第616話 招かれざる客

 ミューエルさんに、コーリーさんへの伝言を頼んで帰宅すると、門の警備をしていたツーオに客が来ていると言われました。

 どうせ同級生の誰かだろうと思いつつ応接室へ行くと、ソファーにふんぞり返っている八木の姿がありました。


「おぅ、遅かったじゃねぇか、待ちくたびれたぜ」

「うん、帰れ!」

「酷ぇ! お前は本当に俺の扱いが酷いな、早急な改善を要求する!」

「そうか、ここは帰れじゃなかったな」

「当たり前だ、わざわざ俺様が足を運んでやってるんだぞ」

「よし、殲滅しよう! 八木は一匹いたらニ十匹は隠れていると言われてるからね」

「そうそう、俺様は繁殖力が旺盛で……って、ゴキブリじゃねぇ!」

「当たり前だろう。八木に比べたら、ダンジョンの掃除屋と呼ばれているスカベンジャーの方が可愛いぐらいだよ」

「こいつ……好き放題言いやがって……」


 僕が八木と向かい合うソファーに腰を下ろしたタイミングで、ルジェクの姉マルツェラがティーセットを載せたカートを押して現れました。


「あぁ、お茶は僕の分だけでいいよ」

「お前なぁ……ガッポリ稼いでるんだから、お茶の一杯ぐらいケチケチするな!」

「貴様に飲ませるお茶はねぇ!」

「旦那様、お茶をお出ししてはいけませんでしたか?」


 既に八木の前にはティーカップと茶菓子が盛られていたと思われる皿が置かれていて、それも用意したであろうマルツェラは戸惑ったような表情を浮かべています。


「ゴメン。八木相手の軽い冗談だから、いつも通りに対応してもらっていいよ」

「かしこまりました」


 マルツェラは、ホッとした様子でお茶を淹れてくれました。

 うん、次からは八木いじりにも参加してもらえるように教育しておきましょうかね。


「まったく国分はガキだな、メイドさんに面倒かけてんじゃねぇよ」

「そんな事を言うなら、次からは門前払いにするよ」

「嘘、嘘、冗談に決まってんだろう」

「そんで、今日は何をしに来たの? お金なら貸さないからね」

「お前は、使いきれないぐらい金持ってんだから、ちょっとは俺様を甘やかせ」

「嫌だよ、八木に投資するぐらいなら、世界の貧困地域の救済に使うよ」

「お前なぁ……まぁ、いい、今日はそんな事を言いにきた訳じゃないからな」


 また八木のことだから、グダグダと理由を付けては金をせびりに来たのかと思ったら、あっさりと引き下がりました。


「今日は全部話してもらうぞ」

「断る!」

「お前なぁ……」

「だいたい、八木に話したところで、余計な脚色をして台無しにするだけだろう」

「そんな事しねぇよ。昔の俺とは違うんだ、今の俺様は硬派なジャーナリスト志望だからな」

「どうだかなぁ……てか、何について話せっていうの?」

「決まってんだろう、小惑星パンドラに絡む一連の経緯についてだ。てか、内容も確かめずに断りやがったのかよ」

「それなら、こないだ話したばかりじゃん」

「あんなのは、俺様を煙に巻くための嘘だろう。今日は裏幕の全てについて、真実を語ってもらうからな」

「そんなの話す訳ないじゃん」


 小惑星の軌道変更については、ISSの宇宙飛行士達が大体の内容を語っています。

 まぁ、魔術についての詳しい部分は話していないので、彼らもボカシながら話していましたが、大筋では間違っていません。


 なので、今更八木に語って聞かせるつもりは無いから拒絶したんですが、不意に八木はマジな表情を浮かべてみせました。


「国分……それでいいのか?」

「なにが?」

「お前は、自分が地球の危機を救った真実を知られないままでいいのか?」

「いいんじゃないの。どうせ話したところで、魔術絡みは信じてもらえないだろうし……」

「本当にいいのか?」

「なんだよ、今日はやけに絡んでくるね」

「当たり前だ、俺様は考え方を改めたからな」


 どうだとばかりに胸を張ってみせる八木の姿は、胡散臭いの一言です。


「考え方を改めたぁ?」

「おうよ、ジャーナリストたるものは、己の功名心を満たすためではなく、世間一般の人々に遍く真実を伝えるために働くべきなのだよ」


 天井を仰ぎ、両手を広げてみせる八木は、己の承認欲求を満たすことしか考えてないように見えます。


「真実ねぇ……でも、いくら真実を語ろうとも。それを伝えるのが八木じゃあ信じてもらえないのでは?」

「お前は本当に失礼な男だな、俺様は一度だって嘘を伝えたことなど無いぞ……ちょっと脚色してあるだけだ」

「それを世間は真実とは認めないんだよ」

「うるさい、うるさい。大体、国分だって日本政府に良いように扱き使われて、その挙句に契約は結んでいない……なんて言われてまで、大人しく黙っている必要なんて無いだろう。それに、国分が実際にはどんな働きをしたのか語らなければ、また多額の金を稼いで……なんてやっかむ連中が増えるだけじゃねぇのか?」

「別にいいんじゃない? てか、一番僻みそうな男が目の前にいるけどね」

「ばっ、ばっかだなぁ……お前は本当に馬鹿だな。お前はそれで良いかもしれないけど、お前の家族や浅川さんの家族まで巻き込まれるかもしれないんだぞ」

「はぁ? なんだよそれ!」

「いいか、世の中の妬む、僻む、やっかむ連中には、世間の道理なんか通用しないんだよ。国分が実際にどれほど苦労した末に金を稼いだのか知らなければ、憂さ晴らしの的にしてやろうぐらいにしか思わないんだぞ」

「うっ、それはそうかもしれないけど……」


 八木にしては珍しく的を射た発言ですね。

 実際、今の状況で唯生さんや美香さん、美緒ちゃんが日本に帰ったら、理由も無く妬まれるかもしれません。


 このままヴォルザードで暮らせば問題無いでしょうが、それは日本で暮らすという選択肢を僕が奪うようなものです。


「といっても、僕のやった事は、ISSの皆さんが暴露しちゃってるよ」

「あんなもの、魔術を使って軌道を逸らしました、その際に危険な薬物まで使わなきゃいけませんでした……ぐらいしか話してないんだろう。実際、薬物使用については非難する声の方が多いぐらいだぞ」

「えっ、マジで?」

「当たり前だ。特に日本の正義中毒の連中にかかれば、薬物使用イコール犯罪者だからな」


 八木に言われて、改めてネットの反応を見てみると、確かに薬物使用については非難する意見が多く、擁護する者も消極的な賛成に留まっています。


「例のブースターを使ったんだろう? でなきゃ魔力切れを起こして、軌道変更が間に合わなかったかもしれないんだろう?」

「そうだよ。じゃなきゃブースターなんて使わないよ。効果が切れたら身動きできなくなっちゃうんだよ。意識はハッキリしてるのに体が動かせないのは地獄だよ。下の世話までやってもらわなきゃいけないんだからね」

「ひゃーはっはっはっはっ、ざまぁ! てか、赤ちゃんプレイに目覚めちまったんじゃねぇのか?」

「ぐぬぬぬ……あの屈辱的な状況を味わったことがないから笑ってられんだよ」

「当たり前だ、俺様は裏事情について何も聞かされていないからな。ネットで国分を非難している連中も同じだ。本当なら、非難どころか感謝しなきゃいけないのに、真実を知らされていないから自分達に都合の良い解釈をして好き勝手な事をぬかしてやがるのさ」


 確かに、ブースター使用の必要性については話していないので、エナジードリンクのヤバいやつみたいな解釈から、覚醒剤などの違法薬物といった解釈までされています。

 その結果、まるで僕が危ない薬物中毒患者のように言われています。


「いいのか、これで? 国分がヤク中扱いされれば、浅川さんや家族まで叩かれるんだぞ」

「分かった。じゃあ、ブースターについては話をするよ」

「駄目だ、話すなら全部だ」

「なんでだよ」

「都合の良い話だけして、都合の悪い話はしない……なんて姿勢で信用してもらえると思うのか?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「世の中の信頼を勝ち取りたいなら、全部話せ」

「うーん……いや、無理!」

「なんでだよ!」

「ISSの宇宙飛行士を送り届けた件については、分厚い契約書を交わしてるから、内容を話すと守秘義務違反を問われる」

「それは、小惑星の軌道変更とは直接関係無い話だろう? 別にそこは必要じゃねぇよ」

「うーん……でもなぁ……」

「何が不満なんだよ」

「そんなのインタビュアーが八木だからだよ」

「お前なぁ……人をコケにするのも大概にしとけよ」

「てかさ、八木が書いたマトモな記事とか読んだことないし、でっちあげゴシップネタの学校新聞のイメージしか無いんだよねぇ……」

「あの頃とは違うにきまってんだろう! 俺様だって、リーゼンブルグに召喚されてから艱難辛苦を経験し、臥薪嘗胆して今日まで生きてきたんだぞ。何度でも言うが、手柄が欲しいんじゃない、真実を伝えたいんだよ!」


 八木が力説すれば力説するほどに、妙に芝居がかって嘘臭く見えるんですよねぇ。

 ぶっちゃけ、内情を話すのは別に八木じゃなくても良いのですが、かと言って他に信用できる報道関係者なんて身近にはいないんですよねぇ。


「あっ、そうだ……木沢さんがいるか」

「ばっ、木沢なんて駄目にきまってんだろう!」

「なんでさ。木沢さんの方が世間への影響力も強いし、出版社とかのバックアップもありそうだし、前回の手記も僕の扱いは悪くなかったからね」

「だ、駄目だ、駄目だ。このネタは俺の方が先に声を掛けてるんだし、優先権は俺にあるはずだ!」


 木沢さんの名前を出したとたん、それまでちょっと余裕をみせていた八木の態度がガラリと変わりました。

 サーっと音を立てるように顔から血の気が引き、ぶわっと冷や汗が噴き出してきています。


「いやぁ、ジャーナリストたるもの己の功名心よりも真実を伝える方が大切……なんだよね?」

「だ、だからこそ、特定の出版社に縛られている木沢なんかじゃなくて、野にありて真実を追求する俺様のような存在こそがふさわしい訳で……」


 言葉を切った八木はゆらりとソファーから立ち上がると……床に頭をめり込ませる勢いで、見事なジャンピング土下座を決めてみせました。


「お願いします、国分様! 俺に書かせて下さい!」

「はぁぁ……しょうがないなぁ、書かせてやるか」

「マジで!」

「ただし、条件を付けさせてもらうよ」

「どんな条件だ?」

「正式に発表するまでは、外部に一切の情報を洩らさないこと」

「約束する!」

「それと、書き上がった記事は発表前に見せること」

「勿論だ、約束する」

「それと、僕が駄目という箇所は発表しないこと」

「それは……」

「日本政府も絡む案件だから、下手をすれば八木の記事自体潰されるんじゃない?」

「そんな言論弾圧なんて許される訳ないだろう」

「てか、駄目っていう所まで発表したら、僕が潰す……物理的に」

「物理的って……冗談じゃ……ないのか?」

「一辺二十メートルの立方体の岩を支えられるなら大丈夫だと思うけど」

「無理にきまってんだろう、プチって潰れるわ」

「それが嫌なら、月の裏側に飛ばしてやってもいいよ。ちょうど目印のゴーレムが置いてあるからさ」

「生身の月面探査なんて生きて戻れないだろうが!」

「だったら、情報管理はキッチリやるんだね」

「ちっ……分かったよ、その代わり全部話してもらうからな」

「いいけど、なんで八木が偉そうなんだよ。話すの止めるよ」

「やだなぁ……言葉の綾じゃないですか、国分様ぁ」


 床に正座したまま揉み手してみせる八木は、それはそれでムカつくんですけどねぇ……。

 まぁ、ラストチャンスだと思って、ちょっとやらせてみましょうかね。

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