第656話 弱体化失敗
おはようございます。
嵐の吹き荒れるヴォルザードを離れて、夜明け前のダビーラ砂漠に来ています。
しかも、ここはリーゼンブルグとバルシャニアから見て丁度中間の辺り、砂漠のど真ん中です。
人っ子一人いませんねぇ……ザ・砂漠という感じです。
今の時期、昼間は灼熱地獄と化すダビーラ砂漠ですが、日が昇る前は意外にも涼しいんですよね。
サンドリザードマンのサヘルが、気持ち良さそうに砂浴びをしています。
うん、ボン・キュッ・ボンの体型なので、いけないものを見てしまっている気がします。
『ケント様、嵐への対処を行うのではなかったのですか?』
今朝は台風対策をやると言っておいたので、ラインハルトが怪訝そうに訊ねてきました。
「うん、やるよ。嵐への対処をすると同時に、砂漠に雨を降らせる実験もしようかと思ってるんだ」
『ここに雨を降らせるのですか?』
ラインハルトが見上げた空は雲一つなく晴れ渡っていて、まだ星が瞬いています。
地球でも人工降雨の実験が行われたことがあるそうですが、そもそも雨を降らせるには雨の素となる水分が必要です。
砂漠の真ん中ですけど、日の昇っていない時間には空気中にもいくらか湿り気はありますが、雨を降らせるほどではありません。
『それでは、ここに雲を転送するのですな』
「転送というか、闇の盾経由で送り込む形だね」
台風対策として思いついたのは、小惑星に人工隕石を衝突させた方法です。
小惑星本体から切り出したブロックを組み上げて作った人工隕石は、二つの闇の盾を使って移動、衝突させました。
闇の盾を固定している基準を小惑星から地球側に切り替えることで、盾が高速移動しながら人工隕石を飲み込ませ、もう一方の盾から射出させたのです。
今回は、その方法を応用して台風の雲を移動させようという作戦です。
「ではでは、実験を始めようかな」
まずは、ダビーラ砂漠の上空五千メートル付近に闇の盾を設置しました。
これが雲の射出口です。
この射出口と台風付近に設置した闇の盾を繋いでおいて、向こうの固定基準を変えれば、こちらの闇の盾から雲が押し出されて雨が降るという計算です。
「ラインハルト、僕は星属性の魔術で台風の近くに意識を飛ばして、もう一つの闇の盾を操作してくるから、こっちの様子を見ておいて」
『ケント様、それならば撮影しておきましょう』
「あぁ、そうだね。あの方向に闇の盾を設置してあるから、なるべく広い画角で撮影しておいて」
『お任せください』
「じゃあ、行って来るね」
今回設置した闇の盾は直径が約百メートルで、僕の限界サイズよりは小さめにしてあります。
影の空間に潜り、ネロに体を預けて星属性魔法を発動させます。
「ネロ、僕の体を頼むね」
「任せるにゃ、今日は雨だから外には行けないから、ここで警備してるにゃ」
「うん、よろしく」
意識をヴォルザード上空に飛ばすと、既に台風の雲の端が陸地に到達しそうになっていました。
「これは、ノンビリしてられないな」
台風の中へと移動して、強い雨を降らせている分厚い雲に狙いを定めて闇の盾を発動させます。
「闇の盾……そんでもって、基準点の変更!」
固定している基準を変更すると、闇の盾は星の自転速度で移動を始めます。
ヴォルザードのある、この星の大きさや自転速度が地球と同様だと考えると、速度は時速約千七百キロぐらいになります。
秒速になおすと、約460メートルという凄い速度で闇の盾は移動を始め、直後に砕け散りました。
闇の盾があった辺りの雲も吹き飛ばされたように見えました。
「な、なんで……? なにが起こったの?」
一体なにが起こったのか分からず、意識を体へと戻してダビーラ砂漠へと向かうと、マルト達が喜んでいました。
「ドーンだ、ドーン! ドーン!」
「ラインハルト、何があったの?」
『さて、空で大きな爆発があって、空気の壁がぶつかってきましたぞ』
「空気の壁……ドーン……衝撃波か!」
録画した映像を見ると、まだ暗い空からドンっと大きな音が響き、直後に砂漠の砂が舞い上がっていました。
映像からは分かりにくいですが、結構な威力の衝撃波が伝わってきたみたいです。
人工隕石を移動させた宇宙空間には大気が存在していないので、闇の盾を高速移動させても問題ありませんでした。
でも、大気中で音速を超える移動を行えば、衝撃波が発生します。
戦闘機のような空気抵抗を抑える形であっても衝撃波は発生するのに、直径百メートルの板状の雲が音速を超えて移動すれば衝撃波が発生するのは当然です。
「うわぁ……どうしよう。衝撃波の対処とか考えてなかったよ」
実は、この実験が成功したら、直径を二百五十メートルに増やした闇の盾を星の公転速度で移動させようと考えていました。
この星の公転速度が地球と同じであった場合、時速は約11万キロ。
自転速度の六倍以上になります。
実行していたら、大惨事を引き起こすところでした。
「マズい……闇の盾を使った方法が使えないと他に方法が……」
闇の盾を使って雲を削り、海の上の別の場所に移動させ移動させて台風を弱体化させるつもりでした。
それが出来ないとなれば、別の方法を考えなければなりません。
「うーん……どうしよう。僕の力では二百五十メートル四方しか守れそうもないし……」
『ケント様、嵐の被害は雨と風ですが、雨による被害は諦めましょう』
「そうだね、正直防ぎようがないよ」
『そこで風に対する備えですが、我々眷属も加わって城壁の上に更に闇の盾を立てるというのはどうでしょう』
「それしかないかな……うん、それで手配して」
台風の弱体化は上手くいきそうもないので、ヴォルザードの守りを固める作戦に変更します。
ヴォルザードへ戻り、城壁の上に更に高さ十メートルほどの闇の盾を作ります。
コボルト隊とゼータ、エータ、シータが配置に着き、ラインハルトの合図で一斉に闇の盾を発動させました。
「うん、結構違うもんだね」
『元々の城壁も高いですからな。これだけの高さがあれば風の被害は相当軽減できるはずですぞ』
今のヴォルザードは、高さ二十メートルほどの穴の底にあるような感じです。
直接ぶつかってくる風は殆ど防げていますが、それでも巻き込んでくる風はかなりの強さです。
「でも、この程度の強さだったら家が壊れる心配はないか。あとは水害対策だな……」
闇の盾で風は防げても、上から降って来る雨は防げません。
ヴォルザードの街は下水道も整備されていますが、排水能力を超える雨が降れば浸水被害が出る恐れがあります。
情報を仕入れるために、ギルドの執務室へと向かいました。
さすがに嵐が接近しているとあってか、執務室にはクラウスさんの姿しかなく、アンジェお姉ちゃんは自宅待機なのでしょう。
「ケントです、入ります」
「おぅ、何かやったか? 風が弱まった感じがするが……」
「はい、城壁の上にコボルト隊総出で闇の盾を立てて、高さを倍ぐらいに増やしました」
「そうか、ならば風の被害は最小限に留まりそうだな」
「ただ、雨は防げないので、過去に浸水被害が出た場所を教えてもらえませんかね」
「それなら、西地区の倉庫街と東地区の南側だ。下水の本管は、旧市街の目抜き通りの下だから、一番離れている地区が溢れやすい。対策出来るのか?」
「程度にもよりますけど、うちの眷属が闇の盾を使って排水すれば、酷い浸水にはならずに済むかと……」
「そうか、ならば西地区を重点的に見てくれ。倉庫が浸水しちまうと、保管している品物が駄目になっちまうからな」
「了解です。倉庫街には友人のシェアハウスもありますし、水が溢れても軽度で済むように手配します」
「頼むぞ」
「はい!」
影に潜ってアンデッドリザードマンのザーエを召喚しました。
「ザーエ達で倉庫街と東地区の南側を影の中から巡回して、排水が間に合わなくなって街に水が溢れ出したら、水の中に闇の盾を展開して魔の森にでも排水して」
「分かりました」
「くれぐれも、住民を一緒に流しちゃわないように気を付けてね」
「了解です」
水のこととなれば、やっぱりリザードマンのザーエ達に任せるのが一番でしょう。
明け方も強い降りだと思っていた雨は、今やバケツをひっくり返したような勢いでヴォルザードへと降り注いできます。
台風をコントロールして弱体化させるつもりでいましたが、やっぱり自然の力は一筋縄では行きません。
単純に吹き飛ばすなら、それこそ闇の盾を使って衝撃波を発生させれば吹き飛ばせるかもしれませんが、街に甚大な被害が出てしまいます。
台風が陸地から離れた海上にあるうちならば、吹き飛ばしても街に被害は及ばないかもしれませんが、降水量が減って水不足になる可能性は否定できません。
「うーん……何でも思い通りにはいかないもんだね」
『ぶははは、これだけの備えをして思い通りにいかないとは贅沢な悩みですぞ』
「それもそうか、ヴォルザードは備えをしたけど、他の街はどうなのかな」
『ケント様、気になるのでしたら、連絡用の新コボルト隊を招集して情報を集めればよろしいのではありませんか?』
「そうだね。でも、どこの領地も混乱してそうだし、何かあった時のための新コボルト隊だから、状況が一段落してからでいいや」
『それもそうですな』
とりあえず、ヴォルザードの備えは出来たけど、他の領地とか街道とかは大丈夫なのかなぁ……。
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