第665話 苦労人ジョーは認められる

※ 今回は近藤譲二目線の話になります。


 台風が通り過ぎた翌日、ギルドに出向いてリバレー峠の様子を訊ねると、数ヶ所の崖崩れと多数の落石によって通れないと分かった。

 通れないのに、なんで崖崩れが起きてるなんて分かるんだ……などと受付嬢に詰め寄っているオッサン冒険者がいたが、国分が調べて報告したそうだ。


 リバレー峠どころか、その向こうのマールブルグやバッケンハイム、ランズヘルト共和国の東の端のジョベート、それどころか異世界日本まで移動しちまう国分にとって、その程度の調査は朝飯前だろう。


「復旧工事にも手を貸すのかな?」


 国分や眷属たちが力を貸すならば、崖崩れとかもあっさり片付きそうだが、Sランク冒険者への依頼となると当然高額になる。

 街道の復旧工事となれば公共事業だから、多くの人間が関わって工事を進めるならば、一種の景気対策にもなるが、国分がやったら一人に富が集中してしまう。


「暫くマールブルグ行きの護衛は無しかな……」


 状況を確認した後、ギルドを出てオーランド商店へと向かう。

 予定では、明日の朝にはマールブルグに向かう護衛仕事が入っていたのだが、この分だとキャンセルになりそうだからだ。


「鷹山はリリサと過ごす時間が増えるから喜ぶだろうが、新旧コンビは金あるのかな?」


 ヴォルザードで一番大手のオーランド商店から定期的な護衛依頼を受けているので、同年代の冒険者よりも俺達の収入は良いのだが、新旧コンビの二人は娼館通いで散財しているらしい。


「まぁ、シェアハウスの借金分はキチンと払っているみたいだけど、金が無かったら彼女が出来ても遊びに行けないんじゃねぇの? てか、そう言って金を貯めさせるか」


 近頃、またダラけ始めた新旧コンビの対策を考えながら街を歩き、オーランド商店へと向かう。

 結構な大雨だったが浸水被害などは出ていないようだが、それでも街の人々は風で飛んで来たゴミなどの片付けに追われている。


「そう言えば、シェアハウスのある辺りは大雨だと水が出るかも……なんて話も聞いたけど大丈夫だったなぁ……まぁ、国分の仕業だとは思うけどな」


 何でもかんでも国分のおかげという訳ではないのだろうが、伝説級の魔物どころか地球に衝突しそうな小惑星まで破壊するとなると、理解の範疇を超えている。

 国分は自分の手柄だと自慢するような性格でもないし、変に感謝されるのも苦手のようだから、影ながら感謝する程度で良いのだろう。


 大通りに面したオーランド商店は、建物自体も店の前の通りも綺麗に掃除されていて、台風の痕跡すら感じられない。

 ただし、台風の翌日とあってか、いつもほどのお客は入っていないようだ。


 店内へと入り、店員さんと会釈を交わしながら奥へと進むと、商店主デルリッツさんの執事ギュスターさんが出迎えてくれた。


「おはようございます、ギュスターさん」

「おはよう、明日からの依頼の件だな?」

「はい、リバレー峠は崖崩れで通れないようです」

「そうか、続きは裏で話そう」


 ギュスターさんの後について、店員用のエリアへと入る。

 業者との打合せに使うスペースで、机を挟んで向かい合った。


「それで、リバレー峠の状況は?」

「崖崩れが数ヶ所、落石などは多数あるらしく、現状では通れないようです」

「それは、ケント・コクブの調査によるものか?」

「おそらくそうでしょう」

「本人とは話していないのか?」

「はい、こういう時には捕まえられないので……」

「そうか……」


 こうした大きな災害となれば、当然義理の父親になる領主のクラウスさんの指示で動き回っているだろうから、屋敷を訪ねても会えないだろう。

 そうした事情については、ギュスターさんも理解しているようだ。


「それでは、復旧の見込みなども分からないのか?」

「そうですね、現状は全く分かりません」

「全てをケント・コクブが担当したと仮定すると、いつ通れるようになる?」

「うーん……そうですね、あまり無責任なことは言えませんが、全部を国分が担当するならば明日にでも通れるようになるでしょう」

「それでは、復旧までは然程時間は掛からないな」

「それは、分からないとしかお答えできません」

「どうしてだ? それほどの能力があるならば、復旧を優先させるのではないのか?」


 復旧を待つ立場とすれば、ギュスターさんのように考えるのは当然だが、マールブルグの領主であれば富の集中を避けたいと考えるだろう。

 そうした考えを伝えると、ギュスターさんは渋い表情を浮かべつつも頷いてみせた。


「富の集中か……なるほど、確かに領主の立場で考えるならば、そうした懸念を抱くかもしれないな」

「はい。ですが、これも俺の想像でしかありませんので、国分に丸投げということも十分に考えられます」

「ふむ、それもそうだな」


 ギュスターさんは、思い直したように何度か頷いた後で、俺の顔を見てニンマリと笑みを浮かべてみせた。


「な、何か……?」

「いや、その歳で大したものだと思ったのだ。さすが、旦那様が目を付けるだけのことはある」

「いいえ、俺なんかまだまだですよ」

「そんな事は無い。その歳でマールブルグの領主の目線で物事を考えられる者など殆ど居ないだろう」

「それは……国分の影響かもしれません」

「そうなのか?」

「あいつは、俺とヴォルザード以外の領主様や隣国リーゼンブルグの王族、更に西のバルシャニアの皇帝とも直談判するそうですから、話を聞くだけでも視野を広げられます」

「なるほど……」


 それに、日本で生まれ育った俺達は、テレビやネットなどを通じて世界各国の思惑なども当たり前のように目にしてきた。

 ヴォルザードで生まれ育った同世代の者達とは、考え方や視野も当然違っているのだろう。


「それでは、明日の護衛依頼は中止するとして、次の依頼はどうすれば良いと思う?」

「そうですね、国分が復旧作業に全く関わらないとは思えないので、復旧の見通しが立ったら連絡を貰えるように伝言してきます。その伝言が届き次第、またご相談にあがれればと思っていますが、いかがでしょう?」

「うむ、それでいいだろう」


 オーランド商店からの依頼は、キャンセルという形ではなく日付変更にして後日改めて受注という形にしてもらった。

 これならば、リバレー峠が復旧すれば仕事にありつける。


 まぁ、現状ではオーランド商店から切られる可能性は低いが、油断はしない方が良いに決まっている。

 ギュスターさんと話を終えた後、ギルドに戻って依頼内容の変更の届けをしておいた。

 

 これで仕事の手配は一応済んだので、シェアハウスに戻ろうかと考えていたら、グリグリと首を回しながら階段を降りて来た人物と目が合ってしまった。

 まさかヴォルザードの領主様を無視する訳にもいかず会釈をしたら、ニヤっと笑って手招きされてしまった。


「こんにちは、クラウス様」

「よせよ、様なんて柄じゃねぇ。リバレー峠が通れず商売あがったりか?」

「おっしゃる通りです」

「よし、昼飯付き合え」


 しまった、これからオーランド商店に行くところだとでも言っておけば良かったか。

 クラウスさんの娘で国分の嫁のベアトリーチェさんには、諦めてくれと首を振られてしまった。


「親父……」


 昼間は食事を提供しているギルドの酒場に入ると、クラウスさんは料理人に指を二本立ててみせた。

 昼間から領主様に酒を付き合わされるとか……俺はまだ未成年なんだけどな。


「一杯だけだからね」

「分かってる……」


 おいおい、止めてくれよ国分の嫁。


「ほれ、ジョー……心配すんな、俺の奢りだ」

「いただきます」


 いや、支払いの心配するほど金には困ってないんだけどなぁ……。

 クラウスさんは、大振りのカップを満たした酒をぐっと三分の一ほど飲んだが、けっこう度数の強い酒だった。


「あの……リバレー峠の被害はどんな感じなんですか?」

「大きな崖崩れは七ヶ所だ」

「復旧は国分にやらせるんですか?」

「たぶんマールブルグの連中がやることになるだろうな」

「それじゃあ、復旧までは相当時間が掛かりそうですね」

「いいや、一週間もすれば通れるようにはなるんじゃねぇか」

「えっ、そんなに早く終わるもんなんですか?」

「マールブルグは鉱山の街だからな、土属性の魔術を使える者が多くいる。そいつらを動員すれば復旧工事は早く進められるはずだ」


 確かに鉱山で採掘作業を行っている人達を動員すれば、復興工事は早く進められそうだが、それでも一ヶ所ずつ道を通していかないと次の土砂崩れの現場には辿り着けない。


「そこはケントの出番だ」

「あっ! 送還術ですか?」

「そうだ。やっぱり、お前は頭が良く回るな」

「いえ、そんなことは……」


 オーランド商店のギュスターさんに続いて、クラウスさんにも持ち上げられると居心地が悪い……と思ったのは、ほんの短い時間だった。


「お前は頭も切れるし、実務もキッチリこなすが、ケント同様に使われすぎだ。今のまま雑用をお前が全部片づけていたら、シューイチ達が成長しないぞ」

「えっ、どうしてそれを……」

「知らないとでも思ってたか。大事な娘の婿の友人だぞ、見られていないと思ったら大間違いだぞ」


 確かに、国分はクラウスさんの義理の息子になるのだから、その周囲にいる人間に目を光らせるのは当然だろう。


「カズキやタツヤもデルリッツと交渉できない訳じゃないだろう。というか、自分達が交渉したい事柄については、お前に断りもしないで話を進めてるんじゃないのか?」

「言われてみれば、その通りです」


 新旧コンビは蚊取り線香の時みたいに、日本の技術をちょこちょこと伝えては小遣い稼ぎもしている。

 そう考えれば、今日俺がやったようなオーランド商店との交渉だって出来るはずだ。


「くそっ、上手く使われてたのか」

「そういう事だ。いかにも自分達は出来ませんみたいな振りをして楽しようって魂胆だ。一度キッチリ説教しとけ」

「分かりました」

「シューイチも一家の柱なんだから、一人で駄目そうならお前が一緒にいって交渉させろ」

「はい、そうします。助言、ありがとうございます」


 目が合った時には、面倒な人に捕まったと思ったが、思いもよらず良い話を聞けた。

 チャランポランに見えても、さすがはヴォルザードの領主だけのことはある。


 ぐいっとカップに残った酒を飲み干すと、クラウスさんは満足気に笑ってみせた。


「まったく……俺様が領主なんて面倒な仕事をやっているのに、冒険者の楽しい所だけ味わおうなんて若造には思い知らせてやらねぇとな」


 なるほど、そういう理由だったのか……俺の感謝の気持ちを返してくれ。

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