第635話 ジャーナリズムの本質

「わふぅ、ご主人様、見て、見て」

「わふっ、うちらが出てるの」


 かつて無いほど八木がブチ切れた日の晩、タブレットを持ってマルト達がひょっこり現れました。


「えっ、何これ……はぁ、八木めぇ」

「ヤギ、めぇ~」

「ヤギ、めぇ~めぇ~」


 昼間、レポートの掲載がポシャった後、フリーズから復帰した八木は、よっぽど頭にきたのか、意味不明なことを喚き散らしながら帰っていきました。

 中には僕や眷属に対する罵詈雑言も含まれていたけど、それだけ必死になっていたってことだろうから、仕方がないかと聞かなかったことにするつもりでした。


 ですが、僕らに無断で映像を投稿するというのは、ちょっとばっかり違うんじゃないですかね。

 僕とすれば、インタビューを受けるならば相手の身元は確認したいし、八木のレポートをあんな扱いする人間と笑って話をするつもりはありません。


 それに、あのままインタビューを受けていても、その映像を利用されていたと思うし、八木のレポートも本当に掲載されていたのか疑わしいところです。

 マルトたちははしゃいでいるけれど、八木への今後の対応は考えないといけないでしょう。


 まぁ、レポートの公開を差し止めるまではするつもりは無いですが、更なる取材は当面差し止めでしょうね。


「はぁ、どうしたもんかねぇ……」

「ユースケさんの件ですか」


 マルト達をモフりながら溜息をついていると、セラフィマがアイスティーを持ってきてくれました。

 バルシャニア風のミルクティーをアイス仕立てにアレンジしたものです。


「随分と荒れていらしたそうですね」

「まぁね、それだけ本気だったんだと思うよ」

「手を貸して差し上げれば良かったのではありませんか?」

「うーん……八木の向こうにいる人物が信用できなかったからなぁ……」

「そうなのですか?」

「うん、八木に対する評価が不当だと思ったんだけど、本人は結構追い詰められていて……というか、自分で自分を追い詰めちゃって、勝手に余裕が無くなっていた感じなんだよね」

「ケント様は、そのレポートをお読みになったんですよね?」

「うん、結構良い出来だと思うよ。僕らの同年代ならば、間違いなくトップクラスだと思う……あぁ、これは本人には内緒ね。八木はすぐ調子に乗るから」

「ふふっ、仲がよろしいんですね」

「どうだろうね、向こうは、もうそんなことは思ってないかも」

「そんなことありませんよ。ケント様の優しさはきっと届いているはずです」

「そうかな」

「そうです」

「そうかなぁ……」

「そうなんです」


 セラフィマが腕を絡めてきて、ささやかな膨らみがフニっと感じられ……あぁ、八木のこととかどうでも良くなっちゃいました。

 なので、話題をプールに切り変えて、その晩はもう八木の話にはノータッチにしました。


 一夜が明けると、テレビA及び、A新聞社のSNSアカウントが炎上していました。

 どうやら、あのマルト達の映像は八木に無断で投稿されたようです。


 つまりは、あのバーコード親父が勝手に系列テレビ会社に流したのでしょう。

 僕はリモート会議のアプリについては詳しくないのですが、どうやら八木は会話の内容を録画しておいたようです。


 八木はSNSの実名アカウントに、事の経緯を説明する抗議文と共に映像をアップしていました。

 映像はマルト達の映像の部分から、バーコードが脅しととれるセリフを吐いたところまで、相手の顔にはモザイク処理を掛けた状態で、謝罪がなされないならばモザイクを取った画像を流すつもりのようです。


 パワハラに対して批判的な意見が集まる時代に、必死に頑張った中学生相手に大人げない態度をとれば炎上するのは必然でしょう。


「なるほど……八木じゃなかったのか」

「ヤギじゃなかった」

「ヤギじゃなくヤギだ、めぇ~」

「ヤギだ、めぇ~めぇ~」


 映像の無断使用に対して抗議するのは八木らしい行動ですが、もう一つの行動は八木らしからぬものでした。

 驚いたことに、八木は書き上げたレポートを無料の小説投稿サイトで公開していました。


 大手新聞社とか、有名出版社とかに拘っていたはずなのに、まさかタダで読めちゃうサイトに掲載するとは……。

 本当に、八木じゃなくてヤギになっちゃったんでしょうかね。


 昼過ぎ、八木が訪ねてきました。

 応接室に待たせておいて、その間の様子を覗き見しようかとも考えましたが、ちょっと趣味が悪いので止めておきました。


 一階の応接室のドアを開けると、それはそれは見事な土下座を決めている八木の姿がありました。

 しかも、八木はグリグリ坊主頭です。


「国分さん、すいませんでした!」

「ヤギだね」

「ボーズだね」

「ヤギボーズだね」

「人を葱坊主みたいに言うんじゃねぇ……」


 土下座したままツッコミを入れる八木に、マルトたちはワフワフと楽しそうに笑っています。


「八木、それは何の謝罪なの?」

「一つ目は昨日の暴言、二つ目は映像を勝手に使用されたこと、三つ目は俺のレポートを評価して守ろうとしてくれたことに気付かなかったこと、これにこれまで世話になってきたことへの感謝だ……です」

「うん、国分健人は八木祐介の謝罪を受け入れるよ」

「ありがとうございます」


 まぁ、どこまで本気だか分からないし、いつまで続くか分からないけど、これだけの姿勢を見せているんだから和解に応じない訳にはいかないよね。


「起きて座りな……ぶふっ! くっくっくっ……ごめん笑う気はなかったんだけど……」

「分かってる、似合わないのは自覚してる」

「でも、八木は坊主頭の方が賢そうに見えるね」

「うるせぇ、賢そうじゃなくて……いや、賢かったら、あんなオッサンに利用されたりしねぇよな」


 八木は自嘲気味に話していますが、坊主頭が妙に似合っていなくて笑いを堪えるのが大変です。


「それで、謝罪はあったの?」

「無いな。謝罪は無いが抗議はあったぞ、勝手に映像を公開しやがって……てな」

「へぇ……懲りてないんだ」

「まぁ、テレビAもA新聞も社内調査を行って厳正なる処分を下す所存です……でも処分するとは言ってない……みたいな感じだな」

「なるほど……誰を敵に回しているのか分かっていないみたいだねぇ……」

「おいおい、国分。破壊工作なんてやるなよ。絶対にやるなよ」

「そんなこと、僕がやるはずないだろう。サーバールームでレビンとトレノを遊ばせるぐらいのもんだよ」

「お前、鬼だな、鬼畜だな!」

「いや、それほどでも……」

「褒めてねぇよ」


 ここで、タイミングを見計らっていたマルツェラがお茶を淹れてくれました。


「でもさ、無料で公開しちゃって良かったの?」

「ん? あぁ、広く、あまねく、世間に知らしめることこそがジャーナリズムの本質だからな」

「読んでもらえてるの?」

「炎上騒ぎに便乗する形だから、レポート自体の出来とは懸け離れた数字なんだろうけど、びっくりするほどのアクセスがあるぞ」


 八木曰く、既に今日だけで10万を超えるアクセスがあるようです。


「へぇ、そんなにアクセスあるんだ。良かったじゃん」

「うーん……読んでもらえるのも良し悪しだな」

「えっ、なんで?」

「応援のコメントとかも一杯来るんだけど、中にはボロクソに貶してる奴もあって、正直けっこう凹むぞ」

「でも、そういう感想が来るってことは、興味の無い人にも読まれているって証拠じゃないの?」

「そうだけどよぉ……悪意ドカ盛りの感想とか分かっていても腹立つもんだぞ」


 悪質なコメントを思いだしているのか、八木はお茶を飲みながら顔をしかめてみせた。


「まぁ、国分健人の単独インタビューに成功したのは八木だけだし、妬みもあるんじゃない?」

「それって、暗に凄いのは俺だって自慢してんのか?」

「えー……だって、国分健人の単独インタ……」

「はいはい、分かりましたよ。てか、無料で公開しちまったから、国分にギャラは払えないからな」

「えっ、僕にギャラを払うつもりだったの? 僕は、そんなホームレスをカツアゲするような真似はしないよ」

「おいっ! 俺にはちゃんと家もあるし嫁もいる」

「もうすぐパパだしね」

「パパって……いや、もうこのネタはいいや。どう足掻いても俺の子供だからな」

「ほうほう、とうとう認めたか」

「てか、国分の方がヤバいだろ? 生まれるのは次から次じゃねぇの?」

「うっ……だよねぇ。でも大丈夫、コボルト隊による万全の見守り体制を敷くから」

「こいつ……ホントにチートだな」

「いや、それほどでもぉ……」

「褒めてねぇからな」


 昨日あんだけ衝突したから、実はちょっと八木に会うのは気まずかったんだけど、話してみればいつも通りです。


「それで、八木はジャーナリストへの道は諦めるの?」

「んな訳ねぇだろう。今回の件は良い教訓になったし、誰かに伝えるのは別にマスコミに頼らなくても良いって分かったしな。俺は、金とか名誉とかに拘ると目が曇るから、暫くの間は今回と同様に無料のサイトでレポートを発表してみるつもりだ」

「おぉ、八木がまともな事を言ってるよ。もしかして、八木の煩悩は髪の毛に詰まってたんじゃないの?」

「んな訳あるか! でも、頭丸めて少し考えが変わったかもな」

「そんじゃあ、今度から八木は何かやらかす度に坊主だね」

「やらかさないと髪を切れなくなったら、ロングヘアーになって大変だぜ」

「坊主の時にやらかしたら、頭皮を剥いでやろうか」

「やめろ! お前は『皮剥いだって治癒魔術かければ大丈夫だよ、うひゃひゃひゃ……』とか言い出しかねないからな」

「そんな事はないよ。皮剥いじゃったら治癒魔術かけても毛根が蘇らなかったよ、うひゃひゃひゃ……って言うぐらいだよ」

「もっと悪いだろうが! 貴様は鬼か!」

「うひゃひゃひゃ……」


 八木は大きな溜息をつくと、カップに残っていたお茶を飲み干して席を立ちました。


「帰る。なんか、あちこちからインタビューの依頼が来てるからな」

「それって八木に?」

「あぁ、もちろん国分にも来てるけど、どうせ受けないんだろ?」

「まぁね。あのレポートの範囲なら、八木が話しちゃって構わないけど、日本政府関係は憶測もやめておいてね」

「分かってる。ちゃんと社員証も見せてもらうから心配すんな」


 ニヤっと笑った八木は、いつもの八木だけど、何だか一皮むけたような気がします。

 八木を玄関まで送っていくと、マルトたち以外のコボルト隊が集まってきました。


「ヤギボーズだ」

「だから、人を葱坊主みたいに言うんじゃねぇ」

「じゃあ、ヤギボール?」

「俺は、ボールなんかじゃ……」


 ゼータ、エータ、シータが顔を出したところで、八木の顔から血の気が引いていきました。


「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ! 俺はボールじゃねぇぇぇぇ……ぐへぇぇぇ……」


 身体強化の詠唱をして、門を目指して猛ダッシュをかけた八木ですが、あえなくゼータに捕まって、コボルト達も加わって楽しく遊んでもらっていました。

 うん、ヤギボール大人気だな。

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