第673話 打ち上げ

※今回は相良貴子目線の話です。


「それでは、プールオープンひとまずの成功を祝して、乾杯!」

「乾杯!」


 ここはフラヴィアさんの店から程近い酒場『骸骨騎士の館』だ。

 何だか物騒な名前だと思われるかもしれないが、店の内装はいたって普通だし、まだ開店してから一年にもなっていない。


 骸骨騎士というのは、国分君の眷属である三体のスケルトンのことだそうだ。

 店のオーナーは元守備隊員で、ヴォルザードを襲ったロックオーガの大群を三体のスケルトンが一掃するのを見て引退を決意したらしい。


 オーナー曰く、自分とは隔絶した実力を持つ骸骨の騎士たちがヴォルザードを守ってくれるなら、ロートルの自分が身を引いても大丈夫だと思ったそうだ。


「思った以上に盛況だったわね」

「はい、色んな要素があって、どれが原因で上手くいったのかは分かりませんけど、とにかくホッとしました」


 フラヴィアさんに言われた通り、オープン二日間の来場者は予想を大きく上回っていた。


「やっぱり、ケントさんを釣り餌にしたのが良かったんじゃないの?」

「そうですね、確かに国分君の集客力は凄いと思いました。でも、二日目の午後ぐらいには地元の人同士で遊んでいる姿も見かけましたし、私たちよりも年下の子供たちは純粋にプールを楽しんでいましたよ」

「そうね、あの世代の子供たちには、これからプールが当たり前になっていくんでしょうね」


 これまで、ヴォルザードでは水に入って泳ぐという習慣が無かった。

 学校にもプールは無く、水着すら存在していなかった。


「お店での水着の売り上げも、今日はこれまでで一番だったわよ」

「プールの売店でも売れてましたけど、いつまで続くかはちょっと不安ですね」

「そうね、でも何をするのも初めてのケースだから、損失が出るのは覚悟の上よ」

「それは分かるんですけど、出来れば利益は出したいですよね」


 フラヴィアさんのお店では下着も扱っているので、どのサイズがどの程度売れるかある程度の予測はしたのだが、実際に売れるかどうかまでは予想できなかった。

 水着も学校指定の一種類という訳にはいかないので、デザイン、色合い、それに露出の度合いを変えながら何パターンも用意した。


「やっぱり、売れ筋は露出抑えめでしたけど、一部露出度の高いものも売れてましたね」

「それこそ、ケントさんのおかげじゃない?」

「かもしれませんね。初日の混乱ぶりは正直ちょっと引きました」

「それはそうよ、これまでの功績やあのお屋敷を見れば、ケントさんがどの程度稼いでいるか想像できるからでしょ」

「そうですね、私たちの世代ならば間違いなく一番ですからね」


 史上最年少のSランク冒険者で、強力な魔物を従え、大きな屋敷に暮らしている。

 そんな同世代の男性は、どこを探したって見つからないだろう。


 ヴォルザードでは一夫多妻制が認められているが、それは最果ての街と呼ばれるほど危険な森に近いからだ。

 街が魔物の大群に襲われて、妻帯者の男性が命を落とすことも多かったから、未亡人となった兄弟の嫁や友人の嫁の世話をするために一夫多妻が認められてきた。


 ただ、近年は城壁の整備が進んだことで、未亡人となる人も昔ほど多くなくなり、一夫多妻イコール好色な金持ちの男性のようなイメージができつつあったようだ。

 そのイメージを払拭したのも国分君だったらしい。


 なにしろ、四人もいる嫁の一人はヴォルザードの領主の娘ベアトリーチェさんなのだ。

 その他にも、遥か西方の国バルシャニア帝国の皇女や、私たちの同級生で聖女とか天使と呼ばれる光属性治癒魔術の使い手である唯香がいるとなれば、たんなるスケベではないと思われたのだろう。


 実際、唯香に聞いた話によると、ベアトリーチェさんとの結婚も、バルシャニアの皇女様との結婚も、向こうから望まれたものらしい。

 つまり、それだけ国分君の能力が高く買われているということをヴォルザードの人々も理解しているのだ。


「でもね、タカコ。この二日間の盛況はケントさんのおかげでも、彼抜きでもプールは流行っていくわよ」

「そうでしょうか?」

「勿論よ。暑い夏を過ごすのに、プール以上に涼しい場所なんて無いでしょ?」

「それは、確かにそうですね」

「問題は、初めての場所にどうやって来てもらうかだったけど、入場を差し止めなきゃいけなくなるほどの人が来たなら、その人たちから噂話が広まって、一度行ってみようと思う人も多いはずよ」

「だといいんですけどねぇ……」

「もう、タカコはもっと自信を持ちなさい」


 私だって大丈夫だと思いたいけど、私の思い付きからプールを作るところから始まってしまったのだから、どうしても失敗は許されないと思ってしまうのだ。


「守備隊の人たちだって、夏場の良い訓練方法ができたって喜んでくれたんでしょ?」

「はい、そうです」


 守備隊の人たちも、これまでプールが無かったので夏場のトレーニングも陸上で行っていたそうだ。

 今は、気温が上がるまえに陸上での訓練を終えて、暑い時間にはプールを使ってトレーニングを行っているらしい。


「それだけでも守備隊としては元が取れてるんだから、一般の人がどの程度利用したかなんて、今後のための調査ぐらいに思っておけば良いのよ」

「はぁ……」


 

 フラヴィアさんは、いつでも大丈夫だと言って私の背中を押してくれる。

 実際、フラヴィアさんが太鼓判を押してくれたデザインが売れなかったことは一度も無い。


 だから今回も大丈夫……かもしれないけど、私が領主様に直談判して実行してもらった企画だから、想定した効果はあってほしい。


「それにね、タカコ。出生率が上がったかどうかなんて、来年にならなきゃ分からないわよ」

「あっ……それもそうですね」

「それとプールサイドの屋台の出店申請は、守備隊で請け負ってくれるんでしょ?」

「はい、やっていただけることになりました」


 オープン初日の入場制限が掛かるほどの盛況ぶりを見て、屋台を出したいという申し出も殺到した。

 その対応を私がしていた時に、通り掛かったカルツ隊長が守備隊で請け負うと言ってくれたのだ。


 後でお礼を言いに伺ったら、そうした業者の中には一筋縄ではいかない連中とか、怪しげな連中も混じっていると教えられた。

 守備隊の敷地で商売をさせる以上は、怪しい連中を引き入れる訳にはいかないので、自分たちが身元を確認した上で許可を出すと言ってくれた。


 カルツ隊長は、初めて会った時には厳しそうで、おっかない人かと思ったけど、思いやりがある優しい人だった。

 国分君いわく、ものすごい愛妻家だそうだ。


「ねぇ、タカコ。プールが軌道に乗ったら、次は何をやる?」

「えっ、もう次のことを考えてるんですか?」

「当然よ、私たちは皆が求める前に、次の楽しみを考えて、いつでも提供できるようにしておかないといけないのよ」


 確かに、地球のファッション業界も季節を先取りして新しいスタイルを提供し続けている。


「次ですか……秋から冬に掛けてですよね。でも、その前にナイトプールとかもやってみたいかも」

「ナイトプール?」

「はい、子供は昼間も遊んでられますけど、大人は仕事がありますよね。だから、プールの内外に照明を付けて、大人の社交場みたいな……」

「タカコ、それ今年のうちにやるわよ」

「えぇぇ……やるなら、水の中でも使える照明とか、プールサイドにも照明を付けないといけませんよ」


 今から魔道具の商会に発注して、夏が終わる前に完成するのだろうか。

 完成するとしても、結構な値段を取られてしまうような気がする。


「そんなの頼んでみないと分からないでしょ」

「それは、そうですけど……」

「とにかく、タカコは明日一番にでもギルドに行ってクラウス様に許可を貰ってらっしゃい」

「えぇぇ……領主様にアポ無しですか?」

「大丈夫よ。絶対に話に乗って来るわよ」

「そうかもしれませんけど……気が重いなぁ」

「何言ってんの、プールが盛況だったんだから、報告を兼ねて胸張って行ってきなさい」

「はぁ、分かりました」

「私は魔道具屋に水の中でも使える明かりが作れるか聞いてくるわ。まぁ、たぶん大丈夫でしょうけど」

「そんなに腕の良い職人さんがいるんですか?」

「えぇ、これまでに見たことの無い魔道具の注文は、特に頑張ってくれる店があるのよ」


 私には、そんな人脈は無いので、ここはフラヴィアさんに任せた方が良いのだろう。


「それにしても、タカコは面白いことを考えるわよね」

「いいえ、これは私たちの世界に既にある物の真似をしてるだけで、私のオリジナルじゃないですから」

「そうだとしても、それをヴォルザードに合うようにアレンジして提案できるのはタカコの才能よ」

「それを言うなら、こんな得体の知れない子供の話を受け入れちゃうフラヴィアさんの方が凄いですよ」

「えっ、そんなの当り前じゃない。若者は可能性の塊で、その可能性が花開くようにするのが大人の務めよ。私がやっているのは、当り前のことなの」


 理屈ではそうかもしれないけど、私が日本に戻ってヴォルザードのファッションをどこかのブティックに提供しても、今のように自由にはやらせてもらえないだろう。

 領主のクラウス様に会った時にも感じたのだが、ヴォルザードの人は凄く懐が深い。


 勿論、本当に駄目なことには駄目出しされるのだろうけど、失敗を恐れているのは私の方で、迷う気持ちを支えて後押ししてくれる。


「私、こっちの世界に召喚されたばかりの頃は、本当に嫌で嫌で早く帰りたいって毎日思っていました」

「今はどうかしら?」

「今は、ヴォルザードに来られて、日本に戻らずに暮らす決断をして、本当に良かったって思ってます」

「嬉しいわ。私にとってもヴォルザードは自慢の故郷だからね」

「はい、もう私にとってもヴォルザードは掛け替えのない故郷です」


 この後も、フラヴィアさんとこれからの目標や夢について語り合った。

 まだボンヤリとして形になっていないものもあるけど、フラヴィアさんとなら作り上げられそうな気がする。

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