第644話 ガセメガネの暗躍
国分が炎上していると知った瞬間、俺は拳を握ってガッツポーズした。
二百四十億円なんて大金を独り占めしている野郎は、ちょっと世間から叩かれた方が良い、ついでに俺様のレポートのネタに丁度良いと思ったのだが……。
国分が地球に衝突するはずだった小惑星の軌道をズラし、粉砕した裏側を綴ったレポートには凄まじい反響があった。
無料の小説投稿サイトに掲載したのだが、一日のアクセス数が一千万PVを超える日もあって、急激に下火にはなったが一ヶ月で一億PVに迫る勢いだ。
俺が掲載した小説投稿サイトは閲覧は無料なのだが、掲載者には広告収入の一部が分配される仕組みがあり、俺様も広告収入が得られるように手続きをしている。
まだ具体的な金額は提示されていないのだが、某掲示板サイトなどの情報を基にして計算すると……一ヶ月で一千万円を超える可能性がある。
ジャーナリストたるもの、有名メディアに記事を掲載し、その原稿料や印税で富を得るものだと思い込んでいたのだが、まさかこんな方法で収益が得られるとは思っていなかった。
となれば、第二弾、第三弾のレポートを執筆しない手は無いと思ったのだが、何を書いたものかと悩んでしまった。
国分へのインタビュー記事のインパクトが巨大だっただけに、次のレポートがショボかったら、所詮国分頼みというレッテルを貼られてしまうだろう。
まぁ、実際その通りなのだが、易々と受け入れるのもムカつく。
それに、ここで俺様が世間を唸らせる記事を書き上げれば、それこそ一流ジャーナリストへの道が開けるはずだ。
だから、あれこれネタを列挙して、使えそうなものから書き始めてはみたものの、それはこれまでにも散々やってきた作業だ。
俺様だけの力では世界には響かず、だからこそ国分を題材としたのだ。
つまり、改めて国分の存在の大きさを思い知らされただけだった。
そんな時に、降って湧いたように国分の炎上騒ぎが起こったのだから、これを利用しない手は無いと考えてしまうのは仕方のないことだと思う。
ましてや俺様は、世界で唯一国分を利用できるポジションにいる。
世界中の人間がアポを取ろうと必死のようだが、国分はネットは眺めても発信していない。
メールアドレスは、俺様にさえ教えようとしないほどだ。
だから、この炎上騒動も俺様が書くために起こったに違いないと思った。
だが、いざレポートにしようと思い、インタビューの内容を決めるために事件のあらましを調べていくうちに、ふっと気付いてしまった。
自分がやろうとしていることは、国分の治療を餌にした詐欺グループと大差無いのでは……と。
国分健人という人間は、基本的に腹立たしい奴だ。
多額の金も、Sランク冒険者という地位も、でかい屋敷も、可愛い嫁も、俺では逆立ちしても手に入りそうもないものを当り前のように手にしている。
しかも、俺様に対する扱いがすこぶる悪い。
俺様は、国分の眷属のオモチャじゃねぇ、オモチャじゃねぇんだぞ。
まぁ、独占インタビューでは稼がせてもらったし、これまでにも色々助けてもらっているのも確かではあるが、俺様はオモチャじゃねぇ。
ただし、国分健人という人間が、極めつけのお人好しで善人なのも知っている。
もし、俺が国分と同じ力を手にしていたら、たぶんリーゼンブルグは滅ぼしただろう。
ラストックにいた騎士は皆殺しにしていただろうし、カミラは俺様が最初に手籠めにした後で、クラスメイト達に輪姦させていただろう。
その結果として、リーゼンブルグは何とかという貴族によって乗っ取られた後、他国の属国になっていただろう。
クラスメイト達を助けていたかも怪しいところだ。
少なくとも、ヴォルザードで騒ぎを起こした鷹山を助けなんかしないから、身分証を剥奪されて追放されて野垂れ死にしていたはずだ。
国分のように全属性を手に入れられなかった可能性が高いし、そうなればクラスメイト達は日本に帰れていないだろう。
何だかんだといっても、国分という人間があの力を手にしたから、これまでも上手くいってたと思うし、地球も滅亡せずに済んだのだろう。
だから、国分がこんな下らない詐欺行為に加担するなんて、絶対にあり得ないし、この件についてインタビューをしたところで、知らないの一言しか戻って来ないのは明白だ。
マスコミ各社からも、国分へインタビューをしてくれという依頼が来たが、全て断った。
その中には、あのA新聞社まで依頼のメールを送ってきたのには呆れた。
A社は俺が撮影した動画を勝手に編集して公開しただけでなく、数々のパワハラ発言があったと暴露してやったから、世間から猛バッシングを受けた。
あの時は、社内調査を行って厳正なる対処を行う……なんて言っておきながら、その後は梨の礫だ。
処分どころか調査が行われたのかも疑わしい。
まぁ俺様にとっては、マスコミなんてそんなもの、大人の事情ってのはそんなものだと体験し、勉強する機会になったのも確かだ。
A社には、依頼を受けるか検討する前に、処分はどうなったのかと返信したのだが、現在調査中で……なんてふざけた返事が来たからキッパリと断ってやった。
まぁ、他のマスコミからの依頼も全部断ってやったけどな。
俺様が目指すのは、世界から注目される硬派なジャーナリストであり、ゴシップネタに飛び付くような低俗な連中とは違うのだよ。
実際、国分の独占インタビューを無料サイトに投稿したことで、一部の人間からは高く評価されているようだ。
俺様のことを『在野のジャーナリスト』なんて呼ぶ輩もいる。
そもそも、ジャーナリストたるもの権力や世間のしがらみには囚われず、野に在って世の中の不正を暴き、不当に扱われる者達に手を差し伸べる存在であるべきなのだ。
今は、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスコミに頼らなければ発信できなかった昔とは違う。
つぶやき、写真、動画、イラスト、文章などで自分を表現し、発表できる時代に生きているのだから、マスコミに縛られる必要など無いのだ。
俺様は、俺様が報じるべきと感じたものだけを書き、世の中に問う。
つまり、この炎上騒動は俺様の書くべきもの、関わるべきものではない。
国分には、手紙で炎上騒動を知らせてやった。
手紙を使ったのは、眷属どもにオモチャにされるのが嫌だったからで、国分に感謝されるのが照れ臭いからじゃないからな。
そもそも、国分の野郎は、もっと俺様を崇め奉るべきなのだ。
俺様のレンタサイクル事業が軌道に乗るように、もっともっと尽力すべきだろうし、もっとネタを提供しやがれ……てか、して下さい。
広告収入は予想外の高額になりそうだが、まだ金額も確定していないし実感が無い。
それに、出来れば定期的に、継続的に、定額的に振り込んでもらいたい。
まぁ、いずれは俺様の才覚で、今回の金額を上回る収入を得るのは間違いないだろう。
国分に知らせた後、俺様は独自で情報収集を行うと共に、炎上騒動の火消しを試みてみた。
近頃、芸能人の自殺に端を発し、ネット上での誹謗中傷に対して法的措置がとられるケースが増えている。
国分に対する目に余る誹謗中傷は、当然同様な法的措置がとられるべきだ。
そのためには、いくつかの手順を踏んでいく必要がある。
ざっくりと言うと、誹謗中傷があったという事実を証明する証拠の確保。
書き込みの行われたサイトに対してIPアドレスの開示請求。
プロバイダーに対して発信者の情報開示請求。
そして、刑事、民事での告訴となる。
個人で行うのには限界があるし、国分がこの件で訴訟まで起こすとは思えないが、このまま放置するのも気分が悪い。
国分について、ロクに知りもしない有象無象に非難する資格などありはしない。
国分を罵って良いのは、眷属たちにオモチャにされるという実被害を被っている俺様だけだ。
なので、国分本人が動いたらどうなるのか匂わせてやることにした。
クラスメイト達が、国分に対する擁護のコメントをアップし始めたのを確認して、人海戦術を試してみる。
基本的に、ネット上に誹謗中傷を書き込んでいる連中は、いまだにネットは匿名で意見を言える場所だと勘違いしている連中だ。
自分が特定され、訴えられるのだと理解させてやれば、大半は姿を消すはずだ。
そこで、帰還したクラスメイト達に声を掛けて、開示請求の根拠となるスクリーンショットの収集を提案した。
別に、実際に収集を行わなくても構わない。
収集を行います、収集に協力しますと宣言して回るだけで良いのだ。
そして、誹謗中傷を行っている本人に、スクリーンショットを保存したと通告するだけで良い。
クラスメイト達が行動を開始すると、面白いように国分に対する誹謗中傷は減っていった。
発言を削除せず放置するならば、法的措置の対象となると伝えれば、殆どの者は発言を削除した。
中には逆切れして、更に悪辣な罵詈雑言を書き込む輩もいたが、そうした発言は全てスクリーンショットにして残しておいた。
実際、内容は酷いものだし、訴訟にすれば勝つのは間違いないだろう。
もし国分が担当弁護士を探しています……なんて言おうものなら、物凄い数の応募があるだろうな。
ただし、国分に対しての根深い批判も残っている。
あれだけの規格外の治癒魔術を使えれば、自分も……と考えるのは当然だ。
ましてや、治療法の無い難病や余命宣告を受けた人であれば猶更だが、国分が手を貸し始めたら、それこそキリが無くなる。
国分が治療を始めたところで、順番待ちの間に亡くなる人は必ず出てくるし、治療を行う人の選別、優先順位など決められるはずがない。
それに、国分が治療を行えば、それこそ奇跡のような成果が現れるのだから、聖人、現人神、教祖といった存在として祀り上げようとする輩が現れるだろう。
絶対に、ろくでもない事態になるのは間違いない。
もう稼ぐ必要も無いんだから日本や地球には関わらず、ヴォルザードで大人しくしとけ。
いや、家でジッとしているのも不健康だから、俺様が自転車を貸してやろう。
健康のために、ヴォルザードの街をサイクリングして回るのだ。
そして、自転車を普及させろぉぉぉぉぉ!
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