第682話 苦労人ジョーは将来を思う

※今回は近藤目線の話です。


 ラストックに着いた翌日、オーランド商店の馬車は駐屯地の中へと入った。

 高い壁と水堀が作られて、外観は大きく変わっていたが、門を潜った先には見知った風景が広がっていた。


 見覚えのある訓練場や兵舎を眺めると、胸の中にザラリとした感情が湧き上がってくる。

 リーゼンブルグの騎士たちに手酷い扱いをされた記憶が、憎しみや嫌悪感を伴って蘇ってくるのだ。


 ただ、そうした苦い記憶を感じていたのは少しの間だけで、駐屯地の中にいる人々を見ると別の感情が湧いてきた。

 壁を隔てた駐屯地の外は、殆どの建物が無くなっていて更地同然になっていた。


 国分の話によれば、先日の嵐の時に土砂崩れが起こって川の上流がダムのように堰き止められ、それが決壊したことによる鉄砲水によって街が押し流されたらしい。

 幸い、殆どの住人が駐屯地に避難していて命拾いをしたものの、家も財産も失ってしまったそうだ。


 自然災害の多い日本で生まれ育ったから、水害や津波などで被災した人の様子はテレビなどの映像で何度も目にしてきた。

 ここラストックの駐屯地に避難している人々も、日本で被災した人と同様に困難に打ちのめされつつも前を向いて歩き出そうとしている。


 そうした姿を目にしていたら、いつまでも過去のしがらみに縛られているべきではないと思わされた。

 オーランド商店の馬車は、騎士によって兵舎の前に案内された。


 驚いたことに、ラストックを含む領地を治めているグライスナー侯爵家の当主が出迎えに現れた。

 国分は平然と挨拶をしていたが、オーランド商店の店主デルリッツさんは跪いて挨拶をしていた。


 身分制度に煩くない日本で育ち、ヴォルザードのザックバランな領主に慣らされてしまっているが、本来こちらの世界ではデルリッツさんの振る舞いが正しいのだろう。

 国分とデルリッツさんがグライスナー侯爵と面談している間、俺たちは馬車の近くで待機することになった。


 幸い木陰だし、蚊取り線香もあるので、まぁまぁ快適だ。

 木の幹に寄りかかって一息ついていると、鷹山が話し掛けてきた。


「ジョー、どうすればコネって作れるのかな?」

「はぁ? なんだよ突然」

「いや、さっきの国分の姿を見ていて、ふっと思ったんだよ。俺らもコネがあれば楽に稼げるようになるんじゃないかって」

「まぁ、コネは無いより有った方が良いんだろうが、身の丈に合わないコネはトラブルの元じゃないのか?」

「そうか……そういうものか」


 鷹山は納得したような、していないような、煮え切らない表情をしている。


「なんだよ、何か金が必要なのか?」

「今すぐ必要って訳じゃないけど、これから先、リリサが成長して、二人目、三人目ができたりすれば金が必要になってくるじゃんか」

「まぁ、それはそうだな」

「一応、オーランド商店から定期的に護衛の依頼は受けてるけど、それで足りるのかちょっと不安を感じたんだよ」

「なるほど、それでコネって訳か」


 今回の依頼で国分の懐には、魔の森の護衛とラストックの統治者への紹介料として、往復四日、滞在一日、合計五日間で五十万ヘルトがオーランド商店から支払われる。

 日本円の感覚だと五百万円程度を五日間で稼ぐような感じだ。


 対する俺たちはと言えば、日当二千ヘルトに必要経費が二千ヘルトの合計一万二千ヘルト、それに戦闘があった場合には別途手当てが付く契約だ。

 単純計算だが、国分の五十分の一程度の稼ぎしかない。


 SランクとCランクの違いだと言われてしまえばそれまでなのかもしれないが、同い年で同じ日本出身の同級生だと考えると、歴然とした格差を感じるのも確かだ。

 ただし、同年代の冒険者と比較するなら、むしろ俺たちは安定して稼いでいる方だ。


 護衛の依頼に魔物や山賊との戦闘を加えると、月に五万ヘルト以上は稼いでいる。

 新旧コンビのように娼館などで散財しなければ、毎月それなりに貯金もできる額だ。


 まぁ、それでも鷹山のように嫁や嫁の母親、それに娘を育てていくとなれば、将来に備えて少しでも稼いでおきたいと思うのだろう。


「コネって言うけど、国分の瞬間移動みたいな特殊な能力が無いと難しいんじゃないか?」

「特殊能力かぁ……もっと魔術の工夫とかしないと駄目かな?」

「鷹山の遠距離攻撃は、かなり威力あると思うけど、あれだけでSランクまで辿り着けるかって考えると……」

「だよなぁ……ラウさんとか化け物だったもんなぁ……」

「ラウさんって、本部ギルドのギルマスの護衛だっけ?」

「そうそう、普段はちっちゃいお爺ちゃんにしか見えないんだけど、ちょっと本性を現しただけで小便チビりそうになるほど怖いぞ」


 鷹山は国分と一緒に本部ギルドの一行に同行して、バッケンハイムまで行ったことがあるそうだ。

 その時に出会ったラウという元Sランク冒険者に色々と指導をしてもらったらしい。


「てか、その時の修行を続ければ、もっと上に行けるんじゃないのか?」

「あー……そうかもしれないけど、今はリリサとの時間を大切にしたいからな、キリッ!」

「いや、キリッじゃないだろう、娘が大切ならコネとかに頼る前にスキルアップしようぜ」

「だよなぁ……でも、スキルアップってどうすりゃいいんだ?」

「そりゃ、魔術の威力を上げるとか、剣の腕を上げるとか?」

「また国分になんかヒントもらうかな」

「国分かぁ、あいつの例えは分かりにくいからなぁ、フワっときて、ヒュっだよ……なんて言われたって分かるかよ」

「そうだな、ふっと感じてドーンが正解だからな」

「いや、そんな正解知らねぇよ」


 忘れていたが鷹山も国分同様の感覚派で、遠距離での攻撃魔術のコツは俺よりも早く会得した。

 Sランクの冒険者が国分みたいな規格外な人間の集まりだとしたら、鷹山は俺よりも素質がある気がする。


「とにかく、今よりも稼ぐならギルドのランクを上げて、個人としての能力も上げるしかないんじゃないか?」

「まぁ、そうだよなぁ。この護衛が終わったら、ちょっと討伐に行って戦い方とか工夫してみるか?」

「そうだな、ちょっと現状維持に満足してた感じはするもんな」


 鷹山とヴォルザードに戻った後の話をしていると、エウリコさんたちと話をしていた新旧コンビが寄ってきた。


「二人で何の話をしてるんだ?」

「まさか、俺たちに内緒で合コンに行こうとかじゃないだろうな?」

「お前らの頭の中には女のことしかないのかよ」

「リリサは嫁にやらんからな!」

「ちっ、ちょっとイヌ耳っ娘を食っちゃったからって、上から目線ですか?」

「やめろ、和樹。俺たちはコピーしなきゃいけないんだぞ」


 新旧コンビが加わったことで、一気に話がカオス化した。


「てか、マジで何の話してたんだ?」

「どうやったらコネが作れるかだ」

「はぁ? コネ?」


 鷹山の言葉に新旧コンビは首を傾げてみせた。

 俺がザックリと話を要約すると、新旧コンビも思うところはあったらしい。


「確かに国分並みのコネがあれば稼げるんだろうけど、厄介事も多そうじゃん」

「そうそう達也の言う通り、なにかっていうとネットでボロクソに叩かれてたりするじゃん。こっちにいるんだからネットなんか気にしなけりゃ良いのかもしれないけど、それでも凹むだろう」


 新田が言う通り、国分はヴォルザードだけでなく日本でも稼いでいるし、それに比例して叩かれることも多い。

 ネット上の書き込みとかを見ていると、稼ぐのも良し悪しだと感じてしまう。


「でもまぁ、もっと稼ぎたいっていう鷹山の意見には賛成かな。別に怪我をする気もないし、病気になる気もないけれど、それでも蓄えはあった方が良いだろう」

「古田の口から蓄えとか聞くとは……」

「うるさいよ、鷹山。パパって呼んじゃうぞ」

「手前、リリサに手を出したら燃やすからな」

「出さねぇよ……あと十年ぐらいは……」

「古田、手前ぇ……」

「冗談だよ、冗談。ったく、娘の話になるとガチだからな……ジョー、戻ったら討伐行くのか?」

「あぁ、ちょっと最近停滞気味だからな」

「また国分に頼む?」


 新田の一言に、全員が顔を見合わせる。

 国分が主催する特訓は、正直腕を磨くにも金を稼ぐにも有難い。


「有難いんだが、国分に頼りっきりってのは……」

「俺もジョーの意見に賛成、国分の特訓は有難いけど、俺らは国分離れしないと上に行けない気がする」


 鷹山の言葉に新旧コンビも頷いたが、古田が一言付け加えた。


「たださ、俺らだけでやるのは良いとして、今まで通りに魔物を探して討伐するだけじゃ駄目だと思うんだよ」

「駄目っていうと?」

「もっと工夫というか、必殺技みたいなのを編み出さないと駄目じゃね?」


 古田の言葉に全員が同意を示した。


「じゃあ、ヴォルザードに戻るまでに、個人の課題とかアイデアを考えておこう。自分の魔術だけでなく、他の属性に関するアイデアも考えてみよう」

「それいいな。他の属性の使い方とか考えると、自分の属性のアイデアにも繋がりそう」

「おぉ、鷹山がまともなこと言ってるよ」

「なんだよ新田、俺はいつでもまともだろう」

「いやいや、まともな奴はヴォルザードの門を潜った途端、シィィィリァァァァ……とか、リィリィサァァァァァ……とか奇声を発して走り去ったりしないからな」


 新田の一言には100パーセント同意するし、鷹山も一瞬言葉に詰まったが、直後に反撃に出た。


「ふっ……嫁や娘の愛おしさは、恋人もいない男には分かるまい」

「鷹山ぁぁぁ! 貴様に俺たちの悲しみが分かるか!」

「俺を巻き込むな、和樹!」

「すまないな、幸せすぎて周りのことが見えなくなっていたようだ」

「ぐぬぬぬ……こうなったら」

「リリサは嫁にやらんぞ! リリサは俺と結婚するんだからな!」

「この親馬鹿の馬鹿親め、こうなったら、フローチェさんと結婚して、俺をパパと呼ばせてやる!」

「いや、仮にそんな事になったとしても絶対に呼ばねぇし」

「そうだぞ、少し落ち着け和樹。いくらなんでもフローチェさんは……いや待てよ。シーリアさんの母親とはいえ、あの美貌で、あの若さ。しかも、交際相手はリーゼンブルグの王様一人だったとすると……有りじゃね?」

「だろう、達也。てか、俺が先に目を着けたんだから、お前は手を出すなよ」

「いやいや、恋愛は自由だし、フローチェさんが俺に惚れちまったら仕方ないだろう」

「達也、手前ぇ!」

「やんのか、ごらぁ!」

「ほら、そこのモテない二人、デルリッツさんが戻って来たから仕事するぞ」


 会談を終えたデルリッツさんと国分が戻ってきたので、新旧コンビのじゃれ合いを止めて仕事に戻る。

 てか、こんな調子でランクアップとかスキルアップできるのかね。

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