第686話 ドノバンからの相談

 近藤たちと一緒にラストックまで行ったオーランド商店の護衛依頼は、何事も無く終了してヴォルザードまで戻って来られました。

 この日、ヴォルザードの城門で検問を担当していたのは、カルツさんの部下のバートさんでした。


「おぉ、護衛を担当していたのはケントだったのか。まるで冒険者みたいだな」

「いやいや、れっきとした冒険者ですからね」

「そうなんだろうけど、普通の護衛依頼とかやってる印象が無いからな」

「まぁ、その通りなんですけどね」


 確かにバートさんが言う通り、普通の護衛依頼とか殆どやってませんから、城門を警備している守備隊員に珍しいと思われるのも当然ですね。


「積み荷は……空なのか?」

「はい、今回はラストックに支援物資を持って行って、街を監督している貴族との面談が目的でしたからね」

「なるほど、ラストックは酷い水害に遭ったって聞いているから、まだ品物を出荷するほど復興していないってことだな。よし、問題無いから通って構わないぞ」


 バートさんからオッケーを貰った途端、鷹山が奇声を上げながら走り去って行きました。


「リーリーサー! パパが帰ってきましたよぉぉぉぉぉ!」


 箱馬車の御者台で近藤が頭を抱え、道行く人々も何事かと足を止めて鷹山を見送っていました。

 うん、完全無欠のバカ親ですね。


 鷹山を除いた僕と近藤、それに新旧コンビはオーランド商店まで同行し、デルリッツさんから依頼完了のサインをもらいました。


「ケントさん、今回はお世話になりました。おかげ様で、グライスナー侯爵とも繋がりを持てました。しかも、思った以上に良い土地を手に入れられました。本当にありがとうございます」

「いえいえ、僕はヴィンセントさんに話をしただけで、出店用地を確保できたのはデルリッツさんの功績ですよ」

「とんでもない! 他国の一介の商人が、領主様と面談するのは簡単ではありませんよ。ケントさんの紹介が無ければ、面談を申し入れてから身元調査が行われ、問題無いと判断されるまでどれほど待たされていたか分かりませんよ」

「そう言われれば、そうかもしれませんね。どうも領主というとクラウスさんの印象が強いもので……」

「はははは、クラウス様は例外中の例外ですよ」


 護衛もつけずにフラフラ街を歩いたり、一般の人たちに混じって城壁工事で汗を流している姿は、とてもヴォルザードの領主様には見えませんが、そこがクラウスさんの良さでもあるんですよねぇ。


「ラストックに支店を出すことは、クラウス様にも相談済みです。正式な友好条約が無いから止められるかもしれないと危惧しておりましたが、逆にジャンジャン進めろと尻を叩かれましたよ」

「クラウスさんらしいですね。何よりも優先するのはヴォルザードの発展で、そのためになる事ならば絶対に反対しませんからね」


 デルリッツさんから依頼完了のサインを貰った後、近藤と一緒にギルドに報告に向かいました。

 新旧コンビは、てっきり娼館に直行するかと思いきや、珍しくシェアハウスに帰るそうです。


「俺らはコピーしないといけないからな!」

「その通り、できる男にならないとな!」


 何をコピーするのか分からないけど、娼館通いを控えて少しは貯金する気になったんですかね。

 近藤と一緒にギルドに行くと、夕方なのに依頼を張り出す掲示板の前が混雑していました。


「こんな時間に混んでるなんて、何かあったのかな?」

「あぁ、リバレー峠が通れるようになったんだろう。てか、国分は聞いてないのか?」

「今回は工事を担当する人たちを送還術で送り込んだだけで、復旧工事には直接関わっていないからね」

「なるほど、それじゃあ知らなくても仕方ないか」


 受付で、まずは近藤が護衛依頼の報告と清算を済ませ、続いて僕が指名依頼の報告と清算を終わらせました。


「はい、確かに依頼完了の確認をいたしました。報酬はいかがいたしますか?」

「全額ギルドの口座に入れておいてください」

「かしこまりました。ケントさん、依頼完了の手続きはこれで終わりですが、少々お待ちいただけますか?」

「えっと、何でしょう?」

「ドノバンが話があると申しておりますので……」

「げっ……分かりました」


 何の用事か分かりませんが、ドノバンさんからの呼び出しでは断る訳にはいきません。


「災難だったな、国分。じゃあ、俺は先に……」

「ジョーさんも一緒にと言われております」

「えぇぇ、俺も?」

「はい、少々お待ち下さい」


 僕を置き去りにして帰ろうとした近藤は、受付嬢からの一言でガックリと肩を落としました。

 ていうか、近藤まで一緒とは何の用ですかね。


 待つこと暫し、カウンター裏の職員用のエリアから出てきたドノバンさんに、二階の応接室へと連れていかれました。


「忙しいところ悪かったな、まぁ座ってくれ」

「はい……」


 てか、ドノバンさんより忙しい人なんて、ヴォルザードには数えるぐらいしかいないでしょう。

 そのドノバンさんに、忙しいところ……なんて言われたら嫌味かと思っちゃいますよ。


「早速話に入らせてもらうが、ケント、城壁の外に訓練施設を作るって話はどうなってる?」

「うっ……えっと、場所とか運営方法とかを詰めないといけないと思いまして……それに守備隊の協力も必要でしょうし……」

「つまりは、ほったらかしになってるんだな?」

「ぐぅ……その通りです」


 近藤たちと合同訓練を行った、魔の森の訓練場みたいな施設をヴォルザードの近くにも作ろうと思い立ってクラウスさんとかにも話をしたんですが、その後色々忙しくなったせいで、すっかり忘れていました。


「例えば、ギルドの訓練場ぐらいの広さで、周りに城壁の半分程度の高さの壁を作るとしたら、どの程度の時間でできる?」

「整地と壁の設置だけなら、一日あれば出来ると思いますけど」

「い、一日だと?」

「はい、眷属を動員すれば明日の朝には出来上がっていると思いますけど……」

「まったく、最近は受付経由で依頼を受けたり、買い取り用の素材の持ち込みをしなくなったが、相変わらずとんでもない奴だな」

「いや、それほどでもぉ……」

「別に褒めてはいないぞ、むしろ呆れている」


 一応、お約束だからボケてみたけど、ドノバンさんに素で突っ込まれるとちょっと傷付きますね。


「でも、どうして急に訓練施設の話が出てきたんですか?」

「最近、若手……というか駆け出しの連中に死傷者が増えている。どこかのとんでもない冒険者に憧れて、自分達も同じようになれるんじゃないか……なんて身の程知らずの夢を見る連中が増えてな」

「えっと……それって、もしかして僕のことですか?」

「もしかしなくても、お前のことだ」

「でも、それって僕の責任じゃないですよね」

「そうだ。冒険者の生き死には自分の責任だが、駆け出しについてはギルドにも責任がある。だからギルド主導で動くんだ」

「なるほど……」


 ドノバンさんの話によれば、昨日も駆け出しの冒険者がオークに止めを刺し損ねて命を落としたそうです。


「ジョー、実際にケントに訓練させてもらって、どう思った?」

「そりゃあ、目茶苦茶役に立ちましたよ。足場も良い、障害物も無い、どんな魔物が現れるか分かっている、怪我をしても即座に治療してもらえる。絶対に安全といえる環境で、実物の魔物を狩る経験なんて、他ではあり得ませんからね」

「そうだな、ベテランの冒険者が援護して経験を積ませることは出来るだろうが、それほど恵まれた環境は無理だろうな」


 ドノバンさんとしては、安全な環境で経験を積ませ、その後に森の中でベテランが同行しての討伐を経験させたいようです。


「随分と至れり尽くせりって感じがしますけど……」

「ふん、言われなくても分かっている。だが、このぐらいやらないと育つ前にコロコロ死にそうだからな」

「なるほど……そう言われてみれば近藤たちも最初の頃は、オーク一頭に三人で立ち向かっても四苦八苦してたよね」

「そらそうだろう。平和ボケした日本で生まれ育ったんだ、オークなんて見るだけでもビビってたぞ」

「今なら、オークも一撃で倒せるんじゃない?」

「一撃は難しいかもしれないが、一頭だったら危なげなく倒せる自信はあるぞ」


 近藤は、元柔道部員ということもあってか、相手を崩して攻めるのが上手です。

 足を狙って動きを鈍らせ、出血させて体力を削り、言葉通り危なげなく止めを刺します。


 ロックオーガでなければ、オーガだって一人で楽に倒せるでしょう。


「俺たちがオークやオーガと相対しても、落ち着いて討伐を進められるのは、間違いなく国分の特訓場での経験です。魔物に止めを刺すタイミングなんて、実際にやってみなけりゃ分かりませんよ」

「そうだ、だからこそ実物と戦える訓練場が必要になる」

「ただ、訓練場で倒せたからって、調子に乗らないように釘を刺しておく必要がありますよ。俺たちは次々にレベルの高い魔物と戦わされたから、調子に乗ってる余裕も無かったけど、数人でオークが狩れるようになったからって、森の中とは全然違いますからね」

「分かってる、実地はペデルに指導をやらせようと思ってるんだが、どうだ?」

「適任じゃないですかね。あの人、金にはセコいですけど、臆病なぐらい慎重ですからね。生き残る術を身に着けるには、良い手本になると思います」

「そうか、森での実戦はペデルにやらせるとして、訓練場は守備隊に協力してもらうか」


 訓練場は、ギルドと守備隊が共同で運営する形を目指しているそうで、立地や運営方法などについて決まり次第、設営のための指名依頼を出すと言われました。


「僕は城門近くに作るつもりでしたけど、ラストックとの往来が増えていますから、念のために離れた場所の方が良いですよね?」

「そうだな、生きた魔物を使うのだから、万が一逃げた時のことも考えておいた方が良いな」


 訓練場の用地はヴォルザードの南側で、南西の城門からは離れた場所。

 出入りは守備隊の敷地から、地下のトンネルを通って行く形になりそうです。


 今回は訓練場の設営だけでなく、定期的な魔物の供給の依頼も出されるそうなので、安定的な収入源になりそうな気がします。

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