第659話 復旧作業開始

 リーベンシュタインの対応を終えて我が家へと戻ると、ヴォルザードではまだ夕日が見えていました。

 我が家もガッチリ閉じていた鎧戸を開けて、家の中に籠った空気の入れ替えをしている最中でした。


「ただいま、セラ。我が家は被害は無かった?」

「おかえりなさいませ、ケント様。全員で手分けをして見て回りましたが、森から木の葉や枝が飛んできた以外は、特段の問題は無いようです」

「うん、それは良かった」


 みんなで手分けして掃除も済ませてしまったようで、我が家に関しては僕の出番は無いようです。


「ケント様、ヴォルザードの街は大丈夫だったのでしょうか?」

「うん、たぶん大きな被害にはなっていないはず。風除けの壁も作っていたし、水が溢れたところも対応したから、浸水被害も最小限で済んだはずだよ」

「あの……他の領地は?」

「あちこち水が溢れて被害が出ているね。ヴォルザードも周辺の集落には被害が出ているかもしれないけど、全部は対応しきれないし、もう日も暮れるから明日になってからだね」

「そうですか、家の中にいたので分かりませんでしたが、かなり雨が強かったみたいですね」

「うん、嵐の動きも遅かったから、同じところに雲が居座り続けていたみたいで、ブライヒベルグでもリーベンシュタインでも、畑や家が水に浸かっていたよ」


 さっきまで対応していた被害地の様子を話すと、セラフィマは表情を曇らせていました。

 バルシャニアの皇女様ですから、こうした災害からの復興が大変なのは良く分かっているからでしょう。


「それでは、明日からもケント様はお忙しくなりそうですね」

「そうだね、とりあえずは、ラストックまでの街道と野営地の復旧をしないとだね」

『ケント様、野営地の浸水は引いた……』

『街道の様子はどう?』

『これから見てまわるけど、倒木が多い……』

『可能な範囲で構わないから片付けてくれるかな?』

『りょ……』


 野営地の対応を任せていたフレッドが戻って来てるところをみると、野営地周辺は問題無さそうです。

 後は倒木などを取り除いて、街道の整備を進めれば大丈夫でしょう。


 ひとまずは、我が家の全員が無事だったことを確認しつつ、全員で夕食を囲みました。

 ちなみに、アマンダさんの店やマノンの実家、シェアハウスや領主の屋敷にも被害が無かったとコボルト隊から報告がありました。


 とりあえず、僕の関係者は無事だったみたいなので、残りの対応は明日に回そうと思っていたのですが、夕食の後にラインハルトから報告が来ました。


『ケント様、ラストックが壊滅状態のようです』

「えぇぇぇ、壊滅って……どうなって、いや行ってみた方が早いか」


 急いで影に潜ってラストックへと向かうと、確かに壊滅というに相応しい光景が広がっていました。

 教会などの石造りの建物を除いて、木造の建物は土台を残して無くなっています。


 魔の森からラストックへと渡る橋も、跡形も無く流されてしまっています。


『どうやら増水した川の流れに押し流されてしまったようです』

「住民は?」

『多くは駐屯地の中に避難して無事のようですが、それでも逃げ遅れた者がいたようです』


 ラストックの駐屯地は、以前ラインハルト達が気合いを入れて要塞化しておいたので、水害からも逃れたようです。


「リーゼルトを通してディートヘルムに現状を伝えて。支援の物資の輸送が必要ならば、コボルト隊を割り割いて構わないからね」

『了解ですぞ』


 どうやら今回の台風は、広範囲に被害をもたらしたようです。

 この様子では、マールブルグやバッケンハイムにも被害が出ている可能性が高いです。


 一番心配なのは、ヴォルザードとマールブルグを繋ぐリバレー峠の状況です。

 以前にも崖崩れや橋の流失がありましたから、今回も複数個所で被害が出ていそうな気がします。


 リバレー峠の通行が途絶えると、冒険者たちは護衛の仕事を失うことになります。

 短期間で復旧されれば良いですが、こちらも手助けが必要になりそうですね。


『ケント様、夜のうちにヴォルザード周辺の被害を確認しておきます。ひとまずお休みくだされ』

「うん、分かった。朝になったらクラウスさんと相談しながら動くよ」


 魔の森の街道や野営地程度は僕の一存で進めちゃっても構わないでしょうが、リバレー峠の復旧はマールブルグとの絡みもありますから、独断では行えません。

 とりあえず被害状況を把握して、クラウスさんに報告しましょう。


 一夜が明けて、僕が朝食を済ませる頃には眷属のみんなは仕事を始め、一部は完了させていました。


『ケント様、街道と野営地は問題無し……』

「ありがとう、フレッド。野営地にいた人達には、ラストックや橋の状況は伝わっている?」

『大丈夫、コボルト隊が伝えて回った……』


 ヴォルザードからラストックへと向かおうとしていた人達や、ラストックから野営地へ商売をしに来ている人達は途方に暮れているようです。


「とりあえず、ラストックへと渡れるように橋を架け直すしかないかな。クラウスさんに報告に行った後で取り掛かろうか」

『りょ……』


 ギルドに向かう前に、リバレー峠に関する報告を受けましたが、大きな崖崩れが七ヶ所、落石程度のものは十数ヶ所に及ぶようです。

 嵐が来る度に通行止めになって、僕の眷属が居なかったら復旧までに何日も要するようでは、街道としての役目を果たしているとは言い難いですね。


 いっそ、バイパスするトンネルでも掘った方が良いのでしょうかね。

 送還術で岩盤をくり抜いていけば案外簡単に出来そうな気がしますけど、それこそ山賊に襲われる心配がなくなるので冒険者が失業しちゃいますか。


 まぁ、トンネルの話は置いといて、報告に行きましょう。

 ギルドの執務室には、クラウスさん、マリアンヌさん、アンジェお姉ちゃんと、ヴォルザード家の皆さん勢揃いという状況でした。


「ケントです、入ります」

「おぅ、来たか、待ってたぞ。昨日はお疲れさんだったな」

「ヴォルザードを守るのは当たり前ですよ。ただ、周りは結構被害が出ているようです」

「そうか、とりあえずケントが把握している被害状況を教えてくれ」

「はい、分かりました」


 ラストックがほぼ壊滅状態、リバレー峠も通行不能、ブライヒベルグやリーベンシュタインでは水害多数といった状況を順番に報告しました。


「そうか、かなり長時間雨が降り続いていたからな、思っていたよりも深刻そうだな」

「ヴォルザードに直接関わってくるのはリバレー峠だと思いますが……」

「そうだな、そいつはノルベルトの爺ぃと相談する。恐らくケントにも動いてもらう事になると思うが、その時はヴォルルトを使って知らせる」

「了解です。他はどうしますか?」

「そうだな……ラストックには見舞いを出したい。そのためにも、橋の復旧は不可欠だろう。そいつを進めた後で、必要な物資を届けるとしよう」

「分かりました。それでは僕はラストックへの橋の復旧に取り掛かります。何かありましたら、ヴォルルトを使って呼び出してください」

「おぅ、頼んだぞ」


 ということで、再び影に潜ってラストックへと向かいました。

 濁流の勢いは相当なものだったようで、魔の森からラストックへと向かう橋は土台ごと流されてしまっています。


 元々架かっていた橋は、四分の三ほどが普通の橋で、残り四分の一が跳ね橋になっていました。

 これは魔の森から魔物が押し寄せて来た時のための備えでしたが、跳ね橋の機構ごと無くなってしまっています。


 現状を確認しに来たらしい騎士の姿がありましたが、為す術無く立ち尽くしていますね。


『さて、いかがいたしますか、ケント様』

「とりあえず、普通の橋を架けてしまおうと思ってるんだ。魔の森の危険度も下がっているし、いずれヴォルザードとの間はもっと活発に人が行き来するようになると思うから、これまでよりも幅も広く、水害にも負けない頑丈な構造で、高い位置を渡るようにしようと思う」

『なるほど、確かにこれまでの橋は、水面からの高さが余りありませんでしたからな。橋板の位置を上げるのは水害対策にも有用でしょうな』

「うん、まずは橋脚や橋板に使う石材を切り出しに行くよ」


 向かった先は、魔の森の奥、南の大陸との間を掘り下げた場所です。

 掘り進めた時に、なかなか良さげな石質に見えたので、ここから石材を切り出します。


「送還!」


 送還術を使えば、巨大な石の切り出しも楽々です。

 切り出した石材は影の空間に保管して、ラストックへと戻りました。


「それじゃあ、組み立てを始めるけど、橋板部分を高くするから、道から橋板までが登り傾斜になると思う。そこに石材の橋板を載せるだけだと隙間が出来ちゃうと思うんだ」

『そこをコボルト隊に埋めさせれば宜しいのですな?』

「それと欄干も設置してくれる?」

『お任せ下され』


 今回は、星属性魔術で意識を分離した状態で作業を進めます。

 川の真上から狙いを定めて、送還術で橋脚を建てる穴を川底に掘りました。


 穴が掘れたら、すかさず橋脚を送還術で嵌め込みます。

 橋脚は、水の抵抗を受けにくいように、断面を舟型にしてあります。


 三本の橋脚が建ったところで、意識を体に戻しました。


「ゼータ、エータ、シータ、橋脚の根元をガッチリ硬化させておいて」

「お任せ下さい主殿」


 ゼータ達がブンブン尻尾を振りながら現場に向かった後、僕は再び星属性魔術で意識を川の上へと飛ばしました。


「うん、やっぱり段差が出来てるな、送還!」


 橋脚の高さが不揃いの部分を切り飛ばし、ドン、ドンっと橋板を二枚渡しました。

 あとは、岸までの橋板を二枚渡せば、橋としての機能は果たせるはずです。


 残り二枚の橋板を渡し終えると、ワラワラとコボルト隊が影の空間から飛び出してきて、橋板の隙間を埋め、橋脚との繋ぎ目を補強し、欄干を作り始めました。

 現状確認に来た騎士が、あんぐりと口を開いて固まってます。


 橋は勝手に作っちゃいますから、後の運用はお任せしますよ。

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