第624話 ジャーナリストの夜は更けて……

※ 今回は八木目線の話です。


 ニュースと魚は鮮度が命!

 世界でただ一人、国分健人の独占インタビューに成功したものの、レポートを書いている間にも時間は無情に流れていく。


 世界各地に、あれほど大きな被害をもたらした小惑星の欠片の落下も、ともすれば過去の話になりかけている。

 石油精製施設やパイプラインの被害によって原油価格が高騰、それにともなう世界的なインフレ懸念に世間の関心は移りつつある。


 世界的なSNSサービスの買収問題やら、某国首相のスキャンダル、日本では来月に迫っている選挙に絡んだ野党の主導権争い。

 高校生にもならない小僧に二百四十億円もの大金が支払われた話が、そんなにあっさりと流されてしまって良いのかよ。


 お前ら、もっと関心を持ち続けろよ……と叫んだところで状況は変わらない。

 俺様にできることは、少しでも早く、そして完璧なレポートを書き上げることなのだが……思うように進んでいない。


 原因の一つは、内閣官房室勤務の梶川亨への質問状の回答だ。

 結論から言えば、全ての質問に対してノーコメントだった。


 どこのマスコミにも所属していない中学生だと馬鹿にした回答ではなく、外交及び安全保障上の機密に該当するため回答できないと、キッチリした文章で断られてしまったのだ。

 こうしたケースでは、経験豊富な番記者とかならオフレコでのコメントなどが取れるのだろうが、何の経験も無く、しかもヴォルザードにいる俺には不可能だ。


 結局、日本政府や各国政府の裏の動きは、国分の憶測だけで全く裏が捕れなくなってしまった。

 国分はこう推察していた……と書いてしまうと、ただでさえ魔術なんて胡散臭い題材を扱うのに、信憑性が更に揺らいでしまう。


 裏が取れていない話は、極力削ぎ落した方が良いだろう。

 そして、俺様がレポート政策に苦慮している最大の理由は、国分の魔術が常識から外れすぎているからだ。


 最初に書いたレポートを綿貫に読ませてみたら、アッサリと駄目出しを食らってしまった。


「全然駄目ね」

「何でだよ!」

「国分の魔術がどんなものだったのか、これじゃ全く伝わらないわよ」

「しょうがねぇだろう、そもそもの国分の説明が、ヒュってやって、ドーンだよ……みたいな感じなんだから」

「甘いわよ、それを一般人でも理解できるように噛み砕くのがジャーナリストの仕事でしょ」

「無茶言うなよ」

「とにかく、国分が使っている闇の盾がどんな魔術なのか、どんな特性があるのかとか、私たちが慣らされちゃってる部分も含めて説明しないと伝わらないわよ」

「くそぉ、そう言われてもなぁ……」

「あとさ、文章だけじゃなくて、イラストとかで説明した方が良いんじゃない?」

「おぅ、それだ! 確かに図解すれば分かりやすくなるな」


 ジャーナリストとしてあるまじき失態だったが、ヴォルザードでの生活が長くなるにつれ、魔術という超常現象を当たり前のように捉えてしまっていた。

 綿貫は日本への帰還作業の一環で、国分に魔力を吸い取られて魔術が使えなくなっているから、地球の一般人に近い目線でいられるのかもしれない。


「くそぉ、あのチート野郎め、こんなとんでも能力を当たり前のように語りやがって、付随する説明を書けば書くほどファンタジーになっちまうじゃねぇか」


 国分の使っている闇の盾とは、いうなれば別次元への出入口だ。

 闇の盾を潜った先は国分の固有空間で、物質を保管したり、別の場所へ繋げて瞬時の移動ができる……なんて説明で納得する奴がいるのだろうか。


 しかも、闇の盾を固定する基準を変えることで、人工の隕石の運動方向を変えて小惑星に衝突させたなんて、国分に話を聞いた時には納得してしまったのだが、色んな物理法則を捻じ曲げちまってるだろう。

 真実が表に出ていないから誰も突っ込まないだけで、これをそのまま発表したら色んな学者から突っ込まれ放題になるのが目に見えている。


 いや、むしろそうやって炎上した方が注目度を高められるか。

 いやいや、正当なレポートを発表するのに、炎上商法にしてどうする。


 このレポートで、国分の魔術がとんでもないものだと一般人に理解させなければならないのだ。

 一般人では成し得ない、とんでも魔術を使った、とんでもな偉業だったのだと理解させるのだ。


「くそっ……闇属性とか星属性とか、どう説明すりゃいいんだ。てか、全属性コンプしたら星属性になりましたとか、こっちの人間だって信じないんじゃねぇの?」


 魔術に関する説明を加えようとすると、小惑星に関する一連の流れがぶった切られてしまって、時系列が分かりにくくなる。

 かといって、説明を省けば何をやっているのか理解されなくなる。


「あーっ! 殴りてぇ、あのポヤポヤ鬼畜の淫獣野郎を殴りてぇ! まぁ、殴れないし、仮に殴れたとしても倍返し、三倍返しにされるのは間違いないけどな」


 最初は全部まとめて書いていたものを時系列に沿った小惑星関連の出来事と魔術関連の説明に分けてみた。

 更に、国分が魔術を使えると知らない人に向けた説明を別に書き出す。


 小惑星関連の出来事も、国分自身が行って確定しているものと、国分にもハッキリとはしらされていない憶測部分に分ける。


「ここは、国分の推測として書いた方がいいのか? それとも、一般的にはこうじゃないか……みたいな感じにした方がいいのか? くっそ……両方書いてみて良い方を使うか」


 国分の証言と実際に観測された小惑星の状況が合致するのかもチェックする。

 じゃないと、ブースターなんてヤバい薬をキメてる状態だと、国分にも思い違いがあるかもしれないからな。


 幸い、ポヤポヤ野郎の記憶に誤りはなかったようで、証言と観測データに齟齬は無いようだ。


「てかよ、召喚術なんてファンタジーな方法で人工隕石を作っておきながら、引力という物理現象に負けて見切り発車とかマジでダサいな。どうせなら一発で決めろってんだ……そうすりゃ、こんなに長々と書かなくて済むのによぉ……」


 愚痴ってみたけど、よく考えてみると物理現象に負けたという事実は、国分の行動に現実味を与えてくれている。

 全部魔術で、ヒュってやって、ドーンじゃ信憑性はゼロだろう。


 そういう意味では、二回目の人工隕石衝突で小惑星が砕けたのも現実味を加える出来事だ。

 その後の、小惑星の欠片が不規則な動きをしていたのも観測されているようだし、これも国分の証言と一致する。


 というか、こうしてレポートを作ってみると、改めて国分の功績の大きさと異常さを思い知らされる。

 世界で初めて異世界との往来を可能にした人物で、今回は小惑星の軌道を一人で変更してしまった人物になった。


「普通に歴史の教科書に載るレベルじゃね? てか奇跡のレベルだと、どこかの宗教の神様レベルだろう」


 それだけの事をやらかしておいて、自分は一般人だと思っているとか異常すぎるだろう。

 勿論、日本のようにマスコミが騒ぎ立てたりしないヴォルザードだから成立しているのだろうが、少なくとも普段の国分からは偉人としてのオーラは感じない。


「あいつは、何になろうとしてるんだ?」


 思わず独り言を口走ってしまうくらい、不可解な存在だ。

 日本にいたら、間違いなくパパラッチのターゲットにされてプライベートなんて皆無になるだろうし、四人も嫁がいると知れ渡れば非難轟々だろう。


 逆にヴォルザードで暮らしているならば、知ってる奴は顔を見知っているが、他の街や国に移動してしまえば、ただの一般人で通ってしまう。

 もう日本に戻って暮らすとは考えていないのだろうが、それは日本にとっては大きな損失のような気がする。


 例えば、宇宙空間にまで自由に行ける国分なら、沈没した船から取り残された人を助けることだって可能だろう。

 巨岩を一瞬で移動させられるのだから、土砂崩れなどで生き埋めになった人を助けることだって可能だろう。


 医療分野だって、切断した足を見ているうちに繋げてしまうのだから、脊髄損傷で体の自由を失った人だって回復させられる。

 この前支払われた二百四十億円は、ISSの乗組員を送り届ける費用だったらしく、小惑星関連の報酬は未払いだと聞いている。


 衝突した場合の被害想定がどの程度だったのか分からないが、一兆円を超える報酬を支払ったとしても安くついたはずだ。

 勿論、そんな大金を支払えなんてレポートに書くつもりはないが、国分の功績を世界は正しく知るべきだと思う。


「そして、俺様のレポートの価値を正しく評価すべきだな」


 問題は、このレポートをどこに売り込むかだ。

 俺の希望とすれば、大手出版社に買ってもらい、何かの専門誌に掲載してもらいたい。


 天文か、ビジネスか、政治か……いずれにしても、ゴシップ週刊誌では駄目だ。

 一世一代、俺様の人生を懸けるといっても過言ではないレポートだから、読み捨てられる週刊誌では納得できない。


「あっ、やべぇ……国分の写真撮ってねぇ」


 せっかくの独占インタビューでもあるんだから、取材の様子を写真に残しておくべきだった。

 まぁ、書き上がったレポートは一度見せろと言っていたから、その時にでも写真を撮れば良いだろう。


「デカい猫とか、ギガウルフとかも……いや、CG合成だと思われるから止めておくか」


 国分の眷属も一緒に撮影しようかと考えたが、どう見ても合成映像にしか見えなくなりそうだから止めておこう。

 今回は、ファンタジーではなくドキュメンタリーレポートなのだ。


「ユースケ……まだ寝ないの?」

「あぁ、もう少しな」


 マリーデに声を掛けられて気付いたが、もう日付が替わる時刻になっていた。


「でもユースケ、昼間もジテンシャの宣伝で街を走り回っていたし、休んだ方がいいよ」

「分かってる、もうちょっとしたら休むから、先に寝てろ」

「無理しないでね」

「あぁ……」


 いくら無理するなと言われても、こればっかりは無理もする。

 もうタイミング的には遅いぐらいなのだから、中身は完璧に仕上げる必要があるのだ。


 そこから更に一時間ぐらい、睡魔と格闘しながらレポートの作成を続けていたが、いよいよ頭が回らなくなったので切り上げることにした。

 シェアハウスの部屋は、居間と寝室の二間だけだ。


 水回りや食堂は共同スペースを使っているので、少々不便だが広さは十分だ。

 寝室には、ダブルベッドが一つだけ。


 俺は別々のベッドが良かったのだが、予算的なこともあってマリーデに押し切られた。

 眠っているマリーデを起こさないように、そーっとベッドに横たわる。


「はぁ……さすがに疲れたな」

「お疲れさま、ユースケ」

「なんだ、起きて……んぐぅ」

「んぁ……私が癒してあげる」

「ちょ、馬鹿やめろ……お腹の子に……」

「もう安定期だから大丈夫だって」

「いや、俺が大丈夫じゃ……あひぃぃぃ……」

「スッキリした方が良く眠れるんだって」

「いや、そんなんしなくたって眠れ……おほぅぅぅ……」


 俺様の夜は、まだ終わりそうもなかった……。

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