第662話 台風一過のヴォルザード

 大きな水害に見舞われたラストックで諸々の手配を終えた後、一旦ヴォルザードへと戻りました。

 闇の盾を使って、直接ギルドの執務室に足を踏み入れました。


「ケントです、入ります」

「お帰りなさい、ケント様」

「ただいま、リーチェ」


 書類仕事を手伝っていたベアトリーチェに歩み寄って、頬にチュってしてからクラウスさんの机に向かいました。

 珍しくクラウスさんが真面目な表情で机に向かっています。


 まあ、これだけ大きな災害が出ていれば、ヴォルザード自体が被害に遭っていなくても大変でしょうね。


「おう、戻ったか。ラストックはどんな具合なんだ?」

「とりあえず、橋の架け替えは終わらせて、水害の原因となった崖崩れの対策はやってきました」


 ラストックの上流で崖崩れが起こり、それによって堰き止められた川が一気に流れて鉄砲水となって被害を拡大させたらしいことを伝えました。


「なるほど、それならば被害が大きくなるのも頷けるな」

「リバレー峠の復旧計画は決まりましたか?」

「いや、まだだ。マールブルグでも、あちこち被害が出ているようで、リバレー峠の復旧にまで手が回らないらしい」


 リバレー峠の麓の道や、マールブルグに向かう道でも崖が崩れたり橋が落ちている場所があるようです。

 マールブルグの街は、リバレー峠を下りきってから少し登った場所にあります。


 途中の道は、崖が間近まで迫っている場所もあり、そうした場所での崖崩れによって街道が塞がれてしまっているようです。


「それと、鉱山の入り口が崩れた場所があるらしい」

「それじゃあ、また生き埋めになった人がいるんですか?」

「坑道の深い場所が崩れた訳じゃなく、入口が塞がれてだけらしいから、切迫した状況ではないようだが、それでもノンビリとはしていられないだろうな」

「手を貸しに行った方が良いのでしょうか?」

「まぁ、大丈夫だろう。マールブルグは鉱山の街だから、土属性の魔術を使える人間には事欠かない。実際に現場を見た訳じゃないが、外から人数を掛けて掘れるなら大丈夫だろう」


 入り口の土砂をどかすだけなら、送還術で一瞬で終わらせられますけど、なんでもかんでも手出ししない方が良いんでしょうね。


「おぅ、そういえば、ナシオスから礼状が届いてるぞ」

「えっ、僕にですか?」

「コボルトを通じて、ケントの活躍は伝わっているそうだ」

「なるほど、そういうことですか。そういえば、ブライヒベルグの倉庫は大丈夫だったんですか?」


 ブライヒベルグとヴォルザードの間には、闇に盾を利用した輸送システムを築いてあります。

 ヴォルザード側はアンジェお姉ちゃんが管理責任者を務め、ブライヒベルグ側はアウグストさんが管理しています。

 

「倉庫の周囲も水が溢れそうになっていたらしいが、輸送の監視をしてるコボルトが対策したらしいぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「なんだよ、聞いてないのかよ」

「いやぁ、うちの眷属は優秀なもので、僕の指示無しでも自分で判断して行動してますから……」

「もしかして、ケントは必要無いのか?」

「いやいや、いやいや、必要ですよ。僕は扇の要ですから、僕が居なかったらみんなバラバラになっちゃいますよ……たぶん」

「まぁ、そういうことにしておいてやるか」


 うん、正直ちょっと僕って要らない子なのかなぁ……なんて思っちゃったのは黙っておきましょう。

 クラウスさんから受け取った封筒には、ブライヒベルグの紋章の封蝋がしてありました。


 封を切って中を確認すると、几帳面な筆跡で水害対応や人命救助に対する感謝の言葉が綴られていました。

 報酬についても、クラウスさんと相談の上でギルドの口座へと振り込んでくれるようです。


「クラウスさん、リーベンシュタインは?」

「まぁ、そう慌てるな。そもそも、奴らはコボルトを使った連絡網を拒否してやがるから、話をつけるにも時間が掛かる。時間は掛かるが、すっとぼけるような真似はさせねぇから安心しろ」

「でも、僕ら出入り禁止食らってますけど、大丈夫なんですか?」

「それでもだ。大きな災害が起こっている状況で、出入り禁止だとか言ってられんだろう。だから、お前を行かせたんだし、実際リーベンシュタインは恩恵を受けている。それに対して謝礼もできないようならば、俺にだって考えがあるからな」


 真面目な話をしている時のクラウスさんからは、領主としての厳しさや迫力を感じます。

 でも、どうやって納得させるんでしょうかね。


「クラウスさん、ブライヒベルグやリーベンシュタイン以外の領地でも被害は出ているんですか?」

「あぁ、エーデリッヒではジョベートで高潮の被害が出てるようだ」

「えぇぇぇ、海賊騒ぎの被害から、ようやく復興してきていたと思ったのに……」

「幸い住民は早めに避難していたから巻き込まれずに済んだらしいが、街の再建はやり直しみたいだな」


 海の向こう、シャルターン王国のドミンゲス公爵が裏で糸を引いて起こした海賊騒ぎで、ジョベートの街は多くの建物が焼け落ちる被害を被りました。

 僕も協力してドミンゲス侯爵から賠償金を引き出し、ランズヘルトの他の領地からの支援もあって、急ピッチで復興作業が進められていたのですが……。


「どの程度の高潮だったのか分かりませんが、防潮堤は無かったもんなぁ……」


 ジョベートの街は大きな湾の内側にあって、普通の状態ならば外洋からの高い波は入り込んで来ません。

 そのため防波堤のようなものは設置されていませんでした。


 高潮は、大きな波が打ち寄せるのではなく、海面の高さが上昇するので、湾の中でも浸水被害が出たのでしょう。


「ヴォルザードからの支援は?」

「勿論、考えている。アルナートの爺ぃと相談して進めるつもりだ」


 各領地の災害状況の共有には、新コボルト隊の連絡網が大いに役立っているようです。


「ケントが来る前は、エーデリッヒの情報なんて一週間ぐらい遅れて届いていたからな。それと比較したら、恐ろしい程の速さだぞ」

「まぁ、馬を走らせたり、鳥を飛ばすのに比べたら遥かに速いですよね」


 これまで、ランズヘルト共和国の西の端にあるヴォルザードまで、東の端にあるジョベートの情報が伝わるには一週間以上掛かっていました。

 それが一瞬で手紙を届けられるのですから、目茶苦茶便利なはずです。


「それによぉ、コボルトに闇の盾を開かせて向こうと繋げれば、人の往来は無理でも声は届くしな」

「あぁ、確かに……」


 影の空間には生き物は入れませんが、声は届きます。

 言うなれば、コボルト電話みたいなもんですね。


「まぁ、相手の表情が見えないから腹の探り合いは出来ないが、手紙で書くよりは言葉の感じで感情は伝わって来る。揉めることもありそうだが、こっちの方が話は早いな」

「そうですね。確かに話した方が伝わりやすいですからね」

「それに、いちいち手紙を書くなんて面倒だしな」

「えー……」


 てか、それが一番の理由じゃないんですか。


「とにかく、今はどこも被害状況の把握をするのに手一杯という状態だから、復旧作業が始まるのは早くても明日以降だ。お前の手を借りることは必ず出て来るから、それまでは待機していてくれ」

「了解です。それじゃあ、知り合いの所を回って来ますんで、何かあったらヴォルルトを使って知らせて下さい」

「おぅ、頼むぞ」


 ギルドの執務室を出て向かった先はアマンダさんのお店です。

 驚いたことに営業をするらしく、仕込みの作業をしていました。


「アマンダさん、お店開けるんですか?」

「何の被害も無かったんだから、店を開けるのは当たり前さ」

「あれっ、もしかしてメイサちゃんは学校行ってます?」

「今日は安息の日じゃないからね。まぁ、休みになると期待してたみたいで、ブーブー文句を言いながら出て行ったよ」

「メイサちゃんらしいですね」

「まぁね。それに被害が無かったのは、ケントが守ってくれたからだろう。だったら、あたしらはそれに応えなきゃいけないだろう」

「まぁ、今回はヴォルザードの城壁の方が頑張ってたと思いますけどね」


 眷属達が闇の盾で補助したと言っても、基盤となる城壁が無ければ被害はもっと大きくなっていたでしょう。


「だとしても、あたしらのやる事は変わらないよ。お昼が食べたかったら、また後でおいで」

「はい、ちょっと他の様子も見に行って、お昼の営業が終わった頃に顔出します」

「はいよ、行っといで」


 影に潜って向かった先は、ディーノさん、ブルーノさん親子のリーブル農園です。

 嵐でリーブルの木に被害が出ていないか心配でしたが、目立つような被害は無いようです。


 被害の確認をしているのか、農園にはディーノさん達の姿がありました。


「こんにちは、ディーノさん」

「おぉ、ケント! 久しぶりだな」

「ご無沙汰してます。嵐の被害はどうですか?」

「そうじゃな、枝が折れた木があるが、幸い幹が折れたり倒れたりした木は無かったようじゃ。折れた枝も殆どが弱っていたようで、剪定作業が前倒しになったと思えば大した事は無いじゃろう」


 ディーノさんは、農園を見回して満足そうに頷きました。


「良かったですね、被害が小さくて。魔の森の向こうのラストックでは鉄砲水が起きたみたいで、街の建物の殆どが流されちゃってました」

「街の住民はどうなったんじゃ?」

「幸い、城壁に囲まれた駐屯地に避難していたそうで、殆どの住民は無事だったそうです」

「ほぅ、それは不幸中の幸いじゃな」

「えぇ、王都や領都からも救援物資が届けられるみたいですし、人が無事なら再建は出来ますからね」

「そうじゃな。うちの農園も、収穫できるまで木を育てるのは一苦労じゃから、被害が出ずに済んでホッとしておる。人も一人前になるまでには長い時間がかかる。尊い命が失われずに済んだのは、隣の国の事とはいえども喜ばしいのぉ」

「はい、良かったです」


 この後、折れた枝の片付けなどを手伝ってから、アマンダさんのお店に戻りました。

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