第684話 中年冒険者の計算違い
ヴォルザード北西の森の中を十人ほどの冒険者が獲物を探して歩いている。
「カリム! 討伐の最中に物を食うな!」
「うへぇ、そうなんすか?」
「食い物の匂いで魔物を引き寄せたり、食ってる間は他の匂いが分かりづらくなるから休憩以外で食うんじゃねぇ! 常識だぞ!」
「へい、すんません」
「ちっ、面倒になってきたな……」
若手九人を率いている中年冒険者ペデルは、己の計算違いを嘆いた。
護衛の依頼を受けるために組んでいた同年代の冒険者二人の素行が悪いので、もっと使える奴と組もうと考えたのだが、腕の良い連中と組むのは簡単ではない。
そこでペデルは自分の思い通りに動く手駒を作るために、ギリクから指導を受けていた連中を横取りしようと考えた。
ギリクは剣を握っての戦いならば腕は立つが、魔物を倒した後の素材の剥ぎ取りなどは下手だ。
その上、他人にペコペコ頭を下げる護衛の依頼なんかやりたくないと公言しているので、その辺りの粗を突いてやると若手たちはペデルに鞍替えをした。
ペデルは一緒に討伐に行き、コボルトの皮剥ぎを教えた十人のうち、六人は釣れると思っていたが、ギリクの女らしい一人を除いて九人が指導を求めてきた。
これだけ人数がいれば、顎で使って楽ができるとペデルはほくそ笑んだが、実際に指導を始めてみると問題が出てきた。
一つ目は、ペデルが思っていた以上に使えない奴が多かった。
そもそも、これまで指導していたのがギリクだから、全てが大雑把で力に任せて解決しようとする。
大人数で討伐をしていたので、魔物に対する危機感が薄い。
例えるならば、初心者から一歩進んだものの、悪い癖がついているような感じだ。
悪い癖を一つ一つ直していくぐらいなら、むしろ最初から指導した方が楽だ。
この程度は常識として分かっているだろうという部分を間違って覚えていると、下手をすれば命に関わるのが冒険者という仕事だ。
それでも、儲けが大きいならば、ペデルも面倒だとは感じないのだろう。
二つ目の問題として、指導を求めている連中のランクが低すぎた。
全員がEかFランクで、今のままでは護衛の依頼は受けられない。
護衛の依頼を一緒にこなすなら最低でもDランク、それも近々Cランクに昇格できる見込みのある連中が望ましい。
今のままでは指導をしたところで、一杯飲んだら消える程度の儲けしか見込めない訳だ。
だが、望みが全く無い訳ではない。
魔の森の危険度が下がっているせいで、これまでは殆ど無かったリーゼンブルグ行きの護衛依頼が増えている。
そのため、護衛の依頼そのものが増えていて、人手が足りない状況になってきている。
噂によれば、魔の森の向こうのラストックの街が嵐で壊滅的な被害を受けたが、これから大規模な復興事業が行われるらしい。
当然、ヴォルザードからも多くの物品が運ばれていくだろうし、そうなれば更に護衛の需要は高まる。
「上手くすれば、Dになりたてでも、数を揃えれば受注できるか?」
護衛の依頼は、運ぶ荷物によって報酬が変わってくる。
安い品物を運ぶのに、高ランクの冒険者を何人も雇っていたら儲けが出なくなるからだ。
当然、低ランクの冒険者であっても何人も雇えば赤字になる。
それでも依頼主が赤字を出さなくて済むようにするには、一人当たりの報酬を減らすしかない。
「そうだな……護衛のやり方を教えてやるってことで、タダ同然で使えばいいのか。いや、むしろ講習代として金を取ってもいいんじゃねぇのか? 問題はギルドが許可を出すか……だな」
ギルドとしては、護衛を失敗して依頼主が被害を被ることのないように、依頼の内容にそぐわないランクの冒険者には受注させないようにしている。
逆に言うなら、ギルドさえ許可すれば受注は可能なのだ。
「まぁ、それには装備も揃えさせなきゃならないし、もっと腕を磨かせないと……やっぱり面倒だな。くそっ、ジョーみたいな奴が転がってねぇかな……」
オーランド商店の護衛依頼から弾き出されて袂を分かつ形になっているが、ペデルは近藤たち四人に未練がある。
近藤と鷹山の攻撃魔術は、同年代どころかヴォルザードのギルドに在籍している冒険者の中でも屈指の威力を誇っている。
どんな手段を使っているのか分からないが、普通の冒険者では届かない遠距離にも攻撃が届く。
これは護衛を担当する冒険者としては、最高の利点と言える。
冒険者に届かない距離なら、山賊どもに届くはずがない。
安全な距離から狙い撃ちにすれば良いのだから、これほど楽な仕事もないだろう。
新旧コンビの二人は少々調子に乗るところがあるが、それでも同年代の冒険者としては間違いなく上のランクに位置している。
ヴォルザードで生まれ育った連中とは物事の理解度が異なり、たいていの事は一度聞けば理解するし、その先にまで考えが及ぶ。
実際、少し指導しただけで、冒険者がどう行動すべきか理解していた。
だからペデルは、四人がオーランド商店に見込まれて、自分がお払い箱になったことに腹をたてはしても、その理由を理解していた。
「やっぱり、あの二人だな……」
指導をしている九人の中で、ペデルが特に目を着けているのは、ギリクと行動を共にしていたオスカーとルイーゴだ。
ブルネラも九人の中では使える部類だが、パーティーの中に女がいると揉め事の種にしかならないとペデルは思っている。
実際、オスカーたちはヴェリンダを加えた四人でパーティーを組んでいたが、ギリクと関係を持つようになったせいで解散する羽目になったらしい。
「オスカー、ギリクはどうしてる?」
「一昨日、出て行きました」
「女も一緒にか?」
「えぇ、二人で荷物をまとめて出て行きました」
「そうか、どこに行くとか聞いてるか?」
「いえ、一応聞いてみたんですけど、お前らには関係ねぇ……って言われて」
「そうか、分かった」
冒険者という仕事は個人の力が物を言う稼業のように思われがちだが、一人で出来る仕事には限りがある。
護衛の依頼を受けるのだって、余程の腕利きでなければ一人では請け負えない。
こうした討伐だって、一人で仕留められる獲物には限りがあるし、安全に素材の剥ぎ取りをしたいのなら複数での行動が必要だ。
だから、例え気に食わない相手であっても、利用できる価値があるなら所在を掴んでおく必要があるし、自分から縁を切るのは悪手だ。
今回、オスカーたちはペデルたちに合流したことで新たな人脈を確保したが、ギリクとヴェリンダは孤立しただけだ。
オスカーたちの居場所は変わらないから、利用することは可能だろうが、なにか美味しい話に一枚噛ませてもらうようなチャンスは失うことになる。
「ペデルさん、オークだ」
「よし、全員止まれ、何頭いる?」
「三……いや、四頭だ」
「四頭か……」
ペデルの胸の中で迷いが生じた。
普段のペデルならば、この面子の場合はオーク三頭までは討伐、それ以上の場合は避けて通る判断をする。
オーク一頭に三人で掛かれば安全に倒せるだろうが、二人ではまだ不安が残るのだ。
「やりましょう、ペデルさん」
「やらせて下さい、俺たちもランク上げたいんです」
「しょうがねぇ……ブルネラを抜いて、二人組を四つ作れ」
「なんで私は……」
「黙れ、お前は遊撃だ。弓を使って危なそうなコンビを援護しろ。命綱の役割なんだから気合い入れろ」
「はい……」
討伐の実績は冒険者ランクに直結する。
オーク一頭を単独で倒せるならば、Cランク相当の実力があるとされている。
オーク一頭を二人で倒せるならば、Dランク相当だ。
ただし、ギルドに登録してからの累計の実績や、継続して安定的に実績を残せていないとランクアップは認めてもらえない。
だから、ここでオーク四頭を倒したところで、すぐにランクアップとはいかないが、それでも実績としてはカウントされる。
「いいか、まずは距離をとって足を重点的に狙って動きを止める。焦って止めを刺そうなんてするなよ。何よりも重要なのは、自分達は無傷で倒すことだ。下手こいて大怪我なんかしたら捨てていくから、そのつもりでいろ」
「はい」
「よし、行け!」
ペデルの号令と共に、四組八人がそれぞれ目標のオークへと向かっていく。
「ブルネラ、向こうの二組を任せる、こっちの二組は俺が援護する」
「分かりました」
「オスカーの組は問題無いと思うから、カリムたちを重点的に見ておけ」
「はい」
ブルネラは半弓を手にカリムたちの後を追い、ペデルも剣を抜いてフォローに走った。
「二人まとまって仕掛けるな! 距離を空けて的を絞らせるな!」
ペデルは手頃な石を拾っては、オークの顔を狙って投げつける。
石が当たった程度でオークはダメージを受けたりしないが、それでも飛んでくる石は気になるし、確実に注意力を引きつけられる。
ギリギリ拮抗しているレベルならば、投石があるか無いかで大きな差ができるのだ。
「真正面に立つな! 横から、後ろから攻めろ!」
一対一ではオークの猛攻を一人で捌かなければならないが、二人組ならば一人が注意を引いている間に死角から攻撃できる。
「木を上手く利用しろ! 焦るなよ、オークを焦らせろ!」
ペデルがフォローしている四人は、指示を守ってチクチクとオークの体力を削る攻撃に徹している。
このまま焦らずに時間を掛ければ、無傷で討伐を終えられそうだ。
ただ、動き回ってしまったせいで、他の二組と離れてしまっている。
見えなくなるほど離れている訳ではないが、ペデルの位置からだと木が邪魔になり状況が把握しづらくなっていた。
「削れ、削れ! 血を流させて弱らせろ!」
討伐も終盤に差し掛かり、ペデルが止めを刺すタイミングを測り始めた時だった。
「ルイーゴ! 嫌ぁぁぁぁぁ!」
突然、ブルネラの悲鳴が響き渡った。
「足を止めるな! 目の前のオークに集中しろ!」
ペデルは大声で指示を飛ばした後、自分がフォローしているオークの一頭に後ろから近づいて首筋に剣を突き入れた。
「ブギィィィ!」
振り回した腕を避けて飛び退ると、オークの首から鮮血が飛び散った。
「動かなくなるまで牽制しろ! 倒れた後も不用意に近づくな!」
「はい!」
ペデルは、もう一頭のオークにも致命傷を与えた後、同様の指示を出して残りの二頭の方へと駆け寄った。
「どうした! 何があった!」
ペデルが駆け付けると、血まみれになって倒れたオークの下敷きになる形でルイーゴが事切れているのを他の四人が呆然と見つめていた。
オスカーが絞り出すように状況を話し始めた。
「膝をついて動けなくなったオークに、ルイーゴが止めを刺そうと近づいたら……」
オークは最後の力を振り絞ってルイーゴに組み付き、首筋を嚙み切ったらしい。
コンビを組んでいたオスカーがオークの首に剣を突き入れて止めをさしたが、ルイーゴは手の施しようが無い状態だったそうだ。
もう一組が対峙していたオークは、隙をついて逃亡した。
「だから止めを焦るなと言っただろうが……下らない死に方しやがって、馬鹿が」
ペデルは倒した三頭のオークから魔石を取り出すように指示し、ギルドカードと遺品、それに遺髪を取ったらルイーゴの遺体は置いていくように命じたが、オスカーが反発した。
「嫌です、俺が連れて帰ります」
「駄目だ。こんな血まみれの遺体を持ち歩けば、間違いなく魔物が寄って来る。ゴブリンやコボルト程度なら良いが、オーガやギガウルフを呼び寄せたらどうするつもりだ。他の連中も危険に晒す気か」
「その時は……その時は諦めてルイーゴを置いていきます。だから、魔物が来るまでは運ばせて下さい」
「俺たちからも頼みます、ペデルさん」
「ルイーゴを連れて帰らせて下さい。お願いします!」
結局ペデルが折れて、即席の担架を作ってルイーゴの遺体を持ち帰ることになった。
魔物除けの鉄の輪を鳴らし、担架を持つ六人以外が警戒を続けて、何とか森を抜けられたが、ペデルと若手との間には大きな溝ができてしまった。
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