第663話 巡回

「ケント、うち以外の家は大丈夫だったのかい?」

「ディーノさんのリーブル農園には大きな被害は出ていませんでした」

「他はどうなんだい?」

「この後で回ってみる予定ですが、コボルト隊からは報告が無いので大丈夫だと思います」


 アマンダさんのお店で賄いの時間にお昼を御馳走になりながら、台風の間の対応について話をしました。


「やっぱり国分が裏で色々やってくれたのか。シェアハウスの辺りは大雨になると水が出るって話も聞いてたけど、あれだけの雨が降っていたのに、そんな感じは全くしなかったからなぁ」

「うん、倉庫街で水が溢れると色んな商品が駄目になったりしそうだから、対策してたんだよ」

「そっか、近所の倉庫のオッチャンも水が溢れなくて助かったって言ってたよ」


 綿貫さんたちが暮らしているシェアハウスは、元々は倉庫だった物件を改築したもので、周囲は倉庫街です。

 丁度、ザーエ達に水害対策を頼んでいた旧市街の西側だったので、ついでと言ってはなんですが対策が出来たようです。


「国分、嫁の実家とかは大丈夫だったのか?」

「まぁ、ベアトリーチェの実家は領主の館だし、マノンの家はフルトが見守っていたはずだから問題無かったと思うよ」

「さすがだなぁ……ア〇ソックよりも頼りになるんじゃね?」

「勿論、最強のホームセキュリティだよ」


 それでも念のため、お昼ご飯を食べ終えた後、マノンの実家を訪ねてみました。

 まずは、外見を確かめ、屋根や屋根裏も確認した後でドアをノックしました。


「こんにちは、ケントです」

「はーい、いらっしゃい、どうかしたの?」


 ドアを開けてくれたマノンの母親ノエラさんは、いつもと変わらない様子です。


「昨日の嵐で被害はありませんでしたか?」

「えぇ、大丈夫よ。ちゃんとフルトちゃんが守ってくれていたわ」


 ノエラさんの話によれば、嵐が酷くなり始めた頃にフルトが現れて、うちが守るから心配いらないと胸を張ったそうです。

 何か被害が出たら、すぐに応援も呼べるから心配いらないと、最初はキリっとした表情で家の中を巡回していたそうですが、最終的にはノエラさんに撫でられて寛いでいたそうです。


「お腹を上に向けてコロンって転がって、可愛らしかったわよ」

「あー……何て言うか、すみませんでした」

「いえいえ、いいのよ。フルトちゃんが寛いでいられるのは、何事も起こらない証ですもんね」

「まぁ、実際に何かが起こっていたら、ちゃんと働いていたと思いますので……」

「そうね。分かっているからフルトちゃんを叱らないでね」

「はい、いつもマノンを見守ってくれていますので、叱るつもりはありませんよ」


 マノンの実家の無事も確認できましたので、次の場所へと向かいましょう。

 次に顔を出した場所は、コーリーさんの薬屋です。


 こちらは、持ち主同様に建物にも年季が入っていましたから、倒れたり、屋根が飛んだりしていないか心配でしたが、どうやら大丈夫そうです。

 表のドアを開けて店に入ると、カウンターの向こうに浮かない表情のコーリーさんの姿がありました。


「こんにちは、コーリーさん。嵐の被害は無かったですか?」

「お前さんだね、うちの商売の邪魔をしてるのは」

「へっ? 僕が……何かしましたっけ?」

「警報が出るほどの嵐になると、やれ屋根が飛んだの、水に浸かっただの騒ぎになるものさ。そうすると、後片付けで腰を痛めただの、手を切っただの薬を買いにくる客が増えるものなんだよ。それがどうだい、全然客が来やしない」

「あー……確かに、それは僕の仕業かもしれません。すみませんでした」


 僕が頭を下げると、コーリーさんはニンマリと笑ってみせた。


「ひっひっひっ、冗談だよ。街を守ってくれた者に文句なんて言うもんか。おかげさんで、うちも雨漏れもせず、屋根も飛ばずに済んだよ。ありがとうよ」

「それなら良かったです。でも、山の方とかは土砂崩れとかが起きているので、もしかすると薬草の生育にも影響が出てるかもしれません」

「まぁ、それは仕方の無い話さね。でも薬草ってのは、そもそも生命力に溢れているもので、厳しい環境でも育つものが多いんだ。あたしらは、その生命力を分けてもらって薬にしているのさ」

「なるほど、自然の力を分けてもらっているのか」

「そうさ、だから無いものは無い、あるもので何とかするしかないのさ」


 薬草が採れなくなると困るかと思いましたが、泰然自若、我関せずという感じですね。


「そう言えば、今日はミューエルさんはいないんですか?」

「あぁ、ちょいと使いに行ってもらってるところだよ。嫁に来いとでも言うつもりだったかい?」

「いえいえ、もう少ししたら嫁が来るので、それはないです」

「なんだい、別のところから嫁を貰うのに、ミューエルは貰ってくれないのかい」

「いや、それは……ミューエルさんにだって旦那を選ぶ権利はありますから」


 いや、別にミューエルさんを嫁に貰うのが嫌って訳じゃないですけど、これ以上は節操無しと言われそうで……って、もう言われてるかな。


「選ぶ権利ねぇ……まぁ、まだ大丈夫だろうけど、あと五年もしたらそんな事も言っていられなくなりそうだしねぇ……」

「いやいや、ミューエルさんなら引く手あまたじゃないんですか? そういえば、最近ギリクさんは出入りしていないんですか?」

「あぁ、どこかの物好きな娘に絡め捕られているみたいだねぇ、ひっひっひっ……」

「えっ、そうなんですか? あぁ、そういえば前にギルドで見掛けたのがそうなのかな、若手のパーティーの一人だったような……」

「あぁ、それだね。まぁ、やる事やれば責任ってやつが圧し掛かって来るもんさ」

「えっ、まさか子供が出来たとか?」

「さぁね、そこまでは知らないが、女とくっつくって事は、そうなる覚悟が必要だろう?」

「まぁ、そうですね」


 ヴォルザードの事情は良くしりませんけど、コンドームのようなものがあるとは聞いていません。

 つまり女性と肉体関係を持つ事は、娼館などで商売としている女性を除けば、妊娠した場合の責任を負う事になります。


「まぁ、嫁になろうなんて奇特な人が現れたんだから、素直に捕まっておけば良いんじゃないですか」

「ひっひっひっ、そりゃそうだ。まったく、図体ばかり大きくなって、いつまでもガキのまんまの男の何処に惚れたんだか」

「そうですねぇ……上手いこと操縦できるなら、少々荒っぽく扱き使っても壊れそうもない頑丈さでしょうかね?」

「ひーひっひっひっ、確かにその通りだね。まぁ、あの捻くれ者を手懐けているんだ、あの子も大した玉なんだろうよ」

「かもしれませんね」


 コーリーさんと冗談を言い合っていたら、裏口の方から声が掛かりました。


「なぁに? 私のいないところで随分じゃないの、ケントったら……」


 ひゃっはー、久々にミューエルさんに、めってされちゃいましたよ。


「違いますよ、ミューエルさんの話じゃないですよ」

「あら、じゃあ誰の話なの?」

「ギリクさんのお相手の話です」

「あぁ、あの子ね。うんうん、確かに……ギリクの手綱をシッカリ握ってるみたいだから大したものね」


 ここでミューエルさんが表情を曇らせて、嫉妬するような素振りでもみせればギリクも浮かばれるんでしょうが、生憎と笑顔で頷いています。


「気にならないんですか?」

「えっ、気になるわよ。ギリクが酷い事を言ったり乱暴してないか……」

「あぁ、なるほど……というか、確か若手のパーティーを期間限定で指導するみたいな話だったんじゃないんですか?」

「うん、そうみたいだけど、前にコンビを組んでいた人の所から追い出されて、その若手のパーティーが拠点を持ってたみたいで……」

「そこにズルズルと居候している……みたいな?」

「そうみたい。しまらないわよねぇ……住む場所も彼女も相手主導って感じで、男としてどうなのって思っちゃう」


 うわぁ、彼女が出来れば少しはミューエルさんの評価も上がるのかと思いきや、むしろ株を下げている感じですね。


「最近見掛けた時は、前よりは小綺麗な格好してたけど、あれもたぶん彼女のおかげであって自分で改善したようには見えなかったわね。でもまぁ、ギルドの訓練場では若手と手合わせもやってるみたいだけど……」

「みたいだけど?」

「なんか、ガキ大将みたいに自分よりも弱い子を手懐けてるだけ……みたいなのよねぇ」


 うん、やっぱりギリク本人はあんまり成長していないみたいですね。


「それで、ケントは何を買いに来たの?」

「いえ、昨日の嵐で被害が無かったか様子を見に来たんです」

「偉い! ホントにケントは良い子よねぇ……」


 おぉぉぉぉ、ハグですよ。ミューエルさんのハグですよ。


「ひっひっひっ、やっぱりミューエルは坊やに貰ってもらった方が良さそうだね」

「師匠、ケントには四人もお嫁さんがいるんですよ」

「あぁ。近々もう一人貰うそうだよ」

「えっ、どういう事かな、ケント。ちょっと説明してくれるかなぁ?」

「いや、カミラの場合は事情がありまして……」


 うひぃ、怒ったミューエルさんはおっかないんですよねぇ。

 カミラの輿入れの件について説明するのは大変でした。


「マノンにユイカにベアトリーチェ、それにバルシャニアのお姫様までお嫁に貰ったと思ったら、今度はリーゼンブルグのお姫様って……この辺一帯を支配してケント王国でも築いちゃうつもりなの?」

「とんでもない、王様なんて面倒な仕事はやりたくないですよ。僕は普通に暮らしたいだけなんですから」

「普通ねぇ……ケントには一番に似合わない言葉だと思うよ」

「自覚はありますけど……でも普通がいいんです」

「まぁ、みんなケントにぞっこんみたいだし、しょうがないか……」


 ふぅ……どうにかこうにかミューエルさんにも納得してもらったので、早々に退散して次の場所へと向かいました。

 次に向かった先は、マルセルさんの靴屋です。


 店を覗くと、マルセルさんが商品を並べ直しているようです。


「こんにちは、マルセルさん。もしかして、お店が浸水しちゃいました?」

「おう、ケント! いや、水は大丈夫だったぞ。念のために下に置いておいた商品は二階に運んでおいたんで、ついでに模様替えをしてるところだ」

「あぁ、そうなんですか。この辺りは水が出たりするんですか?」

「うーん……余程酷くなければ大丈夫だが、売り物を濡らす訳にはいかないから、警報が出た時には二階に上げるようにしてるのさ」

「備えあれば憂い無しですね」

「おぅ、そういう事だ」


 鷹山が燃やして立て直した店は今も綺麗なままで、職人気質のマルセルさんがこまめに掃除をしてるのでしょう。


「近所も回ってみたけど、どこも被害は出なかったみたいだぜ。また、ケントが守ってくれたんじゃねぇのか?」

「いやぁ、今回は大したことはしてませんよ。殆ど城壁のおかげだと思いますよ」

「ははっ、それじゃあ、そういう事にしておくか」


 季節柄、マルセルさんの店にも夏向きのサンダルが多く並べられています。

 色違いの細い革を編んだものとか、女性用のものも並べられています。


「マルセルさん、サンダルも履いてから選んだ方が良いですよね?」

「そりゃそうだ。足に合う合わないはどうしてもあるからな」

「今日買っていこうかと思ったけど、今度の休みにみんなと一緒に買いに来ます」

「おぅ、そいつは有難い。まだ他にも並べておくから、楽しみにしておいてくれ」

「はい、また来ますね」


 この後、シェアハウスやメリーヌさんの食堂も見て回りましたが、特に異常はありませんでした。

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