第645話 夏の準備

※ 今回はメイサちゃん目線の話です。


「ちゃんと明日の教科書は持ったのかい?」

「大丈夫、入れた!」

「宿題はミオちゃんのを写すんじゃなくて、自分でやるんだよ」

「分かってる!」

「屋敷の方に挨拶を忘れるんじゃないよ」

「分かってる!」

「寝る前には、ちゃんとトイレに行って……」

「もうおねしょなんかしないから! 行ってきます!」


 まったく、お母さんはいつまで経ってもあたしを子供扱いするんだから……。

 まぁ、お母さんの子供なのは間違いないんだけど、ちょっとは信用してほしい。


 今日は闇の曜日で、うちの食堂はお休みだから手伝いもお休みだ。

 明日はいつも通りに学校があるけど、今日はケントの家に泊まって、そのままミオ達と一緒に登校するつもりだ。


 ミオの話では、今朝はケントは家にいたらしいけど、今もいるかは分からない。

 このところは、リーゼンブルグから使者が来たぐらいで、ケント自身は家にいる時間が増えているらしいが、それもいつまで続くのかは分からない。


 ケントはポヤポヤしているように見えてSランクの冒険者だから、あちこちから依頼を受けて出掛けて行く。

 特に、ケント達が元々住んでいたチキュウの仕事を受けた時には、長期間家に戻らない時もあるそうだ。


 この前も、チキュウに降ってくる星を食い止める仕事をしていたと聞いた。

 空の彼方まで飛んで行って、空気も無い場所で星に星をぶつけて来たとか言ってたけど、どういう事なのか良く分からなかった。


 ミオが凄い凄いって興奮してたから、きっと物凄い仕事をしたんだと思うけど、その凄さが理解できなくてちょっと悔しい。

 ケントの事は、もっとちゃんと分かっていたい。


 でも、ケントがうちから引っ越してしまったから、一緒に過ごせる時間が減って、近頃は遠くにいってしまったように感じる事がある。

 でも、ケントの家に遊びに行って、顔を会わせるといつもと変わらないんだけど、いつまでもいつもと同じなのも寂しい。


 でも、今までと変わってしまって、ケントとの距離がもっと離れてしまうのは怖い。

 でもでも、どうすれば良いのか分からない、いくら考えても答えが見つからない。


 だったら動くしかない、失敗を恐れてジッとしているなんて、あたしらしくない。

 走れ……走れ……走れ、メイサ!


 息を切らしてケントの家の門へと駆け寄ると、門番のリザードマンが笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい、メイサちゃん。皆さんお待ちですよ」

「ケントは?」

「リビングにいらっしゃいますよ」

「やった! ありがとう」


 門を入ると、ケントの眷属が集まってくる。

 コボルト隊に、ゼータ達に、フラムに、レビンとトレノ。


 ネロは木陰で長くなりながら、尻尾をパタンと振って挨拶してきた。

 みんなモフモフで、フラムはスベスベで気持ち良い。


 ずっと遊んでいたいけど、ケントの所にも行きたいから、ひとしきりモフったら玄関へ向かう。

 ドアを開けてくれたルジェクのお姉さん、マルツェラさんが、ミオとフィーデリアが上で待っていると教えてくれた。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


 マルツェラさんは、会う度に綺麗になってる気がする。

 男の人はお金持ちになると、屋敷で働いている綺麗な女の人に手を付けるものなのだと食堂のお客さんが話していたけど、まさかケントもそうなのだろうか。


 いや、ケントにはもう四人もお嫁さんがいて、今度はリーゼンブルグのお姫様も嫁入りしてくる。

 まだ会ったことは無いけれど、お姫様だから綺麗な人に違いない。


 その人はケント達をチキュウから呼び寄せて、酷い目に遭わせた張本人だそうだ。

 なんでそんな人と結婚するのか意味が分からない。


 そんな人と結婚するくらいなら、あたしとしてくれても……。


「こんにちは! おじゃまします!」


 階段を駆け上がって、玄関で挨拶しながら靴を脱いでいると、ミオが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、メイサちゃん。こっち、こっち、早く、早く!」

「えっ、先にケントに挨拶……」

「それは後、こっち、こっち」

「う、うん……」


 ケントに会いに行きたいのに、ミオに手を引っぱられてしまった。


「フィーちゃん、入るよ」

「は、はい。どうぞ……」


 どうやら部屋にはフィーデリアがいるらしいのだが、なんで部屋に入るのに声を掛ける必要があるのだろう。

 首を捻りながらミオの部屋に入ると、変な格好をしたフィーデリアがいた。


「フィーちゃん、どう?」

「ちょっと、胸が苦しいです……」


 フィーデリアは、胸からお腹、お股とお尻を覆うだけの紺色の下着のようなものを身につけているだけだ。

 あたしやミオよりも発育の良い胸が無理やり押し込められているようで、確かに少々苦しそうに見える。


「じゃあ、こっちにしよう。こっちの方がサイズが大きいから」

「それも、水着という物なんですか?」

「そうだよ。際どいカットじゃないから、ポロリする心配は無いと思う」

「でも、これではお腹が全部見えてしまいますけど……」

「うん、そういうものだから大丈夫!」


 ミオが手にしているのは白とブルーの縞模様の水着で、胸を覆う部分とお股と尻を隠す部分に分かれていて、お腹と背中は丸見えだ。


「大丈夫だよ。外で着る訳じゃないし」

「それもそうですね」


 フィーデリアが肩紐を外すと、プルンっと押し込められてた胸の膨らみが飛び出した。

 あたしやミオよりは二回り……いや、もっと大きい。


 このまま成長を続けていったら、きっとメリーヌさんぐらい大きくなるはずだ。

 不意にメリーヌさんがうちで修業していた頃の食事風景が頭に浮かんだ。


 普通に食事をしているのだけど、時折ケントの視線がチラっ、チラっとメリーヌさんの胸に向けられていたのをあたしは知っている。

 でもユイカさんもベアトリーチェさんも胸が大きいけど、マノンさんとセラフィマさんは大きくないから、あたしにだって望みはあるはずだ。


 というか、お母さんの娘なんだから、あたしだって大きくなるはずだ。


「じゃあ、メイサちゃんがこっちを着てみる? それとも別のにする?」

「こっち……が、いいかなぁ……」


 さっきフィーデリアが着ていたのは紺一色で地味だったけど、こっちに置いてあるのは白地にピンクの花模様やヒラヒラが付いていて可愛い。


「じゃあ、メイサちゃんはそれ着て。こっちは、あたしが着る」

「分かった……」


 ミオはパパっと服も下着も脱ぎ捨てると、水着を着始めた。


「メイサちゃん、早く早く、時間無くなるよ」

「うん……」


 急いで服を脱いで、下着も脱いで水着に足を通す。

 水着は伸びたり縮んだりする生地で作られていて、着ると体にピッタリ密着する感じだ。


 部屋にあった大きな鏡に姿を映してみると、なんだか裸でいるよりも恥ずかしい気がしないでもない。

 それと、ミオやフィーデリアと比べると、なんだか子供っぽく見える気がする。


「よし、じゃあ行くよ」

「えっ、ちょっと待って……この格好で?」

「家の中だから大丈夫だよ。早くしないと時間無くなるよ!」


 ミオは戸惑うあたしとフィーデリアの手を握ると、部屋を出て階段を上がっていく。

 今日は、ケントの家のお風呂で泳ぐ練習をするのだ。


 だから、階段を上ったら真っすぐお風呂場に行くと思っていたのに、ミオはリビングへと足を向けた。


「ケントお兄ちゃん、見て見て!」

「ちょっ……ミオ!」

「ミオさん!」


 何やら難しい顔をしてタブレットを睨んでいたケントは、こちらに視線を向けるとパッと笑顔になった。


「おぉ、水着かぁ……うんうん、みんな可愛い……って、ミオちゃんはそれでいいの?」

「今日はこれで、遊ぶ時には別のを着る」

「そっか、ネットで注文してもいいよ。光ヶ丘の家からコボルト便で届けてもらうからさ」

「は~い! その時はお願いします。ほらメイサちゃん、ちゃんと見てもらいなよ、フィーも」

「えっ、えっ……でも」

「恥ずかしがってると、余計にエッチに見えるんだからね、シャンっとする」

「痛っ、お尻叩かないでよ」


 まだちょっと恥ずかしいけど、体を隠そうとしていた手をどけてケントの前に立った。

 たぶん、耳まで真っ赤になってると思う。


「うん、可愛い、可愛い」

「ホントに?」

「うん、ホント、ホント。フィーデリアは、ちょっと大人っぽいね」

「は、はい……ありがとうございます」

「むぅ……ケント、目がやらしい」

「な、なに言ってるかな、メイサちゃんは。そんな訳ないでしょ、てか、ちょっと待って……」


 ケントは何やらゴニョゴニョと眷属の誰かと連絡を取り始めた。


「うん、大丈夫だよ、泳げるって」

「えっ……何の話?」

「えっ、うちの池で泳ぐんじゃないの?」

「えぇぇぇぇ……」


 ミオもフィーデリアも、あたしと一緒に驚いている。


「あれっ? 水着を見せに来ただけなの?」

「ううん、お風呂を借りて泳ぐ練習をしようかと……」


 守備隊の敷地にプールというものが作られているから、出来たら行こうとミオから誘われたのだが、あたしは泳いだことない。

 フィーデリアは、お城の中に湖から水を引き入れた遊び場があって、そこで泳ぐ練習をしていたから泳げるらしい。


 あたしだけ泳げないのではつまらないからと、ミオが練習しようと誘ってくれたのだ。


「ケントお兄ちゃん、うちの池って泳げるの?」

「泳げるよ、眷属のみんなと一緒に泳げるように作ったものだからね」

「そうなんだ……でも、城壁の上から見られちゃうよ」

「あっ、そうか……メイサちゃんやフィーデリアは、人前で水着になったことないから恥ずかしいのか。じゃあ、次までに対策をしておくよ」

「ホントに? やった、プライベートプールだよ、メイサちゃん」

「ケント、マルト達とも一緒におよげるの?」

「もちろん! でも、その前にメイサちゃんは泳ぐ練習かな」

「だ、大丈夫だもん! すぐに泳げるように……えっ、なに?」


 泳げるようになってやる宣言をしようと思ったら、ミオに水着を引っ張られて耳打ちされた。


『メイサちゃん、こういう時はケントお兄ちゃんに泳ぎを教えてって頼むんだよ。そうすれば、一緒にいられる時間が増えるよ』


 ミオ、天才かよ……。


「ケ、ケント、もし次までに泳げなかったら、教えてくれる……?」

「いいよ、でもあんまり得意じゃないけどね」

「それでもいい……」

「じゃあ、来週は泳ぐ準備をしておくよ」

「ホントに? やったー!」


 この後、ケントの家のお風呂場で泳ぐ練習を始めたけれど、水遊びしておしまいって感じだった。

 だって、泳げるようになっちゃったらケントに教われなくなっちゃうからね。

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