第667話 中年冒険者の思惑(前編)

「リバレー峠は、まだ通れるようにならないのかよ?」

「はい、少なくとも一週間程度は無理かと思います」


 叩き上げの冒険者ペデルの問い合わせに、ギルドの受付嬢はお手上げといった様子で答えてみせた。


「そんなもの、魔物使いにやらせれば、すぐに終わるだろう」

「そう言われましても、リバレー峠はマールブルグ領ですので、我々にはどうにも出来ませんよ」

「ちっ、マールブルグの連中もケチケチしねぇで魔物使いに任せちまえば良いのに……」


 ペデルは舌打ちを繰り返しながらカウンターを離れ、掲示板の前まで戻っていった。

 依頼を張り出す掲示板のマールブルグ行きの護衛依頼の場所には黒い布が掛けられていて、受注は出来ないようになっている。


 崖崩れによってリバレー峠の通行が出来なくなっているからだ。

 ギルドに発注されていた依頼の殆どは一度キャンセルとなり、後日改めての受注という形になる。


 中には既に決まっていた依頼を一旦保留という形にして、リバレー峠の通行再開と同時に依頼を再開する場合もある。

 ペデルの場合、嵐が接近する前に受けていた依頼は無く、これから受注しようと思っていたので、仕事にあぶれた形なのだ。


 護衛の依頼を受注するには、通い慣れたマールブルグに向かうのが一番楽なのだが、それが駄目ならばリーゼンブルグのラストックに向かう依頼も近頃は増えて来ている。

 だが、ペデルは魔の森を抜ける依頼を受けた経験が無いし、そもそもラストックが水害で壊滅的な被害を受けたらしく、こちらの依頼も受注停止になっている。


「くそっ、ついてねぇ……」


 掲示板に残っているのは、薬草採取の依頼と街中での一般的な仕事だけだ。

 ペデルは長年冒険者として活動してきたので、三十代も後半になって一般的な仕事を覚える気にはなれないでいる。


 他の街ならば、特定の場所に出没したオークやオーガなどの討伐依頼があるのだが、ヴォルザードの場合は街の外に出れば、いつ魔物に襲われてもおかしくないので、そうした討伐依頼は張り出されていない。


 討伐を生業とする冒険者は、自分の足で魔の森に踏み入り、魔物を探し、悟られることなく討伐を終えて素材を持ち帰るしかないのだ。

 上手くやれば大きく儲けられるが、ヘマをすれば命が無くなる仕事だ。


 魔物を討伐すれば終わりという訳じゃない、素材となる部分を剥ぎ取る解体作業が必要となる。

 当然血が流れるし、その匂いに誘われて別の魔物が寄って来る恐れがあるからもたもたしていられない。


 二人以上で組んでやるなら一人が解体作業を行い、もう一人が周囲を警戒することが出来るが、魔の森の危険度が下がったとは言っても一人でやるのはリスクが大きいのだ。


「あいつらを手駒に使えてれば……クソが……」


 ペデルが頭に思い描いたのは、近藤、鷹山、新旧コンビの四人だ。

 これまでに組んだ冒険者の中でも、頭の回転が図抜けていて、ペデルの細かい指示まで良く理解し、上達するのも早かった。


 近藤達と組んで魔の森に入っていた頃、ペデルは指導という名目で隊列の後ろから指示を出しているだけで済んでいた。

 ギリクのように下らない見栄を張ったり、余計な文句も言わず、更には強力な魔法まで使える。


 ペデルにとって近藤達は、手駒としてこれ以上無いほど優秀だった。

 だからこそペデルは、近藤達を上手く利用して旨みのある仕事を手に入れようと画策し、ヴォルザード一番の大店であるオーランド商店の護衛依頼を手に入れたのだ。


「あそこまでは順調だったのに……恩を仇で返しやがって……」


 ペデルはオーランド商店とのコネを作り、定期的に護衛の依頼をこなせるようになったら、ギリクを切り捨てるつもりだった。

 ところがオーランド商店は、ギリクと一緒にペデルまで切り捨てた。


 そこから、ペデルの人生の歯車が狂い始めた。

 近藤達四人から切り捨てられたペデルは、同年代の冒険者二人と組んで護衛の依頼をうけるようになったのだが、二人とも問題を抱えていた。


 ウフマンは痩せていて、人混みの中でも頭一つ飛び出すほど背の高い男だ。

 賭け事に目が無く、歓楽街の賭博場に相当な金額の借金があるらしい。


 何かあれば二言目には、それじゃあ賭けるか……などと言い出す始末でペデルはウンザリさせられている。


 もう一人のムラーノは小太りな男で、無類の酒好きだ。

 さすがに依頼中には飲まないようだが、酒を飲んでいないと手の震えが止まらなくなって来ているようだ。


「別の手駒を探すしかねぇか……」


 現実的に考えると、ウフマンやムラーノと組んでいても将来の見通しは真っ暗だ。

 それならば見込みのありそうな若手を捕まえて、指導の名目で手駒として使った方がマシなのだが……近藤達のような使える若手は少ない。


 ペデルは少し考えを巡らせた後で、訓練場へと足を向けた。

 ギルドの裏手へと続くドアは、夏のこの時期には開け放たれたままになっていて、訓練場の様子が見渡せた。


 既に日が高く昇り、気温も上がってきているからか、訓練場を利用している者は少ない。

 だが少ないからこそ、こんな暑い時期に訓練しようと思う者だからこそ、意欲がある者だとも言える。


「ちっ、目ざわりな奴がいやがる……」


 訓練場には、木剣を使って手合わせを行っている十人ほどの一団がいた。

 その中の一番体格の良い男は、かつてペデルがコンビを組んでいたギリクだった。


「おらっ、もうヘバってんのか? まだ始めたばっかりだぞ」


 ギリク本人は手合わせには加わらず、若手同士を戦わせているようだ。

 一斉に手合わせをやらせているようで、背中合わせで動いていた二人がぶつかって転んだ。


「うわっ、ゴメン」

「ちょっ、待った!」


 転んだ二人と組んでいた者も木剣を下ろして手合わせを中断したのだが、それを見たギリクが怒鳴り声をあげた。


「馬鹿野郎、なに手を止めてやがるんだ。何のために一斉に手合わせさせてると思ってやがるんだ! 実際の討伐ではゴブリンやコボルトと乱戦になることだってあんだ、その時に仲間同士でぶつかったら、今みたいに手を止めるつもりか? 魔物が待ってくれるとでも思ってんのか、この野郎!」

「す、すみません!」

「分かったら、さっさと起きて続けろ!」

「はいっ!」


 ギリクが、ドノバンから押し付けられた若手を鍛えているという話は、ペデルも噂に聞いていたが、こんなに大人数を教えているとは思っていなかった。


「待てよ、こいつは上手く利用できるかもしれねぇな……」


 ペデルは、コンビを組んでいた頃のギリクの姿を思い起こしていた。

 同年代どころか少し年上の連中にも知られているだけあって膂力に関しては優れているが、冒険者として必要な討伐での注意点や素材の剥ぎ取りは苦手だった。


 魔石の取り出し程度は出来るだろうが、毛皮の剥ぎ取りなどは出来ないだろう。

 その辺りを突いてやれば、自分も美味しい思いが出来るのではないかとペデルは考えた。


「ほぉ、噂には聞いていたが、本当に若手の指導なんかやってるんだ」

「あぁん? なんか文句あんのか?」


 ペデルが声を掛けると、ギリクは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「文句なんかねぇよ。そんな面倒事を引き受けるとは大したもんだ」

「けっ、ピーピー泣き付いて来やがるから仕方なくやってるだけだ」

「もう、討伐に連れて行ってるのか?」

「あぁ、時々な……でも俺様がいないと危なっかしいけどな」

「素材の剥ぎ取りも教えてるんだろうな」

「魔石の取り出し方は教えてやってる」

「そうか……皮剥ぎは?」

「そ、そんな面倒な事は教えてられっかよ」


 思っていた通りのギリクの返事にペエルは口許がニヤけそうになるのを必死で抑えた。


「まぁ、ギリクぐらいの実力があるならチマチマ皮剥ぎなんかやらなくても大丈夫だろうが、こいつら若手はそれじゃ食っていけないぞ。コボルトの毛皮は特に冬場は結構いい値段で引き取ってもらえる」

「ちっ、そんなのはギルドの講習で覚えりゃいいだろう」

「まぁ、そうなんだが……講習と実戦は違うのは、ギリクなら分かるよな」


 ギリクの旗色が悪くなるのに合わせて、周りで手合わせしていた若手も手を止めて、不安そうにペデルとのやり取りに聞き耳を立て始めた。


「じゃあ、どうしろってんだよ!」

「何なら、その面倒なところだけ俺がやってやろうか? どうせリバレー峠が通れるようにならなきゃ俺も仕事にならねぇしな」


 ペデルが話を持ち掛けると、ギリクは探るような視線を向けた後で考え込み始めた。

 ギリクにしても、ドノバンから任された四人以外まで世話を焼くのは面倒になっていたので、ペデルの申し出は渡りに船だった。


「いいぜ、手前ぇはチマチマした事だけは得意だしな、丁度いい」

「じゃあ、指導料として買い取り報酬の二割は貰うぞ」

「あぁん? 手前ぇ金取るつもりかよ」

「当たり前だろう、そのままだったら一ヘルトにもならないで捨てるものが金になるんだ、報酬を払うのは当然だ。誰かに何かをやってもらったら金を払わなきゃいけなくなる、だから教わってでも覚えるんだろう」

「ちっ、相変わらずがめつい野郎だ」


 文句を言いつつもギリクがペデルを排除しないのは、それだけ素材の剥ぎ取りに自信が無い証拠だ。

 ペデルにとっては、指導料などどうでも良くて、本命はギリクには出来ない討伐の基本的な指導をすることで、若手への指導を横取りする事にある。


 それに、討伐に比べて危険度が低い護衛の依頼をギリクはやりたがらない。

 顔を繋いでおいて、若手共のランクが上がったところで護衛の心得を指導してやると言えば、ペデルにとって都合の良い手駒が出来るという計算だ。


「討伐のやり方には口は出させねぇからな、そのつもりでいろよ」

「あぁ、別にそっちの面倒まで見る気はないから安心しろ」

「いいだろう、そんじゃあ明日討伐に出る。朝一番に北東の門に集合だ」

「分かった。それなら鍛練はほどほどにしとけよ。動けない小僧のケツ持ちなんか御免だからな」


 憎まれ口を叩き合ってから、ペデルは訓練場を後にした。

 ギルドの建物に入るまでは我慢していたが、ギリクから見えない場所まできたところでペデルは笑いを洩らした。


「くっくっくっ、ちょろいもんだ。お前の手駒から使える奴を抜き出して、俺の手駒にいただくぜ」


 ペデルは掲示板を眺めていた時とは打って変わって、上機嫌な足取りでギルドを後にした。

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