第677話 ジョーからの依頼
台風の接近によって大きな被害を受けたリバレー峠は、マールブルグの鉱山で働く人たちを現場近くへ転送したおかげで、順調に復旧作業が進んでいます。
その一方で、街の殆どが流失してしまったラストックの復旧作業は、まだ街の区割りが終わったところで、建物の再建はこれからのようです。
作業が遅れているのは、この機会に区画整理を行って通りを広くするなど、街並みを一新するためのようです。
ちなみに、建物を再建するための木材や土台となる石材などは、眷属のみんなに協力してもらって運び入れてあります。
街の再建は進んでいませんが、民衆からは不満は出ていないようです。
現在、ラストックを統治しているヴィンセント・グライスナーには連絡要員としてウルトを貸出しています。
次期国王ディートヘルムとも連絡を取り合い、王都からも支援物資が送られて来ているようで、駐屯地に避難した住民の衣食住は確保出来ているようです。
ラストックの復興状況は、ラインハルトに見てもらっています。
僕らは、どこにでも入っていけますし、ヴィンセントたちが寝静まった後に書類をチェックすることも可能です。
問題や不足が感じられる所は、紙に書き出してヴィンセントに伝えているようです。
「とりあえず、作業自体は遅れているようだけど、着実に進めてるって感じかな?」
『ヴィンセント・グライスナーは、住民達からも良く話を聞いているようですし、なかなか優秀ですな』
「でも、確かヴィンセントは次男だよね?」
『そうです。長男ウォルターは父親の下で領地経営を学んでいるのでしょう』
「じゃあ、ヴィンセントは独学でラストックを治めてるの?」
『嫡男が病気や怪我で命を落とすこともありますから、次男も領主としての教育は受けているはずですぞ』
「なるほど、じゃあ同じ教育は受けているんだね」
『おそらく父親のゼファロスは、ウォルターは領地全体を見て、ヴィンセントは街単位の視点で物を見られるように育てたいのでしょう』
ヴィンセントの父ゼファロスは、かつての第二王子派の重鎮で、第二王子ベルンスト、第三王子クリストフを誅殺する決断をした人物です。
リーゼンブルグ王国の貴族として、領地だけでなく国全体を見渡せる視野の広さがあり、今は相談役としてディートヘルムからの信頼も厚いと聞いています。
「ディートヘルムが王になれば、暫くは継承争いは起こらないと思うけど、こうした災害はいつ起こるか分からないのだから、貴族にはしっかりしてもらいたいね」
『それが貴族の役目ですが、さてどれほどの者が備えをしているのか怪しいところですな』
喉元過ぎれば何とやら、アーブル・カルヴァインによるクーデター未遂から月日が流れ、バルシャニアとの紛争も無くなり、今のリーゼンブルグは平和です。
平和な日が続くと、また馬鹿なことを考える輩が現れないかと心配になります。
カミラを嫁にもらう以上、ディートヘルムは義理の弟になる訳ですし、リーゼンブルグの国内事情も他人事ではありません。
『やはり、魔王ケント・コクブ様に活躍してもらわねばなりませんな』
「そんな面倒な……とは言ってられないか。表だって動くのはディートヘルムの権威に悪影響が出そうだし、裏方に徹して美味しいところはディートヘルムに譲るよ」
『ぶははは、正に影の支配者ですな』
ラストックの視察を終えて、そろそろ自宅に戻ろうかと思っていたら、マルトが僕を呼びに来ました。
「わふぅ、ご主人様、ジョーが来たよ」
「珍しいな、何のようだろう? まあ、本人に聞けばいいか」
八木と違って近藤が訪ねて来ることは滅多にありません。
それだけに、ちょっと不安が頭をよぎりましたが、何かあったらあったで解決するだけです。
マルトと一緒に自宅に戻り、玄関前に闇の盾を出して表に出ると、門から歩いてくる近藤の姿が見えました。
「ジョーとは遊ばないの?」
「わぅ、ジョーはみんなのジョーだからね」
「八木とは違うの?」
「わぅ、ヤギはみんなのオモチャだからね」
「なるほど……」
やはり眷属は主人に似るみたいですね。
「忙しいところ悪いな、国分」
「ううん、ちょうどラストックの視察を終えた所だから大丈夫だよ」
「ラストックは台風で大きな被害が出たんだろう?」
「うん、駐屯地以外は全部流されてる」
「マジか……」
「うん、まぁ詳しい話は中でしよう」
近藤を応接室へ招き入れ、マルツェラにアイスティーを頼みました。
「ラストックの話をする前に、近藤の用件を聞いちゃおうか」
「あぁ、俺の用件もラストック絡みなんだ」
「ん? てことは、ラストックに行くの?」
「あぁ、オーランド商店のデルリッツさんに頼まれたんだけど、今ラストックを治めている人と会えないかな?」
「紹介しろ……ってこと?」
「あぁ、デルリッツさんを引き合わせたいんだ」
「何のため……って聞いたら教えてくれる?」
「ラストックにオーランド商店の支店を出すための土地の確保をしたいそうだ」
ラストックが台風によって大きな被害を被ったと聞いたオーランド商店の店主デルリッツさんは、支援と引き換えに一等地を手に入れようと考えたらしい。
ただ、ラストックを統治しているヴィンセント・グライスナーとの伝手が無いので、僕のところに話を持ってきたということらしい。
「現在ラストックを統治している人物と面談できるように取り計らってくれたら、国分にも紹介料として五十万ヘルトを支払うそうだ」
「そりゃまた太っ腹な話だねぇ」
五十万ヘルトというと、日本円の感覚だと五百万円程度になります。
「紹介料っていうけど、本当に紹介するだけでいいの?」
「オーランド商店からの要望は、統治者とデルリッツさんが直接面談して、こちらの提案を聞いてもらえることだ」
「その提案が拒否された場合は?」
「交渉の成否は問わないそうだ、とにかく直接会って話ができれば良いそうだ。悪い話じゃないと思うけど……どうだ?」
「うん……」
天気さえ良ければ、ヴォルザードからラストックまで馬車で二日の道程です。
往復に四日、ラストックに一日滞在するとして五日間。
たぶん、近藤が受け取る護衛の報酬は、僕の十分の一もあれば良い方でしょう。
「あれ? 近藤のランクじゃ魔の森の護衛は受けられないんじゃないの?」
「あぁ、そこはBランク以上の冒険者を用意するそうだ」
魔の森を抜ける護衛依頼は、Bランク以上でなければ受けられません。
南西の門を出るために同行しろと言われるかと思いきや、そこはオーランド商店が用意するのでしょう。
「どうだ、国分。できそうか?」
「できなくはない。ヴィンセント・グライスナーとは顔見知りだし、台風の後も支援してるからね」
「マジか……期待はしていたけど、あっさりできるとか言われると格の違いを見せつけられてる気分になるな」
「うん、うん、こう見えても結構苦労してるんだよ」
「ホント、国分様、様だな。じゃあ、紹介状を書いてくれるか?」
「うーん、どうしようかなぁ……」
「なんか不味い理由でもあるのか?」
「報酬が高すぎるかなぁ……」
「てことは、交渉が上手くいく可能性が低いのか?」
「さすがはジョー、鋭いね」
近藤に、ラストックが区画整理の真っ最中で、いくら支援しても一等地を手に入れられるか分からない状況だと伝えました。
「そうか、区画整理を進めているんじゃ、もう一等地は誰のものか決まってそうだな」
「具体的に決まったか否かまでは確かめていないから、まだ間に合うかもしれないけど、可能性としては低いと思う。それが分かっていて、高額の紹介料をもらうのは、ちょっと気が引けるかなぁ……。まぁ、デルリッツさんのことだから、例え交渉が上手くいかなかったとしても何かしらの利益を手に入れそうだけどね」
「そうだな、一等地は手に入らなくても、何らかの譲歩は引き出すだろうな」
「うーん……ちょっと考えさせて」
デルリッツさんは、僕がリーゼンブルグに太いパイプを持っていることや、近藤たちがオーランド商店の依頼を定期的に受けていることを承知していると知った上で依頼してきている。
僕が依頼を断れば、近藤たちに依頼を出さないぞ……といった脅しをする訳でもなく、相応の報酬も支払うと言っている。
ヴィンセントとの交渉についても、僕が圧力を掛けて成功させろといった要求は無いし、ラストックの一等地を手に入れる代わりに支援をする用意もある。
問題は無いような気もするし、僕が単にデルリッツさんを警戒しすぎているのかもしれない。
それに、僕が依頼を受諾すれば、近藤の株は更に上がるし、ヴィンセントとしても民間の支援は有難いだろう。
オーランド商店以外の商売人からは、僕が依怙贔屓しているように見えるかもしれないが、デルリッツさんにしてみれば、こうした時のために近藤たちに定期的な依頼を出すという先行投資をしているのだろう。
「要するに、僕が狡いと思われたくないだけかな……」
「何の話だ?」
「こっちの話」
「結論は出たのか?」
「そうだね、やってもいいよ。ただし、ギルド経由の指名依頼にして」
「慎重だな」
「まぁ、相手がデルリッツさんだし、こうした口利きがヴォルザードの法律に違反しないか判断できないからね」
もし、この依頼が法律に違反する行為だった場合、僕はデルリッツさんに弱みを握られる可能性があります。
デルリッツさんも罪に問われるのだとしても、一蓮托生、同じ穴の狢となる訳で、用心しておいた方が良いでしょう。
「分かった、それじゃあデルリッツさんにギルドに依頼を出してくれって伝えるよ」
「さっきの金額だったら、道中の護衛も引き受けてもいいよ。それなら、近藤たちも護衛の仕事ができるんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。国分が一緒だと新旧コンビが腑抜けそうで心配だな」
「それじゃあ、途中に活きのいいロックオーガを……」
「やめろよ、洒落にならねぇからな」
「だったら、オークを五、六頭……」
「だから、余計な仕事は増やすな!」
「えー……」
「えー……じゃねぇ、護衛中は解体してる暇もねぇんだから、マジでやめろ!」
「仕方ないなぁ……今回は勘弁してやろう」
「今回は……じゃないからな、絶対にやめろよな」
近藤は、くどいほど僕に釘を刺してからオーランド商店に戻ると言って帰っていきました。
さて、久々に冒険者らしい仕事でもしようかね。
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