第629話 冒険者の日常 中編

※ 今回も近藤目線の話です。


 夕食の片付けを終えて、眠る前に用足しに行った。

 街の近くや峠の麓にある野営地には、いわゆる公衆トイレがある。


 年中野営が行われる場所にトイレが無かったら、周辺が酷い有様になるから領主が整備するらしい。

 トイレは水の魔道具を使った水洗式なのだが、お世辞にも綺麗とは言い難い。


 風属性魔術を使って匂いや虫を追い出して、用を足していたらポチことポルナーチが入ってきて、俺の隣で用を足し始めた。


「さっきは、すみませんでした……」


 ポチの左の頬は、ハッキリわかるほど赤くなっている。

 たぶんリーダーのベックに張り倒されたのだろう。


「俺達も依頼の最中だから、気を抜いていられないからな。冒険者としての常識は守ってくれ」

「はい、すみませんでした」


 手持ちの水の魔道具で手を洗ってトイレを出る。

 一応水洗式のトイレなんだが、洗面台が無いのはいただけない。


 外には水場はあるけれど、ずぼらな冒険者は手も洗わずに帰っていく。

 ちょっと気になって振り返ると、ポチは手を洗いに行ったようだ。


 オーランド商店の馬車の周りには、渦巻き状の虫よけ線香が焚かれている。

 これは、日本から持ち込んだものではなく、日本の製品を真似てオーランド商店が作った品物だ。


 例によって新旧コンビが売り込みに行ったらしく、売り上げの一部がマージンとして支払われるそうだ。

 それも、新旧コンビではなく、俺達のパーティーに対してだ。


「そもそも、俺らのアイデアじゃないしな」

「護衛の仕事で繋がってなきゃ売り込めなかったしな」


 などと、達也も和樹もあっさりしていた。

 金への執着が弱いのは、新旧コンビの良いところであり欠点でもあるように感じる。


 もっとも、オーランド商店への売り込みに関しては、良い方に働いている。

 新旧コンビがオーランド商店と交わした契約によれば、虫よけ線香の売り上げの2パーセントが四半期に一度ごと、俺達に振り込まれることになっている。


 二人は、たかだか2パーセントだと思っているようだし、まだ振り込まれていないから平然としているが、これから間違いなく売れるし、とんでもない金額が振り込まれてくるはずだ。

 こちらの世界の虫よけは、眠る前に部屋の中で、乾燥させた薬草を皿の上で燃やすという方法だ。


 渦巻き式の虫よけ線香とは、使い勝手も持続時間も雲泥の差だ。

 実際、生産が間に合わないぐらいの勢いで売れているらしい。


 新旧コンビは、アイデアを売りつけてしまえば後は興味が無いようだが、パーティーで管理する契約で本当に良かったと思う。

 二人が独占していたら、冒険者の活動を放り出し、駄目人間一直線だった気がする。


「こいつは、さすがに再現できていないみたいだな」


 俺達が野営する場所に吊ってある蚊帳も日本からの取り寄せ品だが、これはヴォルザードでも同じ様な物が手に入るが、エアーマットとか接触冷感敷布は再現できないだろう。


「まぁ、快適だから文句は無いけどな」


 昼間の気温は暑いと感じるくらいになってきたが、日が落ちると涼しいし、ここは峠の麓なので少し肌寒いくらいだ。

 薄手の毛布を掛けて横になり、眠ったかと思ったら達也に起こされた。


「ジョー、時間だぞ」

「んぁ? もうかよ……寝た気しねぇ……」

「んじゃ、後はよろしく」


 交代した達也は朝までグッスリ眠れる。

 じゃんけんに負けた結果とは言え、ちょっとムカつく。


 眠い目を擦りながら、焚火の近くへ行くとポチがいた。


「何してんだ?」

「あの、こんばんは。僕は、とにかく起きてればいいって許可はもらっているんで……その、ケント・コクブさんの話を聞かせてもらえませんか?」

「みんな寝てるから、もっと小さい声で話せ」

「す、すいま……せん……」


 良く見ると、ポチは飲みかけのカップを手にしているし、俺達が使っている折り畳みの椅子の他に小さい木箱が置かれている。


「達也とも話してたんじゃないのか?」

「はい、でも、もっと違う話も聞けたら嬉しいなぁ……」

「眠らなくていいのか?」

「僕が朝まで起きていて、他のみんなは寝てるので、馬車で眠れるんです」


 どうやらポチの所属するパーティーでは、とにかく一人起きている人間を置いておき、何かあったら大声で知らせて他の者を起こすというやり方らしい。

 このやり方ならば、他の者は一晩ゆっくりと眠れるので、昼間の護衛に集中できるという訳だ。


 理屈は分かるが、起きている人間が抵抗できないと、他の者が起きるまでの時間稼ぎも出来ない気がするが……他のパーティーのやり方に口を出せるほど俺達もベテランではない。

 ただ、サスペンションも無く盛大に揺れる馬車で眠るのは、とても快適とは言い難い。


 どんなに眠たくても、あの突き上げる揺れを食らえば嫌でも目は覚めてしまう。

 それでも眠っていられるならば、案外ポチは大物なのかもしれない。


「それで、国分の何が聞きたいんだ? あいつも一応冒険者だから能力についてはペラペラ喋れないぞ」

「はい、それは分かってます」

「タツヤさんからは、ヴォルザードの極大発生を防いだ話を途中までしてもらいました。ケントさんがサラマンダーを一度に四頭も倒したって本当なんですか?」

「みたいだな」

「でも、サラマンダーって一頭だけでも守備隊とかが出動して、しかも倒すんじゃなくて追い払うものだって聞きますけど……」

「まぁ、国分だからな」

「ど、どうやって倒したんでしょう?」

「さぁな、それは国分に聞いてくれ」


 サラマンダーの討伐については、以前国分から話を聞いている。

 もっとも、光属性の攻撃魔術でピピってやって、あとは闇属性の魔術でズバって感じ……といった説明だから、詳しい方法は全く分からない。


 意外と、国分なりに手の内を見せないための説明……ではないな。

 風属性の攻撃魔術を遠方で発動させる方法を聞いた時も、ヒュってやってズバっだよ……だったから、壊滅的に説明が下手なのだろう。


 そもそも、俺自身が理解していないのだから、国分の魔法についてはロクな説明はできなかったが、それでもポチは目を輝かせて話に聞き入っていた。

 まぁ、眠気覚ましの話し相手には良かったが、途中の見回りに使ったLEDライトとかにも食いついて色々と聞いてくるのはウザかった。


 俺の担当時間が終わったので、見張りとポチの相手を和樹に引き継いで眠りについた。

 すぐに眠りに落ちたと思うが、遠くでポチの話し声がしていた気がした。


 翌朝、最後の見張り当番だった鷹山に起こされて、朝食の準備をする。

 といっても、コーヒーとパンだけだから、カップにお湯を注ぐだけだ。


 リバレー峠を越えていく馬車は、殆どが即席のキャラバンを組んで進むが、オーランド商店の馬車に声を掛けて来る者はいない。

 理由は、幌に商店のロゴが大きく染め抜かれ、馬車もピカピカに磨き上げられているからだ。


 山賊どもが馬車を狙う場合、少しでも金になる馬車を選ぼうとする。

 なので、殆どの馬車はわざと薄汚れたままにして、金目の物は乗っていないアピールをするのだ。


 つまり、オーランド商店の綺麗な馬車は狙われやすいから、一緒に行動したくないと思われているのだ。

 そこでオーランド商店の馬車は、即席のキャラバンの最後尾について峠を上る。


 つまり、即席のキャラバンに強引に入り込む作戦だ。

 前を行く馬車には嫌な顔をされるが、実際に山賊が現れた時には、感謝されるぐらいの活躍はしている。


「ジョー、あのキャラバンに付いて行くぞ」

「了解です。達也、出るぞ」

「あいよ!」


 今回もオーランド商店は馬車二台の編成で、一台目の御者台に俺、後部に古田、二台目の御者台に新田、後部に鷹山が乗っている。

 便乗させてもらったキャラバンの中には、ポチのパーティーが護衛している馬車も混じっているようだ。


「あぁ、涼しくて気持ちいいですね」

「まったくだ。気温が上がる前に峠を越えられると良いんだがな」


 御者を務めているエウリコさんとも気心がしれて、最初の頃に比べるとリラックスして護衛に臨めている気がする。

 リバレー峠の道もだいぶ覚えたので、注意する場所も頭に入っている。


 逆に、それ以外の場所では、緊張を緩めることも覚えた。


「本当にジョーは頼りになるな。ベテランの冒険者と組んでるみたいだぞ」

「いいえ、まだまだですよ。今回だって食料忘れてきてるし」

「あれは、タツヤかカズキの担当なんだろう?」

「そうですけど、重要なポイントは自分でもチェックしないと駄目ですね」

「そうそう、その反省する姿勢がいいんだよ。何かあったとしても、それが成長の糧になっているのが見えるから安心できるんだ」

「でも、本来何かあっちゃいけないんですから、やっぱりまだまだですよ」

「ははっ、本当に真面目だな」

「こればっかりは性分ですから、さて、そろそろ見通しが悪くなりますね。達也、つづら折れに入るぞ、和樹にも伝えてくれ」

「オッケー!」


 リバレー峠には、高度を稼ぐためにつづら折れになっている場所がいくつかある。

 こうした場所は山賊が襲ってくるポイントにもなっているので注意が必要だ。


 山賊の襲撃だけでなく、道を曲がり損ねた馬車が上から落ちてくる場合もあるそうだ。

 勿論、巻き込まれればただでは済まないし、この場合は馬車を放棄して逃げても責任は問われない。


「ふぅ、ここは襲撃無し……次は大曲か」

「もう地図も頭に入って、俺がとやかく言う必要も無いな」

「いえいえ、気付いたことがあったら、いつでも言って下さい。クズもクズなりに悪知恵を働かせてきますからね」

「それもそうだな」


 山賊、盗賊の類は、討伐されては新手が湧いて出てくるの繰り返しだ。

 その手口の殆どは、討伐された奴らの焼き直しなのだが、時々違った方法、違った場所で仕掛けてくる連中がいるから注意が必要だ。


 なので、ギルドに残されているリバレー峠での山賊の襲撃手口をまとめた資料を頭に叩き込んだ。

 過去に襲撃があった場所は、襲撃に適した条件が整っている場所なので、別の山賊どもが目を付ける可能性が高い。


 この先の大曲とよばれている場所は川にそって道が大きく左に曲がる場所で、カーブの前後に直線部分があるので、最近は無くなっているが以前は山賊の襲撃が多かった場所だ。

 襲撃が減った理由は、ここに通じる間道をマールブルグの守備隊が潰したからだと聞いているが、人の手で潰せる道は、人の手で整備することが出来るはずだ。


「エウリコさん、止めて! 上に何かいるぞぉ!」


 合図に使うハンドベルを思いっきり鳴らしながら他の馬車に警告を発したが、大曲の向こうから大きな音が聞こえてきた。

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