第664話 マールブルグの対応

 あちこちに被害をもたらした台風から二日後、ヴォルルトが僕を呼びに来ました。


「ご主人様、クラウスがちょっと来てほしいって言ってるよ」

「ギルドの執務室でいいのかな?」

「うん、そうだよ」

「すぐ行きますって伝えておいて」

「分かった」


 グリグリと頭を撫でてあげると、尻尾をパタパタさせた後でヴォルルトは戻っていきました。

 外出の用意を整えて、セラフィマに出掛けてくると伝えてから、影に潜ってギルドの執務室へと移動します。


 執務室では、難しい表情をして机にむかっているクラウスさんと、へそ天したヴォルルトをワシャワシャと撫でているアンジェお姉ちゃんの姿がありました。

 ヴォルルト……気持ちは分かるけど、もうちょっとキリっとしててくれないかな。


「ケントです、入ります」

「おぅ、来たか、呼び出して悪かったな」

「リバレー峠の件ですか?」

「そうだ、ノルベルトの爺ぃが、もう少し詳しく被害の状況を聞きたいそうだ」


 ヴォルザードからマールブルグまでの間にあるリバレー峠は、マールブルグの領地です。

 マールブルグだけでなく、ヴォルザードにとっても重要な街道なので、これまでにも土砂崩れの復旧や盗賊の討伐などに協力してきましたが、それらは本来マールブルグの仕事です。


「では、マールブルグに行って説明した方がいいですよね」

「あぁ、そうしてもらえるか?」

「分かりました。ちょっと行って……」

「あぁ、待て待て、ちょっと待て」


 影に潜ろうとしたら、クラウスさんに待ったを掛けられました。


「なんでしょう?」

「分かっているとは思うが、非常事態だからって安請け合いしてくるんじゃねぇぞ」

「えっ……でも、いつまでも街道が通れないままだと、ヴォルザードの商人とか冒険者も困るんじゃないですか?」

「まぁ、そうなんだが、お前は人が良すぎるからな」

「ただ働きはするな……ですよね?」

「そうなんだが、単に金を貰って請け負うだけじゃなくて、代わりになる方法を提示してみろ」

「代わりになる方法……ですか?」


 てっきりクラウスさんは、搾り取れるだけ搾り取ってこいって言うのかと思っていましたが、さすがに崖崩れの箇所が多いし台風という天災絡みだから思うところがあるのでしょう。


「そうだ。単純にお前と眷属でバタバタ復旧させるんじゃなく、奴らにやらせる方法も提案してみろ」

「奴らって、マールブルグの人達ってことですか?」

「知っての通り、マールブルグは鉱山で潤っている街だ。土を掘ったり固めたり、土木に関してはお手の物の連中が多くいる。そいつらにやらせる方法も提示してみろ」

「だったら、僕の出番は無いですよね」


 マールブルグの人達が工事をやるなら、僕は必要ありません。

 まぁ、被害の状況を詳しく説明すれば、あらかじめ準備が整うからスムーズに工事は進められるでしょう。


「なに言ってんだ、出番ならあるだろう」

「えっ……でも、マールブルグの人達に作業させるんですよね?」

「そうだ。だからと言って、一度に作業に取り掛かれる場所が限定されちまうだろう。お前が、崖崩れで通れなくなっている先まで工事をする人間を運べば、一度に何か所も作業が出来るだろ」

「あっ、なるほど……土砂崩れの現場に、送還術で工事をする人間を送り込むってことですね」

「そうだ。それなら一度に複数の場所で工事に取り掛かれるから、全体の工期を短縮できるだろう」


 確かに、マールブルグの人達だけで工事を進めようとしたら、崖崩れを一ヶ所ずつ復旧させないと次の場所までたどり着けません。

 大勢で一気に工事を進めるとしても限界があるでしょうし、場所を分けて更に多くの人員を送り込んだ方が早く工事を終えられるでしょう。


「分かりました、送還術を使った方法についてもノルベルトさんに提案してみます」

「その場合でも、ちゃんと送還のための料金は請求するんだぞ」

「はいはい、分かってますよ」


 念押しするクラウスさんに苦笑いを返しながら、マールブルグを目指して影の空間へと潜りました。

 まったく、自分はただ働きさせようとするくせに、他人からは容赦が無いんだから。


 マールブルグに向かう前に、リバレー峠の現状を確認していきましょう。


「ラインハルト、土砂崩れの現場に案内してくれる?」

『了解ですぞ』


 ラインハルトの案内でリバレー峠の土砂崩れ現場を回り、タブレットを使って写真を撮っておきました。

 実際の状況を目で見られた方が、ノルベルトさんに説明するのが楽になりますもんね。


 現場の写真を撮り終えたところで、マールブルグの領主の館へと向かいました。

 ノルベルトさんを直接訪ねるならば、新コボルト隊のマールルトを目印にすれば良いのですが、ちょっと確認しておきたい事があったので館の正門前へと移動しました。


「うん、門番が四人もいるような馬鹿な状況は解消されたみたいだね」

『ぶははは、そうでしたな。後継争いがどうなったかは知りませぬが、ケント様があれほど釘を刺したのですから、さすがに改めるでしょう』

「ではでは、正面からお邪魔しましょうかね」


 正門の真正面に闇の盾を出して表に踏み出すと、門番の兵士はギョっとした表情を浮かべた後で、驚いたことに敬礼をしてきました。


「ようこそ、ケント・コクブ殿。ノルベルト様がお待ちです、ご案内いたします」

「よろしくお願いします」


 こちらもキッチリとお辞儀を返して、案内の兵士に続いて館の玄関へと向かいました。

 玄関で門番から執事へと引き継がれて執務室へと案内されたのですが、以前に比べると僕に対する対応が良くなっているように感じます。


「旦那様、ケント・コクブさんを御案内いたしました」

「うむ、入ってもらってくれ」

「はい……どうぞ」


 執事が開けてくれたドアを通って室内へ足を踏み入れると、執務机に向かっていたノルベルトさんは笑顔を浮かべて立ち上がって出迎えてくれました。


「すまないな、わざわざ足を運んでもらって」

「いえ、僕にとってはマールブルグであろうとエーデリッヒであろうと変わりませんから」

「そうであったな、まぁ掛けてくれ……」


 応接用のソファーを勧められ、向かい合って座ったところでメイドさんがお茶を淹れてくれました。


「今日は息子さん達はいらっしゃらないのですか?」

「あぁ、もう現場に出ている」

「相変わらず……ですか?」

「まだまだではあるが、少しずつだが変わり始めてもいるな」

「それは何よりです」

「そなたにやり込められたおかげだ。感謝している」

「いえ、若造が好き勝手言っただけですよ」


 マールブルグ家の双子の息子、アールズとザルーアによる馬鹿げた後継者争いに愛想が尽きて、けちょんけちょんに言ってやった効果があったみたいですね。


「まだ反目は続けているが、それでも感情を抜きにして仕事が出来るようになってきた。双子ではあるが、やはり性格には違いがあるようで、もう少し仕事ぶりを見て後継者を決めたいと思っている」

「そうですか、ヴォルザードのためにも円滑な家督相続になるように願っています」

「うむ、勿論そのつもりだ」


 ノルベルトさんは、大きく頷いた後でお茶を口にしてから本題へと入った。


「さて、今日来てもらったのはリバレー峠の復旧作業の手伝いを依頼するためだ」

「はい、その話を伺う前に、被害の状況を撮影してきましたので、そちらから確認してください」


 影の空間からタブレットを取り出して、先程撮影してきた画像を映しました。


「おぉ、これは……酷い状況になっているな」

「大きな崖崩れが全部で七ヶ所、落石程度の所は十数か所になります」

「クラウスから状況を知らせてもらっていたが、これは時間が掛かりそうだ」

「はい、そこでご提案があるのですが」

「ほう、どんな提案だ」

「僕が作業をするのではなく、作業員を現地に送り込む方法です」


 送還術を使った作業員の輸送について説明すると、ノルベルトさんは身を乗り出して聞き入っていました。


「なるほど、その方法ならば我々は輸送費を支払うだけで済むのだな?」

「はい、人数と物資の量、距離などに応じて輸送費を請求させていただきますが、復旧工事まで請け負うよりは安く済みますよ」

「そうか、それなら早速、送り込む人員を集めるとしよう」


 ノルベルトさんの話によれば、鉱山で働く人たちも五人一組を基本として働いているそうだ。

 崖崩れの被害の大きさによって、何組の作業員を送り込むのかを決めて、それに応じて作業が終わるまでの食糧や水、現場に滞在するための天幕なども手配するらしい。


「これから人員を集めるとしても、実際に派遣できるのは明日の朝になるだろう」

「分かりました、それでは、何時どこに行けば良いのか、決まり次第マールルトを使って伝えて下さい」

「了解した。輸送費用については、これから人数や送り込む物資を決めるので、また後日相談させてくれ」

「はい、それで結構です」

「では、明朝……よろしく頼むぞ」


 ノルベルトさんと握手を交わし、明日の朝に出直してくることにしました。

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