第674話 駆け出し冒険者の思惑

※今回はギリクと同行する四人組の一人、ルイーゴ目線の話です。


 ギルドの訓練場に行くと、妙に人が少なく感じた。

 いつもならば、ギリクさんの指導を目当てにした俺たちと同年代の冒険者が集まってくるのだが、今日はいつもの半分もいない。


 なぜか……なんて思わない、たぶんペデルさんと討伐に出掛けているのだろう。

 数日前、嵐の影響で護衛の仕事ができなくなったといって、ペデルさんが俺たちの討伐に同行することになった。


 俺たち若手にコボルトの皮剥ぎを教えてくれたのだ。

 ギリクさんの話では、ペデルさんとは以前一緒に仕事をしていたらしいが、臆病すぎて話にならないから袂を分かったそうだ。


 そんな臆病なおっさんじゃ、皮剥ぎの手順さえ教われば用無しだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしいのだ。

 ギリクさんのいないところで、ペデルさんと一緒に行動していた連中から話を聞いたのだが、叩き上げのベテランの経験に裏付けられたアドバイスが目茶苦茶勉強になったと言っていた。


 実は、集合場所に先に来ていたペデルさんの服装を見た時に、この人は一味違うと感じていた。

 革鎧などの装備は使い込まれているが、一分の隙もない程に手入れが行き届いていた。


 一緒に参加していた俺たちや同年代の奴らの格好が、冒険者ごっこにしか見えないぐらい堂に入っていた。

 それに比べてギリクさんは、ヴェリンダが世話を焼いて外見は整っているように見えるが、ペデルさんのような厳しさが感じられなかった。


 集合場所に着いたのも俺達が一番最後で、他の連中は明らかに待ちくたびれていた。

 あんな連中は待たせておけば良いんだと、ギリクさんは気にしていなかったが、同じパーティーのオスカーは明らかに不満そうだった。


 木剣を持って立ち合いをすれば、ギリクさんは間違いなく強い。

 俺たちのパーティーのレベルが一気に上がったのも、ギリクさんの指導のおかげなのは間違いない。


 ただ、単純な強さではなく、冒険者としての能力となるとどうだろうか。

 俺たちや同年代への指導が認められて、ギリクさんはBランクへの昇格が認められた。


 昇格の場にはEランクに昇格した俺達も同席したのだが、ドノバンさんには大まけにまけての昇格だから調子に乗るなと言われていた。

 言われていたのだが、昇格してからのギリクさんは俺の目からでも弛んでいるような気がしてならない。


「なんだ、今日は少ねぇな。まぁいい、さっさと組んで手合せを始めろ」


 俺達が手合わせをしている間、ギリクさんは木剣を片手に眺めているだけだ。

 手合せを申し込まれても、気が向かないと相手にしない。


 かと言って弱い訳ではなくて、俺やオスカー、他の連中が向かっていっても歯が立たないが……それでも以前よりは差が縮まっている気がする。

 以前は、二人掛かり、三人掛かりで向かっていってもあしらわれていたが、最近は一対一でしか手合せしないようになった。


 それだけ俺達が強くなったのか、それともギリクさんが弱くなったのか……。

 俺には、その両方のような気がしてならない。


 昼まで手合せを続けたら、明日は討伐に出るから準備しろと言い残してギリクさんはヴェリンダと一緒に帰っていった。

 明日の朝、出発するまでは自由時間だが、拠点に戻る気にはなれない。


 たぶんギリクさんとヴェリンダが、拠点に戻った後で体を交えるからだ。

 最初の頃は、俺達に悟られないように遠慮していたが、最近は隠す気は無いどころか、わざと聞かせているんじゃないかと思うほどだ。


 一つ屋根の下で、同じパーティーに所属しているヴェリンダの艶めかしい声を聞かされると、その後で顔を合わせるのが本当に気まずいのだ。

 もう一人の女子ブルネラに何とかするよう、ヴェリンダに言ってくれと頼んでみたのだが、そんなこと言える訳ないと断られ、もう嫌だと散々愚痴を聞かされることになった。


 オーガと遭遇して死に掛けていた所を助けてもらったし、短期間でEランクに上がれるように鍛えてもらった。

 今も討伐に出ればオークやオーガを倒して、同年代の冒険者よりは稼げている。


 それでも、俺たちのパーティーはバラバラになりかけている。

 でも、どうすれば良いのか分からない。


 防具を片付けて、水場で顔を洗って汗を拭い、この後どうするか考えていたら、オスカーが声を掛けてきた。


「帰らないのか?」

「帰る気になるのか?」

「いいや……」

「ブルネラは?」

「ギルドでシャワーを浴びるって……」

「そうか……俺も準備してくれば良かった」

「だな……」


 オスカーが話し掛けてきたのは、何か言いたいことがあるからだろうし、何を言いたいのかは分かっている。

 分かっているけど、切り出す切っ掛けが掴めないのだろう。


「オスカー、この後どうする?」

「どこかで時間つぶしてから帰ろうかと思ってるんだが……」

「ギルドの酒場に行こうぜ」

「こんな時間からか?」

「あぁ、たぶんもう帰って来るぞ」

「そうか……行こう」


 誰が帰ってくるのかと聞かないのだから、オスカーにも俺の意図は伝わっているのだろう。

 ギルドの酒場に移動して、出入りする人が見やすい席に座る。


 ここは待ち合わせたり、人を待ったりする席で、目的の人が来れば奥に移動するのがマナーとされている。

 席に座ると、オスカーは珍しく自分から酒を頼んだ。


 俺も同じものを注文して、互いに乾杯もせずに口に運んだ。

 オスカーは、カップの半分ほどを一息に飲んだ後、気持ちを固めるように頷いてから話し始めた。


「僕は、護衛の仕事もやってみたいと思っている」

「うん、俺もだ」


 討伐の仕事は稼ぎになるが、討伐しかできないようでは冒険者としては二流だと思う。

 だが、ギリクさんは護衛の仕事を嫌っているのだ。


 つまり、護衛の仕事がしたいと意思表示することは、ギリクさんと袂を分かつということだ。

 俺も同じ気持ちだと知って安心したようで、オスカーは大きく息を吐いてから続きを話し始めた。


「護衛の仕事はやってみたいけど何も分からないし、ギリクさんも当てにならない」

「だから、ペデルさんだろう?」

「あぁ、あの人はギリクさんが言うように臆病だと思うけど、悪い臆病ではないと思うんだ」

「あの人の装備を見れば分かるよな」

「そうそう、あれがベテランの冒険者なんだ……って思ったよ」


 ペデルさんについて話すオスカーの瞳には、憧れの色さえ浮かんでいるように見えた。


「でも、あの人は金に汚いらしいぜ」

「冒険者としてやっていくなら、取り分については納得いくまで話をするべきだし、自分を売り込んでなんぼじゃないのかな」

「確かにそうだな。でも、そうなると最初の頃はガッチリ持っていかれるんじゃないか?」

「だろうね、でも経験や知識は分けてもらえるだろう。だって見ただろう、この前のコボルトの皮を剥ぐ手際の良さ」

「確かにあれは凄かったな」


 俺が同意見だったからか、酒のおかげなのか、オスカーはいつになく饒舌だった。


「ギリクさんだったら、間違いなく捨てていけっていうだろうけど、あの後で調べてみたら、冬毛のコボルトの毛皮は結構な値段で引き取ってもらえるってよ」

「知ってる、俺も知り合いに聞いてみた。捨てるなんて勿体ないよな」

「魔物を倒すだけじゃなくて、効率良く素材を集めたり、護衛をしたり、仕事の幅を広げないと冒険者として上にいけないと思うんだよ」

「そうだな、その通りだと思う」


 オスカーは酒の残りを口に運び、一息ついてから話を続けた。


「実はさ、ブルネラとも話をしたんだ」

「そうなの? なんだって?」

「うん、ヴェリンダのことは好きだけど、今のままパーティーを続けていくのは無理だって」

「まぁ、そうなるだろうな」


 理由については、俺もオスカーもあえて口にはしなかった。


「それでさ、問題はどうやって切り出すかなんだけど……」

「明日の討伐が終わってヴォルザードに戻る時に、パーティーの今後について話がしたいって言うのはどうだ?」

「いいね、それでいこう」

「たださ、ギリクさんは護衛の依頼を受けるのは反対すると思うんだよ」

「そうだね、最悪パーティーを割ることになるけど、ルイーゴは残ってくれるよね」

「勿論だ。できればヴェリンダにだって残ってもらいたいけど、それは難しいだろうな」

「うん、そう思う。ヴェリンダとギリクさんには抜けてもらうしかないよ」

「じゃあ、拠点からも?」

「うん、二人には期限を切って出て行ってもらう」


 俺達が使っている拠点は、オスカーの親父さんの持ち物だ。

 家賃は払っているけど、平均的な家賃の半額程度にまけてもらっている。


「その後は、どうする? 新たなメンバーを募集する?」

「そこまでは、まだ考えていないけど、護衛の仕事をするなら三人じゃ仕事が限られるんじゃない?」

「あぁ、確かに……」

「でも、良く知らない奴を入れるのも嫌なんだよね」

「じゃあ、当面は三人で活動して、ペデルさんに指導してもらうなら四人、それに他のパーティーと組んで護衛の依頼をこなしながら、気の合う奴がいたら誘うとかパーティーごと一つになるって感じか?」

「うん、そんな感じかな……」


 オスカーはテーブルに頬杖をついて、ちょっと寂しそうな表情を浮かべた。


「オスカー……もしかしてヴェリンダに惚れてたのか?」

「えっ? いや、それは無いよ。それは無いけど、ずっと一緒にやってきた仲間だからさ、バラバラになるのは寂しいかな」

「そうだな……まさか、こんなことになるとはな」

「うん、あの時ギリクさんに助けてもらったのは間違いなく良いことだったんだけど……」

「だな……どこで間違えちまったのかな?」

「うーん……間違えではないんだと思う。ただ、僕たちが思い描いていた未来とは違ってしまっただけなんだと思う」

「そうだな……」


 パーティーを組んだ頃は、俺たち四人で腕を上げて、ヴォルザードでも名前の売れた冒険者になるのが夢だった。

 形は違ってしまうけど、ヴェリンダが幸せならば、俺達がとやかく言うことではないのだろう。


 オスカーとの話が一段落したところで、目当ての連中がギルドに入ってきた。

 この前、一緒に討伐に行った連中だけど装備がガラっと変わっているし、みんな自信に満ちた笑みを浮かべている。


 そいつらを率いているのは、今日も万全の装備を整えたペデルさんだ。

 オスカーが席を立ってペデルさんに声を掛けた。


「おかえりなさい、ペデルさん、今日はどうでした?」

「ん? あぁ、ギリクのところの若いのか。まぁまぁってところだな」

「そうですか、後で話を聞かせて下さい」

「あぁ、構わねぇぞ、その代り一杯おごれ」

「はい!」

「おい、さっさと買い取りを終わらせて打ち上げだ!」


 ペデルさんと一緒に討伐に行った連中が、俺に向かって拳を握って笑ってみせた。

 よほど討伐が上手くいったのだろう。


 自慢話を聞かされるのは癪に障るが、今後の冒険者としての活動を変えるためには必要なことだ。

 買い取りカウンターに向かった一団を見送った後、オスカーと視線を合わせて頷き合った。

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