第655話 台風対策
「台風は、どうやって発生するのか? 太陽によって暖められた海面から水蒸気が発生して上昇気流となり、やがて渦を巻きながら成長して熱帯低気圧となります。さらに水蒸気を吸収して台風へと成長する……ふむふむ、なるほどねぇ……」
アマンダさんの店から自宅に戻って夕食を済ませた後、タブレットで台風に関する知識を復習しました。
学校でも習ったはずですけど、ぼんやりとしか覚えていないので、変な対策を行って余計に被害を増大させる訳にはいきませんからね。
「それで、台風を消滅させるには……核爆弾って、アホか!」
メイサちゃんに嵐を何とかするなんて安請け合いしちゃったけど、台風は膨大なエネルギーの塊みたいなものだから、消し飛ばすのは簡単じゃありません。
「かといって、今の勢力を保ったまま直撃されるのは避けたいよねぇ……」
台風は、目が小さくハッキリとしているほど勢力が強いようです。
星属性の魔術を使って上空から眺めた台風は、雲の中心にハッキリと目が見えていました。
ネロが気にするぐらいですから、大型で危険な台風なのでしょう。
僕と眷属のみんなの力を結集しても、消滅させるのは難しいでしょう。
「ていうか、消し飛ばしちゃうと降水量が減って水不足になったりする可能性だってあるよねぇ……」
だったら、消すのではなく弱体化させるしかないでしょう。
でも、弱体化させるにはどうすれば良いでしょうね。
台風が発達するのは、海水面から水蒸気が供給され続けるからです。
それを防ぐには、海水の温度を下げる必要があります。
でも台風の進路上の海水温を下げる……なんてことをしたらエルニーニョ現象とかラニーニャ現象みたいな影響が出て、それこそ世界規模の影響が出そうですよね。
ネットを検索してみると、過去にはヨウ化銀やドライアイスを撒いて、先に雨を降らせてしまって弱体化させようという計画もされていたようですね。
ヨウ化銀もドライアイスも、残念ながら手に入りません。
ていうか、ヨウ化銀とか撒いて大丈夫なのかな。
ドライアイスも言ったら二酸化炭素だし、大量に撒いたら温暖化の原因になるような気がします。
それでは代わりになる物は無いかと考えたら、頭に浮かんだのは北方の山脈の万年雪でした。
ランズヘルト共和国の北側には、ヨーロッパアルプス並みの高い山脈が連なっていて、夏でも山頂には雪を抱いています。
「んー……でも、万年雪や氷河を解かしちゃったら、それも環境に悪影響を与えそうだよねぇ」
家の外では風が強まり、雨も降り始めているみたいです。
たぶん、台風本体の雨雲ではなくて、外周の雲が掛かり始めているのでしょう。
上空から観察した時には、台風の北東側に広く分厚い雲が連なっていました。
台風本体が直撃しなくても、線状降水帯みたいなものができれば、豪雨が長く続いて被害が出そうです。
台風を弱体化させつつ、環境への影響を最小限に食い止める。
小惑星の衝突も回避できたのだから、台風ぐらいなんて考えは甘かったようです。
「そうだ、台風の雲を送還術で移動させれば良いんじゃない?」
台風の雲を送還術で切り取って、別の海域に移動させる。
その程度ならば、大きな影響は出さずに済みそうな気がします。
ただし、可能と言えば可能ですけど、一度に送還出来る範囲には限りがありますし、台風の大きさを考えたら沈みそうな船からコップで水を汲み出すようなものでしょう。
「でも、今からやれば……いやいや、ブースターにでも頼らないと魔力切れ起こすだけだな」
「ブースターは駄目だよ」
「えっ?」
急に声を掛けられ、驚いて振り向くと、マノンが肩越しにタブレットを覗き込んでいました。
「ヴォルザードを守ろうとしてくれているのは嬉しいけど、無茶は駄目なんだからね」
「うん、ブースターは使わないよ」
「ブースターを使わなくても無茶は駄目なの」
「はい、ごめんなさい……」
「分かればよろしい」
マノンは僕の隣に腰を下ろして、肩に頭を預けてきながらタブレットを覗き込みました。
シャツとハーフパンツというラフな格好で、お風呂上りなのか石鹸の香りがします。
というか、二の腕に感じる感触は……シャツの下には何も着けていないようです。
もう何度も目にして触れているんですけど、こういうシチュはドキドキしちゃいますよね。
「ケント、この白い雲の渦が嵐なの?」
「うん、今ヴォルザードに向かって来ているやつではないけど、同じような感じ」
「へぇ、なんだか綺麗だね」
「上から見る分にはね。でも、雲の下の海は大荒れで、波の高さはヴォルザードの城壁を超えるほどだよ」
「えぇぇ、そんな波が来たら街が沈んじゃうよ」
「ヴォルザードまでは届かないから大丈夫だけど、海岸近くだと被害が出るかもね」
ヴォルザードから海岸線までは、南東側でも三十キロ以上あるはずですし、突端は断崖絶壁ですから高潮による被害の可能性はありません。
「ねぇ、マノン、ヴォルザードで嵐による被害はどのぐらいの頻度で起こっているの?」
「うーん……十年に一度あるかないかぐらいかな。僕が覚えているのは、まだ小さかった頃に街の一部が水に浸かったぐらいかな」
ヴォルザードの街は、クラウスさんの父親やそれ以前からも下水道の整備には力を注いできたそうで、かなりの豪雨でなければ浸水の被害は出ないと聞いています。
それなのに被害が出たのですから、余程酷い降りだったのでしょう。
「風の被害は?」
「あんまり聞いたこと無いよ。たぶん城壁が風除けになってくれているんだと思う」
「なるほど、確かに……」
各家に備え付けられている鎧戸や街を囲む城壁は、魔物の大量発生に対する備えなのですが、結果的に台風からも住民を守っているようです。
「ケント、嵐をどうにか出来るの?」
「うーん……消しちゃうのは影響が大きいから弱めたいんだけど、なかなか良い方法が思い付かないんだ」
「ケーキみたいに切り分けて移動させるとか……」
「それも考えてみたんだけど、送還術で移動させられる範囲は台風に対して小さすぎるんだ」
「そっか、それでブースターとか言ってたんだ」
「うん、だから切り分けるのは無理だね」
台風をケーキに例えて、小さくするには……と考えてみたら、余計にややこしいことになりそうです。
「うーん……どうしたもんかなぁ」
「この前の星が降ってきた時の方法は使えないの?」
「嵐は小惑星みたいに固くないから、何かをぶつけたとしても通り抜けちゃうと思うんだ」
「そうか、難しいね……」
小惑星の地球への接近の時には、人工の隕石を組み上げて、それをぶつけて軌道変更を試みました。
台風の場合、雲を切り出して人工の台風を作ってぶつけても、あまり影響を与えられない気がします。
というか、確か台風って合体して大きくなったりしちゃうよね。
「でも、勢いを付けてぶつければ……駄目か。いや、待てよ……勢いを付ける?」
「何か思いついたの?」
「うん、もしかすると上手くいくかもしれない」
「無茶な方法じゃないよね?」
「大丈夫、試すのは明るくなってからにするよ」
「うん、ちゃんと休まないと駄目だからね」
「でも寝る前に、マノンと仲良くしたいな」
「もう、ケントのエッチ……」
この後、マノンの部屋のベッドで、ちょっと運動してから休みました。
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