第647話 その後のシャルターン王国
『ケント様、ダムスク公は既にマダリアーガの城に到着しておりますぞ』
「旧王家の直轄地や革命騒ぎで領主不在となった土地も支配下に治めているんだね?」
『そのようですな。他の領主達には、暫定的に自分が統治しているが、いずれ分割譲渡していくと伝えているようです』
革命騒ぎを裏から糸を引いていたアガンソ・タルラゴスが、一度は手に入れた王都マダリアーガから撤退する最中に死去した後、シャルターン王国には関わらなくなっていました。
その後、地球に小惑星が接近する騒ぎが起こり、僕の頭からは完全に忘れ去られた状態でした。
僕が地球に戻り、宇宙空間で奮闘を続けている間も、ダムスク公は堅実に足下を固めながらマダリアーガへと至り、革命騒ぎの後始末に追われていたようです。
そもそも、シャルターン王国の革命騒ぎは、ツイーデ川の下流域で発生した大規模な水害に端を発しています。
田畑も、家も、泥水に沈み、生活が立ち行かなくなった人々に対して、十分な支援を行わなかったことで、住民の堪忍袋の緒が切れ、革命騒ぎへと発展していきました。
その革命騒ぎを扇動したのがルシアーノという謎の人物で、アガンソやウルターゴ・オロスコから資金提供を受けていました。
「ルシアーノっていう男は、まだ見つかっていないのかな?」
『さて、そこまでは我々も把握しておりません。それは直接ダムスク公にお訊ねなさった方がよろしいでしょうな』
「そうだね、そうしよう」
小惑星の捕捉には、ラインハルト達の力も借りていましたので、シャルターン王国の状況を逐一把握してはいないようです。
そもそも、シャルターン王国とは一旦距離を置くと決めたのは僕ですから、ある程度の現状が分かっているだけでも有難いです。
フィーデリアと話をした翌日、早速シャルターン王国を訪れてみました。
まず足を向けたのはツイーデ川の西岸、アガンソ達が統治していたことで水害からの復興が遅れていた地域です。
「さすがダムスク公だね、もう治水工事が随分と進められているみたいだね」
『対岸にあれだけ強固な堤防が築かれていると、川の水位が上がれば水は西岸へと流れ込みますからな。工事を急ぐ必要があったのでしょう』
ダムスク公が制圧したツイーデ川の東岸では、革命騒ぎに加担した者達を捕らえて強制労働という形で堤防工事の人員を確保していました。
西岸の工事を行っているのは誰なのか、こちら側で革命騒ぎに加担した者達に対する処分はどうなったのか、色々と気になることはありますが、それもダムスク公に訊ねることにします。
ツイーデ川の西岸から、王都マダリアーガへと移動しました。
アガンソが王城の主として居座っていた頃は、周辺の領地との往来が閉ざされていたせいで、街全体から活気が失われていましたが、賑わいが戻っているようです。
『ケント様、船の往来も解禁されている……』
「おぉ、本当だ。あれは、どこに向かう船なんだろう」
『たぶん、北の領地……』
湖の北側の領地でも革命騒ぎが起こっていたようですが、領主が殺される前にダムスク公が討伐した所もあるそうで、そうした土地と連携して王都の復興を進めているのでしょう。
そのダムスク公はと言えば、王城の執務室で部下と一緒に書類の山と格闘していました。
「これは、何をしているんだろう?」
『前に渡した帳簿を基にして、必要な予算の割り出しや過去の金の流れを確認していおるのでしょう』
革命勢力が城を占拠した時、僕らが帳簿関係を全て確保しておきました。
そのせいでアガンソは随分と苦労をしたようですが、確保した帳簿は全てダムスク公へ引き渡してあります。
「帳簿が残っていれば楽かと思ったけど、簡単には終わらなそうだね」
『一つの国がひっくり返るような騒ぎが起こったのですから、一筋縄では行かないのでしょう』
何人もの文官と一緒に、書類と格闘しているダムスク公は鬼気迫る雰囲気で、ちょっとどころかかなり声を掛けにくいです。
これは一段落した頃に出直して来た方が良さそうですね。
城を出て次に向かったのはマダリアーガを二分するように流れる川の対岸、広場に面した教会です。
広場から教会へと続く階段の上が、フィーデリアの家族達が処刑された場所です。
「あれっ? 確か、ここだったと思うけど」
『教会は焼け落ちているようですな』
ラインハルトの指摘した通り、黒焦げになった柱が残されている。
「あの後、何かあったのかな?」
『王族が処刑され、晒されていた遺体が消えたのですから、呪いや祟りといった噂が立ったのでしょうな』
この場所で惨殺され、晒し物にされていたフィーデリアの家族の遺体は、僕らが引き取って荼毘に付し、遺骨は湖に散骨しました。
それにしても、教会が焼け落ちているのが気に掛かります。
「ちょっと、街の人に聞いてみるよ」
僕の眷属は影の中に潜んで、何処へでも自由に出入りができますが、街で聞き込みができません。
いきなり、スケルトンが現れたり、コボルトに話し掛けられたりしたら、普通の人では腰ぬかしちゃいますからね。
人目に付かない路地裏で表に出て、通り掛かった地元民らしきおばさんに声を掛けました。
「すみません、久々に王都まで来たのですが、ちょっと教えていただけますか?」
「はいはい、何かしら?」
「あそこは、教会があった場所ですよね?」
教会の焼け跡を指差すと、おばさんは駄目駄目とばかりに手を振ってから、声を潜めて話し始めました。
「あなた、例の騒ぎがあったのは知ってる?」
「例の騒ぎと言いますと?」
「あの場所で王家の方が、ならず者に殺されたの」
「えぇぇぇ……」
「しぃ、声が大きいわ。その騒ぎに教会の人達も手を貸していたらしくて、王家の祟りにあって全員が焼け死んだそうよ」
王族の遺体が消えた後、処刑の行われた階段は綺麗に掃除されたそうですが、教会の関係者以外は誰も近づかなくなったそうです。
そして、一週間程経ったある日の真夜中、教会から火の手が上がったそうですが、祟りを恐れて誰も火を消そうとしなかったらしいです。
その後は、呪われた場所として恐れられ、現在まで手つかずの状態だそうです。
おばさんに礼を言って別れ、また路地裏で影の空間へと潜りました。
「教会の関係者が革命騒ぎに手を貸していたって言ってたけど、本当なのかな?」
『さて、その関係者が死亡しているのでは確かめようがありませんな。あるいは、街の者達が自分たちの罪をなすりつけて殺したのかもしれませんぞ』
「あの時は、街の人達も王族を殺せって叫んでたもんね」
『あまり不満の無かった者達でも、革命騒ぎという熱狂に駆り立てられていたのでしょう』
広場以外の街の様子も見て回ると、空気が一変したかのように賑わっています。
本来、教会前の広場は街の中心部なので、もっと賑わっていても良いのでしょうが、焼け落ちた教会を中心として、そこだけ時間が止まっているかのようです。
賑わう通りや活気の戻った湖の船着き場などを撮影してヴォルザードに戻り、時間を見計らって出直すことにしました。
焼け落ちた教会周辺の様子も一応撮影しておきましたが、フィーデリアには見せない方が良いでしょう。
ヴォルザードとマダリアーガの時差を計算して、少し遅めの時間に再度王城を訪れたのですが、ダムスク公はまだ書類との格闘を続けていました。
「お忙しいようですね」
「むっ……おぉ、ケント・コクブか、久しいな」
「ご無沙汰しております」
書類から目線を上げて僕の姿を見つけると、ダムスク公はニヤリと笑みを浮かべてみせましたが、その顔に疲労の色が浮かんでいました。
「まったく、革命ごっこなんて下らない真似をしてくれたおかげで国が目茶苦茶だ。これで、ケントが帳簿を確保していなかったらどうなっていたことか、考えるだけで寒気がするぞ」
「少しはお役に立てたようでなによりです」
「何を言うか、少しどころではない、そなたの協力が無ければ、我はまだツイーデ川を渡っておらんだろう。改めて礼を言わせてもらう」
「いやいや、頭を上げて下さい。僕も色々と稼がせてもらいましたから、もうそういうのは無しにしましょう」
「そうか……それで、今宵は何用だ?」
「はい、いつぞやのお約束を果たそうかと……」
「約束……はて、何か約束をしておったか……?」
「お忘れですか? 次は仕事抜きで一杯やろうというお約束でしたが……」
「おぉ、これはすまん、そうだった、そうだった、しかし……」
「たまには息抜きも必要ではありませんか?」
「ふむ、今宵はここまでにしておくか……」
執務室の外にはテラスがあって、丁度良いテーブルと椅子が置かれていたので、そこへダムスク公を誘いました。
「酒も肴も持参とは……さすがに手際が良いな」
「お酒は、ヴォルザードの名物リーブル酒の年代物です。どうぞ……」
「ほぅ……うむ、良い香りだ」
「では、シャルターンの未来に……」
「ヴォルザードの繁栄に……」
なみなみとリーブル酒を注いだカップを掲げて乾杯しました。
「ふぅ……良い酒だ。風が心地良いな……このような時間は、ついぞ忘れておった」
「少し働きすぎじゃないですか?」
「分かってはいるが、ここが正念場だからな。うむ、良い月だ……」
「昨日、フィーデリアと月を眺めながら話をしました」
「元気にしているか?」
「えぇ、丁度同じ歳の女の子も滞在しているので、仲良くやっていますよ」
「そうか、友がいるのは有難いな」
ダムスク公は、笑みを浮かべながらカップの酒をくいっと喉へと流し込み、ほぉっと一つ溜息をついた。
「だいぶ落ち着いてきたようで、将来の夢が決まったら一度マダリアーガに戻って来たいと言っていました」
「一度……?」
「はい、フィーデリアはヴォルザードで暮らしたいと言っています」
「ほぉ、それでは、そなたに嫁ぐ気になったのか」
「はぁぁ? 嫁ぐ?」
「ヴォルザードで暮らすというのは、そういうことだろう?」
「いやいや、ヴォルザードで暮らしたいとは聞いていますが、嫁ぐとか聞いてませんよ」
「フィーデリアにはシャルターンの安定のためにも、そなたに嫁ぐことを考えてみるように手紙にしたためたのだが……」
あれか、あの時の手紙か……そう言えば、手紙を貰った翌日あたり、フィーデリアの様子が変だったんだよね。
「いやいや、止めましょう。もうフィーデリアは王族として十分に辛い思いをしたんですから、国のためとかではなく本当に好きになった人と結婚させてあげましょうよ」
「それが、そなたならば問題はなかろう?」
「いやぁ……もう嫁は十分なんですけど……」
「そなた程の男なら、嫁の二人や三人いたところで問題なかろう」
「いえ、今度五人目が輿入れして来るので……」
「はぁぁ? 五人だと……それほどの絶倫とは、人は見かけによらぬな」
「絶倫って訳じゃないですけど……まぁ嫌いではないです」
「構わんぞ、六人目でも、七人目でも、どうだ?」
「いや、もうさすがに怒られますから、もう打ち止めです」
「それも、いつまで持つかな。母親は美しい女だったから、フィーデリアも美しくなるぞ……」
「だとしても、打ち止めです!」
言われなくても、フィーデリアが美人になるのは見ていれば分かりますよ。
メイサちゃんや美緒ちゃんも可愛いですが、何と言うか遺伝子的に違う感じです。
「まぁ、良い。我の手の届かぬところに居るのだから、とやかく言っても仕方がない。ただ、フィーデリアが戻って来る時には一目会わせてくれ」
「はい、そのように取り計らいます」
タルラゴスやオロスコへの処分とか、革命騒ぎに加わった市民の処分とか、色々聞きたい事があったのですが、仕事の話になるのでやめておきましょう。
「このリーブル酒は美味いな」
「僕がヴォルザードで最初に働きに行った農園で作っているお酒です」
「ほぅ、農園で何をしたんだ?」
「リーブルの収穫作業と仕込みの手伝いですよ」
「Sランクの冒険者がか?」
「僕だって最初からSランクだった訳じゃないですからね……」
ヴォルザードに辿り着いて、ブルーノさんのリーブル農園で働いていた頃の話をするとダムスク公は興味深げに聞き入っていました。
「なるほどな……地道な下積みを経験しているから、Sランクになろうとも民の目線で物事を考えられるのだな。アガンソの奴に、そなたの爪の垢でも飲ませてやれば良かったのだ」
「まぁ、もう死んじゃってますから無理ですよ」
この後しばらく、ダムスク公の愚痴の聞き役を務めてからヴォルザードへと戻りました。
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