第643話 いわれなき炎上
「ご主人様、ヤギから手紙」
「へ? 手紙?」
カミラの輿入れに関する打ち合わせが終わり、リーゼンブルグからの先遣隊がヴォルザードを発った翌日、チルトが手紙を持って現れました。
ヤギから手紙と聞くと、黒ヤギさんからなのか、白ヤギさんからなのか……なんて思ってしまいますが、見覚えのある八木の筆跡でした。
また面倒な話なのかと思いきや、封筒に何やら書かれています。
「ん? つべこべ言わずに中身を確認しろ?」
どうやら、眷属のみんなに大人気の八木は、門番を務めていたカーメに手紙を手渡して帰っていったようです。
なんだよ、みんなと遊んでいけばよかったのに。
どうせ金銭的援助の要求だろうと思いつつも、封筒の中身を確認すると警告でした。
「SNS上で炎上? 僕が? なんでさ?」
炎上するも何も、僕は情報収集するための匿名アカウントは作っているものの、写真も文章も投稿していません。
八木と違ってマスコミにも顔出ししていないし、炎上する理由が思いつきません。
首を捻りつつ八木の手紙を読み進めてみると、どこの誰とも知らない人間が、僕の名前を騙って詐欺行為を働いているようです。
「マルト、タブレット取って」
「わふぅ、はい、ご主人様」
「ありがとう」
タブレットを使ってネットに接続して、SNSなどを覗いてみると、確かに僕の名前が槍玉に上げられています。
既にニュースサイトやまとめサイトにも掲載されていて、かなりの誹謗中傷が書き込まれていました。
どうやら、難病や治療の難しいガンに罹っている人や家族の所へ、僕の友人を名乗る人物から接触が行われて、魔法による治療の可能性があると話を持ち掛けられるようです。
僕の治癒魔法については、日本への帰還作業の最中に足を切断してしまったクラスメイトを治療したり、フィギュアスケートの福沢茜選手への治療した件で知られてしまいました。
完全に切断した足が、見ているうちに繋がって、リハビリすらせずに歩けるようになる。
膝の靭帯を断裂した選手が、何事もなかったように競技に復帰する。
魔法による治療だから実現出来たことで、現代医学では不可能な事例です。
不治の病と戦っている人から見れば、僕の治癒魔法は希望の光に見えるのでしょう。
魔法による治療については以前にも、心臓病の子供に治療を行わなかったと炎上したことがありましたが、今回はお金まで絡んでいるので更に非難の度合いが高いように感じます。
『多額のお金を振り込んだのに、全く治療してもらえなかった』
『治療が出来なかったら、全額返金するという約束なのに、お金が戻ってこない』
『国分健人に金も渡して依頼を受けてもらったと言われた』
などなど、僕の全く知らないところで魔法による治療の斡旋が行われ、お金が騙し取られていたようです。
被害者の方々が、多額のお金を振り込んでしまった理由は、魔法によって現代医学でも治療困難な病気も治せるという言葉のようです。
実際、悪性腫瘍については、たぶん治療可能だと思いますが、特定の難病に関しては治療が出来るとは限りません。
たとえ、その場では回復しても再発しないとも限りませんし、医療に関する知識が乏しい僕が日本で治療を行うには数々の問題があります。
詐欺行為を働いた奴らは、病気で苦しむ人の気持ちに付け込み、巧妙に金を引き出したようです。
先日のISS乗組員の輸送などの報酬として二百四十億円が支払われた件を引き合いに出し、はした金では治療を受けてもらえないと言われるそうです。
そして、依頼が殺到しているので、グズグズしていると治療の日にちが何年も先になるから急いで手付金を入金してほしいなどと畳み込まれるようです。
入金を渋る相手には、治療が行われない、もしくは間に合わなかった場合には全額返金となるので心配は要らないと説得するそうです。
そして、いざ入金すると、現在何十人待ちだ……急いでもらえるように交渉している……キャンセルが出れば早まる可能性がある……などと治療までの時間を引き延ばすようです。
更には、追加のお金を振りこんでもらえば順番を前に送るとか……僕が追加の金を要求しているとか言って、更にお金を騙し取っていたらしいです。
この件に関して、僕のところに全く問い合わせなどが来ていないのは、未だに日本政府から小惑星の軌道変更の報酬について、何の連絡も無いからでしょう。
連絡すれば報酬について突っ込まれるから連絡して来ないのでしょう。
梶川さんの胃に穴が空いていないか心配になりますね。
この詐欺の件については、すでにテレビなどのマスコミが取り上げ始めているようですが、僕に接触する方法が無くて憶測情報ばかりのようです。
「この調子だと、八木のところにも取材の申し込みとか来てそうだけどね」
僕への取材を申し込んで来ないし、この件については関わるつもりは無いのでしょうか。
まぁ、僕がそんな詐欺行為に関わる必要が無いことは、八木も良く分かっているでしょうし、やっていない事を証明するのは無理な話ですからね。
八木が取材に来たところで、僕は知らない、関わっていないと答えるしかありません。
というか二百四十億円も手つかずの状態なのに、この上お金を稼ぐ必要なんて全く感じてません。
結局のところ、特殊詐欺のグループが、新しい手口として僕を利用しただけなのでしょう。
まったく悪知恵が働くというか、その才能を真っ当な事に使えばいいのにと思わずにはいられません。
『ケント様の名前を騙って悪事を働くなど、言語道断ですぞ!』
『見つけ出して血祭りに上げてやりましょう』
『処すべし……』
ラインハルト達もメチャクチャ怒っていますが、肝心の犯人を特定する方法がありません。
こっちの世界で起こっている事案ならば、眷属のみんなに協力してもらえば殆どの事案は解決できます。
ぶっちゃけ、一つの国を相手に喧嘩することだって可能ですが、日本でのインターネットや携帯電話を利用した詐欺では追跡の手段がありません。
それとも、新たにIT対策専門の眷属を増やしましょうかね。
『放っておいてもよろしいのですか、ケント様』
「うん、残念ながら追跡する術が無いから、日本の警察に任せるよ」
『しかし、このままではケント様の名誉に傷が付いてしまいます』
「と言われてもなぁ……」
近頃は、SNS上の誹謗中傷についても開示請求などが行われて、賠償を命じる判決が次々に出ていますが、正直面倒くさい。
マスコミとかが事実に反する報道を繰り返すようならば、法的措置も考えなきゃいけないけど、弁護士とかの知り合いもいませんからね。
それに、この件で日本政府に借りを作るなんて、絶対にしたくありません。
ということで、放置して様子を見ると決めたのですが、事態は意外な方向へと動き始めました。
最初に動き出したのは、日本に帰還したクラスメイト達で、僕を非難する書き込みに対してSNS上で反論を展開しました。
『国分は、自分達が日本に戻れるように無償で努力を続けてくれた』
『日本で詐欺なんか働かなくても、国分は異世界で楽に暮らしていける』
『国分が関係していると言うなら、証拠を出してみせろ』
『そもそも、クラスメイトの俺達だって連絡する方法が無いんだぞ』
『あいつは可愛い嫁とイチャイチャするのが忙しくて、詐欺なんかする暇は無い……爆発しろ』
『俺達の委員長を独り占めとか……爆発しろ』
『詐欺なんかする暇があるなら、俺のレンタサイクル事業に協力しろ』
一部、それは応援になってないだろうとか、誰が書き込んだのか分かるものもありましたが、殆どが僕を支援してくれています。
そして、久々にあの人も表だって発信を始めました。
異世界召喚から日本への帰還までを綴った自伝を売りに売りまくり、その後フェードアウトしていた木沢さんが僕に対する擁護コメントを発信しました。
ていうか、僕は何も悪い事していないのに、擁護っていうのも変な話だよね。
木沢さんは、正当な手段で莫大なお金を稼いだ人間は、不当な手段で小銭を稼ごうなんて思わないといった内容の書き込みを行いました。
その通りなんでしょうけど、金持ちだって悪事を働くとか、自分が儲けた嫌味かとか、一部の人間から反感を買っていました。
てか、これも、どこぞのジャーナリスト希望者が扇動してんじゃないの?
普段から世話になってるんだから、少しは火消しに協力しろよな。
クラスメイト達の活動はSNSなどへの書き込みに留まらず、誹謗中傷コメントは人海戦術でスクリーンショットを収集すると宣言して実行し始めました。
一人でネット上に溢れる書き込みを収集するのは困難ですが、十倍、百倍の人間が収集するなら話は別です。
クラスメイト達が一人、また一人、コメント収集ボランティア宣言を始めると、あからさまな誹謗中傷のコメントは目に見えて減り始めました。
なんとなく言論統制っぽい感じもしなくはないけれど、悪意に満ちたコメントが減るのは有難いことです。
こうした現象を見て、過去に誹謗中傷を受けた芸能人や著名人がコメントして、また賛否両論の意見が交わされ始めましたが、おかげで僕への攻撃は更に減った感じがします。
ただし、僕の名前を騙って詐欺行為を働いた連中は、まだ逮捕されていないようです。
おかげで、某公共放送で『国分、治療は全部詐欺!』なんて標語が流されて、医療従事者の国分さんから抗議されて取り消すなんて事態まで起こっています。
ホント、日本全国の国分さんが迷惑するので、さっさと捕まえてもらえませんかね。
結局、僕の名前を騙った詐欺行為による炎上騒ぎは、芸能人のスキャンダルや政治家の不祥事などの新しい話題に流されて、フェードアウトしていきました。
まぁ、日本人って飽きっぽいからねぇ……。
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