第687話 訓練場建設工事
当り前の話ですが、僕が思い付きで進めるのと、ドノバンさんが実務として進めるのでは、進捗の度合いが天と地ほども違います。
ドノバンさんと訓練場の話をした二日後には、基礎となる整地と防壁の設置に関する指名依頼を打診されました。
場所はヴォルザードの南側で、広さはギルド全体の敷地の四、五倍ぐらいもあります。
訓練場内の区分けや建物の建設については僕に依頼するのか、それともヴォルザードの建築業者に頼むのか検討中らしいです。
とりあえず、魔の森を切り開いて整地し、周囲に防壁を設置、そしてヴォルザードの城壁内と訓練場をトンネルで繋ぐところまでが今回の依頼となります。
ちなみに依頼の報酬については、うちの敏腕秘書とドノバンさんの間で合意済みだそうです。
ホント、何から何まで仕事早いですよね。
ていうか、この後の仕事もラインハルト達が全部片づけちゃったら、僕って全く要らない子になっちゃいそうですよね。
ここは一つ、気合いを入れて仕事しましょうかね。
『さて、ケント様、どのように進めますか?』
「まずは、城壁の上から建設予定地を確認しておこうと思うんだ」
『そうですな。実際に現地を見てみないことには話になりませんな』
整地と城壁の建設と聞いて、ラインハルトとコボルト隊やゼータ達は、やる気に満ち溢れているようです。
放っておくと、依頼の内容を超えるようなものを作っちゃいそうなので、シッカリ監視しておきましょう。
城壁の上からは、魔の森の様子が一望できます。
と言っても、森が鬱蒼と茂っていますから、見通せる範囲は限られています。
「こうして城壁の上から魔の森を眺めていると、ヴォルザードに来たばかりの頃を思いだすよ」
『最初の大量発生はロックオーガでしたな』
「そうそう、ラインハルト達のお披露目の場でもあったね」
二百頭を超えるロックオーガの大群が襲ってきたのは、僕がヴォルザードに来てから一ヶ月ぐらいの頃でした。
このままでは守備隊や冒険者に大きな被害が出ると予想されたので、ラインハルト達に討伐を頼みました。
ギリクとの立ち合いで、僕が治癒魔法を使えることがドノバンさんにバレて、クラウスさんに正体を明かすことになったんですよね。
『その後は、ゴブリンの極大発生でしたな』
「あぁ、あれはクラスメイトをラストックから救い出して来た時だったね」
『なかなか際どいタイミングでした』
ラストックの駐屯地からクラスメイトや先生を馬車に分乗させて、ザーエ達に引っ張ってもらってヴォルザードを目指したのですが、ゴブリンの極大発生とかち合ってしまいました。
津波のごとく押し寄せるゴブリンと、僕らの馬車がヴォルザードに到達したのはほぼ同時で、もう少し遅れていたら多くの犠牲者を出すところでした。
ロックオーガを瞬殺しちゃうラインハルト達にとってゴブリンは雑魚中の雑魚ですが、地面を埋め尽くすほどの数ともなれば話は別です。
ヴォルザードは城壁で囲まれた街ですが、死骸の山のせいで乗り越えられそうになるなんて思ってもみませんでした。
「南の大陸と繋がる場所は制限しちゃったし、もう大量発生の心配は要らないかもね」
『いいえ、それは分かりませぬぞ。最近は起こっておりませんが、例の空間の歪みから魔物が溢れて来る可能性がございますぞ』
「そうだ、そういえば最近は地震も無いし……でも、油断しない方がいいよね」
『そうです、慢心、過信、油断は禁物ですぞ』
「そうだね、この施設は駆け出し冒険者の過信を戒めるためでもあるんだもんね」
『それにしても、城壁の上から見えるようにするとは考えましたな』
「訓練を行っている人だけが魔物の恐ろしさを体験するんじゃ勿体ないよね。城壁の上から戦っている様子が見られれば、見物している人も少しは魔物の恐ろしさを体感できると思ったんだ」
実戦訓練場を設営するにあたって、敷地の土地を一段下げることをドノバンさんに提案してみました。
防壁の高さは城壁の半分程度にして、敷地の高さを下げることで訓練の様子を城壁の上から見物出来るようにします。
同年代の冒険者が苦戦する様子を見れば、実力が伴わないうちに討伐に出掛けて命を落とすことも減るでしょう。
「それじゃあ、範囲を設定して伐採から始めようか」
『了解ですぞ。伐採した木はいかがいたしますか?』
「ラストックの支援に……と言いたいところだけれど、今回はギルドからの依頼だからドノバンさんに確認を取るから、それまでは魔の森の訓練場に一旦まとめて置いておいて」
『かしこまりました。では始めるとしましょう』
ラインハルトが影に潜って城壁の下へと移動すると、同じく影の中から現れたコボルト隊が整列して指示を受け始めました。
今日、工事に参加しているコボルト隊は総勢十五頭、ゼータ、エータ、シータのギガウルフ三頭、それにサンドリザードマンのサヘルも加わっています。
ラインハルトの指示に従って、コボルト隊とサヘルが城壁に沿って広がって、工事予定の範囲まで到達したところで止まりました。
ゼータ達はコボルト隊の後ろに三頭が広がる形で控えています。
はて、ここからどうするつもりなんですかね。
『総員抜剣、かかれぇ!』
ラインハルトの念話による号令と同時にコボルト隊は背負っている剣、サヘルはククリナイフを抜き、魔の森に向かって突っ込んで行きました。
「うわぁ……草刈りかよ」
背負っている時には玩具みたいに見える剣ですが、コボルト隊が振るえば大木を雑草でも刈るように切断してしまいます。
倒れてくる木は、ゼータ達が闇の盾を使って影の空間に回収し、ほんの二十分ほどで伐採作業は完了してしまいました。
切り開かれた面積は、東京ドームの倍ぐらいの広さがありそうです。
木の伐採作業が完了したら、続いて整地作業が始まりました。
コボルト隊とゼータ達が土属性の魔術を使い、切り株や灌木、岩や石などを掘り出しては影の空間に放り込んでいきます。
作業の物音に気付いて、城壁を巡回している守備隊が駆け寄って来ましたが、凄まじい勢いで魔の森が整地されていく様子を見て固まっています。
「魔の森で魔物使いが工事するって聞いてたけど、なんだありゃ……」
畑の土を耕運機で耕すみたいに、大木の切り株が掘り返されて消えていくんですから、そりゃ驚くのも当然ですよね。
実際、作業が終わったところは雑草や石ころも無く、そのまま畑としても使えそうです。
落ち葉とかも沢山混ざっていそうですし、栄養たっぷりの良い土じゃないですかね。
いっそ魔の森を開墾して、ヴォルザードの食料自給率を改善しちゃいましょうか。
整地が終わると、今度はコボルト隊とゼータ達は、一斉に土を掘り始めました。
中央から外側に向かって、敷地全体を周囲よりも建物一階分程度掘り下げていきます。
この訓練場は、城壁内部の守備隊の敷地とトンネルで繋げます。
守備隊の敷地から建物二階分地下に降り、地下道を抜けて階段を一階分上がって訓練場に入る感じです。
この一階分掘り下げた土を周囲に積み上げ、土属性の魔術で硬化させて防壁にします。
それにしても、土属性魔術と物理的な掘り返しの合わせ技なんですが、日本の重機を使った作業よりも遥かに速いです。
大手ゼネコンと契約して地球でも荒稼ぎしちゃおうかなぁ……なんて思ったけど、魔素の無い地球ではコボルト隊もゼータ達も、ここまで働けないんですよね。
掘り返しがある程度進むと、掘る作業はゼータ達が担当し、コボルト隊は土の積み上げ作業に移りました。
外から見ていると子供が砂遊びでもしているみたいですが、土が積み上がっていく速度が尋常ではありませんし、コボルト達がポンポンと土を均すとギュっと圧縮されています。
土属性の魔術を使って硬化させているので、固さは岩と同等以上になっているはずです。
ただし、見た目は凸凹で、自然石を積み上げたみたいになっています。
まぁ、僕が送還術でスパっと切り取れば、ツルピカ、カッチカチの壁になるんですけどね。
整地、掘り下げ、積み上げの作業は、さすがに伐採の時ほど短時間では終わりませんでしたが、それでも三時間と掛からずに作業は完了しました。
それでは僕も仕事しますかね。
守備隊の敷地には、あらかじめ地下道の入口となる場所にロープで囲いが作られてありました。
「ラインハルト、地下道の入口部分にも土を積んで固めてもらえる?」
『何か作られるのですかな?』
「このままだと雨が降った時に地下道が水浸しになりそうだから、屋根を作っておこうと思って」
『なるほど、排水溝は作るつもりでしたが、水が入らない方がよろしいですな』
「こっちに土を積んでもらっている間に、ぼくは塀の切り出しをしちゃうね」
『了解ですぞ』
コボルト隊が積み上げ、硬化させた防壁の外側、内側、そして上面を綺麗に切り出します。
「送還! 送還! 送還!」
ポーズつきで声を出しながら作業するのは、いつの間にか城壁に集まってきた見物人に対して僕も作業をやってますアピールです。
送還術を使う度に、平滑に切り出されていく壁を見て、見物人からどよめきが起こっていました。
防壁の切り出しを終えたら、地下道の壁面、天井、床、それと階段を切り出して、最後に守備隊の敷地に作った屋根になる部分を切り出せば作業は完了です。
「うん、いいんじゃない?」
『さすがはケント様ですな。階段や壁の角が鋭利にならないように面取りまでされているとは、感服いたしましたぞ』
「コボルト隊やゼータが固めてくれたから、人の手で削るのは大変だからね」
『ギルドからの注文通り、完璧な仕上がりですな』
「よーし、仕事も終わったし、みんなで川に水浴びしに行こう!」
この後、魔の森の中を流れている小川へと移動して、コボルト隊やゼータ達に揉みくちゃにされながら、みんなの土埃も洗い流してあげました。
ちなみに、ずぶ濡れのコボルト隊を見掛けたら、不用意に近付かないようにして下さい。
ブルブルっと体を震わせる勢いが凄くて、弾き飛ばされた水滴が当たると痣ができるぐらい痛いんだよねぇ。
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