第651話 プレオープンの裏側で……
※ 今回は入隊二年目の守備隊員ラケロ目線の話になります。
「あとは……ラケロ、お前も入れ」
「はい!」
カルツ隊長に名前を呼ばれて、思わず普段よりも大きな声で返事をした。
入隊二年目の同期の中で選ばれたのは自分だけだったからだ。
生まれ育ったヴォルザードの街を守るため、子供の頃からの夢を叶えて守備隊員になったが、魔物の大量発生の時には後方支援に回され何も出来なかった。
だが、それは同期全員が同じだったので、一日でも早く一線で活躍する隊員になるべく努力を続けてきた。
そして、同期の中で最初に自分が選ばれたのだから嬉しくないはずがない。
仲間よりも一歩先んじた喜びに浸っていたのだが、直後のカルツ隊長の言葉で心境は一変した。
「名前を呼んだ者が、明日のプレオープンで監視員を務める。明日は一般の市民ではなく、プールに関する知識を持つ者、及び関係者だけだから実際に救護活動をする場面は無いと思うが、実際に配置について模擬的な監視業務を行って問題点を洗い出す必要がある。くれぐれも油断はするな。それと、明日の担当者は全員防具を着用すること、無様な姿を晒すんじゃないぞ!」
「はい」
自分と同じく明日の担当となった先輩達と共に返事をしたが、名前を呼ばれた時ほどの覇気はこもっていない。
「以上、解散!」
敬礼を交わし、カルツ隊長が退出した途端、盛大な溜息と笑い声が部屋に響いた。
「防具装着かぁ……」
「まぁ、とうぜんだろう。明日はマリアンヌ総隊長やアンジェリーナ様、ベアトリーチェ様もいらっしゃるそうだからな」
「診療所の天使ちゃん達もだろう? 羨ましい……」
「だったら、お前が革鎧を装着するか?」
「いやいや……俺達は指名されなかったからな」
「締め付け過ぎると、勃たなくなるってマジなのかなぁ……」
プレオープンの監視員に選ばれたのは嬉しいが、革鎧と呼ばれているプロテクターを装着するのは勘弁してもらいたい。
水着姿の女性を見て欲情していると気付かれれば、守備隊の沽券に関わるということで、水着の下に革製のプロテクターを装備して、男性の生理現象を押さえ付けるのだ。
臨戦態勢となった場合、本来ならば前方上方へ向けてそそり立つものを強制的に後方へ巻き込むように締め付ける。
外側からは全く分からないが、意志の力で血流を制御できない場合、かつて経験したことの無い痛みすら伴う内圧上昇を味わわされることになる。
そのような状態が継続されることに対しては、将来的な夜の生活への影響を懸念する声が上がっている。
中には、クセになりそうだ……なんて妙なことを言い出す者もいるが、少数派のはずだ。
複雑な思いに浸っていると、同期のソブリスが声を掛けて来た。
「よぅ、ラケロ、おめでとう! 同期の誉だな」
「まぁ、選ばれたのは嬉しいけどな……」
「じゃあ、鎧を付けずに出動するか? アンジェリーナ様を見て臨戦態勢なんかになってみろ、クラウス様に切り落とされるぞ。いや、マリアンヌ様に炭にされるかもな……」
「やめてくれ。俺だって将来は幸せな家庭を築くつもりなんだ」
「だったら、ガッチリ革鎧を装備して、無の境地で時間が過ぎ去るのを待つんだな」
「はぁ……それしかないだろうな」
「というか、今夜のうちに発散しておけよ。ただし、訓練資料の悪用は禁止だぞ」
「分かってる」
訓練資料というのは、水着姿の女性を見慣れるためにタカコが持ち込んで来た異世界の本だ。
写真という実物さながらの絵を使い、様々な水着姿の女性が描かれている。
閲覧は隊舎の中に限られているのだが、宿舎やトイレの個室に持ち込む者が後を絶たない。
あんなに鮮明で、豊満な女性の姿態を目に出来るのは、ヴォルザードでは娼館ぐらいのものだ。
守備隊員という仕事柄、法律で禁じられいる訳ではないが、娼館への出入りはタブーとされている。
恋人や妻がいる隊員であっても、行為をするのは薄暗い部屋で、殆ど肌を目にした事の無い者も少なくない。
そんなヴォルザードの状況に比べて、異世界人の倫理観というものは、けしからんにも程がある。
俺達は生まれる世界を間違えたというのが、写真集を目にした者の共通の思いだ。
そして迎えたプレオープンの当日、監視員に指名された隊員は革鎧の装着状態を確認された後、水着を穿いてプールサイドの配置に付いた。
多少窮屈な感じはするが、このまま平常心を保っていれば問題ない。
それに昨夜は、訓練資料の不正持ち出しこそしなかったが、宿舎でしっかりと発散しておいたし、起床後も念のためにしておいた。
プールを企画したタカコの話によれば、実際に着用する水着は訓練資料に載っているものよりも肌の露出を抑えてあるらしい。
入隊二年目の代表として、立派に監視員を務めあげられるはずだ。
最初にプールサイドに現れたのは、お腹の大きな女性だった。
タカコに頼まれて屋台の営業をするらしく、調理を担当するので水着姿ではない。
続いて現れたのは、自分と同年代の男二人だった。
黒髪黒目ということは、異世界から来た連中なのだろう。
こいつらは、水着姿の女性を当り前のように見てきた連中だと思うと、軽く殺意を覚えてしまったが顔には出さずに済んだと思う。
その次に現れたのも自分と同年代の男二人だったが、一人は小柄な銀髪銀眼だった。
一見すると何処にでもいそうだが、この男を知らない守備隊員は一人もいない。
強力な魔物を多数従え、ヴォルザードを魔物の大量発生から守った最大の功労者にして史上最年少のSランク冒険者。
魔物使いの異名を持つケント・コクブだ。
隊長や先輩から聞かされた数々の逸話は、どこまでが本当なのかと疑いたくなるものばかりだが、診療所の天使ちゃんを二人とも独り占めしているのは確かだ。
自分も門番を担当している時に、三人で仲良く腕を組んで歩く姿を何度か目にしている。
診療所の天使ちゃんだけなく、ベアトリーチェ様やバルシャニアから来た皇女様までもが奴の毒牙に掛かっているという話だ。
我々守備隊にとって最も頼りになる戦力であると同時に、若き守備隊員から最も恨まれている男だ。
ケント・コクブがいるということは、目の前で奴が天使ちゃん達とイチャイチャする様子を見せつけられるということだ。
今更ながらに監視員という業務の過酷さを思い知らされてしまった。
そのケント・コクブは気さくに屋台の配置を手伝い始め、その様子に目を奪われていたら野太い歓声が聞こえてきた。
「おぉぉぉぉぉ!」
声の方向へと目を向けた途端、ヤバいと思ったのだが目を離せなくなってしまった。
そこには、訓練資料から抜け出してきたのかと思うような過激な水着姿の女性がいた。
銀髪から三角の耳がのぞいている銀狐獣人の女性は、それを水着と呼んで良いのかと戸惑うほど大胆にカットされた真っ赤な水着を身に着け、白く豊満な肌を晒している。
クルリと後ろを向くと、銀色の太い尻尾で見え隠れしているが、穿いていないのかと思うほど尻の膨らみが露わになっていた。
カーっと頭に血が上り、次の瞬間一気に下腹部へと流れ込んで来た。
「ふぐぅ……」
思わず呻き声が洩れて姿勢を崩しかけたが、歯を食いしばって立て直す。
自分は同期の代表として、この場に立っているのだから、例え圧力に耐えかねて破裂したとしても、姿勢を崩す訳にはいかないのだ。
銀狐獣人の女性に目を奪われていたが、もう一人グレーの髪の犬獣人の女性がいた。
パタパタと尻尾を振りながら、ケント・コクブに駆け寄っていく。
やっぱりか、やっぱりSランクの冒険者が良いのかと思っていたら、ケント・コクブは連れの男性に犬獣人の女性を任せてしまった。
よく考えれば、自分の恋人が来るのに、他の女性とイチャついている訳にはいかないのだろう。
少しだけ溜飲が下がったが、連れの男は犬獣人の女性と二人きりで楽し気に準備運動を始めた。
なんとなくだが、女性の方も満更ではなさそうに見える。
やっぱりか、やっぱりSランク冒険者の友人が良いのか……ぐぬぬぬ……。
銀狐獣人の女性は水に浮くボードに横たわり、黒髪黒目の男二人が押して水面を移動し始めていた。
奴らがどこに視線を向けているかなんて、離れたプールサイドにいる自分にだって……いかん、また圧力がぁ……。
苦しい……監視員という任務は、こんなにも過酷なものだったのか。
自分も奴らのように前屈みになれたら少しは楽になれるのだろうが、それは守備隊員として許されざる行為だ。
そこへカルツ隊長が見回りに現れた、崩れていない……崩れてはいないが姿勢を改める。
カルツ隊長は、ケント・コクブと何やら話しながら銀狐獣人の女性へ視線を向けたが……平然としているだと。
隊長も革鎧を装備しているのだろうか、それとも……。
以前、カルツ隊長の奥さんについて話を聞いたことがある。
自分は直接会ったことは無いのだが、色々と凄いらしい。
つまり、色々と凄い奥さんと色々と凄い夜の任務をこなしているからこその落ち着きなのか。
若輩者の自分とはレベルの違うカルツ隊長の落ち着きに感嘆していたら、四人の女性が現れた。
天使、天使の一団が現れたのかと思った直後、四人はケント・コクブを囲んで水着を披露し始めた。
更にはプールに入って、こちらの存在など毛筋ほどにも意識せずイチャつき始めた。
ぐぬぬぬ……これが格差というやつか、Sランクの冒険者と平凡な守備隊員の差なのか。
怒りで頭が沸騰しそうになったが、おかげで股間の内圧は下がったような気がする。
そこへ領主のクラウス様が姿を見せた。
ベアトリーチェ様を嫁にもらうケント・コクブは、クラウス様の義理の息子になる。
あんな仲睦まじい姿を領主様に認められるとは、何と羨ましいことかと思っていたら、クラウス様がスッと鋭い視線をプールサイドへと向けた。
そうだ忘れてはいけない、緩そうに見せかけておいて見るべきものを見ている領主様なのだ。
慌てて姿勢を改める、革鎧内部の圧力の上下動によって気持ちが乱れても、姿勢を崩すわけにはいかない。
そうだ、圧力の過激な上昇を抑えるためには、ケント・コクブに視線を集中すれば良い。
ギロリと視線を向けると、ケント・コクブは怯んだように視線をそらした。
なんだ、案外大したことないじゃないか。
ケント・コクブの平凡さを見て、気持ちに少し余裕が出来た気がした。
相変わらず圧力は高いレベルを維持しているが、このままならば交代の時間まで任務を全うできるだろう。
だがそれは、余裕などではなく油断だったのだろう。
マリアンヌ総隊長とアンジェリーナ様の登場によって、一気に窮地に追い込まれた。
銀狐獣人の女性のように肌は露出していないが、歩く度に揺れるのだ。
ゆさっ、ゆさっと波打つように揺れる膨らみに目を奪われ、圧力が急上昇する。
ヤバい、これは自分の将来を危険に晒す状況のように感じるが、苦しい時こそ胸を張るのだ。
そして、ケント・コクブ……貴様、羨ましすぎるぞぉ。
もう自分でも何を監視しているのか分からない状態で、ただただ姿勢を保つことだけに躍起になって交代時間までを務めあげた。
交代後、フラフラになりながら控室へと隊員用の更衣室へと戻った時には、あれほど高まっていた圧力はゼロへと戻っていた。
ダラーンと力なく項垂れている姿は、その時の自分を象徴しているかのようだった。
そして、以前のような完全臨戦態勢を取り戻すまで、この後数日を要することになってしまった。
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