第617話 諦めの悪い男(前編)
危ねぇ、危ねぇ……国分の野郎、なに木沢の名前なんて思い出してやがんだよ。
またトンビに油揚げを攫われるところだったじゃねぇか。
まぁ、俺様の華麗なるジャンピング土下座を見れば、鬼畜健人であろうとも書かさずにはおれないと分かってはいたけどな。
それにしても、インタビュー記事を書くにあたって色々と条件を付けてくるとは国分らしくない。
これまでならば、しょうがないなぁ八木は……ぐらいのノリで許してくれてたのに、それだけ世間の波に揉まれたってことなのかもしれないな。
まぁ、この俺様が歴史に残る名文を書いてやるのだから有難く思いたまえ。
とはいえ、このインタビューには俺様も人生を懸けていると言っても過言ではない。
今回、まともな記事を残せなかったら筆を折ると、ジョーや綿貫と約束してしまったのだ。
ジョーはともかく、あの綿貫という女は本当に始末が悪い。
一度地獄を見た者の強みというか、死ぬことすら恐れていないような節がある。
おまけに、やたらと的確に人の急所を突いてきやがるのだ。
まぁ、確かに綿貫の言う通り、これまでの俺は国分を利用できる立場にありながら、何一つ実績を残せないでいる。
理由は、たぶん金に目がくらんでいるからだろう。
だが、国分や木沢みたいに大金を稼いでいる奴が近くに存在するのだから、俺も……と思ってしまうのは当然だろう。
だが、それが俺様の目を曇らせて、読者の求めるものを見えなくしているならば、初心に帰って、いやジャーナリストを目指した頃の俺さえも矯正して挑むしかない。
読者の求める、真実の国分健人を白日の下に晒してみせる。
「それで……いったい何を聞きたいの?」
心底面倒くさそうに、頬杖を突きながら国分が訊ねてくる。
なんだかんだと言いながらも最終的には付き合ってくれるのだから、救いようがないほどのお人好しだ。
「最初に小惑星の接近について知った時の状況から話してくれ」
「最初はねぇ……ヴォルザードが夜中の時間に内閣官房の人から呼び出されたんだ」
「その内閣官房の人って、国分は面識があったのか?」
「うん、梶川さんは日本との窓口になってくれている人で、色々頼まれたり頼んだりしてるよ」
「夜中の呼び出しにも応じるように強制されてるのか?」
「ううん、普段は時差を計算して連絡してくれるし、こっちの都合が悪ければ待ってくれるんだけど、今回は切羽詰まってる感じだったから呼び出しに応じたんだ」
国分は同級生を日本に帰国させたり、リーゼンブルグとの交渉を仲介しているのは知っていたが、こうした話を聞くと改めて日本政府という組織から依頼を受けるような存在なのだと認識させられる。
「それで、練馬駐屯地に行って、その梶川ってひとから詳細を聞いたのか?」
「いや、梶川さんも勿論いたんだけど、練馬駐屯地で待っていたのは塩田外務副大臣だった」
「おぅ、外務副大臣か……あれっ、それってヴォルザードに来た人か?」
「そうそう、その塩田さん」
「それで、小惑星の軌道変更を依頼されたのか」
「違うよ、最初に依頼されたのは、避難民の受け入れをヴォルザードに打診することだった」
「その時点で、小惑星の軌道変更は?」
「まったく考えてなかった。だって、その時点でも長辺が八千メートル、短辺が五千メートルだって言われてたんだよ。八千メートルなんて、エベレスト級の山だよ、山」
「でも、実際には直径三十キロもある小惑星の軌道を変えたんだよな?」
「まぁね。でも、それは後になって方法を考えてやったことで、第一報を聞いた時点ではお手上げ状態だったよ」
国分が第一報を聞いたのは、アメリカ政府から日本政府にホットラインで知らせが入ってから数時間後で、その時点で衝突までは十六日しか残されていなかったそうだ。
「てかよ、直径三十キロもある小惑星に、そこまで接近されないと気付かないものなのか? もっと小さい天体でも追尾してるって聞くぞ」
「僕も詳しくは知らないけど、今回は太陽の方向から接近してきたんで発見が遅れたとか言ってたよ。大きさが八キロから三十キロに変わったのもそのせいだとか……」
「ふーん……意外に当てにならないもんなんだな」
「みたいだね」
「それで、避難民は何人程度打診されたんだ?」
「えっとねぇ……確か、アメリカからは千人以上の要求があったとか言ってた」
「アメリカだけでか?」
「そうそう、でも日本政府は違うことを考えてたみたいだけどね」
「違うってのは?」
「えーっとねぇ、国連の全加盟国から十人ずつ受け入れようとしたみたい」
「はぁ? 国連の加盟国っていくつだ?」
「確か、二百弱だから、総勢二千人程度だね」
「多いんだか少ないんだか、よく分からねぇな」
「少ないでしょ。一つの国でたった十人だよ。むちゃくちゃ揉めるでしょ」
「それもそうか……でも日本政府は、なんでそんな中途半端なことをやろうとしたんだ?」
「さぁ? 世界中に良い顔をしようとしたのかも……」
「てか、逆に評価下がったんじゃねぇの?」
「かもね……」
極力、いつもと変わらない口調で話をしようと思っているが、国分の口からは次から次にとんでもないネタが語られる。
というか、たかだか十五歳のガキに日本政府は何を背負わせようとしてたんだ。
「それで、国分は要請を受けて何をしたんだ?」
「ヴォルザードに戻って、夜が明けるのを待ってクラウスさんに話をしに行ったよ」
「クラウスのおっさんは何て?」
「まず小惑星の落下について説明するのが大変だった」
「あぁ、滅多にあるもんじゃないしな」
「それで、納得してもらった後は、話の規模が大きすぎるし急すぎるって言われたね」
ヴォルザードの領主であるクラウスのおっさんとの話では、単純に避難民の受け入れにとどまらず、地球で生き残った者への食糧支援などについても会話が交わされたそうだ。
クラウスのおっさんは、一見するとグウタラな駄目なおっさんにしか見えないが、実際に話をしてみると俺や国分なんかよりも一枚も二枚も上手だ。
住民の数で比較すると総理大臣どころか都知事でもなく区長レベルなのだろうが、その統治能力は日本の政治家の比ではないだろう。
「でもよ、結局地球からの避難は行われなかったんだよな?」
「うん、そうだね」
「なんでなんだ?」
「なんでだと思う?」
「質問に質問で返すなよ……まぁ、その人数じゃ誰を避難させるのか揉めたからだろう」
「正解。てか、クラウスさんは誰でも受け入れるぐらいの感じだったけど、日本政府としては怪しい人物とか送り込めないでしょ」
「そらそうだな。あのヤバいカウンセラーみたいなのに来られたら困るしな」
以前、日本から送り込まれた心理カウンセラーに国分が殺されかけた。
日本政府としても同じ轍を踏む訳にはいかないのだろう。
「んじゃあ、国分はずっと待機してたのか?」
「まぁ、そうだね」
「その間、日本政府は何してたんだ?」
「詳しい内容は知らないけど、延々誰を避難させるのか揉めてたみたいだよ」
「どんな人間を選ぼうとしてたんだ? 政治家とか金持ちか?」
「閣僚とか資産家は候補にあがってたみたいだよ。あとは皇族とか伝統工芸士とか」
「金持ちが選ばれるのは腹立つが、無難といえば無難な人選なのか?」
「結局まとまらなかったみたいだけどね」
「その辺りの話、梶川って人から聞けないか?」
「取材目的だったら、八木が申し込まないと駄目なんじゃないの?」
「そうだけどよぉ……コネを使うのもジャーナリストってもんだぜ」
「はぁぁ……梶川さんも暇じゃないだろうから、取材の申し込みか質問状みたいなものなら届けてあげてもいいよ。ただし、答えてくれるかどうかまでは分からないからね」
「おぉ、マジか。やっぱり持つべきものは友だな」
「こんな時だけ友達って言われるのは釈然としないけどねぇ」
「そう言うなよ、俺と国分の仲じゃないか」
「よく言うよ、人を散々鬼畜扱いしておきながら……」
「そらそうだろう、あの魔の森の訓練場での特訓メニューなんて鬼畜そのものだぞ」
「えぇぇ……そのおかげで、みんな稼げるようになったし、生き残ってこられたんじゃないの?」
「否定はしないが、やってる時にはそんなこと思ってなかったからな」
ゴブリンを一人で倒せぐらいなら普通だと思うが、オークを一人で倒せとか、ロックオーガを倒してみろとか、スパルタにもほどがある。
まぁ、そんな経験をしていたから、マリーデとダンジョンに行く途中でオークに出くわしても死なずに済んだんだがな。
「待機している間、国分は何もしてなかったのか?」
「失敬な、めちゃめちゃ働いてたつーの」
「何してたんだよ」
「んー……原発巡り?」
「なんで疑問形……てか、なんで原発なんだよ」
「だって、小惑星が海に落ちたら巨大津波が来るとか言われてたじゃん」
「あぁ、東日本大震災の時みたいに原発事故を想定してたのか」
「そうそう、そういう事だよ」
「てか、原発事故が起きたとして、何するつもりだったんだ?」
「メルトダウンしそうな格納容器を送還術を使って月面に飛ばしちゃおうかと……」
「お前、核の不法投棄するつもりか!」
「いやぁ……つもりじゃなくて、実行してるんだけどね」
「はぁ? あっ、フランスか! まだドローン飛ばして調査してるんじゃないのか?」
「一基は格納容器粉々だったけど、もう一基はまだ原形があったから月の裏側に飛ばしちゃった」
「飛ばしちゃったって……お前なぁ」
「大丈夫、大丈夫、ほら宇宙線いっぱい飛んでるし、宇宙服着ないで月面なんて歩く人いないじゃん」
「そらそうだけどよ。まぁ、世間から怒られるのはフランス政府か」
「いや、僕が勝手にやったんだよ」
「アホかぁ! 何考えてんだよ! アホ!」
「大丈夫だって、心配性だな八木は。ふっ……証拠は無いさ」
「こいつ……開き直りやがったな」
「あー……でも、今の部分はオフレコね。バラしたらプチって潰すから」
「お前は、本当に鬼畜だな」
「いやぁ、それほどでも……」
「褒めてねぇよ!」
まったく、なんでこんなポヤポヤな奴が地球を救っちまうんだか……。
いや、こんな奴だからこそ力を持たしても大丈夫なのか。
とにかく、このポヤポヤ鬼畜が裏で何をやっていたのか、全部吐かせてやる。
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