第678話 久々の護衛依頼
『ケント様、そろそろ起きる時間ですぞ』
『うーん……ありがとう、ラインハルト』
近藤たちとオーランド商店の馬車の護衛をしてラストックへと向かう依頼を受けて、今朝は久々に早起きをしました。
「あっ……ごめんねぇ、セラ」
僕の左腕を抱え込んで眠っているセラフィマを起こさないように、そーっと腕を……抜けない。
「ん……ケント様ぁ?」
腕を引き抜こうとしたために起こしてしまったセラフィマは、まだ半分夢の中のようで、トローンっとした表情が可愛らしいですね。
「まだ眠っていていいよ」
「あっ……今朝はお出掛けになるんでしたね」
寝かしつけるように髪を撫でたのですが、セラフィマは僕が依頼で出掛けることを思い出して体を起こしました。
夏掛けがはだけて、セラフィマの白い肌が魔導具の常夜灯に照らされ、まだ暗い部屋の中に浮かび上がって見えました。
うん、昨日の晩、仲良しした後そのまま寝ちゃったので、二人とも生まれたままの姿です。
汗を流してから着替えようと思い浴室に向かうと、セラフィマも起きてきました。
髪を洗い、背中をセラフィマに流してもらってから、冒険者風の装備へと着替えました。
イチャイチャしていて待ち合わせの時間に遅れるとマズいので、着替え終わるまではセラフィマに視線を向けないように頑張りました、頑張りましたよ。
ベージュの厚手のシャツ、デニム地のカーゴパンツ、革鎧を付けて腰にはナイフを吊るし、玄関へ移動してブーツを履けば準備完了です。
「どうかな?」
「今日は本格的な装備でいらっしゃるんですね?」
「うん、護衛を担当するSランク冒険者だからね」
「とっても凛々しいです」
「ありがとう、じゃあ行ってくるね」
「はい、このような格好でお見送りして申し訳ございません」
セラは僕の着替えを手伝っていたので、まだバスローブ姿です。
「ううん、どんな格好でも、セラは僕の大事なセラだよ」
「ケント様……」
セラフィマをギューってして、チュってして家を出ました。
玄関を出ると、眷属のみんなが寄ってきます。
「わふぅ、ご主人様お出掛け?」
「うん、ジョーたちと一緒にラストックまで護衛の依頼に行くよ」
「うちらは?」
「そんなに大した依頼じゃないから、いつも通りでいいよ。一緒に来るなら、影の中から付いて来て」
「わぅ、分かった」
コボルト隊とゼータたちをワシャワシャと撫でながら歩き、カーメに見送られながら門を出ました。
城壁に開けたトンネルを潜りながら気付いたのですが、まだ夜明け前の時間なのに外からは人のざわめきが聞こえてきます。
何かあったのかと思いながら城門の方へと足を向けると、開門を待つ多くの馬車や人の姿が目に飛び込んできました。
魔の森が安全になってきたので、リーゼンブルグ方面に向かう馬車が増えているのだと改めて実感しました。
冒険者や馬車の乗客を目当てに道の両側の屋台も既に営業を始めていて、いい匂いが漂っています。
そう言えば、朝食を食べていないんですよね。
ケバブのような肉と野菜を挟んだパンを買い込み、お茶は影の空間から取り出したカップにいれてもらいました。
パンを齧りながら待ち合わせの場所へと向かうと、近藤たちは先に来ていたのですが、なんだか様子が変ですね。
「おはよう、みんな早いね」
「おぅ、今日は頼むな」
近藤はいつも通りに挨拶してきましたが、新旧コンビと鷹山は仏頂面をしています。
「どうしたの?」
「鷹山は嫁や娘と離れるのが嫌で、新田と古田は……まぁ、いつものことだ」
「何がいつものことだ、この裏切り者!」
「このケモっ娘ハンターが!」
どうやら、近藤と新旧コンビの間で一悶着あったようです。
「だから、二人も来るもんだと思ってたんだって言ってるだろう」
「だったら一緒に行けば良かったじゃないかよ」
「とっとと一人で行きやがったくせによ!」
「うん、全然話が見えないんだけど……とりあえず、新旧コンビから話を聞こうか」
近藤はオーランド商店の人が来た時に対応しないといけないから、先に新旧コンビから聞き取りをしました。
それによれば、プールのオープン二日目が終わった後、近藤一人がリカルダから誘いを受けて朝帰りをしたそうです。
「なっ、おかしいだろう。俺らだって協力したのにさ」
「全く打ち上げとか呼ばれてねぇんだぜ」
「いや、協力したって言っても、フラヴィアさんの水着姿に前かがみになりながら鼻の下を伸ばしてただけじゃん」
「馬鹿、俺らは華麗な泳ぎを披露してたじゃんかよ」
「そうだよ、プールで泳ぐってのはこういうものだって実践してみせてただろう」
「うーん……変な奴がいるぐらいにしか思われてなかったんじゃない?」
「そ、そんなことはねぇよ……なっ、和樹」
「いや、達也の変態バタフライもどきが……」
「それは和樹も一緒だろうが!」
「俺はあんなキショい腰使いはしてねぇ……」
「はいはい、分かった、分かった。結局、彼女を作った近藤に嫉妬してるだけなんでしょ? てか、二人ともリカルダ狙ってなかったじゃん」
「いや、それは……フラヴィアさんの水着を見たら……なぁ」
「あんなの反則だろう……」
まぁ、確かにフラヴィアさんの水着姿は反則だとは思うけど、彼女を作りたいならば狙うべきじゃないよねぇ。
「狙いも外してたし、近藤のマークも外したんだから、ゴール決められても仕方ないんじゃない? てか、まだ夏は終わって無いのに諦めちゃうの?」
「いや、諦めたりはしねぇけど……」
「今日からは依頼でプールには行けないし……」
「だったら切り替えよう。終わったプレーを引き摺っててもゴールは生まれないよ。自分たちの戦術と、ジョーの戦術の何が違ったのか分析して、新たな戦術を試すべきじゃないの?」
「新たな戦術って言われても……なぁ?」
「どうやったら女子と仲良くなれるんだよ」
頭を抱える新旧コンビは、迷走真っ最中という感じですね。
「分からなかったら、真似れば良いんじゃない?」
「真似る……そうか、ジョーを真似れば良いのか」
「それだ、達也! ジョーをコピーすれば俺らの評判も上がるはずだ!」
「だったら、まずは依頼に専念しようか。見てよ、この僕のやる気を」
久々の冒険者装備を見せつけるように胸を張ったのですが、新旧コンビは微妙な表情を浮かべています。
「国分、そういう格好似合わねぇな」
「見るからに着慣れていない、ヒヨッコ冒険者って感じだな」
「ひでぇ、何でだよ!」
「いや、革鎧はおろしたてで、微妙にサイズ合ってねぇし」
「ナイフ一本で手ブラって……」
「いやいや、僕は影収納使えるし、本来影の中から戦う術士だから……って、二人とも日本から取り寄せたリュック使ってるし、それ真空断熱ボトルじゃん!」
よく見たら、新旧コンビが背負っているのは、スポーツブランドの登山用のリュックだし、サイドポケットに刺さっているのは保温の利く水筒です。
「国分、使えるものは何でも利用するのが冒険者ってものだぞ」
「そうそう、いくら影の空間から取り出せても、素早く使えるように手元に置いておかなきゃ意味無いんだぞ」
「ぐぬぬぬ……」
なんだろう、この謎の敗北感。
僕の方がランクは遥かに上なのに、負けてる気分にさせられます。
新旧コンビにやり込められて歯ぎしりしていると、近藤が声を掛けてきました。
「お前ら、遊んでないで準備しろ。オーランド商店の馬車が来たぞ」
「そうそう、俺たちはジョーをコピーしないといけないからな」
「そうそう、駆け出しの冒険者と遊んでる暇は無いな」
「ぐぬぬぬ……覚えとけよ、新旧コンビ。必ず後悔させてやるからな」
城門前に現れたオーランド商店の馬車は合計三台で、一台が店主デルリッツさんが乗る乗用タイプ、他の二台が幌馬車です。
乗用の馬車はピカピカに磨かれ、幌馬車の幌にはオーランド商店の屋号が染め抜かれています。
街道を行く馬車は、山賊などに狙われにくいようにわざと汚していたりするのですが、オーランド商店の馬車は存在を誇示しているようです。
これを毎度毎度護衛するのは、結構なプレッシャーでしょうね。
馬車が止まったところで、近藤たち四人が整列したので、僕も横に並びました。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします!」
デルリッツさんが馬車から降りてくると、四人は一斉に頭を下げました。
もちろん、僕もお辞儀しましたよ、大幅に出遅れましたけど。
「うむ、今回もよろしく頼むよ。そして……ケントさん、今回は依頼を引き受けていただいてありがとうございます」
「ご無沙汰しております。ご期待にそえる結果が出るかは、ヴィンセント・グライスナーさん次第ですよ」
「いえいえ、我々としてはラストックを治めている人物と面談ができれば良いのであって、もうケントさんは期待に応えて下さっていますよ」
「ヴィンセントさんには昨日のうちに話はしてあります。詳しい話は休憩の時にでも……」
「ほぅ、もう話を通していただけましたか、それでは、私の馬車に乗っていただいて、話を聞かせていただけますか?」
「それは……近藤、構わないかな?」
「あぁ、護衛は俺達の領分だから構わないぞ。それに、中に乗っていたって万全なんだろう?」
実際、足下の影の中には、仕事の無いコボルト隊やゼータ達が待機しています。
魔物が現れても、近付く間も無く瞬殺でしょう。
「まぁ、そうなんだけど、あんまり当てにし過ぎないでね」
「分かってる」
近藤が乗用の馬車の御者台に座り、新田が二台目の馬車の御者台、古田は二台目の馬車の荷台に乗り、鷹山は三台目の馬車の荷台に乗るようです。
「じゃあ、出発前の最終確認をしよう」
近藤の合図で、四人はヘッドセットマイクを装着しました。
「えっ、待って待って、なにそれ?」
「これか、双方向の会話が出来る無線機だ」
近藤が腰にトランシーバーの本体を装着しながら説明してくれました。
「うわっ、でたよ文明チート」
「チートな魔術が使える奴に言われたくないな」
「まぁ、みんなのリスクが減るなら文句を言う気は無いけどね……また新旧コンビ?」
「当たり、でも、いいぜ、これ」
近藤たちはヘッドセットのコードが絡まないように、防具の下に通して装着を終えました。
「じゃあ、僕は中に乗るね。何も無いとは思うけど、何かあったら声掛けて」
「了解!」
近藤とグータッチを交わしてキャビンに乗り込みます。
さぁ、護衛依頼のスタートです。
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