第630話 冒険者の日常 後編
※ 今回も近藤目線の話です。
「達也、和樹、右側に盾だ!」
「あいよ!」
「任せろ!」
新旧コンビに指示を出したら、速攻で詠唱して魔術を発動する。
「風よ、舞い上がれ!」
急停止した馬車の右側、鬱蒼と木が生い茂る斜面との間に強力な上昇気流を作り出し、飛来した矢を吹き飛ばす。
その間に、新旧コンビが馬車の側面に取り付けておいた、縦2メートル、幅1メートルほどの板を下ろして馬の横へと走った。
板は一枚ではなく三枚を蝶番で止めたもので、広げて閂を掛けると大きな一枚の盾に変わる。
これで、移動の脚である馬を守るのだ。
「鷹山! 背の低い木がある辺りに抜け道がある。派手にやってくれ!」
「了解!」
ここ大曲は、以前は山賊の襲撃が横行していた場所で、当時山賊が使っていた道は守備隊によって潰されたはずだが、そこを切り開いた奴がいるらしい。
斜面の一部に、周囲の自然に生えた木々よりも、木が低かったり、隙間が空いている場所がある。
おそらく山賊共が切り開いた抜け道の辺りで、突然大きな火球が炸裂した。
まるで火炎びんと手榴弾を一緒に爆破させたような、鷹山の遠距離火属性魔術だ。
爆発と同時に悲鳴が上がり、火だるまになって斜面を転げ落ちる奴がいた。
二発、三発と場所をずらしながら爆発が続き、パニックに陥った山賊どもが、斜面を転げ落ちるように下ってくるのが見えた。
「降りて来るぞ! 鷹山、側面に威嚇! 俺と達也は前を叩く! 和樹は鷹山と後方を警戒!」
オーランド商店の馬車を目指して駆け下りてくる連中の前に、鷹山が攻撃魔術を撃ち込む。
「風よ、切り裂け!」
火だるまになりながらも駆け下ってくる奴に、風の刃を叩き付ける。
これも練習を重ねてきた、胸、腹、太腿辺りを狙う、上下三段の風の刃だ。
風の刃が山賊を捉えたら、目線を切って次の目標を探す。
腿に食らえば行動不能、腹や胸に食らえば内臓をぶちまけて即死するはずだ。
初めて山賊と戦った時には、相手を殺してしまうような攻撃は躊躇してしまったが、今はもう躊躇うことは無い。
俺と鷹山の魔術による攻撃の他にも、新旧コンビによる投擲攻撃が行われる。
達也が土属性の魔術で作った、土を軟式ボールの形にガチガチに固めた球を身体強化魔術を使って投げつけるのだ。
まともに食らえば、頭蓋骨なら陥没するし、腹なら内臓破裂、腕で庇えば骨が砕ける。
鷹山の派手な攻撃魔術に加えて、次々と仲間が戦闘不能に追い込まれるのを見て、オーランド商店の馬車を狙う者はいなくなった。
俺達に向けられていた敵意とか殺意のようなものが緩むのを感じるが、ここで油断する訳にはいかない。
「警戒を維持! 掃討するぞ! 風よ穿て!」
これも新たに習得した魔術で、風の針を雨のように降らせる範囲攻撃だ。
山賊が隠れ潜んでいそうな場所をねらって、茂みを貫くように撃ち込み、悲鳴を上げたり、動きがあった場所には新旧コンビが攻撃を投げ込む。
少しでも戦闘可能な奴を残しておけば、弓矢で狙い撃ちにされかねない。
俺達が派手に迎撃したことで、大曲の手前側は他の馬車も護衛の冒険者が山賊を押し返しているが、カーブの向こう側が見通せない。
こちら側の戦闘は、ほぼ終了している感じだが、カーブの先からは怒号や悲鳴が聞こえてくる。
「よしっ、やってみるか……風よ、切り裂け!」
抜け道が走っている高さを見極め、カーブの向こう側に続いている 位置をイメージして魔術を飛ばす。
ヒュってやって……ギュンと曲げて……ズバっだ。
着弾したと感じた直後に悲鳴が上がった。
そんな場所にいるのは山賊だけだろうから、三発、四発、五発と叩き込んでやった。
三発目ぐらいまでは悲鳴が上がっていたが、四発目、五発目は殆ど反応が無かった。
やがてカーブの先から聞こえていた物音が止み、斜面の茂みからも人の気配が消えた。
その後も警戒を緩めずにいると、前方からカラーン……カラーン……っと、戦闘終了を知らせるハンドベルの音が聞こえてきた。
「エウリコさん、前に出ますか?」
「いや、先の状況が分からないから待機だ」
「分かりました。警戒維持! 鷹山、後続に気を付けてくれ!」
「了解!」
警戒を続けながらも、和樹がカラーン……カラーン……とハンドベルを鳴らす。
聞こえているかどうかは分からないが、後続の馬車に襲撃はあったが戦闘は終結していると知らせるためだ。
「ジョー、そのまま警戒していてくれ、馬に水を飲ませておく」
「了解です」
「ピペト、水だ!」
「あいよ!」
オーランド商店の二人は、いずれも水属性の魔術が使えるので、桶さえ準備すれば何処でも馬に水を与えられる。
盾で守られていたとはいえ、周りで戦闘が行われて馬が感じたストレスを少しでも和らげようという配慮だ。
まだ峠を登り始めたばかりで、頂上まで距離を残している。
道が通れるようになったら出発して、今日中にマールブルグに到着できなくても峠は越えてしまいたい。
「ジョー! 後続が来たぞ!」
「分かった、達也、和樹、後の応援頼む!」
「了解、行くぜ和樹」
「おうよ!」
後ろから追い付いてくる馬車は、峠を越える普通の馬車だと思いたいが、山賊共の仲間でないとは言い切れない。
確認するまでは油断は出来ない。
鷹山一人では守りきれないかもしれないので、二人を応援に向かわせたのだ。
暫くすると、達也が戻ってきた。
「ジョー、後は問題なし! 次のキャラバンだ」
「了解、じゃあ盾を片付けよう」
「オッケー」
後続の即席キャラバンが追い付くと、更に護衛の冒険者の数が増えるので、この時点で山賊の襲撃はほぼ無くなる。
前がどんな状況になっているのかカーブの向こう側で見えないが、通行できるようになれば前の馬車から合図が来るはずだ。
出発の準備を進めていると、前の馬車を護衛している冒険者が歩み寄ってきた。
三十代ぐらいのベテラン冒険者だ。
「よぅ、さっきの派手な攻撃魔術はあんたらだよな?」
「あぁ、うちの仲間のだ」
「そうか……助かったぜ。派手にやってくれたおかげで、奴ら腰が引けてたからな」
「自分らの身を守っただけだよ」
「それでも助かった、感謝するぜ」
ベテラン冒険者が突き出した拳に、俺も拳を握って打ち合わせる。
熊でも殴り倒せそうな拳だが、山賊相手にはあまり威力を発揮していなかった気がする。
持ち場へ戻る冒険者を見送っていたら、鷹山が呼び掛けて来た。
「ジョー、守備隊だ。止めるか?」
「あぁ、まだ前が動かないから止めてくれ」
峠越をする即席キャラバンの間に挟まるように、巡回をする守備隊員の一団が峠を登るのは、こうした襲撃の現場にいち早く到着するためでもある。
もし守備隊員が巡回していなかったら、このキャラバンの誰かが峠を越えた向こう側に届けるか、麓まで戻るか、峠を降りて来た者が知らせるかのいずれかだが、どのパターンでも守備隊員が現場に到着するまでには時間が掛かってしまう。
後ろから追い付いてきた守備隊は、戦闘に巻き込まれた最後尾の馬車の護衛が呼び止めて、検証をしてもらう。
山賊には討伐報奨金が出るので、守備隊員にギルドカードを提示して、自分達の手柄を主張するのだ。
ただし、オーランド商店では馬車を予定通りに走らせることを優先する場合があり、その時は討伐報奨金と同額の手当を出してくれる。
今回は、先に進みたくとも進めない状況なので、討伐の権利を主張して報奨金を申請することになった。
まぁ、新旧コンビと鷹山はギルドカードを提示するだけで、その他の説明やら書類への書き込みは全部俺がやることになる。
権利の主張は、他の馬車の護衛とも擦り合わせが必要になるので揉める場合もあるのだが、今回は他の馬車の護衛をしている冒険者達が、俺達に協力的だったので、意外にすんなりと申請は終わった。
後は道が通れるようになれば出発できるのだが、どうやら落石によって通れなくなっているようだ。
「岩を動かすのに手を貸してくれ!」
前方からの呼び掛けに、馬車の護衛として鷹山と和樹を残して俺と達也で手伝いに行ったのだが、カーブの先は酷い有様だった。
直径5メートルぐらいありそうな岩が道を塞ぎ、路肩の柵が壊れたところから馬車が何台か崖下に落ちたらしい。
御者が弓矢で狙われ、その後で馬を火の魔術などで脅して暴走させられ、崖下へと落とされたようだ。
崖は10メートル以上の高さがあって、落ちれば無事では済まない。
転落して護衛の冒険者が負傷したところを崖下で待ち構えて襲い、金目の物を持ち去ったらしい。
カーブの手前で俺達を襲った連中は、即席キャラバンの後方を足止めして前側の応援にいかせないための牽制がメインで、上手く護衛を殺せたら荷物を奪う予定だったようだ。
冒険者達が岩の近くに集まる中、路肩に佇み呆然と崖下を見下ろしている男がいた。
マールブルグの冒険者パーティーのリーダー、ベックだ。
よく見ると、右の二の腕と太腿に矢が刺さったままになっている。
周囲を見回したが、ポチの姿は見当たらない。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、あんた魔物使いのダチの……見ての通り、やられちまったよ」
近くにいって崖下を覗き込むと、馬車が積み重なるようにして落ちていた。
まだ馬は息があるようだが、馬具が絡まって抜け出せないようだ。
狭い岩だらけの川原には、倒れて動かない人の姿もある。
「俺は馬車が落ちる直前に飛び降りたんだが、岩陰に釘付けにされて、下の援護はできなかった。奴らが引いてから呼び掛けてみたんだが、下から返事はない」
「そうですか……」
「昨日の夜中もポチの相手してくれたんだってな」
「まぁ、俺らも眠気覚ましになったから……」
「ポチの奴、今まで聞いたこともない話が聞けたってガキみたいに喜んでたよ、ありがとな」
「いえ……何て言うか、残念ですね」
「あぁ、本当に残念だ……」
直径5メートルもある岩の塊も、身体強化を使える冒険者が集まれば人力で動かせてしまう。
落ちた馬車に当たらないように、場所をズラして崖下に落とされ、土属性の魔術が使える者が地均しをして、街道は通れるようになった。
オーランド商店の馬車に戻る途中、達也が話し掛けてきた。
「ポチ、死んだのか?」
「たぶん……」
「マジか、ちょっと話しただけだが、顔見知りが殺されるのはキツいな」
「冒険者をやってたら、この先もあるんじゃないか?」
「だろうな……やっぱ甘くねぇな」
達也が言う通り、冒険者の仕事は甘くない。
何も無ければ、ただ馬車に乗ってるだけで終わるが、一度襲撃されれば命懸けの戦いを強いられる。
「まだ峠を登り始めたばかりだ、気を引き締めていくぞ」
「分かってるよ」
俺達が馬車に戻ると、程無くして車列が動き始めた。
今度は長い車列の真ん中に位置することになったが、給水のタイミングなどで車列がバラけたりするので臨機応変な対応を要求される。
「だいぶ時間食っちまったな」
「今日は、麓の野営地泊まりですか」
「んー……この後の前の動き次第だな」
エウリコさんも先を急ぎたいみたいだが、前がペースを上げなければどうにもならない。
別に野営でも構わないのだが、出来れば今夜は水浴びして、サッパリしてから眠りたい気分だ。
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