第685話 中年冒険者の浮き沈み

※今回は中年冒険者ペデル目線の話です。


 仲間が死んだ夜に飲む酒はほろ苦い。

 ルイーゴの遺体を持ち帰った後、守備隊やギルドで事情聴取を受けた。


 今日は、とりあえず何が起こったのかの報告で、何も不審な点が無ければこれで終わり。

 報告の食い違いなどがあった場合には、後日改めて聴取を受けることになる。


 ルイーゴの遺体を無事に持ち帰れたことで、若手の一部は俺が冷酷だと思ったようだ。

 こっちには人数も揃っていたし、警戒すれば何の問題も無かった。


 それなのに仲間の遺体を放置して帰ろうとするなんて、俺たちを使い捨てにしようと思っている証拠だ……なんて思っているらしい。

 別に否定をするつもりはない。


 冒険者なんてものは、互いに利用し合うものであって、自分の利益にならない連中と組んでも利用されるだけだ。

 俺が若手の連中と組んでいたのは、将来的に手駒になる奴を手に入れるためだ。


 素材の買い取り金額から指導料を取ってはいたが、自分たちがメインで討伐をするよりも稼ぎは悪い。

 何よりも、若手の連中は俺から討伐や素材剥ぎ取りの知識やコツを教えてもらっていたのだから、使い捨てにされたどころか感謝したっていいはずだ。


 それに、今でも俺はルイーゴの遺体は置いて来るべきだったと思っている。

 重傷でも助かる見込みがあるなら連れて帰るが、死んだ人間は連れて帰ったところで土に返るだけだ。


 冒険者として登録して討伐を仕事と選んだ以上は、どこで倒れても良いように覚悟を決めておくべきなのだ。

 血まみれになって死んだ遺体を持ち歩けば、血の匂いで魔物を引き寄せる恐れがある。


 オスカーたちは、オーガやギガウルフを引き寄せたらルイーゴの遺体は諦める……なんて言っていたが、そもそも魔物に追われるような状況は作るべきではない。

 魔物が走る速度は、若手の連中が思っているよりもずっと速い。


 ルイーゴの遺体を運んでいたせいで、負傷者や新たな死者を出したら意味が無い。

 死んだら置いていく、助からないなら楽にしてやる、傷を負って足手まといになるなら見捨てる……それぐらいの覚悟ができないなら冒険者なんかやるべきではない。


 事情聴取が終わった後、若手の連中と今後の予定も決めずに家に戻った。

 帰る途中で買った安酒を一人で煽る。


「苦いな……あんな小僧でも仲間と思ってたのか……」


 依頼や討伐の途中で組んでいた冒険者が命を落としたのは、今回が初めてという訳ではない。

 冒険者を長くやっていれば、仲間や別のパーティーの冒険者が死ぬ瞬間を目にすることは珍しくない。


 珍しくはないが、気分の良いものではない。

 俺はSランクやAランクのような凄腕の冒険者ではない。


 どんな場面に遭遇しても生き残れるなんて自惚れてはいない。

 だから他人の死は、一つ間違えていれば自分に訪れていたかもしれない、いずれ自分に訪れるかもしれない死の瞬間のように感じてしまうのだ。


「だから止めを焦るなって言ったのに……まだまだ、これからだってのに、馬鹿が……」


 ルイーゴの遺体を連れて帰る途中に耳に挟んだのだが、オスカーたちが討伐に出ていた時には、オークやオーガなどの大物の止めはギリクがやっていたらしい。

 体力を削るところまでは若手にやらせて、最後の止めだけやってギリクはふんぞり返っていたようだ。


 ギリクと袂を分かった後、止めを刺す判断は俺が下していた。

 だからルイーゴは、自分の判断で止めを刺すのだと気負ってしまったらしい。


「オークに抱き付かれて、首筋を噛まれて死ぬとか馬鹿だろう……どうせ死ぬなら綺麗な女に刺されて死ねっつーの……」


 ほろ苦い酒に悪酔いしたのか、翌日起きたのは昼すぎだった。

 酒が残っているのか、胸がムカムカする。


 ベッドに腰かけたまま暫くぼーっとした後で、水浴びをして髭を剃り、着替えて家を出た。

 降り注ぐ日差しに出掛ける気分を挫かれそうになったが、重たい脚を引きずってギルドを目指す。


 真夏の昼下がりとあって街中を歩いている人は疎らだったが、辿り着いたギルドはいつもよりも賑わっているように見えた。


「なんだ? リバレー峠が通れるようになったのか?」


 嵐の影響で通行止めになっていたリバレー峠の復旧工事が終わったらしく、新しい護衛依頼が張り出されているようで、掲示板の前にも人だかりができていた。

 どんな依頼があるのか見に行こうとしたら、頭の上から声が降ってきた。


「ペデル、峠が開通したぜ。依頼行くだろう?」


 声を掛けて来たのは、賭け事好きのウフマンだ。

 無事でいるところをみると、賭場の借金の利子ぐらいは働いて返していたのだろう。


「行くだろう? 行くよな? ぶっちゃけ、稼がねぇと奴隷落ちすっかもしれねぇんだよ」

「はぁ? ランズヘルトじゃ奴隷は禁止だろう」

「馬鹿、魔の森の往来が楽になったせいで、出稼ぎの名目でリーゼンブルグに送られるんだよ。あっちは奴隷が合法だからな」

「手前みたいなオッサンが奴隷として売れるのか?」

「知らねぇけど、奴隷落ちとかマジ勘弁だから、やろうぜ依頼」

「まぁ、反対する理由は無いけど、他に組める奴は?」

「他かぁ……」


 二人で受けられる護衛依頼も無い訳ではないが、出来れば三人以上で受ける依頼の方が稼ぎになる。


「ムラーノはどうした?」

「あいつは、もう駄目だぜ」


 リバレー峠が通れなくなっている間、ウフマンはムラーノと一緒に荷運びの仕事に行ったらしい。

 中年の冒険者に出来る仕事といえば、倉庫の荷運びか城壁工事ぐらいのものだ。


「あいつ、酒が入ってねぇと手が震えやがるし、目もまともに見えてなさそうだぜ。あんなんじゃ護衛なんか務まらねぇよ」

「そうか……それじゃあ無理だな」


 他に組める冒険者はいないが考えていると、ドノバンさんに声を掛けられた。


「ペデル、ちょっと来い」


 実質的にギルドを仕切っているドノバンさんに呼ばれたら、断るわけにはいかない。

 何事かとウフマンが探りを入れて来る。


「おい、ペデル。何をやらかしたんだ?」

「お守りしていたガキがちょっとな……酒場で待っててくれ」

「いいけど、一杯奢れよ」

「水で我慢しとけ」


 ドノバンさんに連れられて、二階の応接室で差し向かいに座らされた。


「お前、ギリクに代わって若手の指導をしてたんだってな?」

「まぁ、そうです。ギリクの野郎が、あんまりにも酷かったんでね」


 ギリクの行っていた指導の杜撰さや時間に対するルーズさを話すと、ドノバンさんの眉間に深い皺が刻まれた。


「あの馬鹿が、そんなことをやってやがったのか」

「ヴェリンダとかいう女にうつつをぬかしてましたよ」

「付きまといが収まったと思ったら、女に溺れやがったか……まぁ、これで終わるなら、それまでだな」


 腕っ節だけならば、間違いなくギリクは同年代の中では頭一つ出ているが、総合力で考えると並み以下に落ちる。

 だからこそ、ドノバンさんも目をかけて成長させようとしていたのだろうが、あの甘ったれた性格は直りそうもない。


「まぁ、ギリクの話はどうでもいい。そんなことよりも、お前が指導していて、どうしてルイーゴは死んだ?」

「ガキどもが早くランクアップしたいという欲求を突っぱねられなかったんです」


 下手な言い訳はドノバンさんには通用しないので、自分に都合の良い若手を作ろうとしていたことも含めて、昨日の出来事を改めて説明した。


「けど、死なせるつもりでやった訳じゃない。焦らず削ってれば、奴らにだって十分に倒せる相手だった」

「だろうな。ギリクと手合わせしているところを何度か見たが、二対一に補助が付くなら無謀な挑戦とは言えないな」

「でしょう? ちゃんとギリクが止めを刺すところまでやらせておけば……」

「今更何を言ったところで始まらん。お前の責任でもないし、ギリクばかりを責める訳にもいかぬ」


 ドノバンさんは腕組みをすると、珍しく溜息をついてみせた。


「どうかしたんですか?」

「今年は例年に比べると、駆け出しの連中が死傷する割合が異常に高い」

「俺のせいじゃないですよ」

「分かっている。原因はケントだ」

「魔物使いの野郎が何かしでかしたんですか?」

「ケントが悪い訳じゃない。ただ、あいつに絡んだ話を聞かない日なんか無いだろう」

「まぁ、そうですね」


 ジョーたちの仲間である魔物使いは、ヴォルザードで一番有名な冒険者だ。

 強力な魔物を手足のごとく使役して、ロックオーガどころかサラマンダーやストームキャットまで倒してしまうらしい。


 普通の冒険者では到底成し得ない功績をいくつも残し、史上最年少でSランクに認定されている。


「自分らと同じ年代のケントが、それこそ伝説級の功績を残し、豪邸を築いて領主の娘やら他国の姫を嫁にしていると聞いて、俺だって……と思う連中が増えたって訳だ」

「なるほど、連中が魔物を舐めくさっているのは、そういう理由ですか」

「ケントの屋敷の様子を城壁から見た連中は、ギガウルフやコボルトを簡単に手懐けられると思ってるようだ」

「そんな馬鹿な……ギガウルフなんか出会ったら死ぬ覚悟をする魔物ですよ」

「勿論そうだが、ケントはペットみたいに……いや、家族同然に扱っているからな」


 確かに、あの喋るコボルトとかを見ていると、魔物は怖くないなんて錯覚する連中が現れてもおかしくない。


「どうするんですか?」

「分からん。こればっかりは口で言ったところで理解できんだろう」

「でも、今のままだと、まだまだ死ぬ奴が増えるんじゃないですか?」

「分かってる。対策はするつもりだが、こんな事は前代未聞だからな。どんな対策をすべきか考えているところだ」


 確かに、こんな事態は魔物使いなんて常識はずれな奴が現れなければ起こらなかっただろうし、即応しろという方が無理というものだ。


「若手の連中からも追加で事情を聞いた。連中、口を揃えてお前のせいではないって言ってたぞ。それに、教え方が上手いから凄くためになったとも言ってたな」

「別に、当たり前のことを教えただけですよ」

「そうか、いずれ手を借りることになるかもしれないから、そのつもりでいろ」

「ドノバンさんの頼みじゃ断れねぇけど、ただ働きは御免ですよ」

「心配すんな、指名依頼だったら文句は無いだろう」

「指名依頼? 俺が……ですか?」

「なんだ、不満なのか?」

「いいえ、とんでもない! 不満なんて無いですよ」


 指名依頼は、ギルドが特定の冒険者に名指しで出す依頼だ。

 基本的にギルドに登録している冒険者は断れないが、その分報酬は割高だ。


 指名依頼なんて、それこそ魔物使いのような腕の立つ冒険者でなければ発注されないし、依頼されることは冒険者として名誉なことでもある。

 話は終わりだと応接室から追い出されたが、家を出た時の陰鬱な気分は吹き飛んでいる。


 どうやら、ようやく俺にも運が向いてきたらしい。

 指名依頼を受けたという実績を作れれば、他の依頼を受けるのにも良い影響があるはずだ。


 とりあえず、ウフマンと手ごろな依頼でもこなしながら、指名依頼が来るのを待つとしよう。

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