第634話 シェアハウスの姐御

※ 今回は綿貫さん目線の話です。


「殺す! 国分の野郎、いつか、ぜってー、ぶっ殺す!」


 アマンダさんの店で夕方の仕込みを終えてシェアハウスに戻ると、ぐでんぐでんに酔っぱらった八木がリビングで喚き散らしていた。


「ユースケ、そんなに飲んじゃ駄目だよ」

「うっせぇ! 黙ってろ! 飲まなきゃ、やってられっか!」


 それ以上飲むのを止めようとするマリーデを怒鳴りつけ、右手に持った酒瓶を離そうとしない。

 常々、マリーデとの関係を愚痴る八木だが、マリーデを怒鳴りつけることはないから、よほど腹が立っているのだろう。


 ハッキリとは分からないが、例のレポート絡みで国分と対立して話がポシャったといったところだろう。

 全く面倒だけど、放置すると余計に面倒なことになりそうだから、ちょっとお節介を焼こうかねぇ……。


「おーおー、ずいぶん荒れてんじゃん、何があったん?」

「何があったじゃねぇ! 国分の野郎のせいで、決まっていた掲載の話が駄目になったんだよ! あのクソ野郎、余計な事してんじゃねぇよ。殺してやる……」

「おーおー、物騒だね。で、なんでポシャったの?」

「国分の野郎が、A新聞のインタビューを断りやがったんだよ」

「そのインタビューは、元々国分は了承してたの?」

「俺様のレポートの内容が、本当に国分が言ったことだと確認するために必要だからって頭下げて頼んで、あいつも一度はオッケーしたの……名乗れとか……社員証を見せろとか難癖つけやがってよ……」

「あー……一旦オッケーしたのにインタビューを受けないのは良くないねぇ」

「だろう? そのせいで坂田さんの機嫌を損ねちまって……くそっ、思い出しただけで血管ぶち切れそうだ!」


 言葉を切った八木は、酒瓶から直接ラッパ飲みした。

 どの位の度数の酒か分からないけど、酒瓶の残りは三分の一ほどだから、そろそろ止めた方が良いだろう。


「でもさ、その国分のインタビューが掲載の条件だったの?」

「そうだよ、俺なんか何の実績も無いんだぜ、だから国分が内容に間違いが無いって証言しないと掲載なんか出来ないだろう」

「国分もそれは理解してたの?」

「そうだよ。それなのに、名乗れとか……社員証を見せろとか……下らねぇ」

「でも、インタビューするなら普通は名乗るもんじゃないの?」

「だから! A新聞の坂田だって名乗ってくれたよ。それなのに社員証を見せろとか言いやがるから、機嫌損ねて……生意気な口きいてるとレポート握りつぶすって言われたのに、あの野郎何て言ったと思う? ご自由に……ってぬかしやがったんだぞ! 俺がどんだけ苦労して書き上げたか全然分かってねぇんだよ、あの馬鹿は!」

「うーん……それで、その坂田って人は国分に社員証は見せたの?」

「そんな必要ねぇだろう。A新聞のリモート取材室に繋いでんだぞ、必要ねぇだろう!」

「でも、回線繋いだのは八木なんでしょ?」

「それがどうした、俺が騙してるとでも言いたいのかよ」

「違う違う、そうじゃない。国分は確認できてなかったんでしょ……って話よ」

「んじゃあ何か? 俺が信用できないってのか?」

「八木は信用しても、その坂田って人は信用して無かったんだろうね」

「なんでだよ! 俺が、ちゃんと、A新聞に繋いでるの、分る? あれは絶対に、A新聞のリモート室なの!」

「それでも、国分は確認しないと気が済まないんだよ」

「なんでだよ!」

「守らなきゃいけない人がいるからでしょ」

「えっ……守る?」


 想定外の言葉が出てきたのか、八木がキョトンとした顔をした。


「八木さぁ、なんで唯香の妹がヴォルザードにいるのか知ってるよね?」

「えっ……遊びに来てるんじゃねぇの?」

「なんだ、聞いてないんだ。本人がトラウマになってるかもしれないからペラペラ喋るんじゃないよ」

「お、おぅ……」

「美緒ちゃん、誘拐されたんだって」

「えっ、嘘っ、マジで?」

「どこかの国の組織に誘拐されて、船に乗せられて連れ去られそうになったのを国分が助け出したんだってさ」

「マジで?」

「マジだから、人に話すんじゃないわよ」

「お、おぅ……」


 八木が美緒ちゃんの誘拐について知らなかったのはラッキーだった、新しいネタを目の前に出されて、意識がそっちに向いている。


「国分が歪んでるって話は聞いたことある?」

「歪んでる?」

「家庭環境が結構複雑で、ネグレクトって言うの? 両親じゃなく、お婆ちゃんに育てられてたみたいで、家族への愛情に飢えてるっていうか、眷属との関係を見れば、ちょっと度を越えてるって思うでしょ」

「あぁ、そう言われてみると、過剰戦力つーか、数多すぎつーか……確かに」

「だからさ、自分の発言とかで唯香の家族とか、父親の家族とかに危害が及ぶのを恐れてるんじゃないの?」

「でもよぉ、俺がA新聞の……」

「それでも、確認しないと気が済まないのよ。というか、社員証ぐらい見せればいいじゃない。その程度でレポート握りつぶすとか、ふざけてない?」


 私はその場に居なかったから、どんな口調で言われたのか分からないけど、ガキだと思って舐めた口を利いてるなら相手にすべきじゃないと思う。


「いや、俺なんか何の実績も無いんだし……」

「国分は、八木が本気だって分かってるよ。一昨日、アマンダさんの店にお昼を食べに来て、出来上がった原稿を読んだ、今回は凄く頑張ってるし、良いところに掲載されるといいな……って、話してたんだよ。あっ……八木には内緒って言ってたけど、いいか……」

「だったら、なんで!」

「その坂田って人が、よっぽど信用出来なかったんだろうね」

「いやいや、れっきとしたA新聞社の人で、A新聞のサイト経由でコンタクトしたんだから間違い無いって」

「八木が頑張ったって分かってるから、八木のレポートがそんな扱いされるのが気に入らないんじゃないの?」

「いや、でもよ……」

「八木、あんたも国分からファミリーだと認定されてるんだよ」

「えっ……?」

「えっ……じゃないよ。これまで、どんだけ国分に世話になって来たのか思い出してみなよ。領主様に取り入って、新しい事業の認可を得るとか、同年代の子が出来ると思う? このシェアハウスを手に入れたのだって、国分のバックアップがあってこそでしょ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「そもそも、八木のレポートだって国分抜きでは成立しないじゃん」

「でも、書き上げたのは俺だし、どこに出すかは俺の自由だろ?」

「私はそうは思わない」

「なんでだよ」

「国分は八木だから書かせてくれたんじゃないの? 今まで、インタビューとか受けたこと無いでしょ」

「そう……かも……」


 八木は、これまでの国分絡みの報道を思い返しているみたいだけど、マスコミに直接姿を晒してのインタビューは勿論、写真無しのインタビューにも答えていないはずだ。


「八木だから協力はする、でも家族を守るための最低限のことは譲らない……っていうのが国分の姿勢じゃないの? 私は、国分が常識はずれな対応をしたとは思えないけど」

「そう……かも……」


 酒瓶から手を離し、八木はじっと考え込み始めた。

 いつの間にか台所まで行って来たマリーデが、八木に水の入ったグラスを差し出す。


 まったく、八木には勿体ない嫁だと思う。

 八木はグラスの水を半分ほど飲んでから、ポツリポツリと話し始めた。


「坂田さんに、国分とリモートで話が出来るようにセッティングしろって言われて……国分は応接室で対応するって言ったんだけど……もっと異世界だって分る場所にしろって言われて……三階のバルコニーに移動したんだけど、庭に眷属がいなくってさ……」

「そんで?」

「バルコニーにネロが寝てたから、これでどうですかって聞いたら……起こして、動かせとか言われて……」

「無茶振りじゃん」

「俺も無理だと思ったら、コボルトが三匹出て来て……八木がこんな所まで入り込んでるとか言って……あれって、気を使われたのか?」

「国分の眷属だよ」

「だよなぁ……国分が家の中とか見せたくないって言ったのも、家族を守るためか……」

「てか、その映像って大丈夫なの? 勝手に使われたりしてないよね?」

「えっ……?」


 八木は弾かれたようにスマホを取り出して操作すると、ビクっと動きを止めた。


「嘘だろう……」


 スマホの画面に国分の眷属のコボルトが映し出されている。


『ピー……だねぇ……』

『こんな所にまで入り込んでるよ』

『ピー……は一匹見つけると、ニ十匹はいるって言うから……』

『これは異世界に暮す国分健人さんが使役する魔物が言葉を話す様子を捉えた貴重な映像で……』


 八木が撮影を担当したという映像は、まんまとA新聞社系のテレビ局のニュースに使われていた。

 途中の音声は消され、コボルト達がワフワフと笑いながら影に潜ったところで映像は終わった。


「くっそぉ、人の名前を放送禁止用語みたいに扱いやがって……ふざけんな!」

「これでも、その坂田とかいうオッサンは信用できて、国分はぶっ殺す?」

「そんな訳ねぇ……てか、うがぁぁぁぁ……やべぇ、国分にも、眷属にも当たり散らしてきちまった」


 八木は天井を仰いで頭を掻きむしった。


「にししし……やっちまったねぇ、八木」

「やべぇ……頭に血が上ってたから何を言ったかも覚えてねぇけど、それこそ放送禁止用語を連発してた気がする」

「あーあ……国分にレポート公開NGって言われたら、どうする?」

「うっ……それは、土下座でも、土下寝でもして……」

「国分、凹んでるだろうなぁ……意外とメンタル弱いからさ……」

「やめろ、俺の方が凹む」

「いやいや、八木は凹んで当然でしょう。国分は、坂田ってオッサンに八木が利用されないようにしただけなのに……報われないよねぇ」

「謝った方がいいよな?」

「当然、八木は国分を利用させてもらってるんだから、もっと感謝すべきだよ」

「だよなぁ……分かってる、俺だって分かってるだけど……」

「国分が稼いでるのが妬ましい? 綺麗な嫁が四人もいるのが羨ましい? そんなことを考えてるうちは駄目ね。自分のためじゃなくって、誰かのために頑張れって前に言ったわよね」

「あぁ、そんな事言われたな」

「今回の事も、国分の功績を脚色無しで、多くの人に知って貰おうと思ったら、そんなオッサンとは組まなかったんじゃない?」

「そう……だな。いつの間にか、大手じゃないと駄目とか思ってた」

「じゃあ、明日の朝一で国分に謝りに行ってきなよ」

「うぇぇ、朝一って……」

「引き延ばすほどに謝りにくくなるだけだよ」

「確かに……はぁ、何で俺はこうなんだ……」

「それが嫌なら、自分で変わるしか無いわよ」

「だよなぁ……はぁ、寝る。明日のことは明日の自分に任せた」


 立ち上がった八木は、自棄酒が回ったらしく、マリーデに抱えられながら、二階の部屋に上がっていった。

 ふらふらだけど、それでも仲良ししちゃうのかな?


 しっかし世話が焼ける……あんまり国分に面倒掛けてるんじゃないよ。

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