第614話 苦労人ジョーは巻き込まれる
馬車をオーランド商店まで送ってマールブルグまでの往復の護衛を終え、ギルドに依頼終了の報告を済ませ、ようやくシェアハウスへ帰ってきた。
いつものごとく鷹山は、ヴォルザードの門を潜った直後に奇声を発しながら走り去っていったし、新旧コンビは金を受け取ったら何処かへ消えて行った。
まったく……誰かの身体、生命、財産に被害を及ぼすような事態ではないが、もう少し常識的な行動をしてくれ。
シェアハウスのリビングに入ると、綿貫とテーブルに突っ伏している八木の姿があった。
「おかえり、ジョー」
「ただいま」
「新旧コンビは娼館まっしぐら?」
「たぶんね。それで、この屍はどうしたんだ? また綿貫がリポートを酷評したのか?」
「とんでもない、例によって自爆よ、自爆」
それまで屍のごとく身動き一つしなかった八木が、綿貫の言葉にピクリと反応した。
「自爆なんかじゃねぇ……みんな、あの鬼畜野郎のせいだ……」
「にししし……」
ホラー映画の怪物のごとく恨みがましい口調で八木が呟くと、綿貫は上機嫌に笑ってみせる。
「どういうこと?」
「例の小惑星、やっぱり国分が何とかしたみたいなの」
「あぁ、それで八木はリポートがファンタジーになったって嘆いてるのか」
「そうそう、でもそれだけじゃないみたいね」
「まだ何かあるのか?」
「何かあるのかじゃねぇ……」
ぬぅ……っと起き上がった八木の目の下には、ベッタリとクマが出来ている。
寝る時間も削ってリポートを書いていたからなのか、それともマリーデに搾り取られたのか、その両方なのかは知らないが、不健康極まりない顔色をしているのは確かだ。
「あの鬼畜……俺様の渾身のリポートを台無しにしてくれただけでなく、日本政府からぼったくりやがった!」
「ぼったくり? どういうこと?」
「二百四十億……二百四十億円もの報酬を引き出しやがったんだぞ。日本国民が汗水流して、爪に火を点すようにして収めた血税から、二百四十億円もの大金をガメやがったんだ! こんなの許される訳ねぇだろう!」
「にししし……国分だけ稼いで僕ちゃん悔しいぃぃぃってことよ」
八木が両手を振り回して熱弁を振るう向かい側で、綿貫が冷静に要約してみせた。
「あぁ、いつものことか」
「そうそう、そういうこと」
「そうかそうか……って、二百四十億円? マジ?」
国分が稼いで八木が歯ぎしりするのは毎度のことだが、二百四十億円という金額にはさすがに驚いた。
「マジ、マジ、今回は日本政府がやらかしたからねぇ」
「やらかしたって?」
「国分には正式に依頼していないって記者会見で言い切っちゃったのよ」
「でも、実際には依頼していたとか?」
「そうそう、あたしも詳しくは知らないけど、また国分はボロボロになるまで働いてたみたいだから、そんなことを言われたらねぇ……」
「あぁ、なるほど……」
「なんかさ、魔力を補う代わりに効果が切れると数日動けなくなるヤバい薬とか使ってたみたいよ」
「あぁ、ブースターだな」
「えっ、ジョーも使ったことあるの?」
「無いよ、無いけど万が一のために依頼の時には持って出るぞ」
ブースターについては、国分から効果や副作用について詳しく教えてもらっている。
冒険者にとって魔力切れは命に係わる事態だけに、それを回避できるアイテムは貴重だ。
だが、国分から聞いた副作用を考えると軽々しく使えないし、身動き取れなくなった時にフォローしてくれる人がいなければ命を落とす危険がある。
なので、パーティ―四人で話し合って、使うのは遠距離の魔法も使える俺か鷹山に限定して、新旧コンビがフォローすることになっている。
どうやら国分は、複数本のブースターを使ったらしく、その分反動も大きかったようだ。
つまり、何日にも渡って魔法を使い続けるような働きをしたのに、そんなの頼んでいないと言われたらしい。
それは、いくらお人好しの国分でもキレるだろう。
「なんかさ、国際宇宙ステーションの乗組員を魔法を使って避難させてたらしくて、それを送り返す報酬として支払われたみたいよ」
「でも、ロケット打ち上げて人を運ぶなら、そのぐらいの金は掛かるんじゃないの?」
「そうそう、テレビで怪しげな専門家が一回百二十億円が二回で二百四十億円だって言ってた」
「宇宙ステーションの乗組員全員を避難させてたのかな?」
「そうみたいよ。だから急いで戻る必要があったんじゃない?」
「なるほど、それで国分タクシーを使ったって訳か……そんじゃ妥当なんじゃないか、二百四十億円でも」
「じゃなきゃ払わないでしょ」
「だな……てか、二百四十億円とか想像できないな」
「まぁ、国分だからね」
「だな……」
国分の常識外れは今に始まったことではないが、宇宙とか……二百四十億円なんてとんでもない金額とか……驚くというより呆れるしかない。
呆れてはいるが、国分だからの一言で納得もしてしまうのだが、納得がいかない奴もいるらしい。
「解せん! 解せん、解せん、解せん! なんで毎度毎度、俺様の企画が潰されて、国分ばかりが大金を稼げるんだ。一緒に召喚されたのに、なんで国分だけチートなんだ!」
「まぁ、確かに国分はチートだけど、チートだから大金を稼いでいるんじゃなくて、チートなのが国分だから稼げているんじゃないの?」
「どういう意味だよ?」
「八木は稼ぐために行動するけど、国分は稼ぎとか度外視で動くから稼げるのよ」
「はぁぁ? 意味分かんねぇよ」
寝不足でテンションが上がりまくっている八木に対して、綿貫は至って冷静、自然体で話を進める。
「国分はさ、基本的に誰かのため頑張ってるのよ、自分のためじゃなくて」
「そんなもの、金が有り余ってるからできるんであって、それを俺に求めるのはおかしくねぇか?」
「だったら、なんで国分は私達をリーゼンブルグから助けてくれたの?」
「えっ……それは……」
「あの頃でも、国分はチートだったかもしれないけど、今みたいにお金は持っていなかったよね。それなのに、必死になって私達を救出して、住む場所を整えて、日本に帰る方法すら見つけてくれたんだよ」
「そ、そんなのチートな能力をもらったんだから……」
「当然じゃないわよ。別に国分が同級生全員を救出する義理なんて、どこにも無いじゃない。国分は親でも先生でもないんだから、自分だけ楽して生きることだってできたんだよ」
綿貫の言う通り、国分がいなかったら俺達は今の生活を送れていない。
それどころか、下手をすればカミラに使い潰されていたかもしれない。
それなのにヴォルザードに着いた翌日には、同じ年ぐらいの地元の連中と揉めて、鷹山が靴屋を燃やすような騒動まで起こしてしまった。
罰金も払える状態でなかった俺達は、本来なら街から追放されるはずだったそうだが、それを強制労働で済ませてもらったのも国分の働きかけがあったからだ。
「誰かのために、損得抜きで必死になってくれる……そんな人間には報われて欲しいって思うのは当然でしょ。その上、実力があるんだから、それに見合った仕事と報酬を与えようと思われるのは当然でしょ」
「だ、だけと、国分が魔法で片付けちまうせいで、俺のリポートが台無しになってんだぞ」
「そんなの八木の実力不足じゃない」
「なんだと!」
「こっちの世界には魔法がある、国分は地球では考えられないような魔法が使えるのは事実でしょ? それを上手く伝えられないんだから、実力不足って言われても仕方ないんじゃないの?」
「お前は、実際にリポートを書いたことが無いからそんな風に言えるんだよ」
「でも、魔法も異世界召喚も有りでリポート書いて大儲けした人もいるじゃないの……木沢澄華」
「あ、あれは、親のコネとか最初に日本に帰還したタイミングとか色々利用したからで……」
「コネも実力なんじゃないの? てか、その頃八木は何してたのよ。二番煎じとか言われても、売り込むチャンスはいくらでもあったんじゃないの?」
「俺は! 俺は……」
八木は、ヴォルザードに残った者達の中では一番実績を残せていない。
ジャーナリストになる夢を追いかけていたかと思えば、レンタサイクル事業に手を出してみたり、フラフラと地に足が着いていない。
だが、俺達の年齢を考えれば、八木は普通どころか良くやっている方だろう。
高校生にもなっていないのに、世界に認められるようなレポートを書いたり、ベストセラーを出したりするなんて普通は無理だ。
ましてや、国分みたいな規格外の人間と肩を並べようなんて無理に決まっている。
ぶっちゃけ、こっちには残らずに日本に帰った方が八木は幸せになれた気がするが、マリーデとの関係もあるし、何とも判断しづらい。
「八木……」
「なんだよ、ジョー」
「お前、新旧コンビと一緒に、国分に真相を問い質しに行ったんだよな?」
「あぁ、それが?」
「嘘ついてるだろうって指摘したら、国分はそうだって言ってたんだろう?」
「そう、だけど……」
「だったら、国分が絡んでるのは予測しておかないと駄目なんじゃね? 世間はともかく俺達ならば……」
国分がとんでもな行動を、俺達は地球の人々よりも近くで見聞きしてきた。
しかも、事前に接触していたならば尚更予測しておくべきだろう。
「確かにそうだけど……そうなんだけど、納得がいかねぇ」
「そこを納得できないようだから、八木は稼げないのよ」
全くその通りなのだが、綿貫は本当に容赦がない。
「それと、今回のリポートも無駄になったと思ってるでしょ?」
「当たり前だろう! 俺が寝る間も惜しんで書いたものが全部パーになったんだぞ」
「シーリアさんの出産リポートもそうよね?」
「そうだ、あれも国分が絡んで魔法で帝王切開なんて、そんなとんでもリポートにできるかよ!」
「だから無駄になった?」
「そうだ!」
「そうやって、失敗を失敗のままで投げ捨てちゃうから八木は成長しないのよ」
「なんだとぉ……」
「国分が出てきたら、地球では常識外れの事態になる……だったらどうリポートするのか考えなきゃ駄目なんじゃないの? というか、どれだけ魔法がとんでもないかリポートできたら需要があるんじゃないの?」
「それは……」
「今回だって、色んな推測がネット上に溢れているけど、直接国分にインタビューした記事なんて一本も無いんじゃない? 八木はそれをできる立場にいるんじゃないの?」
「それだぁぁぁぁ! 待ってろ国分、俺様にも稼がせろぉぉぉ……ぐぇ!」
綿貫の目配せに気付いて、飛び出して行こうとした八木の襟首を掴まえた。
「なにすんだよ、ジョー」
「ちょっと待て、考え無しに飛び出して行こうとすんじゃねぇ」
「そうよ、行って国分に何を聞くつもり?」
「それは……今回の騒動についてだなぁ」
「ちゃんと世間の需要を満たせる質問かどうか考えてる?」
「うっ……そこは俺様のジャーナリストとしての経験で……」
「それが当てにならないから、どこからも相手にされてないんでしょ! イノシシみたいに飛び出して行くんじゃなくて、ちゃんと準備を整えてから行きなさいよ」
「分かった……」
「だったら、何か書くものを持ってきなさいよ。質問の内容を整理するわよ。ほら、ジョーも座って」
「うぇ、俺もかよ」
「八木がこのままでもいいの?」
「それは困るけど……」
「だったら、グダグダ言わない」
「へーへー、分かりましたよ」
まったく、とんだとばっちりだと思うが、あのまま放置すれば八木が闇落ちしそうだったし付き合うしかないのだろう。
まったく、どうしてこう世話が焼けるんだろうなぁ。
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