第660話 水害の原因

 魔の森に向かう橋は作り直しましたが、ラストックの街の被害は甚大です。

 元々、周囲にくらべると少し土地は低い印象がありましたが、東京の下町のようなゼロメートル地帯という訳ではありません。


「いくら何でも被害が大きすぎないかな……」

『ケント様、ちょっと宜しいですか?』


 洪水で殆どの建物が流されてしまった街を眺めていると、バステンが念話で話し掛けてきました。


「何かあった?」

『はい、少し上流で川に向かって崖崩れがあったようです』

「案内して」

『はい、こちらです』


 バステンと一緒に影に潜って移動した先は、ラストックから三キロほど上流に遡った所でした。

 ちょっとした渓谷のような地形になっているのですが、魔の森側の斜面に大きく崩れた跡があります。


 ですが、崖が崩れた先の川には土砂は積もっていません。


『おそらくですが、この崖が崩れて川を塞ぎ、水が溜まった所で一気に崩壊したのではないでしょうか』

「そうか、それで一気に大量の水が流れ下って、ラストックの街を押し流してしまったのか」


 言われてみれば、洪水が襲ったラストックの街中には、大きな岩や流木も転がっていました。


「ここは、このまま放置すると少しの雨でまた崩れそうだね」

『そうですね、固めてしまった方がよろしいかと……』


 この辺りは人が立ち入らない場所のようですし、工事をするとしても辿り着くのも一苦労です。

 僕らで、ちゃちゃっと対策しちゃった方が良さそうですね。


「うーん……ただ、全面的に固めてしまうと、新しい木が生えてこなくなっちゃうよね」

『そうですね。土属性の魔術で表面を固めてしまうと、新たな木は生えづらいでしょうね』

「じゃあ、こうしよう」


 僕が提案したのは、斜面に杭を打ち込むように硬化の魔術を掛ける方法です。

 直径三十センチ、長さは二メートルほどの杭を打ち込んだように、部分的に斜面に硬化の魔術を掛けます。


 杭と杭の間隔は一メートルほど開けて、列と列で設置する場所をズラして三角形がいくつもできるように配置します。


『なるほど、これならば土砂は動きにくく、新しい木がはえる土も確保できる訳ですね』

「うん、日本にいた頃にテレビで見た方法なんだ」


 確か、日本で行われている工法では、杭と杭をワイヤーで連結してたような気がしますが、これでも十分に効果はあるでしょう。


「杭の設置が終わったら、周辺から若木を掘り出して移植しておいてくれる?」

『了解しました、作業を進めておきます』


 一応、この件については手紙に書いてディートヘルムに知らせておきましょう。

 洪水の原因が分からないと不安でしょうからね。


 手紙を書いていると、ラインハルトが話し掛けてきました。


『ケント様、街の再建には大量の材木が必要になります。木材を融通してはいかがですか?』

「そうだね、建物を勝手に建てる訳にはいかないけど、建材はいくらあっても足りないぐらいだろうからね。でも、今から伐採したんじゃ、建材に使えるように乾燥させるには時間が掛かるんじゃない?」

『心配ありませんぞ、水属性の魔術を使って水分を抜いてしまえば良いのです』

「おぉ、なるほど……それならば、魔の森や南の大陸から建材に良さそうな木を伐採して、運んでもらえるかな」

『了解ですぞ、ザーエ達の手も空きましたから、材木の乾燥をやってもらいましょう』

「うん、その方向でよろしく。僕は、ちょっとラストックの駐屯地に顔を出して来るよ」


 ラストックの駐屯地にある執務室を覗くと、グライスナー侯爵家の次男ヴィンセントが兵士から報告を受けていました。

 グライスナー家には息子が二人いて、長男のウォルターは愚直なタイプ、次男のヴィンセントは目端が利くタイプだったと記憶しています。


「見ている間に橋が出来上がっただと?」

「はい、突然橋脚が現れ、橋板が渡され、その後に大量のコボルトが出て来て欄干の設置などを行っておりました」

「コボルト……魔王ケント・コクブの手の者か」

「そのようですが、跳ね橋ではなくなってしまったので、もし大量の魔物が押し寄せてきたら止める手立てがありません」


 魔の森はコボルト隊やゼータ達が巡回を行っていて、大きな魔物の群れが出来ないように監視していますが、その件はラストックには伝えてありません。

 それに、南の大陸との間も、三本の通路を残して遮断してあるので、一気に魔物が押し寄せてくる心配は殆どありません。


 でも、そんな状況を知らなければ不安に思うのも当然でしょうね。


「構わん、その件は後で対策を考えるが、放置しておいて良い」

「ですが、魔物が押し寄せて来たら」

「魔王ケント・コクブが何の手当てもしていないとは思えん、それよりも街の被害状況の確認と復旧の方が先だ、動け!」

「はっ! 了解いたしました」


 兵士が敬礼をして退室したところで、ヴィンセントに声を掛けながら表に出ました。


「ちゃんと魔物の監視はしてますから大丈夫ですよ」

「おぉ、やはりそなただったか、ケント・コクブ」

「ご無沙汰してます。酷い状況ですね」

「あぁ、ここをそなた達が砦にしてくれていなければ、私も濁流に押し流されていただろう」

「少し上流で崖が崩れて川を塞ぎ、それが溜まった水の重み耐えきれず決壊、一気に大量の水が流れ下ったようです」


 先程、バステンと共に確認し、対策を始めた場所について説明すると、ヴィンセントは大きく頷いてみせた。


「なるほど、それならば濁流が押し寄せる訳だ」

「よく住民の避難を決断なさいましたね」

「今回ほど大規模ではないが、以前にも水害があったと父から聞いていたし、カミラ様がいらした頃に避難の計画が作られていたからな。金目の物と着替えだけ持って集まるように指示を出したのだが……さすがに、これほどの被害が出るとは思っていなかった」


 まぁ、その避難計画も僕が指示して作らせたんですけどねぇ。

 ちゃんと引き継がれて役に立っているようで何よりです。


「ラストックの状況については、既にディートヘルムに報告がしてあります。支援物資もうちのコボルト達に運ばせるようにしましたから、じきに第一便が届くと思います」

「おぉ、それは助かる。見ての通り、何もかもが流されてしまったからな。幸い冬ではないので凍える心配は要らないが、食料なども駐屯地の備蓄だけでは心もとないからな」

「街の再建用に、僕の方からも材木などを提供しようと思っています。ついては、運び込む場所を指定してもらいたいのですが……」

「分かった、支援物資は第三倉庫に運び込んでほしい。材木は倉庫の脇の空いてる場所に頼む」

「了解です。それと、臨時で連絡用のコボルトをお貸しします。ウルト、おいで」

「わふぅ、呼んだ?」

「うん、暫くの間、ヴィンセントさんの連絡を手伝ってあげて、これが目印のネックレスだよ」

「わふぅ、分かった!」


 ヴィンセントに目印用のネックレスを渡し、コボルトを使った連絡法の説明をしました。


「なんと……王都まで一瞬で手紙が届くのか」

「物資もその日のうちに届きますし、僕やヴォルザードの領主クラウス・ヴォルザードへの連絡も可能です。ラストックの緊急対応の間だけですが、有効に活用してください」

「有難い、本当に助かる」

「では、何かあれば気軽に連絡してください」

「よろしくお願いする」


 長居をしても邪魔になりそうなので、ヴィンセントと握手を交わして影に潜りました。

 さて、そろそろリバレー峠の復旧計画は決まりそうな頃かな。


 一旦、ヴォルザードへと戻りましょう。

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