第611話 自重解除?

 小惑星の欠片が地球の周辺を通過し終えたので、ISSや人工衛星をカバーする闇の盾を維持していたゴーレムを手元に召喚しました。

 これで闇の盾は維持できなくなり、太陽光パネルに光が当たるようになります。


 ヴォルザードの時間で一晩眠っている間に、ノジャン原子力発電所で原型を留めていた原子炉で水素爆発が発生。

 圧力容器に繋がる配管が吹き飛んで、こちらからも高濃度の放射性物質が洩れ始めているようです。


 このまま放置しても、状況は悪化するばかりなので、梶川さんに連絡をとりました。


「おはようございます、国分です」

「おはよう、国分君。まだフランス政府からは返事がないんだ」

「そうですか。でも、このままだとメルトダウン待った無しだと思うんで、圧力容器だけでも月に転送しちゃいますよ。何か言われたら、また別の場所に移しますから」

「いや、もう少しだけ待ってもらえないかな」

「でも、状況は悪くなるだけですし、何か言われても証拠は無いから大丈夫ですよ」

「いや、国分君、もしもし……もしもし!」


 電話を切ったら、影の空間経由で月に移動し、そこから星属性魔術で意識を月上空へととばし、地球からは見えない月の裏側に闇属性のゴーレムを設置しました。

 続いて、フランスのノジャン原子力発電所へ移動、ここでも星属性で意識だけを飛ばして原子炉へと侵入しました。


 格納容器の内部は、爆発によって配管がめちゃめちゃに壊れ、あちこちから水蒸気が上がっています。

 ノジャン原子力発電所は、福島第一原子力発電所とは原子炉の形式が異なっているので、圧力容器の位置も異なりますが、そこは事前にネットでチェックしてあります。


 それに、星属性魔術を使えば物をすり抜けられるので、内部の状況も確認できますし、被曝の心配もありません。


「ではでは、やっちゃうよぉ……送還!」


 既に溶け始めていた燃料棒を圧力容器ごと月の裏側へと送還しました。

 圧力容器が無くなったのに、配管から流れ出てくる水は殆ど無く、どうやら冷却は殆ど行われていない状態だったようです。


 小言を言われそうなので、梶川さんにはメールで報告を入れてヴォルザードに戻りました。

 その後、世間の反応をネットやテレビで見ていたのですが、なんだか雲行きが怪しいです。


 小惑星の欠片対策の闇の盾は、中国が建設中の宇宙ステーションにも設置しておいたのですが、どうやら当たりどころが悪くて破損したみたいです。

 その後に衝突した隕石によって、宇宙ステーションは軌道を外れて太平洋上へ落下したようです。


 その他にも、世界各国の通信衛星や観測衛星、多くの地上施設が被害を受け、混乱が収拾する目途は立っていないようです。

 そして、被害の多かった中東、中央アジア、東ヨーロッパなどからは、小惑星の爆破が災害を引き起こす原因になったという声が上がり始めていました。


 こうした声に、いち早く反応したのがロシアと中国でした。

 我々は小惑星の軌道を変更するためのロケットを打ち上げていない、我々も被害者である……といった趣旨の声明を発表し、世界から非難されないように予防線を張っています。


 続いて反応したのがアメリカでした。

 アメリカもロシア、中国と同様にロケットの打ち上げを否定しましたが、小惑星は軌道を変更する必要があったと主張しました。


 軌道変更が行われなければ、北半球の何処かに落下していた可能性が高く、その場合には人類を含む地球上の生命の八割以上が死滅していた可能性があるというデータも発表しましたが、そもそもアメリカは衝突の可能性を否定し続けてきたので、発言の信憑性が疑問視されています。


 ロシア、中国、そしてアメリカまでもがロケットの打ち上げを否定した結果、世界の目は日本に向けられました。

 どこの誰が言い出したか知りませんが、小惑星の軌道変更は僕の仕業という話が流れ始めたのです。


 初めは噂話程度だったのですが、闇の盾を使って人工隕石を衝突させて、小惑星の軌道を変更するという作戦の概要までもが流出してしまいました。

 物理の法則をガン無視したような作戦ですし、実現など不可能だという意見もあったのですが、観測データなどから次々と裏付けされちゃいました。


 そして、いよいよ日本の官房長官が記者会見をおこなうことになったのですが……。


「日本政府が、小惑星に関して国分健人氏と正式に契約を交わした事実はございません」


 テレビのスピーカーから流れてきた声に耳を疑いましたよ。

 その後の記者やレポーターからの質問に対しても、官房長官はのらりくらりと言葉を濁すだけで、僕への依頼を否定し続けています。


 確かに、日本政府と契約書などは交わしていません。

 署名した覚えも、捺印した覚えもないけれど、これはあんまりじゃないですかね。


 梶川さんに連絡しようとスマホに手を伸ばした時、横から怒鳴り声が聞こえました。


「なんなんだ、この国は! 健人に全ての責任を押し付けるつもりか!」


 声を上げたのは、顔を真っ赤にした唯生さんでした。

 普段はとても穏やかな唯生さんが、テーブルに拳を叩き付けて怒りに震えています。


「どれだけ……どれだけ健人が知恵を絞り、身を粉にして、日本を、世界を救おうとしたと思ってるんだ! ふざけるな!」

「唯生さん……」

「情けない……私は今日ほど腹が立ったことは無いし、日本という国には本当に失望した」


 唯生さんが声を荒げて怒ってくれたおかげで、僕は冷静さを失わずに済みましたが、思いっきり腹は立っていますよ。

 気持ちを落ち着けるために大きく三回深呼吸をしてから梶川さんに連絡を入れると、ワンコールする前に繋がりました。


「申し訳ない、国分君。まさかあんな声明を出すなんて、僕も聞かされていなかったんだ」

「まぁ、色々と非難されるのには慣れてきましたけど、それでも日本政府にあんな風に言われるとは思ってませんでした」

「申し訳ない、本当に申し訳ない」

「まさか、契約していないから報酬は支払わない……なんて言わないですよね?」

「それは無い、さすがにそんな事はさせないよ。ただ……表沙汰にできないお金なんで、少し支払いまでは時間をもらうかもしれない」

「そうですか、分かりました……とは、ちょっと言えないですね」

「いや、国の予算で支出の内容を公開しなくて良いものは……」

「難しい話は分かりませんが、せめて支払ってもらえる金額を出してもらえませんか? その金額に納得できなければ、今後の協力は考えさせてもらいます。勿論、先日避難させたISSの乗組員の皆さんを戻すのも保留とさせていただきます」

「いや、それは……」

「色よい返事をお待ちしてますね」

「いや、国分君! もしもし……もしもーし!」


 梶川さんとの通話を切って、ついでにスマホの電源も切りました。


「唯生さん、ありがとうございました。おかげで踏ん切りが付きました」

「健人君、あんなふざけた声明を出したんだ、がっちり請求しないと駄目だよ。ロケットの打ち上げは、だいたい百二十億円ぐらい掛かるそうだから、軌道変更二回、それにISSの乗組員を六名退避させるのに二回だから四百八十億円。ISSや人工衛星の防御費用も加えるなら倍以上、最低でも一千億円程度は請求しても構わないと思うよ」

「一千億円って……そんなに貰っても使い道がありませんよ」

「魔の森を切り開いて、メガソーラーの発電所でも作れば、もっと家電品を安定して使えるんじゃないか」

「いやぁ、メガソーラーの環境破壊をこっちに持ち込むのはどうなんでしょうかね」

「はははは、確かにそうだね。パネルにも耐用年数があるし、設置するにも交換するにも人手が必要か」

「えぇ、少し日本との付き合い方も考えないといけませんしね」


 これまでは、何か日本の物を取り寄せるには梶川さんを経由していましたが、これからは違うルートを確立した方が良いかもしれません。


「通販の品物だったら、コンビニ受け取りとか、宅配の営業所留め、郵便局留めなどを使うのはどうだい? 受け取りに帰るだけなら問題ないだろう」

「なるほど……でも、大きな品物は難しいんですよね」

「今回の一件で、資金は潤沢に使えるようになるんだから、直接取引したらどうだい。どこの企業だって、ちゃんと支払いしてくれる相手ならば取引に応じてくれると思うよ」

「そうですね。いい機会なので考えてみます」


 これまで日本政府との交渉は、大臣とか出てくるとビビってましたけど、良く考えてみれば、こちらの世界では皇帝や貴族相手でも好き勝手やってるんですよね。

 ちょっと考え方を改めて、場合によっては日本でも魔王モードで対応するようにしましょう。


「一千億円かぁ……電動アシスト自転車のレンタル事業でも始めようかなぁ……」

「ほぅ、それは面白そうだね。始めるなら私も雇ってもらおうかな」

「いや、悪友がレンタサイクル事業で四苦八苦してるんで、止めを刺すようなことはさすがにやめておきます」

「それでは駄目だね。私は今回の一件で、日本には愛想が尽きたから、本気でヴォルザードに移住することも考えるよ」

「仕事とか、よろしいんですか?」

「まぁ、その辺の引き継ぎは必要だし、年金とか勿体ないとも思うけど、あんな声明を出す国に税金を払い続けるのはちょっとねぇ……」

「そうですか、もし本当に移住をお考えでしたら、住まいは提供いたしますし、仕事もお願いすると思いますので、安心して下さい」

「ありがたいね、もう少し頭が冷えてから、じっくり考えるよ」


 どうやら、いつもの唯生さんに戻ったようで、リビングの外から覗いていた美香さんもほっとしているようです。

 唯生さんが移住するとなれば、真っ先にクラウスさんが雇うと言うでしょうし、衣食住については僕が全面バックアップしちゃいますよ。


 日本とヴォルザードの二重生活なんて方法もありでしょうし、僕が自重をやめれば色々できちゃうと思います。

 そういえば、僕の戸籍ってどうなってるんでしょうかね。


 死亡扱いにはなっていないでしょうから、父さんの子供として戸籍が残ってるんでしょうか。

 だとすると、父さんに住民税とか払ってもらってるんでしょうか。


 あとで銀行口座を聞いて、お金が入ったら一億円ぐらい振り込んでおきましょうかね。

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