第648話 仕事の話

「おはようございます!」

「ぬぉぉ……大きな声を出すな、頭に響く……」


 執務室のテラスでリーブル酒を酌み交わした翌日、朝食の席についていたダムスク公を訪問しました。

 元気良く挨拶すると、ダムスク公は顔を顰めてみせました。


 うん、昨晩は結構飲んでましたからね。

 ちなみに僕も二日酔いでしたけど、自己治癒という武器がありますから問題無しです。


「うぬぅ、若い頃ならあれしきの酒は翌朝にはすっかり抜けておったのに、歳には勝てぬということか……」


 額に手を当てたダムスク公の顔色は、心なしか蒼ざめているように見えます。


「仕方ないですねぇ、ダムスク公にはバリバリ仕事をしてもらわないといけませんから、サービスしておきますか……」

「んん? 何を……」


 ダムスク公に歩み寄り、背中に両手をあてて治癒魔法を掛けました。

 睡眠はとれたみたいですし、あとは体調を整えれば大丈夫でしょう。


「おぉ、これは……二日酔いが嘘のようにおさまったぞ」

「ということで、本日もお仕事頑張って下さい」

「言われるまでもない、たとえ二日酔いの頭を抱えてでも執務はするつもりだったからな」


 ニヤっと笑ってみせたダムスク公は、昨晩再会した時に比べて活力に満ち溢れているように見えます。

 革命騒動が起こって以来、殆ど休む間もなく働きづめだったのでしょうから、少しは骨休めになったでしょう。


「ところでケント・コクブよ、我の二日酔いを治しに来た訳ではあるまい、用件は何だ?」

「はい、昨晩は仕事抜きで……というお約束でしたので、控えさせていただいた質問をいくつかさせていただこうかと思っています」

「うむ、構わんぞ。朝食は済ませたのか?」

「いいえ、まだヴォルザードは夜が明けるか明けないかという時間ですから」

「そうか、そなたと話をしていると忘れがちだが、それだけの距離があるのだな」


 ヴォルザードからは、ランズヘルト共和国を西から東に横断し、海を渡り、更にシャルターン王国を西から東に進まなければマダリアーガには辿り着きません。

 こちらの世界の人が普通に旅をしたならば、下手をすると一ヶ月以上掛かる距離です。


 マダリアーガの時間に合わせて早起きしてきたんですから、朝食ぐらいご馳走になっても罰は当たりませんよね。


「それで、聞きたいこととは?」

「まずは何と言っても、ルシアーノの消息です」


 ルシアーノはアガンソ・タルラゴスに資金の援助を求め、その見返りとして革命騒ぎを扇動した男です。

 革命勢力の軍師として暗躍し、マダリアーガの王城を陥落させた直後に行方を晦ませています。


「残念ながら、まだ行方は分かっていない。というよりも、まるで足取りが掴めん」

「革命勢力の軍師まで務めた男ですよね?」

「その通りなのだが、そもそも革命勢力自体が瓦解して、主なメンバーの行方を探している有様だ」


 革命勢力の主要なメンバーは、アガンソ・タルラゴスの呼び掛けに応じてマダリアーガの城から退去した後は、内部分裂を繰り返して自然消滅していったようです。

 王城を落として財宝を手に入れ、そこから旗色が悪くなったことで革命の旗印よりも己の身の安全を優先したようです。


「まったく、田畑を食い荒らす害虫のような奴らだ。結局、シャルターンには何の益ももたらさず、混乱と破壊を招いただけだ」

「そいつらは、どうされるんですか?」

「勿論、逃がすつもりなど無いぞ。今回の騒ぎで、土地の所有権などが曖昧になってしまっている。誰が、どこに住み、どの土地を所有し、どれだけの財産を保持しているのか順次調べている。近隣の者の話も擦り合わせれば、不審な者どもは自ずと浮き上がって見えてくるという訳だ」


 革命騒ぎでは多くの貴族や資産家が殺されたようですが、民衆は結局のところ元の暮らしに戻るしかありません。

 戸籍を改めれば余所者が入り込む余地は無く、元々人の暮らしていなかった場所に住み着いても調べられる。


 騒ぎに乗じて財宝を手に入れても、隠れて暮らすしかないということなのでしょう。


「それで捕らえた怪しい連中は、どういった処分を下すのですか?」

「まずは素直に喋るか否か、どのような罪を犯したのか、どれほどの情報を持っているのか等を考慮して決める。協力的な者は一定期間の強制労働の後で放免するが、協力を拒んだ後に重罪が発覚した者は、いずれ処刑する」

「いずれ……ですか?」

「そうだ、現状一番優先するのは情報の入手だ。革命勢力の主要なメンバーを知る者は、減刑を餌にして他のメンバーを捕らえる協力をさせている。人間とは弱いものでな、自分だけが罪を被る、他の奴らは良い思いをしているとなると、足を引っ張りたくなるものなのだよ」


 つまり、組織に関係した者を使って、芋蔓式に主要なメンバーを捕らえようという作戦のようです。


「ルシアーノまで辿り着きますかね?」

「辿り着いてみせるさ。既にルシアーノを見知っているという者を数名捕らえてある。人相書きを作らせているから、出来上がり次第聞き込みを強化するつもりだ」

「どこに流れて行ったと思っていらっしゃいますか?」

「西か南、あるいはランズヘルトに渡っているかもしれぬ」

「そういえば、タルラゴスとは協力関係にあったんですもんね。出入りは出来たんでしょうね」

「タルラゴスには入ったが、アガンソには会わずに通り抜けたという可能性が一番高いと考えている」

「分かりました、その人相書きが出来たら僕にも貰えますか、ジョベートで手配してもらえるように取り計らいます」

「そうか、それは助かる、実際、海を渡られてしまったら我らには手の出しようが無くなってしまうからな」


 ルシアーノが行方を晦ませてから、かなりの時間が経過してしまっています。

 もしかすると、既にジョベートに渡って来ているかもしれません。


 フィーデリアの家族を死に追いやった張本人ですから、何とか捕まえたいですね。


「そういえば、王族一家を殺害した連中は捕らえられたのですか?」

「マダリアーガに潜伏していた者は捕らえた。行方を晦ませた連中も手配をしている」

「どういった処罰を下されるのですか?」

「王族を殺害したのだから、処刑だ。いずれ、教会前の階段で執り行う」

「えっ、あそこでやるんですか?」

「処刑は行うが、その後は晒し物とはせずに埋葬する。全員の処刑が終わったところで、教会の跡地は解体整備して、今回の革命騒動で命を落とした者達のための慰霊碑を建てる予定だ」

「けじめは付けて、その後の遺恨は極力残さない形で収める訳ですね」


 ダムスク公は、大きく頷いてみせた。


「その通りだ。今回の革命騒ぎは、騒動を収拾するのに功績を残した者を除いて、できるだけ得をした者を残さない形で収めなければならない。このような馬鹿げた騒ぎを起こせば、全ての者が損をするのだと、改革を求めるならば正当な方法によって行うべきなのだと、全ての者達に知らしめねばならない」

「上手くいきますかね?」

「いくさ。ここマダリアーガの連中も、今でこそ街に活気が戻ってきているが、周辺を封鎖されていた頃にはかなり困窮したらしい。大きな街には、大勢の人が暮らし、多くの食料を消費する。それだけに、流通が途絶えれば途端に困窮する」

「金はあっても、買う品物が無いという訳ですね」

「マダリアーガの民も、己らの軽率な行為がどのような結末を招くか身に染みて分かっただろう」

「でも、王城を落とすほどの勢いだった革命勢力を止めるのは、一般の市民には難しかったんじゃないですか?」


 革命勢力の中には、住民側に寝返った兵士たちも少なからず含まれていたそうですし、武装した群衆に対して一般市民の出来ることは少なかったように感じます。


「確かに、時の勢いというものは、個人の力ではどうにもならぬものではあるが、それに自ら乗っていくのか、仕方なく流されるのか、あるいは抗うのか、個人の向き合い方がその後の流れを変えていくものだ。マダリアーガの民の多くは、騒動に酔い、率先して革命勢力を街に招き入れたらしい。王族の処刑についても、異を唱える者は少なかったようだ」


 マダリアーガの街は、湖からの水路が縦横に走る水郷都市で、封鎖をする気になれば橋を止めるだけでも侵入は難しくなるそうです。

 王城が呆気なく陥落した背景には、橋を封鎖しようとする兵士を妨害する市民の動きもあったようです。


「マダリアーガの人々は、王家に不満を持っていたのでしょうか?」

「そんなに多くの者が不満を抱えていた訳ではないようだ。だが、どこの領地、どこの街、どこの村にも自分の不遇な状況を他人のせいにしないと気の済まぬ者がいる。そうした者の扇動によって、小さな不満を持つ者までもが騒動に加わっていったのだろう」

「王族の処刑を止めようとした人はいなかったのですか?」

「いたようだが、多くは裕福な者達で、そうした者達も襲撃の標的とされたようだ」

「どうすれば良かったんでしょかね」

「騒動が大きくなる前に抑えねばならなかったのだ。王都を守るには王都に近づく前に、革命勢力などではなくただの暴徒だと認定して叩くべきだった」


 結局そこに尽きるとは思うのですが、実際に革命騒ぎは起こり、王城は陥落し、王族は処刑されてしまいました。


「今回の騒ぎは、水害への手当てを怠った領主たちの怠慢が招いたことだ。兄は国庫を解放して大規模な援助を行ったようだが、それを懐に入れた馬鹿共が少なからず居たらしい。そいつらへの追及も行うつもりだが、多くが革命勢力によって殺されている。その金を革命勢力が食い物にしていたらしい。まったく、人間とはここまで愚かになれるのかと呆れるばかりだ」

「欲に目が眩んだ者達の愚行が集まって溢れ出した結果……って感じですか?」

「そういうことだ。シャルターン王国では長く平穏な時代が続いてきた。平和であるが故に人々は変革を必要とせず、その結果として腐敗、汚職が蔓延るようになり……ある意味、革命騒動は必然だったのかもしれないな」


 どこかの世界の島国の話かと思ってしまいますが、この後、シャルターン王国はどうなっていくのでしょう。


「ダムスク公が国王になられるのですか?」

「分からぬ。まずは民の暮らしを立て直すのが先決だ。その後は、タルラゴスとオロスコからは賠償金をガッチリと取り立てねばならん。王位の継承、領地の分配などはその後だ」

「そうですか、まだまだ仕事が山積みのようですし、僕はそろそろ失礼させていただきます」

「そうか、フィーデリアを連れて来る時には声を掛けてくれ」

「かしこまりました」


 朝食をいただき、食後のお茶を飲み終えたところで、お暇することにしました。

 シャルターン王国は、まだまだ前途多難のようですが、それでも復興への道を確実に歩み始めているようです。

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