第679話 苦労人ジョーはやりにくい

※今回は近藤目線の話になります。


 国分がデルリッツさんと一緒にキャビンに乗り込み、俺たちの配置も終わったところで馬車はゆっくりと城門に向かって進み始めた。

 箱馬車の御者を務めるエウリコさんとは、もう何度もマールブルグやバッケンハイムに同行しているので気心が知れている。


「エウリコさん、今回もよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞ。何せ魔の森を抜けて行くのだからな」

「まぁ、今回は国分が一緒ですから何もありませんよ」

「そうなのか?」

「油断する気もありませんが、この馬車に国分が乗っている以上、影の中には強力な眷属が何頭も控えているはずですからね」


 今回の護衛依頼は、ヴォルザードから魔の森を抜けてラストックまで往復する予定だ。

 魔の森を抜ける護衛はBランク以上の冒険者の同行が必要で、俺たちだけでは受けられないのだが、Sランクの国分がいれば問題ない。


「魔の森を抜ける街道は、魔物が多いだけに山賊に襲われる心配は要らないと言われていたが、最近は魔物の数も減ってると聞いている。それもケント・コクブ絡みなのか?」

「間違いないでしょうね」


 俺たちがヴォルザードに来た後も、ゴブリンの極大発生が起こって、守備隊や冒険者が総出で街の防衛にあたった。

 人一倍ヴォルザードに愛着を持つ国分は、二度と大量発生が起こらないように、眷属を使って魔物の数をコントロールしていると言っていた。


 冒険者の仕事を奪うのも不味いから、程々で止めておくのが難しいんだよ……なんて笑っていたが、それは一人の冒険者がやる範疇の仕事ではないだろう。

 そんなレベルの事を平然とやってしまうからSランクなのだろうが、普段のポヤポヤした感じからは想像も出来ない。


 城門の近くまで馬車が進むと、守備隊の隊員が護衛の確認に来た。

 馬車を停めてエウリコさんが対応する。


「オーランド商店の馬車か、護衛は?」

「Cランクが四人……」

「Cランクだと? こっちはマールブルグに向かう門じゃないぞ」

「慌てないでくれ、Cランク四人の他にSランクが一人同行する」

「Sランク……ケント・コクブか?」

「そうだ、中に乗っている」

「それなら問題無いな」


 守備隊員は俺たちのギルドカードを確認した後で、キャビンを開けて国分のカードも確認したようだ。

 言葉使いや声の調子が、俺たちに向けられるものとは全然違っている。


 国分との力の差は俺たちが一番分かっているつもりだが、今みたいに世間の認識として見せつけられてしまうと歯がゆいと感じてしまう。

 国分と肩を並べるなんておこがましいかもしれないが、せめて守備隊員からも一目置かれるような存在になりたい。


「通っていいぞ。良い旅を……」

「ありがとう」


 門を出たところで、エウリコさんは表情を引き締めて、馬車の速度を徐々に上げ始めた。


「ジョー、油断するなよ」

「分かってます」


 エウリコさんの表情が、マールブルグ方面に行く時よりも引き攣っているように感じる。

 やはり魔の森を通るのは緊張することなのだろう。


 ラストックに向けて街道を進み始めた直後に気付いたのだが、以前に比べると道幅が広くなっていて、路面も綺麗に均されている。

 手綱を握るエウリコさんも道の様子を見て驚いているようだ。


「これは……ラストックに着くまで、ずっとこんな調子なのか?」

「おそらく、そうだと思いますよ」

「これも、ケント・コクブがやってるのか?」

「たぶん、そうです」


 いくら魔物の数が減っているとは言え、魔の森で土木工事をするなんて、国分の眷属以外には考えられない。


「これは……リバレー峠よりも遥かに走らせやすいな」

「魔物の監視もやりやすいですね」


 街道の幅は馬車が四台並んで走っても余裕がありそうで、そこから更に路肩が十メートル以上切り開かれている。


「これは本当に魔の森を抜ける街道なのか?」

「間違い無いと思いますよ」

「これじゃあ、マールブルグに行くよりも遥かに楽だぞ」

「ですねぇ……」


 俺達が護衛依頼を行っている時、一番気を使うのが魔物や山賊による不意打ちだ。

 街道のすぐ近くまで崖が迫っている場所、森や林が迫っている場所、背の高い草が生い茂っている場所などは警戒しなければならない。


 ヴォルザードからマールブルグに行く間には、そうした場所が数えきれないほどある。

 むしろ見通しの良い場所の方が、割り合いとしては少ないくらいに感じるほどだ。


 ところが、ここはもう魔の森と呼ばれている場所なのに、御者台からは周囲の様子が呆れるぐらいに良く見える。

 広い道幅、広い路肩だけでなく、その先の森も大きな木を残して間伐が施され、下草や灌木まで綺麗に刈り取られている。


 まるで、公園の遊歩道を歩いているかのようだ。


「これは、リーゼンブルグとの往来が活発になる訳だな」

「エウリコさんは、ラストックに行くのは初めてなんですか?」

「そうだ、こちらには縁が無かったからな」


 オーランド商店で御者を務めているエウリコさんたちは、かつては冒険者として活動していたと聞いている。

 その頃にも護衛の依頼でヴォルザード以外の街にも行っていたそうだが、行き先はマールブルグやバッケンハイム、ブライヒベルグなどで、リーゼンブルグには初めて行くそうだ。


「魔の森を抜けると聞いて、覚悟を決めて来たんだが、これじゃあ拍子抜けだな」

「いや、強力な魔物なんかに遭遇しない方が良いですよ」

「そりゃそうだな」


 道も整備され、国分も同行しているのなら、魔物と遭遇する確率は限りなく低いだろう。

 強力な魔物と遭遇するとしたら、国分が俺達の働きを試すためだろう。


 その場合には、活きの良いオーガあたりを相手にしなきゃいけなくなりそうだが、今回は俺たちだけでなくデルリッツさんも一緒だから、その可能性も低いはずだ。


「確か、ラストックまでの道程は、リバレー峠のような登り下りは無いんだよな?」

「ええ、真っ平ではないですが、見ての通り峠はありません」


 ダラダラした登り下りはあるものの、峠を越えるような場所はない。

 馬に掛かる負担も小さいし、これならばマールブルグに行くよりも楽だ。


 ラストックは先日の台風で大きな被害を被ったと聞いているが、そこから復興していくならば、ますますヴォルザードから商売に行く者が増えるだろう。

 取引をするだけでなく、支店を構えてしまおうと考えているデルリッツさんは、やはり先見の明があるのだろう。


「ラストックの領主ってのは、どんな人物なんだ?」

「さぁ、国分は面識があると話してましたが、俺は顔も知りません」

「そうなのか? ジョーたちはラストックで拘束されてたんだろう?」

「はい、ですが俺たちがいた頃はリーゼンブルグの第三王女が仕切ってましたから」

「ほぅ、その王女様ってのには会ったことあるのか?」

「会ったというか、見たことはあります。美人ですけど高飛車で嫌な女ですよ」

「珍しいな、ジョーが女を悪く言うなんて」


 カミラ・リーゼンブルグを思い出すと、駐屯地での悲惨な生活を思い出すので、意識しないうちに言葉に棘が出るようだ。


「まぁ、色々と事情を抱えていたらしいですし、しおらしい所もあるそうですけど、俺たちは傲慢そうな顔しか知らないんで想像がつきませんけどね」

「嫌な女と言うわりには詳しいじゃないか」

「えぇ、国分が嫁にするそうですからね」

「はぁぁ? リーゼンブルグの王女様を?」

「もうバルシャニアの皇女様を嫁にしてますから、そんなに驚くことでもないですよ」

「いやいや、リーゼンブルグとバルシャニアっていったら天敵同士みたいなものだって聞いてるぞ。その両方から嫁を貰うとか……とんでもねぇな」

「まぁ、とんでもないのは確かですね」


 予想していた通り、山賊も魔物も影すら見えない状態で、順調に馬車は進んでいく。

 街道の途中には、馬に水を与えるための水場が作られていて、多くの馬車が利用していた。


 馬車を停め、馬に水を与えて休ませている間、護衛の冒険者たちが周囲に目を光らせているが、魔物が出て来るような気配は無い。

 オーランド商店の車列も、馬を休ませるために途中の水場に立ち寄った。


 馬車を停めるとキャビンの戸が開いて、国分が背伸びをしながら降りて来た。


「んー……馬車に乗りっぱなしも疲れるねぇ」

「クッションの良いキャビンに乗っていて、なに言ってんだよ」

「いやぁ、そうは言うけど普段だったらパッと行って来れるからさぁ。いっそ送還術で送っちゃう?」

「やめろよな、俺たちは国分がいない時にも護衛で来なきゃいけなくなるかもしれないんだからな」

「そっか……じゃあ鉄道敷く?」

「動力はどうすんだよ」

「蒸気機関車でいいんじゃない?」

「あのなぁ、蒸気機関もボイラーが爆発したり、絶対に安全って訳じゃないんだぞ。それに冒険者の仕事が無くなっちまうぞ」

「それもそうか、まぁ公共インフラはクラウスさんやディートヘルムに任せておけばいいか」

「街道をこんなに整備しておいて、よく言うぜ」

「まぁまぁ、そこはランズヘルトとリーゼンブルグの友好のためにだね……」

「カミラの嫁入りのためだろう?」

「ま、まぁね……」


 国分は、少しバツが悪そうに頭を掻いてみせた。

 カミラを嫁にすることについては、まだ俺たちに遠慮があるようだ。


「そうだ近藤、後でちょっと代わってよ。道の様子を見ておきたいからさ」

「それは構わないけど……」

「大丈夫、大丈夫、魔物とか姿も見えないようにするからさ」

「そっちは心配してないけど……」

「あっ、新旧コンビがダラけないか心配? それなら活きの良いオークを二、三頭みつくろって……」

「止めろ、遊びじゃないんだからな」

「やだなぁ、分かってるよ。冗談、冗談だってば」

「はぁ……頼むから真面目にやってくれよ、Sランク」

「大丈夫、大丈夫、任せといて」

「はぁ……」


 国分が一緒ならば護衛の依頼をしくじる心配はゼロだが、やりづれぇなぁ……。

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