第642話 コーチ

※ 今回は近藤目線の話になります。


「水泳を教える手伝い?」

「そう、お願い!」


 オーランド商店の護衛の仕事を終えてシェアハウスに戻ると、同居人の相良から拝むようにして頼まれた。

 いつもなら飲みに行くか、娼館にしけこんでいるはずの新旧コンビも残っている。


 どうやら、新旧コンビと鷹山も手伝いを頼まれたらしい。


「ジョーが戻ってきたから、詳しい話をするわね。現在、守備隊の敷地にプールが設置されて、そこを一般開放するための準備を進めているの」


 相良の話によれば、プールリゾート施設を作り、水着を販売するのが当初の目的だったらしい。

 だが、安全に泳げる場所がないために、ヴォルザードには水泳の習慣がなく、プールの監視員を担当する守備隊員に水泳を教えているそうだが、それが思うように進んでいないらしい。


「何だよ、泳ぎを教えるって守備隊の野郎どもかよ……」

「ガチムチな連中の手を持ってバタ足させるとか、やりたくねぇぇぇ……」


 教える相手が守備隊員だと初めて聞かされたのか、新旧コンビは露骨に嫌な顔をしてみせた。


「でも、監視員が用意できなければ、一般公開はできないし、そうすると水着姿の女性と知り合う機会は来年までお預けになっちゃうけど……」

「やるぞ、達也!」

「おうよ、和樹。相良、成増の河童と呼ばれた俺様に任せろ!」

「頼んだわよ、二人とも」

「その代わり、相良の店で販売する水着は全てハイレグにしてくれ」

「俺はポロリしやすいチューブトップを希望するぞ」

「いやいや、達也、谷間を強調するホルターネックも捨てがたい」

「和樹、それを言うならTバックだろう」


 女性の胸の膨らみや、食い込み角度をジェスチャーしながら意見を戦わせる新旧コンビに、相良と本宮がドン引きしている。

 それにしても、今頃水泳を教えている段階で、監視員なんて務まるのだろうか。


 日中は暑くなってきているから、久々にプールに入れるのは楽しみだし、日当も出るようだから断る理由は無いが、計画が少々杜撰に感じる。

 そこを指摘すると相良はあっさりと認めた。


「うん、正直、結構ギリギリの状態で、とりあえず足が付く深さの二つ目のプールを準備してもらってる状態」

「つまり、最悪の場合は、泳げない人間でも助けに行ける深さってことか?」

「うん、街全体が泳げない状態だからね」

「てことは、俺達けっこう自由にプールを使えたりするのか?」

「それって、トレーニングに使うって意味?」

「そうそう、ランニングはしんどい時期になったからさ」

「それは大丈夫じゃないかな。むしろ、手本になるからドンドン泳いでくれって言われると思うよ」

「そうか、それは助かるな」

「でも、守備隊が協力しているなら、街ぐるみ、領地ぐるみの計画なのか?」

「そうなの、領主様にプレゼンに行ったんだからね」


 プールを個人で作るなんて、国分レベルじゃないと無理だから、ヴォルザード全体を巻き込んで計画を推進しようとプレゼンに行ったらしい。


「それで、クラウスさんのお墨付きをもらえたって訳か」

「うん、結構生々しい話もあって驚かされた」

「生々しい話?」

「男女の出会いの機会とか、出生率とか、子供の死亡率とかね」


 ヴォルザードには、日本のような高度な新生児医療技術は存在していない。

 そのため、無事に生まれる確率も、生まれてから無事に育つ確率も、日本に比べると遥かに低いそうだ。


 勿論、医療技術の進歩も目指しているらしいが、領地を発展させるためには人口の増加は不可欠であり、現状でそれを成し遂げるには出生率を上げるしかない。


「それで、男女の出会いの場としてプールを活用しようって考えてるのか?」

「うん、そうだよ」

「それは、確かに生々しいな」


 だが、俺の横で話に耳を傾けていた新旧コンビは、何度も大きく頷いていた。


「素晴らしい、実に素晴らしい計画だと思わないか、和樹」

「そうだな、達也。俺はクラウスのオッサンが、こんなに名君だとは思ってもいなかったぜ」

「お前ら、鷹山が靴屋を燃やした騒動で捕まった時に、城壁工事で散々世話になったのを忘れたのか?」

「あぁ、そんな事もあったな」

「腋毛の痛みってやつだな……」

「はぁ……新田、それを言うなら若気の至りな」


 だが、領主の後ろ盾があるならば、簡単に計画は破綻しないと思うのだが、相良の顔には焦りが見える。


「まだ、何か問題があるのか?」

「ちょっとね……女性の露出に対する耐性が低いのが問題なんだ」


 ヴォルザードでは、水泳の習慣が無いので、水着を目にする機会も無い。

 それに、日本のようにテレビや雑誌、インターネットも普及していないから、水着姿のように肌を露出させた女性を見る機会が無いらしい。


 そうした姿が見れるのは、恋人以上の関係になったときか、娼館のような場所に行くしかないらしい。


「つまり、見る方も、見せる方も、経験が無いってことか」

「そう、だから、どうなるか予想が出来ないんだよね」


 この感じでは、新旧コンビが望むような露出度の高い水着姿を目にするのは難しそうだ。

 そして、水泳の訓練が思うように進んでいないのも、この露出耐性にあるらしい。


「なんか、泳ぎの練習をしてる守備隊の人が、私や碧が近付くと動きが変になるの。それで、隊長さんに理由を聞いたら、その……ガードしてるらしいの」

「ガード? 何を?」

「その……股間を……って言わせないでよ」


 相良が赤面しているのを見て、ようやく事情が飲み込めた。

 つまり、コーチ役の相良や本宮の水着姿を見て、水泳の練習をしている守備隊員の体の一部が元気になってしまうらしい。


 そして、それを周囲に悟られないようにするために、特殊なサポーターが使用されているようだ。

 どんな構造なのか想像もしたくないが、周囲に悟られないという役割は果たしているものの、押さえ込まれたリビドーが守備隊員達の動きをぎこちなくさせているようだ。


「なるほどね、コーチ役が俺達ならば、そうした問題は起こらないってことか」

「せめて練習をする時ぐらいは、のびのびとやってもらわないと上達しないでしょ?」

「そりゃそうだ」


 というわけで、俺、鷹山、新旧コンビの四人は、守備隊に水泳のコーチをやりにいくこととなった。

 翌日は快晴でプールに入るには良い天気だったが、ジャージ姿の相良と海パン姿の俺達を見た守備隊員達の表情は雨が降り出す直前のように曇っていた。


 露骨に舌打ちして、カルツ隊長に拳骨を食らっている奴までいた。

 このままだと訓練が上手く進まない気がする。


「あの、カルツ隊長、練習前に一言いいですか?」

「ん? 構わんぞ」


 カルツ隊長の許可を得て、整列している隊員の前に立った。

 全員、俺よりも背が高いし、体もゴツいので威圧感を感じる。


「練習の手伝いをします、タカコの友人のジョーです。始める前に、皆さんに言っておきたいことがあります。それは……健康的な女性の水着姿は最高です!」

「おぉぉぉぉ!」

「ただし! プールが開設できなければ、それを見ることは叶いません。そして! プールを開設するには監視員が絶対に必要です」


 でっかい餌を吊るしたので、隊員の興味を集めることに成功した。


「そして、監視員になれば、プールにいる女性を見放題です」

「おぉぉぉぉ!」

「ただーし! 泳げない奴は監視員には絶対になれない! 監視員になりたいかぁ!」

「おーっ!」

「だったら、貴様らがやる事は一つだ、泳げるようになりたいかぁ!」

「おーっ!」

「だったら気合い入れろ! 目先の水着に気を取られるな! 苦しみの彼方にこそ、栄光の地は存在する! 始めるぞぉ!」

「おーっ!」


 プールサイドに立ち込めた暗雲は去り、暑苦しさが充満している。

 あとは、新旧コンビも鷹山も体育会系だからノリで何とかするだろう。


 自分で焚きつけておきながら何だが、ホント馬鹿ばっかりだな。

 守備隊員が練習を始めたところで、カルツ隊長が声を掛けてきた。


「すまないな、ジョー。うちの馬鹿どもが面倒かけて」

「いえ、俺の友達が絡んでる話なので、手伝うのは当然ですよ。日当も貰ってますし」

「そうか、ところで、ジョー……冒険者を辞めて守備隊に入る気はないか? 幹部候補として受け入れてもらえるように、総隊長に話をつけるぞ」

「いや、評価してもらえるのは有難いですが、もう暫くは冒険者を続けるつもりです」

「そうか……まぁ、その気になったらいつでも声を掛けてくれ」

「考えておきます」


 カルツ隊長も隊員の引き締めに苦労されているようだが、俺は俺で新旧コンビや親バカ鷹山の手綱を引っ張るのに四苦八苦している。

 仮に俺が冒険者を辞めたら、三人が路頭に迷いそうだ。


 まぁ、鷹山は家庭を持ったから堅実な仕事を選ぶだろうが、新旧コンビは怪しい商売を始めそうな気がして心配だ。

 俺自身、冒険者を辞めるつもりは無い。


 いつまで続けられるのか、自分もいつか家庭を持つのかとか、面倒な事はもう少し先送りにしておきたい。

 でないと、せっかく異世界に残った甲斐が無くなってしまう。


 明確な目標を与えた守備隊員達は、鷹山達によるノリだけの指導にも関わらず、午前の練習の終わりには全員が二十五メートル程度は泳げるようになった。

 昼食の後は、人命救助、心臓マッサージ、人工呼吸などの講習を行った後、再度泳ぎの練習を行った。


 プールの中を周回する形で、長い距離を泳ぐ練習を行ったのだが、ここで問題が発生した。

 水着姿になった相良がプールに入り、水深の浅い方に立つと、それを水中で目視した守備隊員達が、ゴボガボと泡を吐いて沈んだり、立ち上がってむせ返ったりし始めた。


 てか、どんだけ耐性低いんだよ。

 今時、純情中学生でもこんな反応しないぞ。


 そして、呼吸を整えた者は再度泳ぎ始めたのだが、動きが明らかにおかしい。

 水深が深い辺りで溺れられでもしたら、救助するのが大変なので、周回して泳ぐのは中止にした。


 これは練習も必要だが、耐性を付けるほうが先のような気がする。

 新旧コンビが隠し持っているエロ本のコレクションを提供すれば、少しは耐性も上がるんじゃないか。

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