第681話 ラストックの領主

 ヴォルザードを出発して二日目の夕方、オーランド商店の馬車は無事にラストックに到着しました。

 といっても殆ど更地の状態なので、ヴォルザードやリーゼンブルグ国内から来た馬車は駐屯地近くの空き地に集まっています。


 ラストックは魔の森とは川によって隔てられているので、城壁の無い場所で野営しても危険はありません。

 オーランド商店の馬車も、他の馬車と同様に野営します。


 野営の準備をしていると、グライスナー家の騎士が声を掛けてきたので近藤が対応に出ました。


「この三台は一緒かい?」

「そうです。ヴォルザードのオーランド商店のものです」

「どこまで行く予定なんだい?」

「目的地はここです。商店主のデルリッツさんが、こちらの責任者と明日面談する予定です」

「責任者? ヴィンセント様のことか?」

「そうだと思いますけど、ちょっと失礼。国分、ちゃんと話はしてあるんだよな?」

「うん、ヴィンセントさんには了解を取ってあるよ」

「ま、魔王様……」


 グライスナー家の騎士は僕を知っていたようで、顔を見せると姿勢を正して敬礼してみせました。


「あぁ、今日は冒険者として護衛の依頼中なんで、敬礼とか無しでいいですよ」

「はっ! 失礼いたしました」

「ヴィンセントさんには、明日の午前中に時間をいただけるように話をしてあります。今夜は、ここで護衛の依頼をこなして、明日改めて伺います」

「かしこまりました! 何か御入用な物がございましたら、お申し付け下さい」

「どうもありがとう。でも、特別扱いはしなくていいからね」

「了解いたしました!」


 再び、キッチリと敬礼してからグライスナー家の騎士は立ち去っていきました。

 特別扱いしなくていいと言ったけど、周りで野営の準備をしている人たちは、何事なのかと視線を向けてきます。


 まぁ、騎士の態度を見て僕らを警戒してくれて、護衛が楽になるなら文句はありませんけどね。


「国分、マジで魔王様とか呼ばれてるのか」

「カミラにそう呼ばれてたからだし、魔王として振舞っていた方が都合が良いことも多かったからね」

「さっき来た騎士は、俺たちがここに居た頃の騎士じゃないんだよな?」

「うん、たぶんね。王家の直轄地からグライスナー家に下賜されたから、騎士も入れ替わっているはずだよ」


 リーゼンブルグの王位継承争いや、アーブル・カルヴァインによるクーデター未遂など、一連の騒動の解決に協力した功績を認められて、グライスナー家の領地になったと聞いています。

 まぁ、立地的にも隣接するグライスナー家が管理するのが妥当でしょう。


「実はさ、ラストックに行くってデルリッツさんに言われてから、どう動くか四人で話し合ったんだよ」

「どう動くって?」

「国分はもう割り切ってるみたいだけど、俺らは完全に割り切れていなかったからさ」


 近藤が言うには、新旧コンビや鷹山、それに近藤自身もリーゼンブルグの騎士には思うところがあったそうです。


「国分は召喚されてすぐにヴォルザードに行ったから、ラストックで訓練を受けていないじゃんか」

「まぁ、そうだね」

「ぶっちゃけ、訓練を受けている間の俺らの扱いは、奴隷かよって思うほど酷かったからさ、難癖付けられたりしたら新旧コンビとかキレるんじゃないかって思ったんだよ」

「なるほど……船山が衰弱死するような環境だったんだもんね」

「でも、リーゼンブルグからは日本政府に対して賠償金が支払われて、総理大臣と王太子だっけ、共同文書に署名したんだよな?」

「うん、遺族とか被害者の感情は分からないけど、召喚に関わるトラブルについて国同士の話し合いは決着してるよ」

「だよな、だから俺たちが揉め事を起こすのは違うと思ったんだよ」


 新旧コンビが騒動を起こさないように、事前に手を打っておくとは……さすが近藤ですね。


「昨日今日と街道を通ってきて分かったと思うけど、魔の森の危険度は以前に比べるとぐっと下がっている。まぁ、中心部にはロックオーガとかがいるけど、でも街道には出て来ないように手を打っているし、いずれはBランクでなくても護衛できるようになると思うし、往来は間違いなく増えるよ」

「それは確かに実感した。リバレー峠よりも遥かに安全に感じたからな」

「そうなると、近藤たちがラストックに来る機会も増えるだろうし、グライスナー家の騎士と揉めるのは得策じゃないよね」

「そうだな、あの頃に俺たちに嫌がらせをしていた騎士ではないし、過去の恨みをぶつけるのは筋違いだな」


 近藤は割り切っているように見えますが、それでもカミラと実際に顔を会わせたら感情的になるかもしれません。


「それでも、リーゼンブルグに対する恨みが残っているなら、僕にぶつけてよ。全部受け止めるからさ」

「はぁぁ……カミラの嫁入りの件だと思うけど、そんな事できる訳ないだろう」

「でもさ……」

「でもも何も、国分がいなけりゃ、下手したら死んでたし、こんな風に冒険者としての人生なんか味わえてないからな。国分が許した時点で、俺らは文句を言うつもりは無いよ」

「それでも、みんなから批判されるのは覚悟してる」

「俺らは構わないと思うけど……綿貫は大丈夫なのか?」

「話はしてある。けど、納得はしてもらっていない」


 以前、我が家に綿貫さんを招いて話をした時の様子を近藤に伝えました。


「まぁ、そうなるだろうな。俺ら男には理解しきれないけど、綿貫が受けた仕打ちは心を殺されるようなものだろうしな」

「だよね、カミラと仲良くしてくれとは言えなかった」

「でも、それを国分とカミラが選択したんだから、正面から向かい合うしかないだろうな」

「うん、勿論そのつもりだよ」


 結局、近藤たちはキチンと割り切っていて、割り切れていないのは僕の方なのでしょう。

 野営の支度を終えて、デルリッツさんも加わって皆で夕食を囲んでいると、グライスナー家の騎士が僕を訪ねて来ました。


「魔王様、領主が面会したいと申しております。ご都合が宜しければ、執務室まで御足労願いたいのですが……」

「構いませんよ。支度を整えてからお伺いいたします」

「ありがとうございます。魔王様がご不在の間、我々が護衛を代行いたしたますので、ご心配なく」


 グライスナー家の騎士がいなくても、僕の眷属が守りを固めているので問題無いんですが、せっかくなので見張っていてもらいましょう。

 デルリッツさんに断りを入れ、影の空間に潜ってヴォルザードの自宅に戻りました。


 真夏に二日間も風呂に入っていないので、汗臭いし埃っぽいんですよね。

 シャワーを浴びて、着替えてから駐屯地の執務室を訪ねました。


 執務室には、ヴィンセントさんの他に父親のゼファロスさんの姿がありました。

 そういえば、僕を呼びに来た騎士は領主が会いたい……って言ってましたもんね。


「ご無沙汰してます、ゼファロスさん」

「おぉ、こちらこそご無沙汰してます、魔王様」

「被災状況の視察に来られたのですか?」

「えぇ、その通りです。今回も多くの支援をしていただき感謝しております」

「大したことはしていませんし、明日はヴィンセントさんに時間を割いていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、それもラストックの支援に繋がりそうだと聞いてます。これほどの被害ですが、幸いにして多くの者が命拾いしています。再び街を発展させるためには、王族や貴族の力だけでは上手くいきません。商売人が手を貸してくれると言うのであれば、拒む理由はありませんよ」


 元第二王子派の重鎮としての強かさは、相変わらず健在のようです。

 正直、ヴィンセントさんが交渉するのであれば、デルリッツさんはかなりの部分で希望を叶えられると思っていましたが、相手がゼファロスさんだと話が変わってきそうです。


「今回は、冒険者の指名依頼という形で口利きさせていただいてますが、交渉に関しては口を出す気はありません。僕の存在は抜きにして、忖度無しで交渉していただけますか?」

「それでは、内容次第ではお断りすることになるかもしれませんが……」

「えぇ、構いません。僕の役目は、ヴィンセントさんに引き合わせる所までですから」

「なるほど、あくまでも魔王様の力をあてにせず、自分の力で交渉しろ……ということですな?」

「はい、その通りです」

「それでは、おっしゃる通りに忖度無しの交渉をいたしましょう。まぁ、仕事の話はそのぐらいにして、どうですかな一杯」


 ゼファロスさんは、準備させておいた酒を勧めてきました。

 本当は、護衛の依頼中に酒は厳禁なんでしょうが、断って明日の交渉の足を引っ張る訳にはいかないから、お付き合いいたしましょう。


「では、一杯だけ……」


 勧められた酒は、琥珀色をした蒸留酒で、熟成させた樽の影響なのか木の香りがします。

 度数はかなり高めのようで、喉を通って落ちていくとカーっと胃袋が熱くなりました。


「かなり強い……けど美味いですね」

「これはコート麦を原料にして作った酒で、熟成する時にグレスという杉の葉を漬け込んだものです。毒消しの酒とも呼ばれております」

「なるほど、僕の毒を消そうという訳ですね」

「ふははは、そのようなことを言ったらカミラ様に怒られますよ」

「いやいや、アーブル・カルヴァインという毒は消したから、もう僕も不要でしょう」

「とんでもない、まだまだ見守っていただかないと」

「でも、ディートヘルムは頑張ってるみたいじゃないですか」

「おっしゃる通りです。周りの者の意見に耳を傾け、されども言いなりになる訳ではなく、ご自身で考えて答えを出そうとなさっております。このまま真っ直ぐに成長してくだされば、後の世に名君と呼ばれるでしょう」


 ディートヘルムの様子は、時々コボルト隊から聞いています。

 体を鍛えるための鍛錬は騎士団長に、国王としての仕事はトービルに、王族としての振る舞いはカミラから教えを受けているそうです。


「それを聞いて安心しました。カミラを魔王に奪われたから国が没落した……なんて事にはなってほしくないですからね」

「その心配はございませんよ。砂漠化した地域の緑化事業、バルシャニアとの交易、リーゼンブルグは空前の好景気を迎えています。勿論、浮かれて転ぶつもりもありませんが、あの愚王の治世より悪くなるなんて考えられません」

「では、その好景気にヴォルザードやランズヘルトも乗せてもらいましょう」

「ええ、是非とも……」


 この後、ゼファロスさんに勧められるままに日付が変わるぐらいまで飲んでしまいました。

 護衛はグライスナー家の騎士が代わってくれてたし、依頼主であるオーランド商店のためにも領主様の心証は良くしておかないといけないもんね。

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