第683話 領主と商人の交渉
面談の当日、デルリッツさんと馬車に同乗してラストックの駐屯地に向かうと、グライスナー侯爵親子が出迎えてくれました。
いつものように気軽に挨拶した横で、デルリッツさんが跪いて頭を下げたのを見て、自分がやらかした事に気付かされました。
いまさら跪いて頭を下げるのも違うような気がして、そのままの姿勢でグライスナー侯爵に謝罪しました。
「すみません、いつものクセで……」
「ふははは、構いませんよ。いや、むしろ魔王様に跪かれたりしたら、後でカミラ様に何を言われるか分かったものではありません。どうぞ、そのまま……」
言われてみれば、いくらオーランド商店がヴォルザードで一番の大店だとしても、リーゼンブルグ王国の侯爵様が一商人を出迎えたりはしないでしょう。
一応、昨晩の会見で忖度無しの判断をしてくれと言ってはおいたが、結局はデルリッツさんに利用されている形です。
一人の冒険者として考えるならば、自分の使えるコネを最大限に利用して、高額の依頼を受注できるようにするのが賢いやり方なのかもしれませんが、どうも馴染めないんですよねぇ……。
まぁ、こうなってしまったら、成り行きに任せましょう。
応接室に入ったところで、デルリッツさんが改めて挨拶をしました。
「本日は、お時間をいただきましてありがとうございます。私はヴォルザードで商店を営んでおりますデルリッツと申します。どうぞ、お見知りおきを……」
「うむ、わしがグライスナー家の当主ゼファロスだ。こちらが次男のヴィンセントだ。ここラストックの運営はヴィンセントに任せている。用件は倅と打合せてくれ」
「はっ、かしこまりました」
ゼファロスさんは普段は気さくなオジサンという感じですが、こうした席では貴族としての風格を感じさせます。
昨晩、少し話を聞いたのですが、グライスナー領全体の運営は長男のウォルターに任せ、ラストックの運営は次男のヴィンセントに任せているそうです。
ゼファロスさん自身は二人を後ろから支える感じで、正式に家督を譲る準備を始めているそうです。
まだ引退するような年齢には見えませんが、ゼファロスさんは王位継承を控えているディートヘルムの後見も務めているので、こうした役割の移譲は必要なのでしょう。
「私がラストックを統括しているヴィンセント・グライスナーだ。早速だが、面談の目的を聞かせてもらおう」
「はっ、まずは嵐によって大きな被害を被ったことに対して、心よりお見舞い申し上げます」
「うむ、ラストックの街ができてから最も大きな災害で、見ての通り殆どの建物が流されてしまった。だが、幸いなことに堅牢な城壁を持つ駐屯地があり、災害に備えて避難計画が作られていたので、住民の命は守ることができた。これも全ては魔王ケント・コクブ様のおかげです。改めてお礼を述べさせていただきます」
「いやいや、防壁を作ったのは眷属のみんなですし、避難計画は作っておけって指示しただけですから……」
「そうだったのですか……」
城壁や避難計画の件は話していなかったので、デルリッツさんが少し驚いたような表情をしています。
「話を戻そうか、デルリッツ」
「はい、本日お時間をいただいたのは、この嵐の被害に対する支援をさせていただこうと思いまして、まかりこしました」
「うむ、それは有難い。見ての通り、住民の命は助かったが、何もかもが不足している状態だ。魔王様や王都からも支援をいただいているが、そればかりに頼る訳にもいかぬ。それに、支援だけが目的ではないのだろう?」
「はい、ここラストックにオーランド商店の支店を開設させていただきたいと思っております」
「ふむ、支援をするから良い土地を寄越せということだな?」
ヴィンセントさんはデルリッツさんに向かって、魂胆は分かっていると言わんばかりの笑みを浮かべていますが、横に座っているゼファロスさんは少々不満げに見えます。
正面から切り込まれたデルリッツさんですが、動揺するような素振りは微塵も感じられません。
「このタイミングでの申し出ですから、そのように取られても仕方ないと思っております。ラストックでの伝手も無かったので、ケント・コクブ様にお願いもしております。ですが、特例がいただきたいのではございません。一商人としてラストックで真っ当な商売をさせていただければ結構でございます」
「そうか、では土地はどこでも構わぬな? 既に町割りは出来上がっているからな」
「その町割りを見せていただく訳にはまいりませんか?」
「見たいか?」
「はい、是非とも拝見させていただきたい」
「よかろう。おい、町割りを持って来てくれ」
ヴィンセントさんが部下に命じて持ってこさせた町割りは、殆どの箇所が埋まっていました。
ヴォルザードにあるオーランド商店のような広い土地は見当たりません。
「どうだ、デルリッツ。希望の場所を選ばせてやろう」
「恐れながら、一つ申し上げさせていただいても宜しいでしょうか?」
「うむ、構わんぞ」
「はい、昨日ラストックに到着した後、少し街の様子を見させていただきました。その時にも気になっていたのですが……」
デルリッツさんが指差した場所は、教会の敷地でした。
ラストックの中央を通る道は、ヴォルザードの方から来て教会前の広場にぶつかった所で右に折れ、グライスナー領内から王都アルダロスの方へと向かっています。
「そこは教会だが、何か気になるのか?」
「この町割りを拝見したところ、水害に遭う前の街並みを下敷きに道幅を広げたように感じますが、ここで道が折れていることで、街の広がりが止まってしまいます。今後、ラストックの街はランズヘルトとの交易の中継地として、間違いなく発展を遂げるでしょう。街を更に大きく発展させるならば、このような曲がり角は廃し、広く真っすぐに伸びる道を敷くべきかと存じます。水害は不幸な出来事でしたが、逆に考えると、大きく街を作り変える絶好機でもあります。街道沿いの店の並びは、この街割り通りにして、道筋だけを大きく変えてみてはいかがでしょう」
昨日の夕方、デルリッツさんが何やらやっていたのは、このプレゼンの準備だったのでしょう。
町割りの図面を指し示しながら語るデルリッツさんの構想は、確かに理に適っているように感じます。
ヴィンセントさんも質問を繰り返しながら、何度も頷いている様子をみると、かなり心惹かれている様子です。
そして、デルリッツさんの狙いは、真っすぐに伸びた道の先、今は街外れとなる場所に広い土地を確保することにあるようです。
というか、単純にラストックが今の倍の広さになったとしたら、現在の街外れは街の中心部になっちゃうもんね。
七、八割デルリッツさんの案に傾きかけたところで、ヴィンセントさんがゼファロスさんに意見を求めました。
「いかが思われますか、父上」
「話にならん」
デルリッツさんの説明を聞いている間、ゼファロスさんは平静を装っていましたが、何となく反対なんじゃないかとは感じていました。
「どうしてですか、父上」
「そなたらは、ラストックにおける教会の役割を分かっておらん。デルリッツ、街を見にいったのであれば、教会に集まっている人も見たのではないのか?」
デルリッツさんは、ゼファロスさんの指摘を受けてハッとした表情を浮かべました。
「おっしゃる通り、教会の跡地には多くの人が集まって片づけを行っていました」
「今でこそ、何か災害が起こった時に住民が身を寄せる場所はこの駐屯地になったが、カミラ様が着任する以前は教会が街の中心であった」
ゼファロスさんは、ラストックという街の成り立ちと教会の関係について語りました。
新たな土地を求めて入植した人々が、苦しい生活の中で拠り所としたのが教会だったそうです。
「開拓事業が一段落したところで、王国からの支援は打ち切られた。その後、ならず者が自警団などと名乗り、住民を虐げていた時にも拠り所となっていたのが教会だ。その教会を移動させたり、教会に通じる道筋を変えるなど話にならん。これは神を信じる信じない、教義を信じる信じないの問題ではない。民の心を汲み取って寄り添えるか否かの話だ」
ゼファロスさんの言葉には、梃子でも動かぬような固い意志が感じられました。
「失礼いたしました。己の不明を恥じるばかりです」
「いいや、他国の者がラストックの事情を知らぬのは無理もない。だが、道筋は変えられぬとなったら、何処に土地を望む?」
「でしたらば……こちらに新たな道を設けることは可能でしょうか?」
デルリッツさんが指差した場所は、教会前の広場から南北に延びるアルダロス方面に向かう街道の西側、今は畑になっている場所です。
畑と言っても現状は、先日の水害によって土砂で埋まってしまっています。
「なるほど、この先街が拡張する時に、縦に長くではなく幅を増やすという訳だな」
「はい、教会が民の心の拠り所ならば、より街の中心となるように街を拡張してはいかがでしょう」
「どうだ、ヴィンセント」
「はい、悪くない……いや、良い案だと思います。これならば、既に作った町割りを変更することなく、オーランド商店以外の商人を呼び込むこともできましょう」
「うむ、ならばお前の責任で進めよ。畑の持ち主に対する配慮を忘れるなよ」
「はい、代替地とするか、買い取りとするか、当事者と良く話し合って決めます」
どうやら、新しい道を敷設し、新しい町割りを作って外部から商人を呼び込む方向で話はまとまりそうです。
デルリッツさんが、ヴォルザードから運んできた支援品の目録を手渡し、土地代金などの細かい取り決めは改めて行うこととして、仮の契約文書に署名をして会談は終わりました。
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