第680話 御者台から見る風景

 昼の休憩が終わったところで、近藤に場所を代わってもらった。

 街道の整備状況を確認しておきたいから……なんて言ったけれど、実際にはデルリッツさんと顔を突き合わせて座っているのに耐えられなくなったからだ。


 別にデルリッツさんは悪人ではないが、ずっと腹の探り合いをしているようで居心地が悪いのだ。


「エウリコさんでしたよね、よろしくお願いします」

「俺たちはリーゼンブルグに行くのは初めてだから、あんたが依頼を引き受けてくれて助かったよ」

「とんでもない、もう今の魔の森はジョーたちの護衛でも十分に通れるぐらいには安全ですよ」


 動き出した馬車の御者台から眺めると、眷属の皆の働きぶりが良く分かる。

 これならば、ランズヘルトの各地を結ぶ街道と遜色無いどころか、こっちの方が遥かに整備されて走りやすいはずだ。


 実際に手綱を取っているエウリコさんにも感想を聞いてみた。


「どうですか、馬車を走らせてみて」

「悪くない……いや、控え目に言っても最高だな。イロスーン大森林を抜ける街道も新しくなったが、あっちは森と隔絶されている感じがするからな」


 イロスーン大森林でも魔物の数が増えて、魔の森と同様に通行が難しくなったために、街道を魔物が入り込めない形に一新しました。

 魔物どころか山賊も手出しできなくなったので腕の立つ護衛が必要なくなり、一部では冒険者泣かせの街道なんて呼ばれているそうです。


「ただ、噂に聞いたんだが、最近は追い剥ぎが出没するようになったらしい」

「追い剥ぎ……ですか?」

「単独で走ってる馬車に近づいて、護衛が少ないと見極めると、皆殺しにして金品を奪っていく荒っぽい手口だそうだ」


 道が整備されて待ち伏せの形での山賊行為ができなくなったら、追い剥ぎという形で金品を狙う。

 どこの世界でも悪知恵を働かせる奴はいるみたいですね。


「イロスーンで取り締まりが厳しくなったら、こっちにも来るかもしれないぞ」

「なるほど……ちょっと警戒しないと駄目ですね」


 ランズヘルト共和国とリーゼンブルグ王国が完全な友好関係を築けるのが一番ですが、少なくとも僕の目が黒いうちは、この街道を安全かつ平和に往来できるようにするつもりです。

 早速、影の空間に控えているラインハルトに相談しておきましょう。


『ラインハルト、追い剥ぎの件、コボルト隊に不審な馬車がいないか巡回させるように手配してくれる?』

『了解ですぞ、これまでも魔物や山賊の対応はしておりましたが、追い剥ぎは想定しておりませんでした。不埒な輩が現れぬように対処いたしましょう』

『うん、よろしく頼むね』


 僕とラインハルトの念話を感じ取ったのか、影の空間でコボルト隊が一斉に動き出すのを感じました。

 影の空間を通って何処にでも入り込めるコボルト隊の巡回は、騎士の巡回なんかよりも遥かに強力です。


 追い剥ぎをするなら、襲い掛かるために余分な人数を乗せる必要があるでしょうし、奪った金品を載せる場所も必要でしょう。

 つまり空荷に近い状態で、武装した人を乗せているような馬車は要注意です。


 街の入り口での検問では、全ての荷物を調べる訳ではないので、普通の荷馬車への偽装を見破ることは難しいかもしれませんが、コボルト隊の目は誤魔化せません。

 たぶん、追い剥ぎがリバレー峠経由でこちらに移ってきても、襲撃を成功させる前にコボルト隊に捕まるでしょう。


『そうだ、捕まえた後の事も考えておかないと駄目か』

『ケント様、そのような悪事に手を染める者はお尋ね者と相場が決まっております。縛り上げて城門前に転がしておけば良いでしょう』

『それもそうか、罪状を書いた紙でも貼り付けて転がしておこう』

『それでは、野営地よりも東で捕らえた場合にはヴォルザード、西で捕らえた場合にはラストックの門前に転がしておきますぞ』

『うん、お願いね』


 近藤に代わって御者台に座った頃から、すれ違う馬車が増えてきました。

 今日のうちにヴォルザードに到着するために野営地を出発すると、丁度このぐらいのタイミングですれ違うことになるのでしょう。


 どの馬車にも厳つい顔の護衛らしき人物が乗っていますが、張り詰めた感じはありません。

 何か危険や障害がある場合には、御者同士が合図を送るのがマナーだそうですが、ずっと問題無しの合図ばかりです。


「平和ですけど……暑いですね」

「まぁ、夏だから仕方ないだろう」

「それじゃあ、日除けを出しますか」

「日除け? おぉ、なんだこりゃ!」


 御者台の上に闇の盾を展開して日差しを遮るだけでも、体感温度はぐっと下がりました。


「これは、闇の盾と呼んでる闇属性の魔術です」

「いやぁ、日差しを遮ってもらえるのは有難……いぃ?」


 闇の盾から、ひょこひょことコボルト隊が顔を覗かせたので、エウリコさんが目を丸くしていました。


「驚かせてしまって、すいません。うちの眷属ですから大丈夫ですよ」

「本当に影の中にいるんだな。ジョーから話は聞いていたが、何匹ぐらいいるんだ?」

「コボルトが入れ替わりながら十頭前後、ギガウルフが三頭、サラマンダーが一頭、それにスケルトンとサンドリザードマンですね」

「そんなにいるのか」

「えぇ、自宅の警備をしてる者もいるので全員じゃないですけどね」


 今回はゼータ・エータ・シータの他にフラムもついて来ているみたいですが、自宅にはネロ、レビン、トレノが警備に残っているから何の心配も……無いよね。

 まぁ、あの三頭なら寝ているだけでも抑止力にはなるし、ザーエ達もいるから大丈夫でしょう。


 午後になって気温が更に上がってきたので、街道の途中に設置した水場で休む馬車の数が増えているように見えます。

 オーランド商店の馬車は、そうした水場ではない場所を選んで路肩に馬車を停め、馬に水を与えています。


 御者を務める三人が、いずれも水属性の魔術が使えるようで、桶さえ準備すれば水場でなくても水の確保はできるようです。

 馬車を停める水場も、時には山賊の待ち伏せ場所になるそうなので、これも襲撃を回避するテクニックなのでしょう。


 馬車が停まっている間に、僕らも交代で用を足しておきます。

 大自然の開放感を楽しんでいると、新田が声を掛けてきました。


「国分、ちゃんと見張ってるんだろうな?」

「大丈夫、大丈夫、眷属いっぱい引き連れて来てるから」

「おぉ、そんじゃあ居眠りしてても大丈夫だな」

「なに言ってんだよ、駄目に決まってるだろう」

「冗談に決まってんだろう、俺はジョーと同じく仕事には厳しい男だからな、ジョーと同じくな!」

「はいはい、僕にアピールしても何の効果も無いよ」


 早速ジョーのコピーに勤しんでいるみたいだけど、ここでアピールしたって意味ないと思うんだけどね。

 まぁ、依頼に悪影響が出る訳じゃないから放っておいても大丈夫かな。


 その後も数回の休憩を挟みながら馬車は順調に街道を進み、日が傾き始める頃には野営地に到着しました。


「凄い城壁だな。これも、あんたらが作ったのか?」

「まぁ、そうですね」


 野営地に築いた壁を見て、エウリコさんは少し呆れたように訊ねてきました。

 うちの土木班が、やり過ぎたのは自覚してますけどね。


「向こうにもあるのか」

「あっちは、まだ建設中なんですよ」


 街道を挟んだ反対側にも野営地を築いてありますが、あちらはカミラの輿入れが終わった後に開放する予定です。

 野営地の中に入ると、馬車をキッチンカーのようにして商売をしている人が増えていました。


 これからが稼ぎ時なのでしょう、あちこちから良い匂いが漂ってきます。


「こんなに賑わっているのか、こりゃもう小さな街って呼んでも良いぐらいだな」

「今は建物の建設は認めてませんが、いずれは街にすることも考えています」

「いやぁ……ジョーたちも年齢の割にはシッカリしていると思っていたが、あんたは別格だな」

「いやいや、僕の眷属たちが頑張ってくれているだけですよ」


 実際、この野営地の建設も運営も、殆ど眷属のみんなに任せきりです。

 僕がやったのは、送還術を使って外壁を平滑に整えたのと、野営地でのルールにアイデアをいくつか出した程度です。


 それでも、今夜の野営場所を決めて馬車を停めると、すぐにデルリッツさんが降りてきて質問攻めにされました。


「ケントさん、ここにうちの支店を出したいのですが、権利を手に入れるにはいくら払えば……」

「ちょっと待って下さい。僕も一応は護衛の要員ですから、設営が終わってからゆっくり話を聞きますから」


 とは言ったものの、オーランド商店の馬車は側面が特殊な構造で、幌を持ち上げてつっかえ棒を入れるだけで設営は終わってしまった。

 どうやら、新旧コンビが日本のキャンピングカーを参考にしてアイデアを伝え、それをオーランド商店が実用化したらしい。


 設営が終わると、今度はタープの四隅に新旧コンビが蚊取り線香を設置し始めた。

 これも新旧コンビのアイデアで、オーランド商店が商品化したらしい。


 その他にも野営用の携帯食料とかでもアイデアを出しているみたいだ。

 それだけの才能がありながらモテないのは、よほど日頃の行いが悪いのだろう。


 感心しつつ、呆れつつ、設営の様子を眺めていると近藤が話し掛けてきました。


「国分は夕飯どうすんだ?」

「えっ、僕の分は無いの?」

「いや、無いなら用意するけど」

「じゃあ用意して、僕は見物ついでに何か買ってくるからさ」

「だったら、肉を頼む」

「オッケー」


 さてさて、どんな店があるのか見物にいきますかね。

 手頃な店が無かったら、ちょいとヴォルザードまで行って来ましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る