第676話 苦労人ジョーは報われる
※今回は近藤目線の話になります。
水泳の習慣の無い街に、プールなんて作っても人は来ないのでは……と思っていた。
監視員を務める守備隊員でさえまともに泳げないのに、一般の人が泳いでみようなんて考えるものだろうかと疑問を抱いていた。
色々な意味でネガティブな要素が多すぎて、相良には悪いと思ったが、プールは閑古鳥が鳴いて失敗するような気がしていた。
まぁ、日本で生まれ育った俺にとっては、夏の娯楽は増えるし、空いているならトレーニング場にも使えるから有難いとは思っていた。
ところが……オープン初日、嵐の影響でリバレー峠の通行ができなくなり、オーランド商店の護衛依頼が急遽中止となったので、臨時の監視員として駆り出された。
日本にいた頃もプールの監視員なんてやった経験は無いが、プールを知らずに育った人よりはマシだろうと、相良だけでなく守備隊のカルツ隊長にまで頼まれてしまった。
他にやる事も無かったし、臨時の収入にもなるし、どうせ忙しくないと思って引き受けたのだが、予想は大きくハズレてしまった。
相良からは国分を人寄せに利用させてもらうと聞いていたのだが、あれほどの集客力があるとは思ってもみなかった。
最初は国分だと気付かれなかったようだが、領主の娘であるベアトリーチェさんと一緒にいることで素性がバレて一気に女性客の視線が集中した。
それでも、最初は遠巻きに見ているだけだったのだが、一人が接近を試みた瞬間から先を争うように国分を目指して殺到しはじめた。
そこから先は、獲物を狙うハイエナやハゲタカが集まって来るかのようで、遠目からも国分の顔が引き攣って、蒼ざめているのが良く分かった。
プールサイドから守備隊員と共に押さないように声を張り上げ、踏まれて沈んでいる人がいないか目を見開いてチェックし続ける羽目になった。
少しでも国分の近くに行こうと、髪を振り乱し、水着から胸がこぼれ出るのも気に留めず、目を血走らせて寄ってくる姿は獣そのものだった。
会いに行けるアイドルどころか、上手くすれば愛人になって将来安泰になる金持ちとして焚きつけられているのだから、必死になるのも分からないではない。
その圧では国分は引くだけだと思うのだが、本人たちは気付かないようだった。
結局、あまりにも人が集まり過ぎて危険と判断して、国分は午前中で客寄せパンダ役から解放された。
オープン二日目は、人が集中して危険なために国分は現れないと入口に大きく表示したのだが、それでも途中で入場制限を行うほど人が集まった。
初日が光の曜日、二日目が安息の曜日であったからだろうし、学校が夏休みに入ったことも大きかったのだろう。
結局、オープン二日間の来場者数は、俺の予想は勿論、相良たちの予想の数倍になったらしい。
現場での水着の販売は品切れ続出、プールサイドへの出店申し込みも相次ぎ、相良は休む間もなく動き続けていたが、その表情は充実した笑顔に彩られていた。
二日目は、監視員のローテーションを早番にしてもらい、営業終了の時間よりも早くシェアハウスに戻った。
相良から打ち上げをやるから、新旧コンビに気付かれないように来て欲しいと言われていたからだ。
別に、二人を連れて行っても構わないと思ったのが、女性の職場向きではないと判断されたのだろうし、俺が口出しすることでも無いので一人でシェアハウスを出た。
たぶん……いや、間違いなく抜け駆けしたと文句を言われるだろうが、てっきり誘われているもんだと思っていたとでも言っておこう。
ヴォルザードの夏は、昼間は暑いが、日が落ちると過ごしやすくなる。
東京もアスファルトしかない街中は熱気が残っているが、緑の多い公園の側を通ると、はっとするほど涼しかったりする。
ヴォルザードは魔の森のすぐ近くだし、街に暮らす人たちが魔法を使って打ち水をしているし、自動車のエンジン、エアコンの室外機などの熱気も無いから涼しいのだろう。
相良から指定された店へと向かうと、リカルダが一人で待っていた。
「ジョーさん、お疲れ様っす」
「他の人は?」
「片付けとかがあるから、先に始めていてって言ってました」
「じゃあ、中で待ってるか」
リカルダは相良の同僚で、俺たちよりも一つ年下だ。
グレーの髪に青い瞳、イヌ耳と尻尾があるイヌ獣人だそうだ。
人懐っこい明るい性格で、ハスキーの子犬を連想してしまう。
「ここは仕事終わりにフラヴィアさんやタカコさんと時々来る店で、串焼きが美味しいんですよ」
「そうなんだ、じゃあ注文は任せちゃっていいかな?」
「いいっすよ。任せて下さい」
リカルダが注文している間に店の様子を観察してみると、串焼きが売りの店にしては七割近くが女性客だった。
店の内装も洒落た感じで、フロアを担当している店員も女性だが、厨房で調理をしているのは屈強な男性だ。
俺が店の様子を観察しているのに気付いたのか、女性客が多い理由をリカルダが教えてくれた。
「ここは、男性のみのお客さんはお断りの店なんっすよ」
「あぁ、だから女性客が多いのか」
「ちょっとお値段高めですけど、料理もお酒も美味しいんすよ」
串焼きは豚肉がメインで、内臓肉も使われていた。
薬草を使ったスパイスが、肉の臭みを抑えて旨みを引き立てていた。
「では、オープン二日の成功を祝して、乾杯っす!」
「乾杯!」
酒は口当たりの良い甘めの果実酒で、良く冷えていた。
これは調子に乗ってガブ飲みしていたら、腰が抜けて立てなくなるやつだ。
「今日も入場制限が掛かるほどの盛況で、やっぱケント・コクブさんの人気は凄いっすねぇ」
「いや、昨日は国分の人気のおかげもあったけど、今日は来ないって入口で告知していたんだからプール自体の人気だろう」
「そう、なんですかねぇ?」
「それは間違いないと思うが、問題は平日になる明日以降がどうなるかだな。最初は物珍しさに人が集まるけど、いずれトラブルもあるだろうし、その時にどんな反応が起こるかだろうな」
「なるほど……やっぱジョーさんは真面目っすね。上手くいっても浮かれたりしないっすもんね」
「冒険者は、調子に乗ってると命に関わるからね」
串焼きをガブっと嚙み切って、肉汁とスパイスのハーモニーを楽しみながら咀嚼した後、ぐっと果実酒を煽る。
「あぁ……美味いな」
「ジョーさんは真面目ですけど、やっぱ冒険者なんすねぇ……食べ方が豪快っす」
頬杖をついて笑みを浮かべるリカルダに正面から見詰められ、気恥ずかしくて顔が火照ってくる。
「そ、そう言えばリカルダは、ちゃんと日焼け止め塗ってたのか?」
「塗ってたっすよ。でないと大変なことになるってタカコさんに言われてたんで」
「俺も塗っておいたけど、それでも結構日焼けしたな」
「そうっすね。あたしも、ほら……」
リカルダはシャツの襟元を広げて、日焼けした肌と水着の跡を見せた。
ほんのりと赤みを増した胸の谷間と白い肌のコントラストに、ドキリとさせられる。
「お、おぅ、結構焼けたみたいだな」
「そうっすね、でもプールに来た人には日焼け対策が必要だってチラシを配ったんすけど、中には何の対策もしなかった人もいるみたいで、明日あたりヤバいんじゃないっすか?」
「うーん……肌を晒していた時間にもよるけど、痛い目をみるだろうね」
日焼けは全身やけどのようなものだから、治癒魔術で治せると思うけど……浅川さんの仕事が激増しそうだな。
「それにしても、相良は遅いな」
「あぁ、タカコさん、もしかすると行けなくなるかもしれないから、その時はジョーさんをもてなしておいてって言ってたっす」
「まだ仕事が残ってるのか」
「水着の売れ行きが予想以上に良くて品切れ続出だったんで、追加発注の準備などに追われてるかもしれないっす」
「リカルダは手伝わなくていいの?」
「あたしはまだ接客がメインで、企画やデザインを考えたり、発注数を決めるとかはやらせてもらってないんで……」
「でも、いずれはやってみたいんだろう?」
「勿論っすよ。あたしはフラヴィアさんとタカコさんが作る服に魅せられて、頼み込んで雇ってもらったんですから」
「へぇ、そうなんだ」
リカルダは、店で販売している服がいかに素晴らしいか、本当に楽しそうに語った。
「ジョーさんたちの国って、凄いっすよね。色んな形や色の服が溢れていて、それを自由に選んで着られるって素晴らしいっすよ」
「そうだな、日本は保守的な所もあるけど、宗教的な縛りも少ないし、場所を選べば奇抜な服装で受け入れてもらえるからね」
「それに比べると、ヴォルザードはまだまだ服の形も色使いも種類が少なくてつまらないっす」
「でも、それを変えていくんだろう?」
「そうっす! それがあたしの夢なんすよ!」
リカルダは、よく喋り、よく食べ、よく飲み、こっちまで陽気な気分になってくる。
こんないい子がいるのに、どうして新旧コンビは……いや、フラヴィアさんの水着姿を見せられたら、目を奪われるのも無理ないのか。
「ジョーさん、ジョーさん、ヴォルザードの女の子が恋人にしたい職業って何だか知ってます?」
「えっ、冒険者?」
「半分当たりっす。正解は、腕利きの冒険者っす」
「普通の冒険者は?」
「うーん……いつ怪我したり死んじゃったりするか分からないから、今いちっすね。普通の冒険者だったら、真面目な職人の方が上ですねぇ」
ヴォルザードの女性は現実的というか、相手に生活力を求めるそうだ。
腕利きの冒険者は高額所得が見込めるからで、それに続くのは腕の良い職人、店舗の跡取り、守備隊員やギルドの職員、普通の冒険者といった順番らしい。
「新田とか古田は?」
「あの二人は……ちょっとお金使いが荒いとか聞くんで……お酒とか、娼館とか……」
「あぁ、相良から聞いてるのか」
「えぇ、まぁ……」
「えっ? 相良から聞いたんじゃないの?」
「まぁ、女同士の情報網というか……」
「うわっ、あいつらヤバいじゃん」
「でも大丈夫っすよ、ジョーさんは評判良いですから」
「えっ、俺の情報も流れてんの?」
「それは、ケント・コクブさんの友人ですからね」
「あぁ、それじゃあ仕方ないな」
リカルダの話によれば、俺の評価はおおむね良いらしいのだが、ストイックすぎて近寄りがたいのだとか。
「みんな分かってないっすよ。ジョーさん、こんないい人なのにぃ……」
「いや、そうでもないぞ……って、リカルダ、寝るなよ」
「大丈夫……大丈夫っすよ……」
話に夢中になっていて、何杯飲んだのか数えていなかった。
相良たちも現れそうもないので、切り上げて帰ることにしたのだが、リカルダは電池が切れたみたいにグダグダだ。
「ほら、しっかりしろ」
「大丈夫……大丈夫っす……」
「いや、全然大丈夫じゃないだろう。家はどっちなんだ?」
「いや、ホント大丈夫っす……」
大丈夫だと繰り返すリカルダに肩を貸し、最近一人暮らしを始めたというアパートまで送っていった。
部屋は二階だったので階段は背負って上がり、鞄の中から鍵を探し出してドアを開けた。
造りは1DKで、部屋には服が溢れていた。
ベッドの上にも何枚ものシャツやスカートが出しっぱなしになっている。
てか、下着ぐらいは仕舞っておいてくれ。
「散らかってて、すみません、ジョーさん……すみません……」
夏掛けの布団ごと服を端に寄せ、ベッドにリカルダを横たえた。
部屋には昼の熱気が残っていたので、窓を開けて網戸を閉めた。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……大丈夫っす……でも、暑い……苦しい……」
リカルダは荒い息を吐きながら、シャツのボタンを外し、ブラのフロントホックまで外した。
「ちょっ、待て。大丈夫なら俺は帰るから……」
「嫌っす……帰っちゃ嫌っす……」
リカルダは、背中を向けて立ち上がった俺のシャツを掴んで引き留める。
「こんなに頑張っても駄目っすか?」
水着の跡が残る豊かな双丘を隠しもせず、瞳を潤ませて訴えられたら断れるはずがないだろう。
「後悔しても知らないぞ」
「後悔なんてしないし、させないっすよ……」
俺とリカルダは、日焼けと酒で火照った体を重ねて、熱く激しい一夜を過ごした。
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