第641話 領主親子

 リーゼンブルグの先遣隊とヴォルザードの領主クラウスさん、そして僕の会談は、我が家の食堂にて行いました。

 大きなテーブルの片側にクラウスさんと僕、向かい側に先遣隊の六人が座っています。


 クラウスさんは、いつもの冒険者スタイルよりも少しだけ堅めの服装で、僕もちょっと余所行きの服を着ています。

 先遣隊の六人は、遠征先で会談を行う時に使われる略服と呼ばれる騎士服姿です。


「俺がヴォルザードの領主クラウス・ヴォルザードだ。一応、公式の場ってことになっているが、ここはケントの屋敷だし、あまり固くならないでいいぞ」

「はっ、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。私は、この先遣隊の隊長を仰せつかったリントナー・ヒュフナーと申します。まずは、次期国王ディートヘルム・リーゼンブルグ殿下よりの親書をお受け取りいただきたい」


 こうした親書を受け取る場合、本来は守備隊の隊長が同席して受け取り、封を切って危険が無いのを確認してクラウスさんに手渡すという手順を踏みます。

 今日は守備隊の隊長は同席していないので、僕が代わりを務めました。


「どうぞ……」

「うむ……」


 クラウスさんは親書に目を通し終えると、広げたまま僕に手渡しました。


「良いんですか?」

「構わん、見られて困るような内容は書かれていないし、それに、お前の義弟になる者の考えは確認しておいた方が良いだろう?」

「分かりました」


 親書の内容は時候の挨拶に始まり、前国王による治世によってヴォルザードにも迷惑をかけたことを詫びていました。

 その次は、姉カミラによる召喚騒動に関する謝罪へと続き、今後の両国関係について綴られています。


 リーゼンブルグはバルシャニアとの長年に渡る敵対関係を改め、友好関係を目指して動き出しているので、ランズヘルトとも関係の改善を図りたいという意思表示がされていました。

 具体的には、明確に魔の森を国境線として定め、ヴォルザードと正式に不可侵条約を結びたいと書かれています。


 かつて、リーゼンブルグ王国とランズヘルト共和国は一つの国でしたが、木に擬態する魔物トレントの極大発生によって魔の森が形成され、なし崩し的に二つの国に分かれました。

 魔の森があるために、互いに侵略行為は行えなかったと同時に、正式な条約も結ばれて来なかったようです。


 ディートヘルムからの申し出は、そうした曖昧な関係に終止符を打って、新しい友好関係を築くための布石とも言えます。


「どうするんですか?」


 いきなり結論を出せるとは思いませんでしたが、それでも訊ねてみると、クラウスさんはニヤっといつもの人を食ったような笑みを浮かべました。


「決まってんだろう、若い者が新しい時代を切り開こうとしているのに、それを潰すような真似はできねぇよ。当然、正式な条約ともなれば内容を擦り合わせ、精査する必要はあるが、基本的には賛成だ」

「おぉぉ……」


 カミラの輿入れに関わる懸念を取り除くのが先遣隊の本来の役目なのでしょうが、今回の場合は、この不可侵条約に関する返答を得てくることも大きな役目なのでしょう。

 クラウスさんの賛同を得たことで、先遣隊の面々はホッと胸を撫で下ろしています。


「ただし! 賛同できるのは、あくまでもヴォルザードとリーゼンブルグの条約についてだけだ」


 少し語気を強めたクラウスさんの言葉に、先遣隊の面々は表情を引き締めました。


「知っての通り、ヴォルザードはランズヘルト共和国の一部でしかない。本来、こうした条約を結ぶならば、国と国、ランズヘルトとリーゼンブルグの間で取りまとめるべきだが、そいつは多分時間が掛かる」

「それは、条約に反対する領主様がいらっしゃるという事でしょうか?」

「いや、国として互いに認め合い、条約を締結することについてはどこの領主も賛同するだろうが、他人が主導するのが気に入らないとかいう根性の捻くれた奴がいるんだよ。そっちだって、カミラ姫の輿入れに賛同する奴ばかりじゃないんだろう?」

「は、はい、おっしゃる通りです……申し訳ございません、魔王様」


 リントナーは、クラウスさんに向かって答えた後、僕に向かって頭を下げてみせた。


「あぁ、気にしなくていいですよ。反対があるのは承知しています。というか、僕の故郷の日本でも、カミラの輿入れを受け入れられない人は一定数いると思いますしね」

「そうなのですか?」

「人口が一億二千万人もいる国ですから、全員に祝福してもらうなんて無理ですよ」

「一億……それほどの民衆を魔王様は束ねていらっしゃるのですか」

「いやいや、違いますから。僕が束ねているのは、僕の家族だけですよ」

「あっ……失礼しました」


 僕とリントナーの話が途切れたところで、再びクラウスさんが話を引き取った。


「ということで、恐らくヴォルザードとリーゼンブルグが条約を結べば反発する奴が現れると思うが、それを切り崩していくのは難しくない」

「どうするんですか?」

「簡単だ、反対する奴には甘い汁が吸えなくしてやればいい」

「それって、もしかして関税ですか?」

「おぅ、だいぶ賢くなったなケント、その通りだ。後で親書にして渡すが、俺はリーゼンブルグとヴォルザードの間の関税の撤廃を提案する。これまでよりも、もっと自由に往来して、もっと自由に商売が出来るようにする」


 クラウスさんの言葉を聞いて、先遣隊の背筋が伸びたように見えました。

 相手からの提案に、更に上を行く提案を提示してみせる……クラウスさんの真骨頂という感じです。


「ヴォルザードとリーゼンブルグの間の関税が撤廃されれば、間違いなく隣のマールブルグは乗ってくる。マールブルグの領主、ノルベルトの爺ぃは基本的に腰が重たいが、機をみるには敏だ。同じく、ブライヒベルグのナシオスも乗って来るだろう。そうなれば、間に挟まれたバッケンハイムも追随するしかなくなる。後はなし崩し的に賛成することになるだろうが……」


 クラウスさんが、僕の方へとチラリと視線を向けてきました。


「もしかして、リーベンシュタインですか?」

「そうだ、アロイジアめ、近頃益々意固地になっているみたいだからな」


 リーベンシュタインは、ランズヘルトで唯一コボルトの連絡網を拒否したところです。

 周辺のブライヒベルグ、フェアリンゲン、エーデリッヒとの関係も冷え込んできているらしい。


「ランズヘルト共和国として条約を結ぶには、七つの領地全ての賛成を得る必要がある。そちらは時間が掛かると思うが、俺達は先に進む。そのつもりでいてくれ」

「かしこまりました。親書と共に、必ずやディートヘルム殿下にお伝えいたします」

「それに、俺らが動かなくても、好き勝手に街道の整備を進めちまう奴がいるからな」

「げっ……それは輿入れの行列が困らないようにですね……」

「まぁいい、ケントの目の黒いうちに、いがみ合ったりするよりも、平和に取引した方が良いんだと民衆に植え付けちまうのも一つの手だ。戦争なんざ、馬鹿のやることだ」


 条約の話が終わって、いよいよ次はカミラの輿入れの話なんですが、こちらも大筋は決まっているんですよね。

 例の小惑星の接近によって日程を変更してもらっただけで、内容はほぼ決まっていると思ったのですが、ここでリーゼンブルグ側から一つ提案がありました。


「カミラ様は、騎士の同行はラストックまでにしたらどうかとお考えのようです」

「それって、もしかしてランズヘルト共和国に対する示威行動を控えるって意味?」

「はい、おっしゃる通りです」

「いや、その必要は無い」


 提案は、クラウスさんが一蹴しました。


「示威行動をしたくないのであれば、友好の使者として騎士の姿を見せてくれ。戦う相手ではなく、共に手を取り合う相手なのだと」


 クラウスさんは、騎士の受け入れ体制についても心配ないと請け負ってくれました。

 それだけでなく、輿入れの行列がパレードをするコースまで設定してくれるそうです。


 自分の結婚式なのに、おんぶにだっこの形で少々情けないです。

 昼間はちょっとやり込めた気分でいましたが、まだまだ懐の深さでは敵いません。


 全ての打合せが終わった後は、うちのお嫁さんも加えて夕食となりました。

 食材は、ヴォルザード近郊からだけではなく、ブライヒベルグやエーデリッヒ、バルシャニアからも取り寄せています。


 山海の珍味を集めた夕食に、先遣隊の六人は目を丸くしていました。

 会食が終わり、先遣隊の六人が宿舎に引き上げた後、クラウスさんに一杯付き合えと誘われたので、場所を家のリビングに移して酌み交わすことにしました。


「ケント、連中の様子を撮影しとけ」

「えぇぇ……先遣隊ですか?」

「他に誰がいるってんだ」

「でも、何も問題は……」

「いいから、やっておけ」

『ケント様、任せて……』


 僕が頼むよりも早く、フレッドが撮影を買って出てくれました。


「信用していないんですか?」

「いいや、奴らの話に嘘があるなんて思ってはいねぇ。思ってはいねぇが、裏側は気になる」

「表では言わないこと……今のクラウスさんと僕みたいに?」

「そういう事だ。仲間うちだけになった時には本音が出る。お前はそれを握れる力があるんだ、活用しない手はないだろう」

「そう、ですね……」

「ただし、悟られるな。自分達が監視されていると思えば本音を漏らさなくなるからな」

「あちゃぁ……」

「どうした?」


 何か要望があれば、その場で口にしてくれればコボルト隊が対応すると伝えたことを話すと、クラウスさんに呆れられました。


「アホか……自分で自分の利を捨ててどうすんだ。お前もまだまだだな」

「すみません……」

「まぁいい、どんなに凄い奴だって失敗しない奴はいない、ただし、その失敗を教訓にして同じ失敗は繰り返すなよ」

「はい、分かりました」


 実の父親からは、勉強してるかと聞かれた覚えしかないけれど、クラウスさんからは悪い事も含めて教わってばかりです。

 まぁ、面と向かって感謝するのは、ちょっと照れ臭いんですけどね。


「しっかし、リーゼンブルグから条約を結びたいと言ってくるようになるとはな……そんな時代が来るとは思ってもみなかったぜ」

「そうなんですか?」

「まったく自覚が無いってのは恐ろしいもんだな。ケントがこっちの世界に来なければ、魔の森は今でも危険な存在で、命懸けで横断する場所だったんだぞ」

「そう言われれば、そうですね」

「リーゼンブルグだって、下手すりゃバルシャニアの属国になり、俺はそいつらの侵略に怯えて震えながら暮らしてただろうぜ」

「いやいや、それはない……ですよね?」

「冗談じゃないぞ。バルシャニアの軍事力を以ってすれば、魔の森を横断する広い道を切り開き、攻め込んで来ることも可能だっただろう。それがどうだ、バルシャニアの皇女が輿入れしてきて、今度はリーゼンブルグの王女が輿入れしてくるんだぞ。そんな未来を誰が予想できるよ」

「そうかもしれませんね」


 クラウスさんは、小振りのグラスに注いだ年代物のリーブル酒をぐっと一息に煽りました。

 うん、ちょっと飲みすぎじゃないかなぁ……それ、結構いい値段するんですけど。


「ケント!」

「ひゃい!」

「お前の好きなようにやってみろ。横道に逸れそうになったら、俺がぶっ叩いてでも止めてやる。その代わり、俺の想像も出来ない未来を見せてみろ」

「はい、お義父さん」

「けっ、酒がねぇぞ、さっさと注げ」

「はいはい、分かりましたよ、お義父さん」

「この野郎め……」


 クラウスさんに、頭を手荒くグシャグシャにされました。

 この後、二人で酔い潰れるまで飲んで、翌朝、二人でベアトリーチェと唯香からお説教されましたとさ。

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