その一方で、駆け出しの冒険者の死傷率は上がっている」

「若手冒険者の魔物への警戒心が減ってるってことですよね?」

「そうだ、今の状態が続けば、魔物への警戒心が薄いまま冒険者になる者も増えるだろうし、命を落としたり生活に支障をきたすような後遺症を負う者が増えれば、ヴォルザードの経済状況が悪化する可能性だってある」


 貴重な人材を育てて活用する……クラウスさんらしい考えです。


「それに、単純に魔物と人の戦いってのは見ていて熱くなるだろう」

「えっ? ま、まぁ……熱くなると言われれば否定はしませんけど、遊びじゃないですよ」

「馬鹿野郎、そんな事は分かってる。魔物と命懸けで戦う姿を見せれば、守備隊への市民の見方も変わるだろう」

「あっ、それは確かにそうですね」

「守備隊員ってのは、時には住民同士の争いに割って入って、状況を収めなきゃいけない時もある。そういう時に、相手が普段から命懸けの訓練を積んでいる者だと知られていれば、反発する度合いが減ったりするんだよ」


 確かに訓練は、あまり人目に触れるものではありませんし、街道の脅威が減ると守備隊の存在意義を疑問視する人も増えるかもしれません。

 そこで厳しい訓練の様子を見せれば、守備隊の好感度も上がるという訳です。


「まぁ、単純に見世物としても面白いのは確かだしな」

「はぁ……実戦訓練を娯楽にするつもりですか」

「お前みたいにホイホイ魔物が倒せる奴にとっては、面白くもなんともないだろうが、魔物を見るも初めて……なんて連中からすれば、スリル満点の出し物だぞ」

「まぁ、そうかもしれませんけど、ちょっと不謹慎じゃないですか?」

「固いこと言うな。冒険者なんて名前を売ってなんぼの商売だぞ」

「まさか、訓練開始から倒すまで何分掛かるか……とか、賭けの対象にしたりしませんよね?」

「ケント、お前は天才か……と言いたいところだが、名前の売れていない若造じゃ賭けの対象にはならねぇだろう」


 逆に、名前の売れている連中だったら賭けの対象にしてたってことでしょうか。

 まぁ、こうした一面もクラウスさんらしいんですけどねぇ……。

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