第652話 異世界焼きそば

※今回は綿貫早智子目線の話になります。


 五日前の夜、シェアハウスのリビングでくつろいでいたら貴子が話し掛けてきた。


「早智子、焼きそば作れる?」

「焼きそば? 材料があれば作れるよ」

「ホント? 良かった、とりあえず百人前ぐらいお願いね」

「いやいや、待て待て、百人前って……」

「だって、夏っていったら焼きそばでしょ。プールサイドの屋台って言ったら焼きそば……あっ、フランクフルトも欲しい……」


 ここ最近、プールの企画に掛かり切りになっているようだが、貴子の様子が明らかにおかしい。

 視線もどこか焦点があっていないように見える。


「じゃあ、お願いね……」

「いや、ちょっと待って、座れ!」

「無理、時間が無いの! あと五日でプレオープンなのに全然手応え無いし。このままじゃ……」

「分かった、分かった、分かったから、ちょっと落ち着こう」

「うぅぅ……どうしよう……」


 貴子が主導して進めているプールの企画は、どうやら思うように進んでいないらしい。

 そもそも、ヴォルザードには水泳の習慣が無いそうで、果たして一般の人達から受け入れてもらえるのか予想が出来ないようだ。


 全く予想が出来ない状況なのに、守備隊の敷地には二つ目のプールや更衣室、ロッカーなどの設備が着々と整備されているらしく、それが貴子にとってのプレッシャーになっているようだ。


「全然人が入らなかったらどうしよう……」

「大丈夫だよ。守備隊の人達は水泳を訓練に取り入れてるんでしょ?」

「でも、それはプール一つで十分だし、二つ目のプールは更に広くなってるし……」

「水着も売れてるんでしょ?」

「それはフラヴィアさんの店の新商品だから、並べれば売れちゃうものだし、実際にプールに来てくれるか分からないし……」

「そんなこと言って、ホントは自信があるんでしょ?」

「無いよ、無い、無い、あったらこんなに悩まないよ」


 貴子の口振りからしても、本当に自信が無いようにも見えるが、だったら焼きそば百人前なんて頼んで大丈夫なのか。

 売れ残ったらどうするつもり……なんて、今は聞かない方が良いのかな。


「とりあえず、焼きそばの話をしよう」

「うん、そこは早智子にお願いしたいんだけど……」

「あたしに丸投げする気?」

「いや、丸投げという訳じゃないんだけど……」

「要するに、貴子はプールサイドに屋台が欲しいのよね?」

「そう! そうなの、やっぱり屋台は必要……んきゃ!」

「ちょっと落ち着け」


 腰を浮かせて話を暴走させそうな貴子の頭をはたいて座らせる。

 普段は結構冷静なキャラだけに、暴走っぷりが痛々しい。


「プールがどの程度受け入れられるか分からないけど、あたしは娯楽の少ないヴォルザードだったら話題になるし、一度経験すればリピートすると思うよ」

「だよね、流行るよね、流行ってくれないとマジで困る」

「ただ、話題になって人が押しかけるようになれば、屋台を出したいって人が次々に現れると思うけど、ちゃんと対応できるの?」

「えっ、対応って……」

「場所の割り振りとか、ゴミの処理とか、出店料とか……」

「無理……そんなのやった事ないし、これ以上仕事抱えたら……」


 元々、貴子は服飾の仕事がしたくてヴォルザードに残ったのであって、こうした企画の推進は専門外だ。

 水着というファッションを広めるためという目的があるにしろ、ちょっと限界に来ているようだ。


「国分の嫁に頼ったら?」

「えっ、唯香?」

「じゃなくて、ベアトリーチェ。あの子、クラウス様の娘だし顔も知られてるから押しも利くでしょ」

「でも、私よく知らないし、何て言って頼めば……」


 ファッション絡みの話をするのは何ともないようだが、貴子は専門外の話を普段あまり関わり合いの無い人とするのは苦手らしい。

 ちょっと尻を叩いて押してやるしかなさそうだ。


「そこはヴォルザードの発展のためでもあるんだし、トラブルになれば守備隊とかにも迷惑掛かるから、事前に対策しておきたい……とか、いくらでも言いようはあるんじゃない? それと、単に困ってますやって下さいって話を持っていくんじゃなくて、最初は相談って形で話をしてみなよ。どなたか、仕切ってくれるような良い人はいませんか? みたいな感じで話をすれば、お人好しの国分の嫁だから親身になって聞いてくれると思うよ」


 ベアトリーチェについては、父親のクラウス様をやり込めるほどのシッカリ者だとも聞いているが、それは貴子には言わないでおこう。


「でも、それってベアトリーチェさんを利用することにならない?」

「利用するのが嫌ならば、正当な報酬を払えばいいだけだよ。まぁ、報酬を払うって言っても受け取ってくれないと思うけどね」

「そっか……うん、ちょっと相談にいってみるよ」

「よし、それじゃあ本題の焼きそばの話をしようか、貴子タブレット持って来て」

「えっ、何で?」

「何でじゃないよ。今からヴォルザードで焼きそばを作ろうとしたら間に合わないから、日本から取り寄せるしかないじゃん」


 焼きそばは作れるけど、それは材料が揃っていればの話だ。

 今から麺を作って、ソースを仕込んで……なんてやっている時間は無い。


 準備に使える時間は実質的に四日しかないし、アマンダさんの店の手伝いもあるから、丸々一日掛かり切りという訳にもいかない。


「はい、タブレット。焼きそばって、どこで仕入れれば良いんだろう」

「そこは、なんでも揃う通販サイト・ジャングルでしょ」


 世界最大の通販サイトなら、業務用の蒸し麺もソースも簡単に見つかる。


「ほら、あったよ業務用の蒸し麺二キロ入りだって」

「えっ、二キロ? それって何人前?」

「たぶん、十人前ぐらいじゃない?」

「二キロ、二キロかぁ……」

「百人前だと二十キロだね」

「二十キロ……なんか気が遠くなりそう」


 一般の人はキロ単位で食材を扱うことは殆ど無いだろうが、飲食店では珍しい話ではない。


「ソースもあったよ。ほら、ひょっとこの焼きそばソース、二リットル入り」

「二リットル?」

「たぶん、百人前だとそのぐらいは必要だと思うよ」

「そうか、そうだよねぇ……」

「それと、このままじゃ使えないから、小分けできるボトルも欲しい」

「あの、プラスチックの柔らかいやつ?」

「そうそう、片手で持って使えるサイズね。あと鉄板もいるよ」

「鉄板かぁ……あとは?」

「あとは……これ、貴子のアカウントでログインしてるの?」

「うん、そう……って、勝手に注文とかやめてよね」

「しないよ。とりあえず、必要なものをピックアップして、欲しいものリストに入れておくよ。それとは別に紙にも書き出しておくから手配して」

「分かった、お手柔らかにお願いするわ」

「とりあえず、ヴォルザードですぐに手に入らないものだけにしとくよ」


 貴子は、まだ別の仕事もあるようなので、タブレットを預かって必要な物をピックアップしていく。

 麺、ソース、粉末の削り節、紅生姜、鉄板、小分け用のボトル、使い捨ての皿にフォーク……書き出していくと結構な量になった。


 フランクフルトも業務用の品物が掲載されていたけど、これは貴子と相談してからにしよう。

 ヴォルザードで手に入る物の方が、継続的に売るには良いと思うが、あたしが継続的にやる訳にもいかないので、焼きそばの屋台はプレオープン限定だろう。


「あっ、コンロも必要になるな。火が無かったら調理できないもんね」


 日本だったらレンタルショップとかでセットで借りられそうだけど、こちらでは買い揃えるしか無さそうだ。

 そう思うと、このままプレオープンだけで終わりにするのは少々もったいない気もする。


 とりあえず、絶対に必要なものだけを先に手配してもらう事にした。

 二日後、アマンダさんの店の手伝いを終えてシェアハウスに戻って来ると、国分のところのコボルトがひょこっと顔を出した。


「わふっ、サチコ、荷物は何処に出す?」

「おっ、もう来たんだ。どうしようかなぁ……重たいものは、ここに出されてもなぁ……」

「あとで使うのは、また運んであげるよ」

「ホントに? いいの?」

「うん、いいよ。そのかわり、いっぱい撫でてね」

「オッケー、オッケー、サービスしちゃうよ」


 一応、全部届いているか確認して、麺とかソースはシェアハウスの台所に運んでもらった。

 シェアハウスには、共用の魔石を使う大型の冷蔵庫が置かれていて、その一角を空けてもらって押し込んだ。


 翌日、闇の曜日で休みのアマンダさんの店に行って、こちらで揃えたソーセージや野菜を使って試食してみた。

 本当は具だくさんで作りたいところだけど、屋台らしく具は控えめで、ソースの味メインで作ってみる。


「初めて食べる味だね……このソースは複雑な味がするね……」

「これは大きなメーカーさんが作ってるんで、色々材料も入って手間も掛かってますからね」

「このパスタの食感も面白いね」

「スープに入れて食べる麺を一度蒸したもので、それを炒めているから面白い食感になるんだと思います」

「へぇ、手が込んでるねぇ」

「と言っても、蒸すところまでは出来てる麺なんですけどね」


 そば、うどん、素麺、パスタ、中華麺、生麺、蒸し麺、茹で麺、乾麺、即席麺……日本では色々なタイプの麺が流通していると話すと、アマンダさんは興味をもったようだ。


「今度、乾麺をいくつか取り寄せてみますよ。乾麺なら保存も利きますし、色々使い道がありますよ」

「そいつは楽しみだね」


 アマンダさんによって、うどんや素麺がどんな感じになるのかは、あたしも興味がある。

 焼きそば自体は、そんなに手の込んだ料理じゃないので、試作は問題なく出来た。


 プレオープン当日、荷物の搬入はコボルト達が殆どやってくれて、最終のセッティングは国分とジョーに手伝ってもらった。

 あとは焼きそばを作るだけ……と思ったのだが、ここで思わぬトラブルが発生。


「どうしたもんかねぇ、炭に火が着かないよ」


 魔道具のコンロまで買うのはもったいないので、炭を使って調理しようと思ったのだが、肝心の炭に上手く火が着かない。

 火起こし用の薪が燃え尽きても、炭には火が着いていなかった。


 どうしたものかと困っていたら、荷物を運んでくれたコボルトが二匹ひょこひょこと顔を出した。


「わぅ、サチコ、困ってるの?」

「わふっ、なにか手伝う?」

「うーん、炭に火を着けたいんだけど……」

「これが燃えればいいの?」

「うん、燃え尽きちゃうと困るけど、赤くなって燃えてほしいんだ」

「任せて、頼んでくる」

「サチコはちょっと離れてて」

「えっ、ちょっと何する気?」


 コボルトたちが影に潜っていった後、ちょっとヤバそうな気がしたのでコンロから少し離れた。

 見守っていると、コンロの脇に国分が使う魔法の窓が開いて、中からコボルトたちの声が聞こえてきた。


「ちょっとだからね」

「炭が赤くなればいんだからね」

「うぃっす、俺っちに任せるっす」


 声が途絶えた直後、ごぉっと窓から炎を噴き出した。

 火炎放射器かよ……。


「着いたよ、サチコ」

「赤くなったよ」


 ひょこひょこと戻って来た二匹のコボルトは、どうだとばかりに胸を張った。

 確かに炭は起きていて、これなら調理を始められる。


「どうやったの?」

「フラムに頼んだ」

「フラムって……」

「サラマンダーだよ」

「はぁ……ありがとね」


 炭を起こすのにサラマンダーを使うなんて、ヴォルザードでも前代未聞だろう。

 まぁ、おかげで調理も出来そうだ。


 鉄板をコンロに載せて炭を均して均等に熱し、油を引いたら切ったソーセージと野菜を軽く炒める。

 ソーセージに焼き色が付いたら一旦鉄板の端に寄せて麺を炒める。


 サッと水を加えて麺をほぐし、水気が飛んだところで野菜とソーセージを戻して一緒に炒める。

 そして、ひょっとこの焼きそばソースを振り掛けると……ジュワーっという音と共にソースの香りが一気に広がった。


 プールの風上に屋台を設置したから……ほらほら、腹ペコ共が鼻をひくつかせはじめた。


「綿貫さん、いくら?」


 ほーら、国分が釣れた。

 ここから忙しくなりそうだねぇ。


 焼きそばを皿に盛ったら、削り節、青のりを掛けて、紅生姜を添えて出来上がり。


「マヨネーズはお好みでどうぞ!」


 匂いはプールの外まで流れたようで、用意しておいた本日分の五十人前はあっと言う間に完売。

 本格オープンの時にも出店してくれって貴子に頼まれちゃったけど、どうしたもんかねぇ……。

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