第621話 カカオ捜索開始

 綿貫さんからカカオ探しを頼まれた翌日、南の大陸へ向かう前に、唯生さんと美香さんを家財道具と一緒に日本へと送りました。

 日本政府の『正式契約していない発言』に激怒した唯生さんですが、やはり仕事の都合で一旦は日本に戻る決断をしたそうです。


 てか、突然一週間以上もの休みを取って、それでも復帰できる職場って凄くないですか。

 それだけ唯生さんが重要視されているんでしょうが、当の本人はいつでも仕事を辞めてヴォルザードに移住する気のようです。


「あれだよ、健人君。田舎でスローライフ願望ってやつだよ」

「あぁ、なるほど……って、唯生さんはスローライフしたいんですか?」

「東京であくせく働くのも正直飽きちゃってるからねぇ……ヴォルザードは空気も良いし、治安も良い、いざって時の医療体制も下手したら東京以上だからね」


 確かに、公害や騒音を撒き散らす自動車や飛行機は全く存在していませんし、夜なんかめちゃめちゃ静かですからね。

 そういえば唯生さん、降るほどの星空を肴に美味そうにお酒飲んでましたね。


 病気になったとしても、唯香の魔術で治療を受けられますし、いざという時には僕も治療に加わりますよ。

 ステージ4ぐらいの悪性腫瘍だって快癒させちゃえますし、地球では無理レベルの再生治療だってできますからね。


「まぁ、今回は急すぎたから一旦戻るけど、遅くとも五年を目途に真剣に移住を検討するよ」

「分かりました。その時には、またうちに住んでもらっても構いませんし、ヴォルザードの街中に物件を探すなら協力しますよ」

「あぁ、そうだね。またその時にはよろしく頼むよ」


 唯生さん、美香さん夫妻を送り届けた後は、いよいよカカオ豆の捜索開始です。

 南の大陸の捜索をするならば、まずは元の住民に聞いてみないとだよね。


「という訳で、ネロ、ゼータ、エータ、シータ、フラム、レビン、トレノ、こんな木の実に見覚えは無い?」

「知らないにゃ、ネロたちは木の実は食べないにゃ」

「俺っちも木の実は食べないっすよ、兄貴」


 ストームキャット、ギガウルフ、サラマンダー、サンダーキャット……みんな大型で肉食だから木の実に興味が無いようです。

 あったような……無かったような……と、頼りない返事しか戻ってきません。


『ケント様、これは虱潰しに探すしかありませんぞ』

「そうみたいだね」


 仕方が無いので、手の空いてるコボルト隊を加えて、ネロを抜いたメンバーにカカオ豆の生育地についてレクチャーを行いました。

 勿論、カカオ豆に関する知識はインターネットの聞きかじりです。


「えっと……年間を通して高温多湿、暑くて雨の多い所だね。水はけの良い土地を好み、他の木の陰になるような場所に生えてるみたい」


 タブレットを使って、実の形や実のなり方、花の形などを見てもらいました。


「みんな、分かったかな? 南の大陸には、強力な魔物も多く生息しているから、無用な戦いは避けて上手く影の中を移動しながら探して。じゃあ、捜索開始!」


 合図と同時に、みんなは南の大陸に向かって出発しました。


『ケント様は、いかがいたしますか?』

「僕も捜索に加わるよ。星属性の魔術を使って空から探してみるつもり。ネロ、僕の体を守ってね」

「任せるにゃ、ちゃんと守っているにゃ」


 自宅兼、僕の体警備員のネロに体を預けて、意識を空へと飛ばしました。

 自宅の上空から、魔の森に沿って一路南を目指します。


 途中、橋を三ヶ所残して海を繋げた部分を確認しておきます。

 やっぱり、潮の流れが強いようで、今は西から東にむかって川のように海が流れています。


 流れは結構な速さで、場所によっては渦を巻いていて、ゴブリン程度じゃ落ちたら溺死確実って感じです。

 橋として残している部分には木や草も残してあるので、時折魔物の姿も見えますが数は多くないようです。


 橋の手前と向こう岸の森の中を見比べてみましたが、パッと見ただけなので魔物の生息密度に大きな違いは感じられませんでした。

 橋の幅には限度があるので、極大発生の時のように一度に大量の魔物が押し寄せることは無いでしょう。


 続いて、ヒュドラを討伐した跡に出来た池に行くと、相変わらず多くの魔物の姿がありました。

 ヒュドラの死骸が飛び散り、ミミズみたいな魔物が巨大化し、それを狙ってゴブリンやコボルトが現れ、更にそれらを狙って……という食物連鎖も相変わらずのようです。


「まぁ、ここはこんなもんだよなぁ……たぶん」


 ここの魔物が増えすぎた場合には、コボルト隊が適当に間引いて魔石を回収しているようで、影の空間にはいつも魔石が山になってるんですよねぇ。

 橋と池の見回りを終えて、本題のカカオ豆捜索に戻ります。


 ネットの知識では、カカオ豆の生育地は赤道付近、緯度では南北二十度ぐらいの地域となっていました。

 ヴォルザードの気温を考えると、かなり南に移動しないと見つからない気がします。


 ビュンっと速度を上げて一気に南の大陸の南端を目指しました。

 南の大陸は、北側が広く、南側が尖った逆三角形をしています。

 

 南端の周辺には、いかにも南国といった感じの木が生い茂っていて、これならば期待が出来そうです。

 空から捜索……なんて考えていましたが、上からでは緑の葉に覆いつくされていて、実がなっているのかも分かりません。


 それならば、密林へ突入するしかありませんよね。

 星属性魔術の良いところは、意識だけを飛ばしているので、障害物にぶつかる心配が要らないところです。


 鬱蒼と茂った葉っぱや蔦、張り出した細い枝なども気にせずに見て回れます。

 勿論、実体がありませんから、暑さも寒さも感じませんし、虫に刺される心配もありません。


 てか、見つかりませんね。

 ヤシの実とか、バナナみたいな実は見掛けますが、目的のカカオの実は見当たりません。


 花は色々咲いていますし、カカオに似た花も見かけますけど、それがカカオなのか確証が持てません。

 ジャングルの中を蛇行するように飛び回り、三時間ほど探し続けましたが見つかりませんでした。


 一旦体に意識を戻して、捜索してくれている眷属のみんなにも訊ねてみましたが、カカオらしき実は見つかっていません。

 生育条件としては、悪くないような気がするのですが、そもそもカカオ自体が存在していない可能性もあります。


「まぁ、まだ探し始めたばかりだから、慌てず気長に探そう」


 眷属のみんなの捜索力を持ってすれば、さほど時間は掛からずに見つかるかと思ったのですが、三日間探し続けてもカカオ豆は見つかりませんでした。


「うーん……もっと南というか、暑い場所じゃないと無いのかなぁ……」

『ケント様、植物に詳しい人物に訊ねてみてはいかがですかな?』

「それだよ、ラインハルト。まずは詳しい人に聞いてみれば良かったんだ」


 向かった先は、ヴォルザードの表通りから一本入った裏通りにある薬屋です。


「こんにちは、コーリーさん」

「ちゃんと無事に戻ってきたようだね」

「はい、先日伺った時はお出掛けされていらしたので、改めて、ありがとうございました。おかげさまで、僕の故郷の星が壊滅的な被害を受けずに済みました」

「ひっひっひっ、そいつは坊やの手柄だよ。あたしゃ薬を売りつけただけさ」

「それでも、コーリーさんのブースターが無かったら、やり遂げられなかったですし、本当に感謝しています」

「うんうん、やっぱりお前さんは良いね。そんだけの大仕事をやり遂げても、ちっとも偉ぶったりしない。普通、星を救っちまうような力を持った者は、ふんぞり返って足下が見えなくなるもんさ」

「いやぁ、あんまり偉そうにしてるとロクなことにならないんで自重してます」

「ひっひっひっ、お前さんの歳でそれが分るなら大したものさ」

「これ、僕の世界のお菓子なんで、召し上がって下さい」

「ほぅ、どうれ、茶を淹れていただこうかね。ミューエル、ケントの坊やが茶菓子を持って来てくれたよ」

「はーい、こっち終わったらいきます」


 コーリーさんに、ブースターのお礼を兼ねて持ってきたのは、ちょっとお高いチョコレートです。

 池袋のデパ地下まで行って仕入れてきましたよ。


「ふむ、何だいこれは……飴なのかい?」

「僕らの世界でチョコレートと呼ばれているお菓子です。固くはないので、口に入れて溶かすようにして味わってみて下さい」

「ほぅ、それじゃあ、いただいてみようかね。ほれ、ミューエルもいただきな」

「とか言って、師匠、私に毒見させようとしてません?」


 茶褐色の塊であるチョコレートの見た目は、こっちの人にはお菓子には見えないのかもしれませんね。


「いいから、さっさとお食べ」

「は~い……でも、甘い匂い……んーっ! 何これ!」

「どれどれ……ほぅ、こいつは何とも言えない香りと甘さだね」

「やっぱり、こっちの世界では出回っていない物ですか?」

「そうだね、あたしは初めて食べた味だね」

「うん、私も初めて」


 薬師のコーリーさんが初めてと言うからには、やはりカカオ豆は存在していないのかもしれませんね。


「これは、植物の実を原料にして作られているんですが、こんな実って見たことありませんか?」

「何だい、ベルロカの実じゃないか」

「えっ、こっちの世界にもあるんですか?」

「ある事はあるよ。ただし、滅多に手に入らないし、大して美味いものでもないよ」

「えっ、食べるんですか? でも、さっき初めて食べたって……」

「ベルロカの実は、割った白い部分を食べるんだけど、ただ甘いだけで、高い金を出してまで食べるようなものじゃないよ」

「こんな感じですか?」

「そうそう、こんな感じだよ」


 カカオ豆を割った画像を見せると、この白い部分を食べるんだとコーリーさんは教えてくれました。


「えっと、種は?」

「種なんか食べる奴はいないさ」

「そうか……加工されてなかったのか……」

「それじゃあ、何かい、このチョコレートって菓子は、ベルロカの種から出来てるのかい?」

「僕の世界にあるものと同じならば……ですけど」

「ふむ、そうだね、坊やなら簡単に手に入れられるよ」

「何処に生えてるんですか?」

「ベルロカは、リバレー峠を越えた東側、イロスーン大森林へと続く斜面に生えてるって話だが、そもそも立ち入るのには許可がいるし、魔物も多く生息する場所だから、普通の人では近付けないのさ」

「えっ、ランズヘルト共和国に生えてるんですか? もっと南の国じゃなくて?」

「そうだよ、実るのは秋だって話だから、まだこれからだね」


 生育地域が違うから、地球の品種とは違っているかもしれませんし、ちゃんとチョコレートになるのかも分かりませんが、有力な情報が手に入りました。

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