第618話 諦めの悪い男(後編)
国分から裏話を聞くと、日本政府だけでなく世界各国の政府が混乱していた様子が窺える。
各国政府だけでなく、民衆も混乱して暴動まで起こった国があるとニュースで報じられていた。
当然、各国政府に対しては、対策の甘さを指摘する声が上がっているが、数千年に一度、数万年に一度なんて事態に備えられるほど余裕のある政府なんて存在しないだろう。
そんな事態を国から協力を得ていたとはいえ、独力で打破してしまったのだから、目の前の同級生は本当にとんでもない男だと思う。
実際に小惑星が地球に衝突していたら、日本にいる俺様の家族もどうなっていたか分からない。
それに地球の文明が滅んでしまったら、ジャーナリストになるという夢も断たれていたかもしれない。
こっちの世界に召喚されてからも散々世話になりっぱなしで、いくら礼を言っても足りないぐらいだが、面と向かって感謝を伝えるつもりは無い。
ていうか、ちょっと礼を言おうものなら、悪い物でも拾い食いしたのか……とか聞いてきそうだしな。
その後は、思いっきり調子に乗ってデカい態度を取りそうだから、絶対に言わない、言ってやらない。
べ、別に照れくさいからじゃないんだからな。
それに、こいつは極度の寂しがり屋だから、わざと馴れ馴れしくしてやってるんだ。
ウザいとか言いながらも、俺様に絡まれるのを喜んでるのはお見通しさ。
「それで、お前が小惑星の軌道変更を本格的に依頼されたのは、いつになるんだ?」
「えっと……八木と新旧コンビがうちに来た日かな」
「お前! あの時は自分は知らない、関わっていないって言ってたじゃんか!」
「だから、嘘ついてるって言ったじゃん」
「それにしたって嘘の度合いが酷すぎるだろう。小惑星が衝突するのは確実だったんだろう? 国分の作戦が上手くいかなかったら、人類が滅亡してたかもしれないんだろう? だったら、もしもに備えて、日本にいる家族や友達に別れを済ませておきたいって思うだろうが」
「そんなことは、言われなくても分かってたよ。だから新旧コンビには、万が一の時には家族を避難については考えるって言ったじゃん。それに、もし八木が僕の立場だったら、新旧コンビや鷹山達に全部話す? そこから話が広がれば、日本でも暴動が起こってたかもしれないんだよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
マジモードの国分に諭されると、悔しいけれど反論できなかった。
ジャーナリストを目指す俺は、真実を白日の下に晒したいという気持ちが強い。
だが、それによって社会が混乱したり、人の命が危険に晒されるような事態が起こるとしたら、公表をためらうと思う。
実際、今回の場合には、真実を公表したところで個人の力ではどうする事もできなかった。
比較的に安全な軽井沢などに避難した人達もいたようだが、それだって直撃を受けていれば為す術は無かっただろう。
「公表できなかった事情は分かった。それで、どうやって小惑星の軌道を変えたんだ?」
「闇の盾を使ったんだ」
「闇の盾って、お前が影に出入りする時に使ってるやつか?」
「そうそう、普段は移動や荷物の保管なんかに使ってるんだけど、応用するとこんな使い方ができるんだ。ちょっとペンを貸して……」
国分は俺からボールペンを受け取ると、闇の盾を二枚出した。
一枚は自分の手元に、もう一枚はテーブルの横に展開してある。
国分が手元の闇の盾に向かってボールペンを上から落とすと、次の瞬間もう一枚の盾から横向きに飛び出して来た。
「うぉぉ、運動の方向を変えられるのか。そうか、これで小惑星の向きを……いや違うな、小惑星は二回爆発して、砕けて逸れたんだから、そんなに単純じゃないはずだ」
「そうそう、八木にしては良く気付いたね」
「八木にしては余計だ。てことは、何か制約があったんだな?」
「うん、闇の盾はせいぜい直径五百メートル程度が限界なんだ」
「直径三十キロの小惑星は、どうやっても入らないな」
「うん、だから人工の隕石を作って、小惑星に衝突させたんだよ」
「はぁ? 人口の隕石だぁ?」
「あれっ? ISSの皆さんの暴露動画では解説してなかった?」
「いや、たしか危険な薬物まで使用して寝ずに作業を続けたとは言ったみたいだけど、詳しい内容までは解説してなかったと思うぞ」
「そうなんだ」
というか、国分の魔術なんて見慣れている俺様たちならいざ知らず、一般人には理解不能なのだろう。
「それで、人工の隕石って、そんなものどうやって作ったんだよ」
「小惑星まで移動して、小惑星から切り出して作ったんだ」
「はぁぁ? 小惑星に移動しただと?」
「うん、といっても影の空間に移動しただけだよ」
「お前は、さらっととんでもないことを言いやがるな」
国分の闇属性を使った移動魔術は、過去に訪れたことのある場所と自分の目で捉えた場所ならば自由に移動できるそうだ。
その特性を利用して、スケルトンの眷属達に小惑星を捕捉させ、取り付いたスケルトンを目印にして自分も移動したらしい。
「小惑星から切り出すって言っても、宇宙服でも着て表に出たのか?」
「ううん、星属性魔術を使えば、幽体離脱みたいな感じで意識だけを飛ばせるから、その状態で作業を進めたんだ」
国分は小惑星の内部から召喚術を使って、一辺が四十メートルもある巨大なブロックを切り出し、それを組み合わせて人工隕石を作ったらしい。
「宇宙空間だから重力は無視できるんだろうが、作った隕石をどうやってぶつけたんだよ」
「八木、小惑星から見た小惑星は止まっているけど、地球から見た小惑星は秒速何十キロ、時速何万キロの速度で接近してるんだよ」
「あっ、だから闇の盾なのか」
「そういうこと。盾を固定する基準を地球に設定すれば、人工の隕石は凄い勢いで盾に飛び込んでくるんだよ」
「そいつを別の盾から出してぶつけた」
「そういうこと」
「はぁ……聞けば聞くほど常識はずれな男だな」
「いや、それほどでも……」
「だから褒めてねぇからな」
あっけらかんと言ってやがるけど、見方を変えれば、いつでも、どこでも、好きな場所に直径五百メートルの隕石を降らせるってことだ。
直径数十メートルの隕石でさえ核爆弾の数倍の威力があるのだから、まじで都市どころか国や星まで滅ぼす力を持ってることになる。
「あれっ? でも、二回衝突させてるよな?」
「そうそう、一発目はちょっと失敗したんだよ」
「何をやらかしたんだよ」
「やらかしたって言うか、作った人工隕石が小惑星に近付いていっちゃって、予定の大きさになる前に接触しそうだったんだ」
「近付く? なんで?」
「八木、リンゴはなぜ地球に落ちると思う?」
「あぁ、引力か」
「うん、たぶんね。小惑星だから大丈夫だろう……ていうか、全然考えていなかったんだ」
「接触したら、闇の盾を使う作戦が出来なくなるから、慌てて一回目をやってみたけど、衝突コースから完全に逸らすには足りなかった」
「その通り、そんでまたやり直したんだよ」
「それで、二回目の衝突で無事に軌道を逸らせたって訳なんだな?」
「うーん……そのつもりだったんだけど、予想以上に衝突の威力が強くて小惑星が砕けちゃったんんだよ」
「調子に乗って、やり過ぎたんだろう?」
「ち、違うよ! 大体、どの程度の大きさをぶつければ良いのかも分からないんだから、可能な限り大きくしたら砕けちゃっただけだよ」
「どうだかなぁ……ブースター使って、ヒャッハーな気分でブロックをガン積みしたんじゃねぇの?」
「失敬な! 僕は地球の未来のためにだねぇ……」
「はいはい、頑張った頑張った」
「ぐぬぬぬ……八木のくせにぃ……」
これだけムキになるところを見ると、マジでやり過ぎたのだろうが、それを責めるのは酷ってもんだろう。
「そんで、その後はどうしたんだ? ちゃんと尻拭いはしたんだろうな?」
「失礼な……あれは不測の事態だったの! それに、できる限りの対策だってやったんだからね」
小惑星が砕けたことで、地球からの軌道予測が難しくなり、国分は目につく直径五十メートル以上の欠片を片っ端から処理する羽目になったらしい。
「でも、結局多くの破片が地球に降り注ぐことになったんだよな?」
「たぶん、小惑星が割れていなくても、破片は地球に降ったと思うよ。人工隕石を衝突させた時には、火山の噴火みたいに欠片が飛び散ってたから」
「まぁ、そうだろうな。じゃあ、人工隕石じゃなくて、国分がロケットをいくつも運んでいって、小惑星に設置して点火すれば良かったんじゃね?」
「そうかもしれないけど、それを考えてる余裕なんて無かったよ。一日遅れれば、それだけ地球に接近するから、より大きく軌道を変えなきゃいけなくなるからね」
「まぁ、その時点で何もしなかった人間が、後になってあれこれ言うのは違うよな」
国分が悪意をもって小惑星の欠片を降らせたのならともかく、最善を尽くした結果なのだから非難するのは間違いだろう。
「じゃあ、大きな破片をあらかた片付けたら、ブースター切れで寝込んでたってことか?」
「そうだよ、その後、人工衛星の防御もやったんだからね」
「人工衛星の防御?」
「小惑星の欠片が人工衛星に衝突すれば間違いなく壊れるし、気象衛星とかGPSとか使えなくなるでしょ」
「おぉ、確かに……てか、中国の宇宙ステーションが落ちたよな?」
「うん、でも、あれも闇の盾で防御してたんだよ。それでも縁に当たると盾が壊れちゃうから、その後に欠片がぶつかってきたら対応できないからね」
「てことは、かなり運が悪かったってことか?」
「そういうこと、実際、ISSや気象衛星ひまわり、日本のみちびき衛星も無事だったからね」
「それって欠片がぶつからなかったんじゃね?」
「まぁ、その可能性はあるね」
「その後は、フランスの原発から格納容器を勝手に飛ばしたぐらいか?」
「それは、オフレコだからね」
「分かってるって」
「そう言えば、小惑星に設置しておいた闇属性のゴーレムが、人工隕石衝突の衝撃で吹っ飛んで、宇宙空間を漂っているみたいなんだ。そこを目印にして八木を送還術で」
「待て待て、なんで俺様を処すつもりなんだよ。てか、証拠の残らない完全犯罪はやめろ!」
「宇宙を永遠に漂う……八木には似合わないロマンチックな最期だったなぁ……」
「勝手に殺すな!」
「てへっ」
まったく、国分がてへぺろしたって可愛くねぇつーの。
しっかし、時系列に沿って書いた国分の行動を眺めてみると、とんでもないの一言だ。
国分の魔術を見たことのない者からすれば、作り話にしか思えないことばかりだろう。
こんなファンタジーはレポートにならないという弱気が頭をもたげてくる。
いや、駄目だ。これを全ての者に真実だと理解させるレポートにしなきゃいけないんだ。
それが、地球を守ってみせた国分に対しての俺様からの最大の感謝なのだから。
「でもまぁ……国分はよくやったと思うぜ、俺様の母なる星、地球を守ってくれてありがとな」
「えっ……どうしたの八木、また拾い食いでもしたの?」
「お前はなぁ……ホントにお前はなぁ……身動きできなくなって、嫁に下の世話をしてもらったことまで詳しく書いてやるからな」
「な、何いってんだよ、プライバシーの侵害だよ!」
「はっはー、俺様には報道の自由という強い味方がついているんだよ」
「ふっ……仕方ない、日本との通信を途絶しよう」
「あーっ! それはやったら駄目だろう、本宮や相良に文句言われるぞ」
「その時には、やむにやまれぬ事情があったんだと説明するよ」
「くっ……覚えておけよ、いつか吠え面かかせてやるからな!」
「ふっ……やれるものなら、やってみたまへ」
まったく、ちょっと感謝したらこの通りだ。
このポヤポヤ鬼畜に吠え面かかせるためにも、今度のリポートだけはものにしてみせる。
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