第612話 風向き
小惑星の欠片が世界各地に降り注いで、死傷者を出す被害が広がったことで、僕に対する猛烈な非難が起こりました。
ぶっちゃけ、腹は立ちましたけど、この程度は予想の範囲内なんで凹んだりはしませんよ。
クラスメイト達を実戦訓練から救い出して、鷹山がマルセルさんの店を燃やした時に比べれば何てことありませんよ。
苦労して受け入れ準備を整えて救出して、釘を刺しておいたにもかかわらず、その日のうちにヴォルザードの人々から反感を買うような騒動を起こした上に逆切れされましたからね。
いやぁ、あの時は本気でプチってやっちゃおうかと思ったし、思い返しても腹が立ってきます。
まぁ、今となっては親馬鹿の馬鹿親ですから、始末する訳にもいかないんですけどね。
あの時の状況に比べれば、ネットで騒がれる程度は屁でもないですね。
今回の小惑星の接近に関しては、僕は僕にできる事をやりきったと思っています。
そりゃあ被害が出ているんですから完璧じゃなかったですけど、ギャーギャー騒ぐぐらいなら、落ちて来る欠片程度は自分でなんとかしろって話です。
まぁ、こんな話をネット上で発表したら大炎上するでしょうから言いませんが、心境としては知らんがな……って感じです。
ネット上の逆風については、僕よりも周りの人達が憤慨しています。
唯香は勿論、唯生さんもまた頭に血が上ってきているみたいで、美香さんがハラハラしています。
そして、一番腹を立てているのが美緒ちゃんです。
「なんで! どうして! 健人お兄ちゃんはすっごい頑張ったのに、どうしてこんな酷いことを言われなきゃいけないの!」
ボロボロ涙をこぼしている美緒ちゃんを見ていると、申し訳なくなってしまいます。
「ごめんね、美緒ちゃん」
「なんでお兄ちゃんが謝るの? お兄ちゃんは何も悪くないじゃない!」
「うん、そうだね。でも、被害にあった人達は、悲しみとか怒りとかをどこかにぶつけないと気持ちが収まらないんだよ」
「だからって、お兄ちゃんに文句を言うのは間違ってる!」
「うん、そうだね。いつかは分かってもらえるといいね」
「なんで、なんでお兄ちゃんは怒らないの?」
「美緒ちゃんが代わりに怒ってくれているからかな。僕は顔も知らない人に理解されなくても、大切な家族のみんなが理解してくれていれば大丈夫」
「ホントに……?」
「ホント、ホント、だから褒めて、褒めて、よく頑張りました……って」
「うん、健人お兄ちゃんは、大変よく頑張りました!」
おっと、ほっぺにチュってされちゃいましたね。
でも、ルジェクと違って、僕の場合はほっぺなんですね。
美緒ちゃんのヒステリーが収まると、我が家は平静を取り戻しました。
その後もネットの状況を眺めていると、猛烈に吹き荒れていた逆風が徐々に収まって、風向きが変わり始めました。
その切っ掛けを作ったのは、練馬駐屯地に避難させたISSの乗務員の皆さんだったようです。
彼らは英語、ロシア語、そして日本語で、国分健人を非難するのは間違いだという主張を動画投稿サイトにアップしました。
内容としては、地球を直撃する巨大な小惑星に対して、人類は何の備えもできていなかった事から始まっていました。
アメリカ、ロシア、中国は、小惑星の軌道を変更させるためのロケットを打ち上げなかったのではなく、打ち上げられなかった内幕を暴露しました。
更に、僕が異世界の危険な薬物を使用し、丸三日間魔法を使い続けてようやく小惑星の軌道を変更した事や、大きな欠片を砕く作業も行った事、その後は身動きできない状態になった事など、関係者でなければ知り得ない情報をまで伝えました。
そして何よりも、自分達はISSから避難する際に、日本政府関係者と打合せを行っていて、小惑星の軌道変更を国分健人氏が独断で行ったとは思えないし、日本政府のバックアップがあった事は間違いないと断じました。
更には、アメリカ政府が異世界ヴォルザードへの避難を打診した事や、日本政府が各国に十人限定での避難を打診した事なども暴露しました。
その上で、自分達は小惑星の衝突に対して、何一つ対策を実行できなかったのに、必死に働き地球存亡の危機を救った者を非難するなど言語道断だと、各国政府を吊るし上げて動画は締めくくられていました。
この動画は、各国の天文学者などのグループによって拡散されていき、僕に対する風向きが変わる切っ掛けとなりました。
てか、絶対に梶川さんが一枚噛んでますよね。
僕が避難させたISSの皆さんが、今度は僕を守ってくれたんだ……なんて純粋な頃の僕ならば感動して涙を流していたでしょうが、最近は捻くれてしまって素直に受け止められなくなってるんですよねぇ。
あのまま逆風が続いて、僕がへそを曲げたままだとISSに戻れないから何とかしようなんて思ったんじゃないんですか?
まぁ、有難かったのも確かですけど、もう緊急事態は終わりましたから、報酬の決定無しに仕事はしませんからね。
そもそも、報酬の決定無しに小惑星の軌道変更を行ったのは、それこそ壊滅的な被害が出ると予想されたのと、日本政府を信頼したからです。
それが、危機的状況が去ったとたんに、正式な契約はしていない……なんてコメントされたら腹も立つってもんですよ。
ネット上で僕に対しての評価が変わり始めたところで、スマホの電源を入れると、間髪入れずに着信がありました。
勿論、相手は梶川さんです。
「はい、国分です」
「あぁ、やっと出てくれた。国分君、申し訳ないんだがISSの皆さんを戻してもらえるかな?」
「僕への報酬はいくらになりましたか?」
「それは、日本政府が関係各国と交渉している段階で、もう少し待ってもらえるかな」
「では、そちらの金額が出て、僕が納得できる金額でしたらお手伝いいたします」
「いや、ちょっと待って国分君。できればISSの皆さんだけでも戻してもらいたいんだ。というのは、現在実験中の装置などをできるだけ早く復旧させないと、実験自体が駄目になってしまうものがあるらしいんだ」
「そうなんですか……大変ですねぇ」
「国分君、怒ってる?」
「怒っていないとでも思ってるんですか?」
「そりゃそうだよねぇ……」
日本政府の一員だとしても、梶川さんに当たり散らすのはどうかと思いましたが、それでも、なし崩し的に引き受けるべきではないでしょう。
「しょうがないですねぇ……小惑星の軌道変更に関する報酬額の決定は先送りでも構いませんが、日本政府による正式な依頼であったと認める事、それと、今回のISSへ乗組員の皆さんを戻す報酬を決めて下さい。それに納得できれば協力します」
「分かった、早急に打合せを行って連絡させてもらうよ」
「そう言えば、ロケットの打ち上げって一回百二十億円ぐらい掛かるんですよね?」
「えっ……そ、そうなのかい?」
「ネットで色々調べたら、スペースシャトルが引退して、六人を一度に送るロケットも無いんですよね?」
「いやぁ、僕もそんなに詳しい訳じゃないから……」
「色よい返事をお待ちしてます」
「ちょっ、国分君、もしもーし……」
うん、梶川さんには、もう一頑張りしてもらいましょう。
ISSに乗務員の皆さんを送り込むなんて簡単ですけど、僕にばかり頼っていたら科学技術の進歩が止まってしまいますからね。
僕を利用するならば、相応の費用が掛かると分かってもらわないといけませんよね。
てか、二百億円ぐらいもらっても、半分ぐらい税金で持っていかれるんじゃないんですか。
そういえば、これまでの報酬とかの税金ってどうなってるんでしょうかね。
うん、面倒なんで梶川さんに丸投げしちゃおうかなぁ……。
「健人お兄ちゃん」
「なにかな、美緒ちゃん」
「お兄ちゃんって、お金持ちなの?」
「はっはー、ようやく気付いたのかね。お金無かったら、こんなに大きな家に住んでいられないからね」
「そっか、そうだよね。でも、お兄ちゃん、あんまりお金持ちに見えないよ」
「ぐはっ……そうかもしれないけど、あんまり成金っぽい格好とか嫌いなんだよねぇ」
たぶん、ヴォルザードの街を歩いても、僕よりもお金を持っていそうな格好をしているひとは沢山いると思います。
でも、そういう服装とか持ち物とか、興味無いんですよねぇ。
「お兄ちゃんって、お金使うの下手だよね」
「ぐはっ……反論のしようが無いよ」
「それじゃあ、メイサちゃんの家を新築するとかは?」
「うーん……必要になったらね。雨漏りするとか、床が抜けるとか聞いてないし、僕が勝手に口出すものじゃないと思うよ」
「じゃあ、もし火事で焼けちゃったりしたら?」
「そりゃ、建て直すに決まってるよ。というか、アマンダさんのお店が火事で焼け落ちるなんて考えられないけどね」
「そんなの分からないよ、放火魔に火を点けられるかもしれないし……」
「ないない、ありえないよ。コボルト隊が見守ってるから、放火なんて許さないよ」
「そっか、警備会社よりも優秀だもんね」
アル〇ックとか、セ〇ムとかよりも優秀だと思うけど、不安があるとすればアンジェお姉ちゃんの撫でテクには敵わないところかな。
美緒ちゃんと話し込んでいても、梶川さんから電話が掛かってきません。
てっきり、一億円程度でお茶を濁す契約でも持ちかけてくるかと思ったんですが、どうやら違うようですね。
まぁ、二百四十億円なんて金額は簡単に出せるものでもありませんから、官房機密費を目一杯使って十五億程度の金額を出してくるんじゃないですかね。
まぁ、その程度の金額では蹴とばさせてもらいますけどね。
それとも、小惑星の軌道変更について日本政府が正式に依頼していたと認める部分でゴネてるんでしょうか。
あんまりグダグダしていると、アメリカやロシアからも突き上げ食らうんじゃないんですかね。
梶川さんの胃に穴が開かないことを祈りましょう。
てか、これで僕がゴネたら、ISSの皆さんも手の平返しして非難し始めるんですかねぇ。
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